「アルフレッド、覇竜に会うんか?」
対覇竜討伐作戦始動の、数日前に。
ドンドルマの路地で、最後の調整をと火薬庫を訪ねたアルフレッド。
その店主である老人は、彼にそう尋ねるのだった。
「耳が早いな。そうだよ」
「これまでにない、危険な仕事になりそうじゃな」
「まぁな。大物さで言えば、ダレン•モーランの方が上だろうが……今回は討伐作戦だからな。どうなるか分からん。安定性重視で、こいつと一緒に行くつもりだ。調整を頼む」
そう言って、カウンターに置くのは、金色の鱗が幾重にも折り重なったガンランス。叛逆銃槍ロドレギオンだ。
「前、セルレギオスを狩ったと言っとったな? 獰猛化千刃竜斬鱗はあるか?」
「え? まあ、あるけど」
「よし、出せ。この子を、さらに輝かせるぞ!」
「間に合うのか?」
「間に合わせる。大事な顧客を、失いたくないからの」
武器と素材を受け取って、早速作業に取り掛かる火薬庫。
その目はギラギラと輝いており、彼もまたこの戦いの一員であることを、アルフレッドは感じ取った。
「悪いな爺さん。助かる」
「生きて帰って、報酬金から払うんじゃよ。今回のカスタマイズは高くつくぞぃ」
「嫌な叱咤激励だな……」
少し眉を
数秒間何かを漁り、顔を出す。
モグラのようだと、アルフレッドは思った。
「お主に、見せたいものがあるんじゃった」
老モグラが取り出したのは、黒光りするシリンダー。
ロドレギオンと同規格のもの。
「何だ、このシリンダー」
「こいつは正真正銘、奥の手用のものじゃ」
唯一違う点は、詰められている砲弾が全く異なること――。
黒く、重々しい弾が五発、シリンダーの中で眠っている。
「ここに込められている弾は、通常の砲弾とは比べ物にならんほど強力な奴じゃ。竜撃砲と同等か、それ以上か……」
「この弾が? マジで?」
「前、連れの嬢ちゃんの銃にカスタマイズしたじゃろ? あの発想を利用して作ったんじゃ。火薬装填の、ガンランス版。中身はまるっきり別物じゃがな」
「へえ……」
「でものぅ。強力な分、砲身が持たんかもしれん。故に奥の手じゃ。これを使うのは、どうしようもなくなった時。特別な時――」
「これって、シリンダーごと取り替えるってことか?」
「そうじゃ」
「こんなでかいシリンダーを携帯するのは、ちょっと無理がないか? この前のスピードローダーとは、厚みが違うし」
「ふん。それも対策済みじゃ。これを使え」
渡されたのは、小型の銃。
装填数は一発のみ。信号弾を放つ、ハンターがよく使っているものである。
「今回、龍識船が関わっておるんじゃろ? なら、『アイテムお届け隊』を使わない手はないじゃろ!」
アイテムお届け隊。
それは龍識船の研究室が管轄する、猟区に追加で支給品を届けるサービスである。
その内容は、アイルーお手製のロケットにアイテムを詰め、タイミングを見計らい、猟区に届けるというもの。多くのハンターから使いづらいと不評であり、近年信号弾を合図に発送するシステムへと変わったのだった。
「ロケットに詰めるんだろ? 着弾と同時に炸裂、とはならないか?」
「薬莢はかなり丈夫に作られておる。リオレウスに踏まれても暴発せんぞ。撃鉄でのみ炸裂するように調整した。確実に、とは言い切れんが、頼りにしてよい精度じゃと自負しておる」
「そうか……分かった」
そのシリンダーを、受け取って。
ずっしりとした重さが、腕に伝わってきた。
「ブラストダッシュ、竜の息吹、AAフレア、そして覇山竜撃砲……。これは、それらに続く『第五の狩技』と言えるじゃろう」
