火山のキャンプには、少ない支給品が顔を覗かせていた。
火の国の経済事情を知れる、少ない機会である。
いや、経済事情ではなく、ハンター制度そのものへの理解の低さかもしれない。
「……応急薬、か。グレートですらない」
「数も少ないね。あたしたち二人分なら、何とか……」
「でもあの少年、言ってたよな」
――お二人の腕を疑ってるわけではありませんが、タンジアに依頼書は貼らせていただいたままにしています。少しでも、可能性を上げたくて。できればあと二人、ハンターが集まってくれたらいいんですけど。
申し訳なさそうにそう語る姿が、アルフレッドの瞼の裏に浮かび上がる。
彼が言うことから察するに、四人のハンターが訪れることを理想としているのだろう。しかしこの支給品は、とてもじゃないが足りていない。
そう感じながら、大男は溜息を吐く。
それを代弁するように、セレスが口を開いた。
「……国があんな感じじゃ、予算がつきにくいのかも。世知辛いね」
「追加の支給品が届いてないかと、少し期待してたんだけどな」
「アルフがあんな風に啖呵切ったからじゃない? もしかして」
「だとしたら陰湿なジジイどもだよ、全く」
吐き捨てるように言いながら、アルフレッドは地図を広げる。
火山の麓、小規模の原生林に建てられたこのキャンプは、火の国からもさほど遠くない。静かで、穏やかな空間だ。轟く山にさえ、目を瞑れば。
ただ、原生林といえど、火山の麓。その熱気は、火山と大して変わらない。
「……それにしても、暑いよね。たくさん火山の中歩いたから、余計に。もっとキャンプは涼しいと思ったんだけどなー」
「まぁちょっと休憩しようぜ。あらかた奴らの寝床や、徘徊ルートは分かったし」
広げた地図には、二人が下調べしたメモが刻まれている。
砕竜ブラキディオスの生息域。狩場から、寝床の目処。
一方、獄狼竜の徘徊ルートは、砕竜の生息域に入ったり出たりと、様子を伺っているようでもあった。
それらを地図に書き込むと、待ち伏せるべきポイントが自ずと浮かび上がってくる。
「ブラキディオスは、溶岩の大河があるところで迎え撃とう。そこで傷を負わせ、一旦退避する。そうすると怒った奴は俺たちを追ってくるから――」
「ジンオウガ亜種の徘徊ルートへ、誘導するんだね」
「おう。二頭にはお互いの体力を削り合ってもらおう。で、勝ち残った方へ不意打ちをする」
「負けた方は、寝ぐらで休むところを仕掛ける……そんな感じかな?」
「うん、いいんじゃないか? それで行こう。タル爆弾はあるか?」
「うん。大タル爆弾Gがあるよ! それに、下調べしながら採取もできたから、弾薬もたっぷり作れるし!」
そう言いながら、セレスは風呂敷を広げる。
すり鉢と乳棒を並べ、火薬草やカラの実など、弾薬の調合を始めるのだった。
「……それにしても、アルフはあんまり汗かいてないね」
「そうか?」
「火山の暑さに、あたしは参ってるのに……なんかずるい」
「そんなこと言われてもな。ほら、クーラードリンク」
「わぁ、ありがとう!」
小さな手で受け取って、こくこくと、喉を小さく鳴らす相棒。飲みきって、景気の良い吐息を上げるのだった。
「砂漠育ちでも、この暑さは苦手なんだな」
「暑さは暑さでも、ここのはもはや熱いの方だよ。アルフは、なんでそんなに平気そうなの?」
「まぁ、生まれが火山地帯に近かったからなぁ」
「え?」
思いがけない彼の言葉に、セレスは小さく首を傾げる。
「実家は炭鉱を営んでてな。火山が近いこともあって、そこそこ売れてる炭鉱だったんだよ。俺も手伝ってたし、それで体が慣れたのかな」
「そうだったんだ……」
意外な生い立ちを聞き、セレスは目を輝かせた。
「ね、もっと聞きたい。アルフの小さい時って、どんなの?」
「そうだな。そん時は――」
なんて、語り始めるその時に。
翼竜の鳴き声と共に、一人の男が舞い降りた。
白い外殻――ラギアZシリーズの鎧を着込み、身の丈を超える刀を背負うその姿。
