ラストリロード   作:しばじゃが

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空を走る酒場へ

 先日の、砂漠の一幕から数日。

 生きた燼滅刃がバルバレに送られ、ギルドは大いに賑わうこととなった。

 そして、それが大きな証拠となり、砂漠で猛威を振るっている謎のモンスターの研究が加速した。

 

「――お久しぶりです。アルフレッドさん」

「おお、ハイメル隊長。久しぶり」

 

 研究の中核となったのは、龍歴院だった。

 その龍歴院所属の、空の交易拠点――龍識船。そこへ、アルフレッドとセレスは訪れていた。

 彼らに話し掛けるは、龍識船の指揮を取る竜人族の青年。ハイメルという名の、隊長その人だ。

 

「先日は燼滅刃の捕獲、お見事でした」

「俺は何もしてないよ。最初から瀕死だった。ただ捕獲しただけさ」

「でも、捕獲体を守ったじゃないですか。その結果ゲネル•セルタス亜種まで単独狩猟するなんて。流石ですね」

「まぁ、な」

「アルフ、照れてる?」

「照れてないし……」

 

 真っ直ぐ褒められて、目線を逸らすアルフレッド。

 その背後からひょこっと顔を出したセレスは、悪戯っぽくそう言った。

 彼は照れくさそうに否定し、話を変える。

 

「それより、どうだ? 研究の進捗は」

「順調ですよ。龍識船では、届いたデータを各地のギルドの持つ情報と照らし合わせながら、照合に励んでいます。件の傷を付けた主が何者なのか、その特定をね。もうしばらく時間は掛かるでしょうが、期待して待っていただければと」

「分かった。久しぶりに、ゆっくりこの船で過ごせるんだ。酒場でも行こうかな」

「相変わらず、お酒が好きなことで。羨ましいです」

 

 慣れた様子で歩き始める彼に、龍識船の隊長はお辞儀をしてから踵を返す。

 乗組員にあれこれと指示を出す姿は、若く見えるというのに頼もしい。セレスはそう感じながら、アルフレッドへと追い付いた。

 

「アルフって、隊長さんと知り合いなの?」

「前は龍歴院に属してたって言ったろ? その時から顔見知りだ」

「そうだったんだ……もしかして、龍識船も?」

「集会酒場には、よく脚を運んでたよ。各地の依頼が回ってくるから、いろんな猟区に行けるんだ、ここは」

 

 そして、いろんな酒が飲める。そう締めくくり、アルフレッドは不敵に微笑んだ。

 龍識船は、空の要所であり、狩りの拠点である。

 多くの人が、船が、依頼が舞い込んでくる。

 研究の拠点として、交易拠点として、そしてハンターの集会所として、重要な施設と言えるだろう。

 捕獲された燼滅刃は、まずバルバレギルドに持ち込まれた。それにいち早く興味を示し、研究を申し出たのは龍歴院だった。俗にいう二つ名と呼ばれる特殊個体を追う彼らにとって、燼滅刃は喉から手が出るほど欲しいサンプルなのである。

 そして、その傷を付けた主――それにも、興味がある様子だった。

 ゆえに彼らは、この龍識船にアルフレッドとセレスを招集したのだ。

 

「セレスはこの船初めてか?」

「うん。前のアカムトルムの作戦でも、ここには来たけど、ゆっくり観光はできなかったもんね」

「ああ……そうだったな」

 

 波乱の覇竜討伐作戦。

 あの説明も、確かにここで行われた。

 当作戦を考えると、さまざまな思いが胸中を駆け巡るが――今はそれには触れまいと、アルフレッドは思考を止める。

 

「折角だ。この船を歩き回ってみるか? 酒場以外にもいろいろあるし」

「うん!」

 

 龍識船の母船は、中央にある研究艦である。

 二人が立つここがまさにそれであり、司令塔として全体に指揮を取るために真ん中に座している。

 また、船内には研究所があり、モンスターの生態研究の中枢である他、撃龍槍などの武装を持つ空中戦艦でもある。

 そこから、左へ。

 吊り橋で繋がった左側の船へと、二人は足を運ぶ。

 

「アルフ、ここって?」

「俗にいう、商業区って奴だな。加工屋、雑貨屋、日用品売りなんかが並んでる」

 

 甲板に並んだ店々に、セレスは目を輝かした。

 

「……ほんとだ! すごいすごい!」

 