「
「そうじゃな。正真正銘、最終手段。無謀とも言える量の火種を装填するからな。うーむ、その名は……その名は――――」
⚪︎◎⚫︎
「おっさん!」
「おぉッ!」
迫る牙を、弾いて躱す。
続く刺突を、その目頭へと叩き込む。
しかし分厚い鱗がそれを弾き、アカムトルムは両目を爛々とさせてセバスチャンを見た。
目の前の槍使い。顎を振るっても倒れない。
先程のガーディアンたちとは違う。覇竜は、その事実を感じ取るのだった。
「どっせい!!」
叩き付け。からの、フルバースト。横槍を入れる、銃槍使い。
装填数が増えたことにより、その破壊力も増している。計五発の放射型砲弾が、一点に叩き込まれるのだった。
血がこびり付く左前足を、砲火によって傷付けるものの、アカムトルムは動じない。
「タフだな! ビクともしねぇ!」
前足が振りかざされ、アルフレッドは背後に跳ぶ。
前方左方向、二人の槍使いに気を取られた隙に、ウルティナは黒緑のレイピアで尻尾の付け根を狙うのだった。
「お嬢様、ご無理なさらず!」
「ほどほどに致しますわ!」
電光走るその連撃は、嫌な痛みをもたらすのだろう。
アカムトルムは背後を見て、その太い尾を振り回すのだ。
しかし、ウルティナは踏み込まない。後ろに避けて、回避に徹する。
そして、空振りに終わった彼の胴体を穿つように、貫通弾の嵐が吹き荒ぶのだった。
「……でかいから、よく刺さるな」
「アルフレッド殿も、思う存分撃つとよいでしょう! 奴の体躯は大きく、ゆえに我々に砲炎も届きませんからな!」
「ああ! すまねぇな!」
駆け出して、その懐に潜り込む。
盾をかざしながら、腹に向けて突きを繰り返し、その確かな手応えを感じ取る。
腹なら、柔らかい。
二度、三度と突いて、クイックリロード。装填しながら、声を張り上げる。
「腹は柔らかいぞ! 狙い目だ!」
「いえ、アルフレッド殿、ご注意を! 押し潰されれば、即死ですぞ!」
「あ? ――って、やべ!」
持ち上がった体。
そこらの飛竜より、あの時のゴア•マガラよりも遥かに大きいその体が、迫る。
腹下の外敵を押し潰さんと、巨岩の如きそれが迫る。
「――っはぁ! 危ねぇ!」
砲撃の反動で背後に跳び、間一髪でそのボディプレスを躱すアルフレッド。
火山の暑さではない。命の危機による冷や汗が、額から滴るのだった。
「危ないですわね、もう!」
ウルティナは胸を撫で下ろしつつ、跳躍。
腹下が危険ならばと、その背に駆け上った。
「お嬢様!」
「背中は確かに硬そうですけど、堅殻が割れているところがありますわ! そこを狙います!」
振り下ろしたレイピアを起点にして、真上へと跳躍。
空中で武器を逆手に持ち換え、重力を乗せた下突きへと変える。電光を帯びたそれは、さながら落雷のようであった。
「きゃっ――」
痛みのあまり、その身を
まさに会心の一撃だったのだろう。
しかし、その激しい動きにレイピアはあっさりと抜け、ウルティナの体は宙に投げ出されるのだった。
「よくやったお嬢!」
小柄な体を、大男が受け止める。
彼女の無事を確認し、セバスチャンはほっと息を吐くのも束の間――大きく息を吸った。
そして、
「怯んでる! 効いてますわ!」
「左目が潰れた! いいぞおっさん!」
老体に鞭を打つようなその一撃。
しかしそれは、今度こそ確実に覇竜の顔を穿った。硬い鱗も貫いて、その左目を抉ったのだ。
怒り心頭に発する。
覇竜は巨体を持ち上げ、吠えた。
「ぬん!」