明らかに、ハンターだ。少年が言っていた、クエストボードに貼り続けた依頼書。それを見て参入した、増援だろう。
「……ありゃ? まだキャンプにいてらぁ……アンタ方、先に受注したっていう二人組だろ?」
「そういうお前さんは、増援か?」
浅黒い髪を真ん中分けにし、無造作に伸ばしたその男。無精髭を称えた顎を撫でながら、小さく笑う。
年齢は、アルフレッドより上だろう。どこか飄々とした、掴みどころのない男だった。
――その顔の左半分を、火傷が覆う。
特徴的なそれを全く感じさせないほど、気さくな様子で名乗り始める。
「オレはレクスっつーもんだ。よろしくな、お若い二人」
「……アルフレッドだ」
「せ、セレスです。よろしくお願いします……!」
クーラードリンクを二本取り出しながら、名乗るアルフレッドと、調合の手を止めてお辞儀するセレス。
思わぬ増援だった。正直、港の様子を見ていた二人は、増援が来ることを想定もしていなかっただろう。
しかし今、レクスと名乗る男が来た。
思いがけない、三人パーティーとなったのだ。
「……もしかして、まだ何も狩ってない感じ?」
「まぁな。生息域の下調べをし終えたところだ。ほら」
右手のクーラードリンクを投げ渡しながら、アルフレッドは地図を見せる。
レクスはそれを受け取って流し込みつつ、その地図を覗き込んだ。
「へー、ほーん……字、汚いねぇ」
「ほっとけよ」
「……よし、じゃあオレ、ジンオウガ亜種狩るわ〜」
「え?」
「見たところ、アンタたちは二人組だろ? いきなり組んでもお互いやりづらいっしょ? 二手に分かれてスピード対応って感じでやっちゃおうぜ」
「ま、待ってください! いきなりそんな!」
セレスは止めるものの、レクスと名乗るこの男は、聞く耳も持たず猟区へと足を踏み入れる。
ただ、ただ一瞬だけ。
アルフレッドの背負う銃槍を、見る。
二人には聞こえないほど、本当に小さな音で舌打ちをしながら。レクスは、原生林の中へと消えた。
よく分からない奴が来た。それが、彼に対する二人が抱いた印象だった。
「……行っちゃった」
「なんだ、あれ」
「どうしよう、アルフ」
「まぁ、向こうが向こうのペースでやるなら、俺たちもそうさせてもらおうぜ。セレスも、まだ弾薬調合したいだろ?」
「う、うん……」
その場で居合わせた人間が、そう簡単に協働できるわけではない。
アルフレッドはさして深く考えることもなく、その事実を再認識する。
そして二人はゆっくり準備を進め、消去法のように、ブラキディオスが潜む溶岩の大河を目指すのだった。
⚪︎◎⚫︎
「オオオオオォォォッッ!!」
野太い声と共に、砲身が――いや、極太の刀身が叩き付けられる。
それが砕竜、ブラキディオスの丸い拳を叩き割った。薪割りの薪のように音を立てて割れ、隠れた爪が
砕竜は悲鳴を上げるものの、負けじとその頭を叩きつけた。
まるで砲弾がそのまま巨大化したかのような、丸みを帯びた頭部が、勢いよく地盤を砕く。
同時に、その頭にまとわりついた緑色の何かを、地面へと塗りたくるのだった。
「アルフ! 粘菌の塊だよ! 離れて!」
「分かった!」
追撃の手を緩め、背後へ跳ぶ。
一回跳ぶ程度では、広がる粘菌に追いつかれる。
二回、三回と連続してバックステップすることで、ようやくその炸裂を躱すことができたのだった。
彼の隙を埋めるように、セレスは引き金を引く。頭を打ちつけて、視界を自ら塞いでいた砕竜の、その黒曜石の如き甲殻を――鋭き狙撃で撃ち抜くのだ。
弾道、炸裂。
あまりの衝撃に、ブラキディオスは転倒する。
――そのはずが。
「……なっ!」
引いた足で、押し留まった。
倒れることを無理やり防ぎ、体勢を立て直す。
どころか、興奮のあまり息を荒く立て、その熱気を浴びてか、体中の粘菌が活性化し始めた。
藍色の甲殻が、緑色の模様へと変わっていく――。
「咆哮……ッ!」
素早く、盾を構えるアルフレッド。
怒りのあまり大声を上げる砕竜との間に、滑り込ませるように向けたその盾が、強烈な音圧を吸収する。