 客を呼び込む雑貨屋に、弾薬を並べてハンターに商談を持ち掛ける店。

 加工屋に至っては、甲板の上だというのに炉に轟々と火を焚き、燃えるように赤く染まった剣を鎚で殴打していた。

 

「いらっしゃい! お嬢ちゃん、なんか買ってくかい!」

「えっ、えっと!」

「おうおう、嬢ちゃんハンターかい! 回復薬はどうだい! 質の良いものが入荷してるよ!」

「ヘビィボウガン使うのかい? うちのパーツでチューンナップしてかないかい?」

「弾薬も一通り揃ってるよ! さぁ買った買った!」

「わぁ〜……ど、どうしよ」

「いや断れよ。適当にあしらえばいいって」

 

 普段の倹約生活により、露店巡りに慣れていないセレス。数多の客引きに困惑しては、アルフレッドに助けを求める。

 彼は呆れつつも彼女の手を取り、露店の間を通り抜けるのだった。

 

「素直に応じなくていいんだよ、こういう店は」

「う、うん……」

「欲しいものだけパッと決めて、一直線に行くんだ。俺は砲弾を補充したくてな。奥の加工屋に行きたいんだが、いいか?」

「わ、分かった……」

 

 振り返ることなく歩き続けるアルフレッドと、手を引かれるままに追従するセレス。

 そんな彼女は、大きな手に包まれて、口数が少なくなっていた。顔も赤くなっているものの――アルフレッドは振り返らないために、それに気付くこともない。

 彼の視線は、加工屋のみ。

 そこで武器を並べる店主に向けて、話し掛ける。

 

「おっさん、ガンランスの砲弾の在庫あるか?」

「ガンランス? 珍しいな……って、お主この前の覇竜を倒したっていう……」

「在庫、ないか?」

「あ、ある! あるぞ! ちょっと待っとれ!」

 

 加工屋の老人は、木箱から砲弾をいくつか取り出した。

 製造過程でできた端材や金属片を使って、ガンランスの砲弾は作られる。龍識船は多くのハンターが利用する空の要所であり、幸いなことにこの店も砲弾の取り扱いはあったようだ。

 

「いくつ買うかね?」

「二十発欲しい。拡散型砲弾を、二十発」

「分かった! 待っとれよ……」

 

 さらなる在庫を求めて店主が店裏へと隠れる。

 ちょうどそのタイミングで、二人に話し掛ける者が、二人。

 

「あれ? あれ!? セレスちゃん? セレスちゃんじゃん!」

「えっ……」

「おや、セレス殿。それに、アルフレッド殿。お二人とも、ご健勝そうで何より」

「お前さんたち……ああ! 猟団の!」

 

 短髪に口髭を湛えた男と、理知的に微笑むもう一人の男。

 身に纏う装備こそ、それぞれ轟竜と鎌蟹のものへと変わっているが、彼らは確かに、以前ともに狩りをした二人組だった。

 ネルスキュラの捕獲。

 そして、乱入したイビルジョーの撃退。

 かつて一悶着がありながらも、共同戦線を張った二人である。

 

「セシルさん、カインさん!」

「覚えていただけて光栄です」

「やっほー! 久しぶりセレスちゃん! 相変わらず可愛い……ね……?」

 

 気さくに歩み寄るセシル。

 しかし、セレスとアルフレッドの繋いでる手が目に入り、その軽口が止まる。

 

「龍識船でも活動してたのか?」

「我々は元々、各地を転々とするスタイルの団ですから。龍識船は、まさに打ってつけのところ。お二人こそ、ここで会うのは初めてですな。今回はどのような用で?」

「セレスがほとんど初めてらしくて、その案内だ。あと、研究依頼をしててな……その結果待ちだ」

「研究……なるほど。相変わらずのご活躍のようだ。嬉しいことです。なぁ、セシル。……セシル?」

 

 嬉しそうに微笑むカインと、思考が停止して返事すら忘れているセシル。

 アルフレッドが久しぶりの再会にカインと談笑する一方で、セレスは何も発することなく、静かに手を握られるままにしていた。頬を赤らめ、視線を泳がせつつも、握られる右手に意識を集中させている。

 その表情が、ますますセシルの思考を(よど)ませていくのだが――。

 そんなことも露知らず、加工屋の店主は豪快に木箱を置いた。店裏から取り出した大量の砲弾を見せ、嬉しそうに笑う。

 