その音圧を、セバスチャンは大盾を地面に埋め込むようにして耐える。
一方、咆哮が衝撃波になることなど、予想もしていなかった二人。
放射状に広がる音圧に巻き込まれ、大きく吹き飛んだ。
「ぬがっ……!」
「きゃあーっ!」
「お嬢様!」
守るべき主人の危機に、老紳士は駆け付けんとするものの――覇竜がそれを、許しはしない。
「むっ!」
振りかざされる前足を盾で弾き、顎下を突く。
続く牙を、下から打ち上げるように盾で叩き、今度は右目を狙う。
鼻息荒げる覇竜は、頭を捩って目を守った。
覇王と老騎士の攻防が続く。
その隙に、目の前の槍使いを倒すことに夢中な覇竜の胴体に向けて。
セレスは、狙撃竜弾を放つのだった。
「うっ――伏せろ!」
「ぎゃん!」
起き上がろうとしたウルティナを、再び地面へ押し付けるアルフレッド。
直後、弾道が炸裂。
覇竜が悲鳴を上げて仰け反った。
「……ふぅ!」
盾弾きの痛みと、それでも防ぎきれない傷。
セバスチャンは大きく息を吐いて、生まれた隙に何とか呼吸を整えるのだった。
見れば、桜色の防具のところどころに穴が空いている。
覇竜の唾液は強酸性。硬い防具を溶かすほどの腐食力。盾で直撃は防げど、舞い散る唾液は防げなかった。
「ウルティナ! 粉塵を!」
「分かりましたわ!」
生命の粉塵。
それは、代謝を上昇させる回復効能をもった粉末。そして鎮痛作用もあるため、複数人の狩りで、応急的に使われる回復薬の一つである。
火山の大気に紛れるそれが、呼吸によって取り込まれる。セバスチャンは、節々の痛みが和らぐのを感じた。
「――おい、これは!」
「潜航行動! 潜ります! お気をつけて!」
太い顎を大きく振り上げ、硬い地盤を捲り上げる。
前足でその穴をさらに広げ、山のような巨体がみるみる地面へ埋まっていく――。
アカムトルムが、大地へと消えた。
同時に、地響きが鳴り始める。
押し上げられるように、ところどころから溶岩が噴出し始めるのだった。
「ど、どこから……!?」
「お嬢様、私めの傍に!」
「――後ろだ!」
慌てふためく少女を、老騎士が庇う。
アルフレッドは周囲を見渡し、二人の背後の地盤が盛り上がるのを見る。
そして砲口を噴かせ、猛進。
後ろから襲わんと、顔を出したアカムトルム。
その頭に向けて、千の刃を束ねたような砲身を、叩き付けた。
「喰らいやがれ!」
残り三発の弾を一度に放ち、爆炎を放射。
さらに、叩き付けた砲身を蹴り上げては、静かに青い炎を灯した。
顔だけ出した覇竜に向け、竜の吐息を解き放つ。
瞬く、竜撃砲。
噴火の如き衝撃を、この地に刻んだ。
「……ぐっ!」
反動で後退するアルフレッド。
凄まじい爆炎を受け、仰反るアカムトルム。痛みに狂いながら、再び顎を地面へと擦り付ける。
――その太い牙の一つが、耐えられなくなったように零れ落ちた。
「いい感じですわ!」
「お見事です!」
「だが、それでも潜るか……!」
片側の牙でも構うことなく、アカムトルムは再び潜航する。
押し出される溶岩は少なく、それは今彼が足元にいないことを意味する――。
セバスチャンは、思い出した。
かつて交戦した個体も、潜航して距離を取り、ハンターを一網打尽にしようとしたことを。
「お嬢様! 二時の方向です! 音爆弾を!」
「分かりましたわ!」
言われるがままにウルティナは走り、ポーチから小振りな玉を取り出した。
砲丸のようなそれを、構えながら走ること数秒。
彼女の視線の先に、大地の盛り上がりが映るのだった。
覇王が、獄炎に座すが如く現れる。