それでも防ぎきれず、彼の体を少しだけ後ろに弾くのだった。
「砲弾を何発も浴びて、狙撃竜弾も受けてるっつーのに、なんてタフさだよ!」
間髪入れず、拳を振り上げる。
何度もやってきた、ジャストガード。その滑らかな拳を弾こうと、アルフレッドは右手に力を入れるものの――。
その拳が、より緑に、いやもはや炸裂しそうなほど橙色に染まっていることに気づく。
「まずいか……ッ!?」
彼は、弾くはずの腕を引き、全身を使って盾に力を込めるのだった。
「ぬがっ!!」
殴打による衝撃。
続け様に、爆発が襲う。
盾との激突が引き金となり、腕が即座に炸裂したのだ。
粘菌は、地熱をじっくり浴びて、時間をかけて破裂する。そんな認識を覆す、即爆発を伴う殴打。常識外の攻撃に、アルフレッドは冷や汗を垂らす。
もし盾を振り払っていたらどうなっていたか――。
その先を、彼は考えることをやめた。
「アルフ! また来るよ!」
「くそ! そうゆっくりはさせてくれねぇか!」
二度、三度と振り下ろされる拳。
割られたことを気にもとめず、ただアルフレッドを叩き伏せんと殴打を繰り返す。
その度に拳は炸裂し、小石を散弾のように撒き散らすのだった。
「くっそ!」
背後に跳んで、跳んで、それを躱して――。
彼の背中に張り付く、何か。
否、岩だ。巨岩が行き止まりのように、彼の背後に立ち塞がった。
「アルフ!」
「うおぉ……っ!」
渾身の勢いで、その頭を振り下ろす。
砕竜の、とどめと言わんばかりのその一撃。
アルフレッドは、前に出た。
「あぶねぇ!」
背後から響く、炸裂音を感じながらのスライディング。
股下をくぐり抜けるように背後を取り、振り返って砲身を叩き付けるのだ。
「吹っ飛びな!」
頭を埋め、隙を晒す竜の臀部へと。
引き金を連続で引き、シリンダーを猛回転させる。
ニ門の砲身。計十二発の砲弾が、一瞬の内に放たれた。
暴君の名を冠するそれの、破壊的一撃。
ガンランスの大技、フルバーストだ。
ブラキディオスは、粘菌と共に育ち、寝食を共にする生態を持つ。爆破を用いて狩りをするため、その性質を十分に把握し、そしてそれに耐えうる甲殻を持っている。
しかし、流石の彼も、一点集中の連射には堪えたようだった。
「すごい! 転んだよ!」
「畳みかけるぞ!」
巨体が横転する。
顕になったその腹を、セレスは貫通弾で荒く削った。
一方のアルフレッドは、フルバーストの反動から何とか復帰し、無防備な竜へと追い迫る。
――ああ、そうそう。一つ、注意点があってな。
脳裏によぎる、火薬庫の言葉。
――こいつはフルバーストが特に強力じゃ。単純に、そこらのガンランスの倍近い破壊力を誇るじゃろう。しかしな、装弾数が倍ということは、当然リロードの手間も倍ということになる。
ガンランスの重さを用いて、その重心に誘われるように走るアルフレッド。
走りながら、シリンダー後方部にあるストッパーを外すのだ。
――つまり、クイックリロードとの相性はいまいちじゃ。予備弾倉から装填はされるが、ちと時間が掛かる。短い隙を狙いたい、しかし弾がない、リロードする時間もない……そんな時が、きっとあるじゃろう。
スイングアウト式と呼ばれる機構。
シリンダーが横に外れ、十二発の空薬莢を吐き出した。
――そんな時は、これを使え。外付けスピードローダーじゃ。これを、シリンダーにピッタリと嵌め込むんじゃ。練習はいるじゃろうが、使いこなせば、すぐに再装填できるぞ! もちろん、回数は限られるがな……。
右手の盾は、並のガンランスより大きく、そして厚い。
なぜならここに、外付けスピードローダーが備えられているのだから。
シリンダーと同規格のそれを、アルフレッドは取り出した。
走りながら、器用にシリンダーへと嵌め込む。
スピードローダーに付けられた十二個の突起は、全て砲弾である。空になったシリンダーに嵌め込まれ、その空虚を埋めるのだった。
「よっしゃあ!」