「待たせたな! これでいいか!」

「お、助かるぜ。これでまた戦える」

「拡散型を使うたぁ、渋いねぇ。何を狩ってきたんだ?」

「砲甲虫だ。生憎、俺の砲の方が強かったみたいだが」

 

 代金と交換するように木箱を受け取り、それを小脇に挟む。

 大きな木箱も、アルフレッドが抱えると小さく見えた。

 

「よし。セレス、次は酒場に行くか」

 

 隣の少女にそう声をかけるも、返事はない。

 

「セレス?」

「え……ごめん、何? 聞いてなかった……」

「大丈夫か。お前さん……顔、赤いな」

「だ、大丈夫! 全然大丈夫だから!」

「無理すんなよ。しんどかったら言ってくれ。次な、反対側にある集会酒場に行きたいんだが良いか?」

「さ、酒場ね! 分かった! いこ!」

 

 半ば勢いに任せるようにアルフレッドを引っ張るセレス。

 小さな少女に引かれるまま、大男もまた歩き出した。

 

「じゃ、またな、お前さんたち」

「ええ、また。お気をつけて。ほら、セシル」

 

 促されても、返事をしないセシル。

 カインは首を傾げながら肘で彼を突くものの、それでも彼は虚空を見つめ続けていた。

 

「……どうしたんだ?」

「まぁ、現実を知ったのでしょう。お二人とも、お幸せに」

「あん? どういう意味だ?」

 

 意味深な彼の言葉にアルフレッドは首を傾げるが、セレスに引かれるままその場を後にする。

 一方、残されたカインはどこか嬉しそうに笑い、セシルのフォローに回るのだった。

 

「あの二人は、覇竜をも仕留めたそうですよ。もはや君の入る余地はないということです」

「う、うるせぇよぉ〜……」

 

 涙ぐむセシルと、その背中をさするカイン。

 

「こんな時こそ、酒を奢ってやりたいところですが、我々では集会酒場はまだ跨げませんな。あの二人、流石としか言えないでしょう」

「くっそ、くっそ! 俺だって! 俺だっていつかな!」

「ええ、その調子。その調子ですよ、セシル」

 

 

 ⚪︎◎⚫︎

 

 

「いらっしゃいませ。ようこそホーンズへ。失礼ですが、ギルドカードをご提示いただけますか?」

 

 酒場に足を踏み入れるや否や、カウンターに立つ男から飛んでくる要求。

 予想外の出来事に、手を引くことに夢中になっていたセレスは石のように固まった。

 

「ウェーナーさんよ、俺のはいいだろ?」

「一応、規則ですから。アルフレッドさんであっても、贔屓はできません」

「へいへい……」

「アルフレッド、久しぶりね。今回は連れもいるのかしら? 仲が良いのね」

「マスター、久しぶりだな」

 

 カウンターに立つ壮年の男性。アルフレッドがウェーナーと呼び掛けた、スキンヘッドの彼。グラスを白い布で拭きながら、シャドウアイ越しに鋭い眼光を光らせる。

 もう一人、カウンター横に腰掛ける竜人族の女性。青い髪をゆるりと流し、扇でその前髪を揺らす姿は、どこか大人の色気を漂わせていた。アルフレッドは、彼女をマスターと呼んだ。

 

「セレス、ここは立ち入り制限のある酒場でな。ここで酒を飲むにはギルドカードの提示が求められるんだ」

「ど、どういうこと?」

「ここで取り扱う依頼は、それだけ危険ってことさ。上位ハンターでもごく一握り……G級というか、俗に言うマスターランクって奴に該当してないと、ここでは客を名乗れねぇのさ」

 

 そう言いながら、ギルドカードを出す大男。

 少女もまた、彼を真似てカードを出す。

 ウェーナーと呼ばれた、カウンターに立つバーマン然とした男はそれを受け取り、静かに目を通した後――柔和に微笑み、二人にカードを返すのだった。

 

「ふむ。改めまして、ようこそホーンズへ。何になさいますか?」

「え、えっと?」

「客として認められたってことだ。ま、何か飲もうぜ」

「ウェーナーは固すぎるのよ。二人を見れば、分かるでしょ? 先日の覇竜討伐を成し遂げた二人だって」

「規則は、規則ですから。とはいえ、ご無礼を働きました。ご容赦いただきたい」

 