そして、その大口を開け、火山の熱気を、全てを吸い上げ始めた。
「おいおい、これが話に聞く――」
「ソニックブラストです!」
「お嬢! 頼むぞ!」
「お任せあれ! さぁ、音にも聞くがいいですわ!」
勢いよく投擲。
覇竜の目の前で、まさに吐息を吐かんとする彼の目前で、弾け飛ぶ音響弾。
直後、耳障りな音が響き渡る。翼竜が出す、反響するような不協和音。
流石の覇竜も、予想だにしていないその音には驚いた。
溜めた吐息も、儚く霧散。その体勢を大きく崩し、隙を晒す。
「チャンスだ! 行くぞ!」
「お嬢様! 天晴れです!」
二人の槍使いが走る。
ひと足先に辿り着いたウルティナは、大きく穴が空いた左前足を狙って刺突を放っていた。
隙だらけの右前足を、セレスはスコープ越しに狙う。
腰溜めの射撃から転じ、しゃがみの体勢へ。反動を抑え、貫通弾を撒き散らした。
その爆発的な連射は、凄まじいまでの刺突を生む。それが黒い堅殻を撃ち砕き、中の血肉を次々と裂いていくのだった。
「効いてる、効いてますわ!」
両手を激しく削られ、アカムトルムは悲鳴を上げる。
今だ。そう判断したセバスチャンは、走るその身に槍を乗せた。
「おおおおぉぉッ!」
盾を構えて、槍を前へと突き出して。
低い体勢を維持したまま、前に前に踏み出して。
鋭い切先を押し付けるように、足を動かし続けた。
ランスの奥義、突進。
アカムトルムの頭部を、荒々しく削っていく。
セバスチャンの猛攻に、もう一つの牙にヒビが走った。
「オオオォォォ!!」
猿叫の如き掛け声と共に、叩き付ける銃槍。
アルフレッドは全身を捻り、大きく振り回して。同時に装填する。予備弾倉に残った、全ての弾を。
そしてとどめと言わんばかりに、振り回した勢いをそのままに袈裟斬りを繰り出し、その軌跡と同時に爆炎を塗りたくるのだった。
連装フルバースト。対象を灼き斬る大技である。
これでもかと言わんばかりに、最後に叩き込まれた竜杭弾。黒く堅牢な右腕甲も、大きく砕けるのだった。
先程までの人間たちとは、比べ物にならない動き。
思うように蹴散らすことができない。
そのストレスに、アカムトルムの怒りは頂点に達する。
再び、上半身を持ち上げた。
怒りの咆哮を放つ。誰しもそう思った。
だが――。
「この感じ――みんな! 咆哮じゃない!」
遠くから狙撃していたセレスだけがそれに気付き、大声を張り上げるが――時すでに、遅し。
アカムトルムは、その猛烈な呼吸を、前へ、足元へ、地を這う矮小な外敵たちに向けて、解き放つのだった。
「なっ……!」
薙ぎ払うように迫るそれは、まさに螺旋。赤黒い光を帯びた吐息の螺旋が、地表を捲り上げながら迫る。
その轟音は鼓膜を大きく震わして、平衡感覚すらも狂わせた。
大盾がある者ならいざ知らず、小盾しか持たぬ少女はといえば。
迫り来る嵐に思考が止まり、ただ飲み込まれる時を待つばかりとなっていた。
「お嬢様ああぁぁぁぁぁッ!!」
守るべき主人が、霧散する。
それを何とか食い止めんと、セバスチャンは走った。
本来なら、盾があっても無事では済まない攻撃だ。普段の彼なら、回避に徹するだろう。
しかし今は、今だけは。
体よ、もってくれと願いながら、彼はそのか細い体で、盾を構えるのだった。
孫娘のように愛した彼女を守るために、その全身を差し出すのだった。
「――ス……」
静寂。
嵐が過ぎ去った。
そして、悲鳴に近い声が、鳴り響くのだった。
「セバスーっ!!」
血塗れの枯れ木が、辛うじて立つ。