手首のスナップでシリンダーを戻し、ガンランスを大きく薙ぎ払う。
小気味良い音を立てながら戻るそれは、そこに込められた砲弾を、再び激しく解き放った。
横一文字に薙ぐそれに、合わせるように放たれる砲弾。薙ぎ払いフルバーストと呼ぶべきか、連撃砲とでも言うべきか。
焼いて斬るその一撃に、ブラキディオスが野太い悲鳴を上げる。
「まだまだァ!」
振り切った銃槍を大きく旋回させ、一閃。鋭い刺突を放つ。同時に、空圧レバーへと手を掛けた。
二門の砲口の間から放たれるは、鋭く重い竜杭弾。
射出と同時に三叉に分かれるそれは、激しく旋回して鱗を引き裂きながら、藍色の血肉を弾き飛ばした。
「……起き上がるよ!」
「おう!」
完全に撃ち尽くした砲身を振り払い、背後へ跳ぶアルフレッド。
ブラキディオスは、尾を振り回しながら起き上がる。近づけば巻き込まれかねないため、彼はその時間を装填に費やした。
スピードローダーは使い果たした。そのため、今は一発ずつ、手作業で丁寧に装填する。スイングアウト式は、中折れ式に比べて、手作業の装填はしやすい特徴がある。
とはいえ、それを終えるより先に、ブラキディオスは動き出す。
アルフレッドは、仕方なくその手を止めて武器を構え直した。
「ちっ……まぁいい! 来いよブラキディオス……って、あ?」
踏み切った足。
巨体が勢いを付けて、その頭を地面へと叩き付ける。
いや、もはやそれは埋めるかのようだ。埋めるように大地を掘削し、緑――いや、橙色の光を一直線に伸ばす。
「な――」
その光の広がりは、とても走って避けれる速さではなかった。瞬く間にアルフレッドを包み込み、その全身を覆い尽くす。
直後、炸裂した。
真っ直ぐ、地面を切り裂くように。その軌道にいたもの全てを、塵へと変える。
「アルフーっ!!」
相棒の姿が、爆炎に消えた。
セレスは大声を上げるものの、それを掻き消すかのように、両腕を舐める音が響く。
ブラキディオスが十分にその
「ひゃっ……!」
跳躍と共に、その全身を叩き付ける。
セレスは銃を抱えながら、慌てて駆け出した。
横や後ろに走っていたら、爆風に巻き込まれていただろう。しかし彼女は、前へと駆けた。その足元をくぐり抜けるように避け、着地と同時に爆発する砕竜の背後を陣取った。
「くぅ……アルフの仇!」
氷結貫通弾。
彼女の奥の手にして、ブラキディオスのための決戦兵器。冷気を閉じ込めた貫通弾を斉射する。
引き金を引く速度は徐々に、徐々に増し、射撃の雨は、豪雨へと勢いを増していった。
「まだまだ!」
あのフルバーストのダメージもあってか、ブラキディオスは避けきれなかった。
冷気を受け、表面の粘菌は沈静化する。
貫通弾はいよいよ皮膚まで食い込み、多くの血飛沫を吹き上げた。
しかしセレスは、まだ止まらない。次の弾倉を取り出して、再び斉射を始める。
「あああぁぁぁぁっ!」
声にならない声で、その全力をぶつけるセレス。
ブラキディオスもまた、己の全力を叩き込む。
弾幕に真っ向から挑み、走りながら彼女へと迫るのだった。血飛沫を上げながら、ボロボロと甲殻を剥がしながら、それでも彼は、止まらない。
黒曜石は、止まらない。
「うっ……!」
限界まで撃ち続け、回避の猶予を失ったセレス。
その銃身を盾にして、身構えるのだった。
――そこに割り込む、赤い影。
「ふんっ!」
黒紫の盾で、炸裂する拳を防ぎきる。
大男が、その反動に耐え、カウンターの叩きつけを繰り出すのだった。
「うらァ!」
丸い頭部が、勢いよく割れた。
たまらず、ブラキディオスは大きく
そして、隙だらけのその頭へと、大男――アルフレッドは、引き金を引いた。
「吹っ飛びな!」
二度目の、フルバースト。
猛烈なその砲火は、ブラキディオスの巨体さえも吹き飛ばし、大きく横転させるのだった。
「無事か! セレス!」
「あ、アルフ……! 良かった無事で! もう、巻き込まれたと思ったよぅ!」