盾は砕け、右腕はあらぬ方向へ、幾重にも曲がっている。
槍も折れ、鎧のほとんどが剥がれ落ちていた。
それでも、立ち続けている。
主人を守るために、立ち続けている――。
「おっさん……!」
アルフレッドが、駆け寄る。
しかし、その声に応えることはない。
立ったまま、意識を失っている。
「セバス……セバス! 返事をして! 返事を……っ!」
大粒の涙を溢しながら、ウルティナはそう泣きつくが――その主人の声にも、従者が応えることはなかった。
「セバスチャンさん……」
セレスもまた、駆け寄るものの――目の前の光景を前に、最悪の事態を考える。
命が、まさに尽きかける瞬間。
そんな状態だった。
「……ウルティナ」
アルフレッドは、小さく名を呼ぶ。
泣き続ける少女の名を。
「うっ、うぅ……セバス……」
アカムトルムは、猛烈な吐息を吐き終えて、呼吸を整えていた。
彼らの元へ迫り来るのは、時間の問題だった。
「……おっさんを連れて、逃げろ」
「う、ううぅぅ……」
「セレス、ウルティナと一緒におっさんを頼む」
「……アルフ……」
「
懐から取り出した、信号弾。空に向けて、撃ち放つ。
同時に迫り始める、アカムトルム。
「くぅ……ああぁぁっ!」
泣きながら、それでも閃光玉を投げる。
ウルティナのその一閃で、覇竜は残った右目を潰され、混乱の声を上げるのだった。
「アルフレッド様……セバスのために、ありがとうございますわ」
「気にするな。傍にいてやってくれ」
「アルフ……」
「セレス、一人でおっさんを連れていくのはキツいだろうから、一緒に行ってやってくれ」
「でも……」
「頼むよ」
真っ直ぐ、セレスを見て。
アルフレッドは屈託なく笑って、そういうのだった。
絶望的な状況ではあるが、不思議と勇気が出る。そう感じたセレスは静かに頷き、セバスチャンの腕を肩に回した。
「セレスちゃん……ありがとう」
「ううん。早く、キャンプに帰ろう」
キャンプに向けて、セバスチャンを担ぐ二人。
その後ろ姿から、空に向けて視線を滑らすアルフレッド。
龍識船から光が瞬き、徐々に大きくなる。
光の正体は、どんぐりを加工して作られたロケットだ。火を吹きながら落ちるそれは、音を立てて溶岩峡谷に突き刺さるのだった。
「よし……」
音を立ててどんぐりは割れるものの、中身は無事だ。
衝撃に強い豪山龍の皮や甲殻を加工して作られた、梱包材。それをナイフで切り裂き、眩く光る五連装のシリンダーを取り出した。
「火薬庫の爺さんが言ってた奴だな。こいつを……」
叛逆銃槍ロドレギオン――特殊なカスタムを施され、銘を改めた『叛逆ノ覇銃槍レギオン』を折り畳み、剥き出しになったシリンダーの留め具を外す。
鈍重な音を立てて、それは落ちた。そして、その
同時に響く、怒号。
光に眩んだ目が戻り、アカムトルムは怒り心頭で叫ぶ。
そしてその目を、アルフレッドへと向けた。
――残りの弾は、この五発のみ。
この五発で、勝負を決めなければならない。
アルフレッドの頭に、このシリンダーを見せた火薬庫の言葉が鳴り響く。
――ブラストダッシュ、竜の息吹、AAフレア、そして覇山竜撃砲……。これは、それらに続く『第五の狩技』と言えるじゃろう。
――
――そうじゃな。正真正銘、最終手段。無謀とも言える量の火種を装填するからな。うーむ、その名は……その名は――――。
折り畳んだ砲身を戻し、一振りの銃槍を振り抜いて。
シリンダーが回り、最後の装填が行われたのだった。
――『ラストリロード』、なんてどうじゃ?
火薬庫の老人は、この技のことを、そう呼んだ。
第一発目を、アルフレッドは即座に放った。
迫り来るアカムトルムの、脳天に向けて放つのだった。
「ぐっ……!」
轟音。
続く、炸裂音。
腕に掛かる反動は強く、竜撃砲のように重い。連射の難しい一撃だったが、その威力たるや。
まるで、銀火竜の吐息だ。青白い炎が一瞬で膨らみ、熱線のように解き放たれる。放射型らしい長射程のそれが、青白い光となって覇竜の頭を照射、着弾と同時に炸裂する。内包された熱量は凄まじく、溶岩を潜るアカムトルムの堅殻さえ、灼き溶かしていた。
「すげぇ……!」
覇竜は、甲高い悲鳴を上げて大きく仰け反った。
火竜の煌液と、銀火竜の秘髄を用いたこの砲弾は、一発一発が竜撃砲をも上回る。
まさに、獄龍炎ブレスの再現。
射程、爆発力、反動、全てにおいて最高品質のそれは、アルフレッドの心を強く昂らせるのだった。
「らああアァァァッ!!」
振り上げられる前足。
それを、盾で弾く。弾いて生んだ隙を穿つように、砲身を叩き付ける。
その穂先の刃もまた、青白く光っていた。
斬れ味の概念を超えるような斬撃だ。覇竜の顔を、顎を、大きく斬り裂いた。
悲鳴。
顔を大きく裂かれ、想像を絶する痛みが襲い来る。
鮮血が舞い、溶岩に落ちて、音を立てて蒸発する。
血の匂いが立ち込め、それを嗅ぐアルフレッドは、獣のように笑うのだった。
「オオオォォォ!!」
大きく振りかぶり、首筋を斬り裂く。
鱗をものともしない一撃だ。
流石の覇竜も脅威を感じたのか、牙を振るって仕留めに掛かる。
それを、アルフレッドは後ろに跳んで避け――しかし、今度はあまりにも太い尾が迫るのだった。
牙を振るう勢いのままに、全身を右回転。遠心力で、荒々しい尾を薙ぎ払う。
流石のアルフレッドも、避けきれない――。
「ぐっ!」
盾弾きでは、どうしようもない一撃だった。
盾は割れ、それでもその衝撃は衰えることなく、アルフレッドを襲う。
鈍重な尾に弾き飛ばされ、宙を舞う大男。
そこへ迫る、アカムトルムの大顎。丸呑みにせんと、その大きな深淵が顔を覗かせる。
「食らいな!」
しかしアルフレッドは、冷静にポーチへと手を伸ばした。
投げつけるは、手の平サイズの小振りな玉だ。
直後、炸裂。眩い閃光を、この溶岩峡谷に塗りたくった。
アカムトルムは悲鳴を上げた。視界を潰され、半狂乱になって暴れ回る。白い視界を振り払うように、何度も頭を振り回す。
しかし、粗雑な乱撃は無意味というもの。冷静に牙を避けたアルフレッドは、前へと駆け出した。
刀身の熱が冷め始め、元の金色に戻りつつある。
その刀身を地に滑らせながら、火花を散らして彼は走る。
「オオオォォォッ!!」
全身全霊の斬り上げ。
顎下から斬り上げるそれと共に、引き金を引く。
再び熱線の如き青い光が瞬き、覇竜の顎下を焼いた。
ただの砲弾とは、比べ物にならないほどの衝撃だ。体格に優れる覇竜といえど、思わず仰け反りかける。
しかし、それでも覇王は倒れない。顎下から打ち上げられた体を、ボディプレスへと変える。
「ぐっ……!」
後ろに跳んで、それを回避。
砲熱を帯びて鋭さを増す穂先を、お返しと言わんばかりに振り下ろす。
牙が砕け、顔がさらに裂けていった。
しかしアカムトルムもまた黙ってはいない。目の前の人間を轢き潰さんと、その巨体を猛進させる。
「おおおぉぉッ!」
振り上げられる前足の下を、潜るように避けて、覇竜の左側面へと抜け出たアルフレッド。
避け様に、その左脇腹を斬り裂いた。
「やはり、腹だ! 腹が柔らかい!」
鮮血が、アルフレッドの髪を濡らす。
血塗れの髪が、さらに赤く染まっていく。
龍識船の観測隊員は、望遠鏡越しに鬼神の如き彼の姿を見るのだった。
「こう見ると、デカい亀みたいだなお前さん! ひっくり返してやるぜ!」
背中の分厚い堅殻を、威嚇と共に開く覇竜。
大きく吠え、その身を回転させる。
太く重い、壁のような尾が迫る。
――アルフレッドは、前に出た。
「ナルガクルガに比べれば、止まって見える……ッ!」