「ギリギリ、飛んで避けれたんだ……。引き付けてくれて、ありがとうな。おかげで装填できた。……さぁ、そろそろどうだ、ブラキディオス」
赤黒い煙を上げながら、砕竜は起き上がる。
そして、ゆっくりとした動きで、両手を地面に付けた。
「……何だ?」
「……アルフ! 地面!」
両手と共に、擦り付けるように接地させる頭部。
それを中心として、大地が、青白く光る。
舞い散った、
アルフレッドを、セレスを取り囲むように、光が橙色に染まっていく。
「セレス! 後ろに走れ!」
「あ、アルフは!?」
「俺は飛ぶ!」
背後に駆けるセレス。
アルフレッドは、一発だけクイックリロードし、前へ飛んだ。
前へ、地面に全身を擦り付けるブラキディオスの、その背中へと。
砲撃の勢いを用いて、彼は前へと飛んだのだった。
炸裂。
大地が、この溶岩大河が、激しい炎に包まれる。
活性化した粘菌は一瞬で炸裂し、砕竜を取り囲むように爆破の波を描き出す。
そこへ単身突っ込んだ、アルフレッドはといえば――。
「取った!」
青い甲殻へしがみついていた。
爆破の中心の、その背中。ここはまさに、嵐の中心。ここだけは、風は吹かないのだった。
「行くぜ!」
穂先の剣を取り外し、それを突き刺して手すりとする。
左手で持った砲身の空圧レバーを引き、新たな竜杭弾を放とうと。
隙だらけの砕竜と背中を焼き削ろうと、大男は獣のような笑みを浮かべた。
だが、その砕竜はといえば、予想外の動きを始めたのだった。
「……って、なん……っ!? どこへ行く!?」
走り出した。あらぬ方向へ。
いや、むしろ彼らが下調べの際に、目星を付けた餌場の方角へ。
ブラキディオスは、急遽走り出したのだった。
「アルフー!」
「ま、待てこの……ッ!」
獣竜種ゆえに高さがあり、そしてその走る速さも尋常ではない。
今手を離せば、無事では済まない。
アルフレッドは手を離せず、砕竜の背中にしがみ続けていた。
「せ、セレス! 撃って止めれるか!?」
「む、無理だよ! アルフに当たっちゃう!」
「く、クソ……ッ!」
相棒の狙撃は難しい。
仕方なく、アルフレッドは穂先を握る手に、自身の命運を賭けるのだった。
「セレス! 何とかする! 体勢を立て直してから来てくれ!」
「う、うん! すぐに助けに行くから、待ってて!」
セレスの声が、最後まで届くことはなかった。
大きな足が描く一歩は、人よりも遥かに大きく、その巨体を驚くほどの速度で火山の麓へと押しやっていく。
麓の原生林や河川には、多くの草食モンスターが集まっている。栄養を求め、ブラキディオスは走り続けた。
「水場……水場さえあれば!」
砲撃の反動で抜け出ても、水場があれば怪我はしづらい。
それに賭け、アルフレッドは機会を待った。
待って、待って――気付けば、あの徘徊ルートへと入り込んでいたことに、気付いた。
響く、咆哮。
狼のように、高らかに響く声。
一気に嫌な汗が、彼の額から吹き出すのだった。、
「おいおい、嘘だろ……!」
黒い甲殻。白い体毛。そして、その体を覆う赤黒い龍雷。
ジンオウガ亜種が、そこにいた。
跳躍、そしてあまりにも太いその前足を、砕竜に向けて叩き付ける。
ブラキディオスもそれに応じ、体を旋回させて向かい合った。
「どうすんだ、これ!」
獄狼竜の一撃を受けても、致命傷は免れない。
砕竜の猛攻に乗っていては、体がいくつあってももたない。
このままでは自分が真っ先に死ぬ。そう思い、彼はとにかく、穂先に砲身を押し込んだ。
いつでも飛べるように、予備弾倉の止め具を外し、シリンダーに弾を詰めようとする――。
その瞬間に。
「うおっ!」
二頭が、絡み合った。
両手を相手に食い込ませるように、全身を持って覆い尽くす。しかし、両者は共に生態系の王者を演じる存在である。
力はほぼ拮抗している――そんな状態だった。
「ここなら……ッ!」
シリンダーを溢し、剥き出しになった砲身内部へ、竜撃砲弾を装填。
二者がもつれ合うこの瞬間なら、両者を同時に焼くことができる。
アルフレッドはそう考えて、空圧レバーを解放した。
大量の空気を吸い込み、内蔵された火竜の骨髄は、瞬く間に発火する。それが青白い光となって両者を照らし――直後、猛烈な吐息となって目の前のもの全てを焼き尽くした。
そしてその瞬間、爆炎に紛れるように斬り払われる、もう一つの一閃。
「……いでっ、いでで!」
地面に転がるように着地し、しかし何とか立ち上がる。
排熱ハッチが開き、硝煙を撒き散らしながら、その猛火の先を彼は見た。
そこには――。
「ありゃ……? さっきの赤髪君じゃん……何だよ、ブラキディオスを抑えられなかったの?」
「あ? あの時の太刀使いか……」
レクスと名乗ったあの男が、そこに立っていた。
竜撃砲の影に隠れ、鋭い一閃を放った太刀を、静かに鞘に収めながら。
「良いとこに割り込ませちゃってさ〜。勘弁してくれよな」
「んだと……」
「ま、手間が省けたから良いか。さっさとやっちまおうぜ。アンタは砕竜を、オレは獄狼竜を。分けてやろうぜ。お互い、一緒に戦うには向かないだろうしさ」
あまりにも長いその太刀の、柄に。
レクスは静かに手を添えて、腰を低く構えるのだった。
その気迫に、アルフレッドは生唾を飲んだ。
「ちっ、やりにくいな……」
アルフレッドもまた、装填する。
今、二頭の獣はお互いを見合って唸り合っている。
人間より遥かに大きい彼らは、今人間など気にする余裕はない。自身を脅かすのは、同じ体格のモンスターのみ。
吠え、その牙を、拳を振りかざした。
絡み合う獣の尾を避け、砲を放つ。
牙が舞い、尾が薙ぎ払われる。
伏せるように避け、広い刀身を叩き付ける。
草が焼け、岩が剥がれた。
極限まで研ぎ澄まされたその空間で――男は、太刀を抜く。
一瞬の静寂。
直後、獄狼竜の尾が、勢いよく宙を舞った。
「……ふう」
小さな吐息と共に、太刀を振る。
刀身を滴る血が、勢いよく払われ、大地へと散らばった。
太刀を、再び鞘へ戻す。
異様とも言える狩猟法に、アルフレッドは目を丸くするのだった。
「何だ、この男……」
その腕前は、おそらく彼が見てきた中で群を抜いているだろう。
ブラキディオスや、ジンオウガ亜種にさえも怯まない、培われたであろう胆力。
正確に刃を通す精神力。
そして、何よりも研ぎ澄まされた技量。
一閃で、彼の実力をアルフレッドは感じ取った。
「……負けてられねぇな!」
大きく体勢を崩し、隙を晒すジンオウガ亜種へ。
ブラキディオスは、全力の殴打を繰り返す。
見れば、その体は傷だらけだった。
片目は塞がり、爪は取れ、牙は砕け、尾すらない。
ジンオウガ亜種は、まさに瀕死の状態だった。
それでも、ただ殴られるだけではない。
腰を低め、大きな肩を叩き付ける。俗に言うタックルで隙を作り、跳躍した。
空中で、姿勢を反転させる。赤黒い放電を繰り返す、その背中を。
ブラキディオスに向け、彼は落下した。
「ぐっ!」
盾を構え、衝撃に耐えるアルフレッド。
レクスもまた、走って距離を取る。
ブラキディオスは倒れ込み、全身を覆う龍雷にもがき、苦しんでいた。
その隙を逃さず、狼は牙を剥く。
両手で青い甲殻を押さえ、鋭い牙を、砕竜の首元へ当てがった。嫌な音を立て、黒曜石が、割れていく――。
「……どっちが強いかねぇ?」
「あん?」
獣の絡み合う姿を見ながら、レクスはそう呟いた。
無精髭を撫でながら、ゆっくりと、アルフレッドの方へ歩み寄る。
「ジンオウガ亜種もブラキディオスも、その生態系の王者みたいな存在だろぉ? どっちが強いかな」
「そんなの、その時々で変わるだろ」
「まぁなー。この場合、どっちがどれだけ痛めつけてたかにも寄るだろうし」
「……まぁ、残った方を狩ればいいし」
「かぁ〜、打算的だなぁ。つまんねぇなぁ」
レクスがため息をついた、その瞬間に。
狼の牙を、ブラキディオスが弾き飛ばした。
「おお!?」
全身を捩り、牙と爪から逃れた砕竜。転がる白い毛並みへ、燃え上がるような拳を振り上げる。
それが肩へ――大きなその肩へ、吸い込まれた。