あまりにも大きすぎるため、尾の回転が加速するには時間がかかる。
彼は、まだ回りきっていないそれを踏み台にして、跳び越えた。
標的を見失った尾は、虚しく空回りする。薙ぎ払ったはずの相手が目の前に迫ることに、アカムトルムは驚きを禁じ得なかった。
全力の踏み込み。砕けた地面は音を立てて割れ、アルフレッドを前へと押しやる。
低く構えた体勢で、顎下からの全力の殴打。まさに踏み込み斬り上げとでもいうべきその動きは、覇竜の顎を下から上へと勢いよく弾き上げるのだった。
「これなら――」
その、振り上げた刀身を。
嫌な音を立てる、砲身を。
空圧レバーによって、砲口部分で圧を掛けられる砲弾を。
アルフレッドは、解き放つ。
より速度を増したそれが、撃ち出された。その動きは、さながら"溜め"て砲撃を放つかのよう。
照射の範囲はさらに広がり、顎下に着弾するや否や、青い炎を過剰なまでに膨張させる。その爆発力は、リオレウス希少種のチャージブレスそのものだ。
「どうだ……っ!」
爆風を受け、頬を焼きながら。
砲身が、音を立ててヒビを入れるのを感じながら。
アルフレッドは念を押すように、そう唱える。
覇竜の体が、後ろへと倒れていく――。
「倒れろおおおぉぉぉぉっっ!!」
頂点まで達した頭が、後ろへ、後ろへと傾いていく。
二足歩行状態にまで達した体が、重力に負けたように下がり始めて。
――しかし、あの太い尾が大地を踏み鳴らす。
倒れ込む寸前で、覇竜は止まった。尾を支えにして、その身を留めたのだった。
「――はぁっ……クソ……へへ、これじゃ足りねぇか……」
アルフレッドの真上、その遥か頭上から。
覇竜は、大口を開けた。
赤黒い吐息が、漏れ始める。
大きく息を吸い上げ、喉袋を極限まで膨らませるのだった。
ギルドの連合艦隊を、そして歴戦の猛者である槍使いをも屠ったあの一撃を。
アカムトルムは、真下の銃槍使いへ放とうとしていた。
「――あー、ここまで、か。疲れた……けど、楽しかったな」
逃げ場のないその吐息に、アルフレッドは静かに目を伏せる。
構えることもなく、ただ立ち尽くした。
どこか達成感に満ちた笑みで、全てを受け入れようと、するのだった――。
一瞬の閃光。
続く、小さな風切り音。
細く儚い弾道は、しかし確かに、アカムトルムの顎下から喉に向けて貫いた。
そして、一拍を置いて炸裂する。
体の内側から焼き尽くす痛みに、口内に溜めたエネルギーが霧散。アカムトルムは、悲鳴を上げて怯むのだった。
「……セレス」
アルフレッドは気付く。
硝煙を湛える相棒の姿に。
セレスが、再びここへ駆け付けてくれたことを。
「アルフ! 一緒に帰るよ!」
「……ああ、分かったよ!」
セレスの、どこか上擦った声に、アルフレッドの目は正気を取り戻す。
大男が無事なことを確認するや否や、彼女は弾倉を切り替えた。あの火薬庫で特注した、火薬を大量に添加した弾倉を。
「行くよ! 火薬装填っ!」
過剰なまでに詰められた火薬は、射出される弾丸の速度、威力を加速的に上昇させる。
その弾丸を、連続で放った。
しゃがみの体勢で反動を殺し、引き金を連続で引き続ける。撃つ度に青白い火花が走り、射出間隔が短くなっていく。
それは、
強烈な炎の螺旋のように、アカムトルムの頭を穿つ。
あまりの熱量に、覇竜の巨体は崩れ始めた。
「うあああぁぁぁぁっっ!!」
少女の絶叫と共に、次々と弾かれる火薬弾。
着弾と共に炸裂し、アカムトルムを押す。
背後へ、押し倒すが如く。
覇竜といえど、今や大きな傷を負っており、呼吸も荒い。火薬を大量に注ぎ込んだ青い嵐を前にして、流石の彼も耐えられなかったのだろう。
巨体が、音を立てて倒れ込んだ。
「おお……っ! やった! やりやがった! ちくしょう! すげぇよセレス! ガンランスみたいに、輝いて見えるぜ!」
「はぁ、はぁ……っ!」
弾を撃ち切って、銃口から硝煙を漏らす。
荒い息で酸素を取り込むセレス。
夢中に撃ち続けた反動で、彼女もまた、その場に倒れ込むのだった。