嫌な音が響く。
骨の折れる、嫌な音が。
「こいつは番狂せだ! ブラキディオス、やるねぇ〜!」
「言ってる場合か! 狩りを続けるぞ!」
「いや……もう勝負はつくだろうねぇ」
受け身も取れず、立ち上がることもできず、這いつくばる。
まさに、敗者の姿勢だった。
ジンオウガ亜種は、負けたのだ。この縄張り争いに、負けたのだった。
ブラキディオスは、拳を緩める――なんてこと、なく。
ゆっくり歩み寄りながら、その割れた拳を、高く高く、振り上げるのだった。
轟音。
殴打の音をも飲み込むその爆発は、一瞬暴れた獄狼竜の体を、静かに沈黙させた。
動かなくなった強敵を前に、ブラキディオスは雄叫びを上げる。自身の縄張りを主張する、力強い声だった。
「……動けなくなった相手にも容赦がないねぇ。ま、これがブラキディオスか……」
「そういうもんなのか?」
「知らない? アイツと縄張り争いして負けたヤツは、大体頭を殴り潰されてんだよ。アグナコトルとか、いい例だねぇ」
楽しそうに、命のやり取りについて語る。
稀有な人物。
アルフレッドはそう思った。
「ま、アンタの言葉を借りるなら、残ったアイツを狩るとするか」
「……そうだな」
「でも、うーん……悪いが、ガンランスとは、やりたくないねぇ」
アルフレッドを上から下までじっとりと見て、レクスはそう言った。
その言葉は、何度も聞いたことがある。
耳障りにすらならぬほど、大男にとっては聞き飽きた言葉だった。
「……だろうな。お前さんの担当はジンオウガ亜種だったろ? 休んでていいぞ」
「じゃ、そうさせてもらうよ。焼かれたくないしね〜」
そんなことするわけがない。
と、言いかけつつも、その言葉は飲み込んだ。
次なる外敵を排除するため、拳を振り上げる砕竜が迫っていたからだ。
「ちっ!」
振りかざされる拳。
全身を盾にぶつけるようにして、その炸裂に耐える。
しかし、二度目が来る。
この防ぎ方は、そう何度もできるわけではない。このままでは、スタミナがもたない。
「くっ……!」
彼は、苦肉の策に出た。
防げないなら、せめて一矢報いよう。
窮鼠猫を噛む。まさにそれを体現した、渾身の竜杭砲。
吹き飛ぶ大男。
火花を散らして、鼻先を穿つ杭。
音を立てて、それが炸裂する。鼻先を吹き飛ばされる痛みに、流石のブラキディオスも大きく仰け反った。
「ぐっ……!」
粘菌の炸裂に巻き込まれ、爆炎を掻き消すように転がるアルフレッド。
その巨体を見ながら、レクスはゆっくり前に出た。
「全く、どうしてこうも、銃槍使いは見境がないのかねぇ」
「……ああ?」
「……だから、嫌いなんだよ、銃槍使いは。過去も未来も、前後も左右も見ない。銃槍使いは、厄介な火種そのもんだ」
そうして、するりと太刀を抜く。
「オレがアンタを否定してやるよ。アンタの全てを、否定してやる」
鋭く構えたその太刀を、もがくブラキディオスのその首筋へと、突く。
まさに一閃。
目にも止まらぬ踏み込みだった。
鮮血が舞い、甲殻が大く零れ落ちる。
だが、砕竜もまた、それを受け入れる器ではない。その巨鎚の如き尾を、レクスへと叩き付けるのだった。
「――ふっ」
それを、小さく笑って。
自身を弾き飛ばすその瞬間に、彼は太刀を振り上げた。
返した刃を、その尾に、平行に沿わせるように。
そうすることで衝撃を緩めながら、するりと受け流す。自身を弾き飛ばさんとするエネルギーも、背後に飛ぶことで受け流し、再び刃を向け直すのだった。
「そこっ!」
尾を振り抜いて、隙を晒したその足に。
レクスは太刀を振り抜いて、どころかその勢いを元に、跳ぶ。真上から、兜割りの如く太刀を振りかざし――。
一閃。
頭から足まで、長い刀身で斬り抜いた。
あまりにも鋭利な太刀筋は、斬った直後では何も起きない。ブラキディオスが反撃に転じた瞬間、傷口が瞬時に開くのだった。
「おお……!」
その技には、アルフレッドも感嘆を禁じ得ない。
血潮を溢す砕竜と、太刀を振って血を散らす男。