「アルフ……っ! 今、だよ……っ!」
「ああ――任せろ!」
眼前に広がるは、大の字になったアカムトルム。
柔らかい腹を大きく晒し、痛みにもがき苦しんでいる。
大男の狙った、ひっくり返して腹を露わにする作戦が、奇しくもセレスによって果たされていた。
「行くぜ、レギオン! 思いっきり吹け!」
砲口を絞り、青白い光を溜めて。残り二発のうちの一つを解き放つ。
それを、大地に向けて。
アルフレッドは、砲撃の反動で空高く飛び上がった。
二度目の溜めを受け、砲身が耐えきれなくなったように割れるのだった。
「オオラアアァァァァッッ!!!!」
通常のブラストダッシュより、さらにさらに高いそこから。
青白く光るその刀身が、重力によって真っ直ぐ、アカムトルムの腹へと迫る。
――その様は、きっと彼の目には、恐ろしき火山雷のように映っただろう。
碧熱化した刀身はいとも容易く、覇竜の血肉を裂いていく。
首元へと深々と刺さったそれは、太い血管にまで達したのか、噴火のように大量の鮮血を放つのだった。
「ぐっ……!」
落下の衝撃が、アルフレッドの身体中に走る。
全力のその刺突は、まさに慈悲なき獄門。
獄炎の覇王をその帝座から引き摺り落とす、革命的刺突。
しかしアカムトルムは、それでも命の炎を燃やし続けた。
転がるように飛び起きて、首元を穿つ"天敵"を剥がそうと暴れ始める。獄門は、まだ獄門となり得ていない。
「……レギオン! 最後の一発を頼む!」
砲身は既に割れている。
このままでは、弾は放てず暴発するだろう。
だから、アルフレッドは、ガンランスを折り畳んだ。
納刀状態のように半分に折れる、叛逆ノ覇銃槍レギオン。
その穂先は鎌のように、はたまた釣り針のように、アカムトルムの体内に深く食い込む。
そして、剥き出しになったシリンダーの、そこに詰められた最後の砲弾を露わにした。
アルフレッドは、迷いなく引き金を引いた。
撃鉄が勢いよく弾け、込められた弾を解放する。
「いっけええぇぇぇぇッッ!!」
青白い光はそのまま、破壊的な加速力へ。
深く食い込んだ刃を、それを飲み込む覇竜の肉を巻き込み、彗星の如き一閃へと変貌する。
砲身なき今、光の指向性は失われ、ただ猛烈に広がる青い炎と化した。
そして、その炎に押された刃は、とうとう獄門たり得た。視認が難しいほどに加速して、覇竜の体を一瞬で斬り裂く。
青白い炎は、直後に吹き出す鮮血によって、赤く赤く染め上げられていくのだった。
「――がっ!」
砲撃の勢いに、とうとう中折れ機構が砕け散る。
穂先の刃を失い、持ち手とシリンダーだけを持ったアルフレッドが、勢いよく地面へと転がった。
「アルフーっ!!」
セレスが駆け寄り、倒れた大男を抱き上げる。
まさに満身創痍という姿だったが、それでも、それでも彼は笑っていた。
「……へっ。やってやったぜ」
首元から、脇腹へ。
大きく斬り裂かれ、鮮やかな内臓を溢すアカムトルム。
喉を震わせながら空を仰ぎ、両手で何かを掴むように伸ばして――しかし、何も掴むことなく、倒れ込んだ。
倒れてもなお、その体は微かに震えていたが、それも次第に消えていく。
残った右目は、何も映すこともなく、ただ黒く、黒く染まっていくのだった。
「――仇は討ったぜ、おっさん」
事切れる獄炎の覇王を前に、アルフレッドはただそう溢し――。
そして彼もまた、意識を失うのであった。
タイトル回収!なんだこれ、最終回か?
それにしてもアルフレッド、戦闘後毎回倒れすぎ問題。それだけ全力で戦っているということですね。
今回はアカムトルムとの戦闘に終始しました。やはり、アカムトルムは本当に格好いいです。世界観的には、かなり脅威な存在でしょう。これを狩るとなれば、多くの犠牲が伴うはず。まさにゴジラのような…。本当にアカム大好きです。
次回は第四章のラストです。ある意味、区切りの回でもあります。
そしてラストリロードは、続く第五章で完結となりますので、もうしばらくお付き合いいただけると幸いです。
閲覧ありがとうございました。