彼の実力を肌で感じる。
言いようのない、瞬間だった。
「……タフだねぇ!」
しかしブラキディオスは、怯まない。
砲弾の如き頭をもって、レクスを叩き潰さんと振りかざす。
表面は藍色ではなく、粘菌による緑色へと染まっていた。
これは、受け流せるものではない。
レクスは太刀を返しながら、新たな型へと移行するのだが――。
その前に、流れ星の如き一閃が、この猟区を支配した。
喉を貫き、炎の螺旋を生み出すような一閃。
外側から――いや、内側からも急所を焼き貫かれ、ブラキディオスはごぽっと血を溢すのだった。
拳を振るう。尾を薙ぐ。必死の抵抗も虚しく、その力は衰えていき、最後には立つこともできず倒れ込むのだった。
見上げれば、高台で硝煙を蒸す少女が一人。
ヘビィボウガンによる狙撃竜弾。
この狩りを制した、まさに決め手だった。
「アルフ! 大丈夫!?」
「……ああ、何とかな」
駆け寄る狙撃の主――セレスに、立ち上がって迎えるアルフレッド。
救援に駆け付けた彼女を前に、安心感があったのだろうか。優しい笑みを浮かべるのだった。
「ありがとな、助かった」
「無事で良かったよ……ジンオウガ亜種も、倒せたんだね」
「あれはブラキディオスがやったんだ。正直、俺は何にもできてないね」
倒れ伏すジンオウガ亜種。
雄叫びを上げるブラキディオス。
相対するは、レクスという救援のハンター。当の相棒は、火傷を負って倒れ込む。
その光景を前に、セレスは焦りの狙撃に出たのだった。
「――珍しい、ねぇ」
ホッと胸を撫で下ろす彼女を見ながら、レクスは呟いた。
「銃槍使いに、仲間がいるっていうのは……てっきり、単独で走るタイプと思ってたんだけどな〜」
「そういう奴もいるってことだよ。別にいいだろ?」
「人を傷付けることが取り柄なガンランスだぜ? ここに来た時から、不思議だとは思ってたけどさぁ」
「何だよ、やけに突っかかってくるな」
「いやまぁ、太刀を使ってるオレも、人のことは言えないんだけどね」
剥き身の太刀を静かに鞘に戻し、レクスは歩く。
テントへと、援助の終わりを告げるように。
「アンタは、オレの知ってる奴と同じ匂いがする。茨の道に突っ走るタイプだと、思ってたんだけどな……ま、何だっていいや」
歩きながら、背を向けながら、彼は話し続けた。
「せっかくできた仲間なんだろ? 大事にしなよ〜。んじゃあな」
その背に向けて、アルフレッドは問い掛ける。
「お前さん……一体何者だ?」
レクスは、振り向くこともせず、ただ手を振りながら答えるのだった。
「ただの、救援が趣味のお節介もんさ。人は撃つなよな、若いの」
そう言って、原生林へ消えていく。
飄々とした、しかし意味深なことを言うその男に、アルフレッドは奇妙な感覚を覚える。
人を撃つな。
あえてそう言う、彼の心理とは――。
しかし考える余裕もなく、体を蝕む怪我と疲労は、静かな眠りへと、彼を誘った。
セレスの呼び掛ける声も霧散するように、彼は意識をゆっくりと手放したのだった。
ワイルズのベータテスト、楽しかったですね。
ガンランスの新しい調整が大変たまらん!足回りは軽く、後隙もかなり減り、フルバーストや竜撃砲にはさまざまなテコ入れがされている。楽しかったです。製品版では、ぜひ移動砲撃に回避距離が乗るようにしてほしい。後方移動砲撃とバックステップで距離を詰める姿は、どこかブラストダッシュみがあって嬉しかったです。回避距離乗ってくれたらかなり快適になって楽しそう!ぜひお願いしたい!
今回から新キャラ登場です。何やら、ガンランスに対する複雑な思いがある様子。第一章からちょいちょい出てたある伏線に関係するキャラクターなので、今後のストーリーとの絡みを楽しんでいただけたら幸いです。
太刀、かっこいいですよね。レクスは居合を主軸にしたキャラクターです。声は…そうですね。某野原家のお父さんですね。いつまでも愛してやまないです、あの方の声。こら、そこ主任とか言わない。
閲覧ありがとうございました。