 引き締まった動作で頭を下げるウェーナーに、セレスは慌てる。

 一方で、慣れた様子でカウンターの椅子に腰掛けたアルフレッド。彼に引き寄せられるまま、彼女もまた腰掛けるのだった。

 

「……ん、俺ずっと手を引っ張ってたのか。……肩、痛いよな。すまん」

「え、い、いいのに! ……あ、あぁ〜……」

 

 繋いでいた手を離し、カウンターの木目を撫でるアルフレッド。

 片やセレスは手を離されて、寂しそうに眉を曲げた。その様子を言葉にするなら、まさしく『しゅんとした』――といったところか。

 

「さ、何をもらおうかな。お勧めは何があるんだ?」

「そうですな……ウイスキーがお好きのようでしたし、良いココッチウイスキーが入荷してますよ」

「よく覚えてるな」

「ウェーナーは記憶力が抜群なのよ。ちなみに、私はラヴァンダ。ここのマスターよ。よろしくね。貴女の名前も、教えてくださらない?」

「え、えっと、セレスです。よろしくお願いします……!」

「セレス、ね。よろしく。アルフレッドの連れなんて、すごいわね。彼、なかなか変でしょ?」

「おい、どういう意味だ」

 

 くすくすと笑う妙齢の女性に、アルフレッドは眉間に皺を寄せる。

 セレスは彼らの間柄を考えては、交互に二人を見るのだった。

 

「……ああ、俺は龍歴院時代からこの酒場によく来ててな。この二人とも顔馴染みなんだ」

「常連よ、この人。依頼はもちろん、酒目当てでも」

「相変わらずお酒を嗜んでいて何よりです。セレス様も、如何ですか?」

「え、えっと……あたし、何飲めばいいんだろ」

 

 カウンター奥に並ぶボトルの数々に、セレスは困ったように目を泳がせる。

 倹約生活により、酒とは縁のない生活を送ってきた彼女である。付き合いによるビールくらいしか、飲んだことがなかったのだ。

 

「バーは初めてか? 困ったら、おすすめを頼むのが一番だ。ウェーナーさんよ、何かいいのを振る舞ってやってくれ」

「……分かりました。と、なれば、人となりを知りたいですね。貴女(あなた)のことをお聞かせ願えますか?」

「え、あ、あたしのこと?」

「ウェーナーは、カクテル作りの天才よ。でも、貴女が好きな味を探るためには、まず貴女のことをいろいろ知らないと。私も興味あるわ。二人って、どういう関係?」

 

 じっとりと、二人を見るマスター。

 アルフレッドの、一人で狩りに行く姿しか見てこなかったために、彼が人を連れてきたことに、内心驚いているのだった。

 

「俺とセレスは、狩り仲間だな。組んで……どれくらいになる? 結構長いよな」

「うん。一、ニ年は一緒にやってるよね」

「あら、そんなに? 凄いわね。彼、銃槍使いでしょ? よくやれるわね」

「あたし、ガンナーなので。それにいつも、守ってくれますし」

「俺も、セレスには何度も命を救われてるよ。安心して背中を預けれる、頼りになる相棒だよ」

「アルフレッド様がそこまで言うとは……これは、素敵なご新規様を迎えれたということでしょうか。嬉しいですね」

「ウェーナー、ガンナーの血が騒ぐ? 嬉しそうね」

 

 ウェーナーとラヴァンダも、れっきとした龍識船の乗組員である。

 それは当然、あの覇竜討伐作戦の関係者ということであり、その討伐のあらましを聞いているということ。

 アルフレッドのピンチを、駆け付けたセレスの狙撃が救ったことも、二人は聞き及んでいた。

 

「ウェーナーさんって、ガンナーなんですか?」

「ええ。まぁ、昔の話ですが」

「私たち、元々ハンターでね。それこそ、この前アルフレッドが持ってきた燼滅刃みたいな、特殊個体のモンスターを専門的に狩ってたのよ」

「へぇ……そうだったのか。知らなかった」

「私は剣士で攻撃を。ウェーナーはガンナーとしてサポートを。まぁ、この船を買えるくらいには稼いだものね」

「今は、ハンターをしてないんですか?」

「もう引退したわ。今やってるのは、ハンターたちの後援事業かな。ま、前線に出ろと言われれば、喜んで出るけどね」

 

 そう言って、ラヴァンダは不敵に笑う。

 引退したと言いつつも、その眼光に衰えは全く見られない。

 

「そうそう。アルフレッドの持ってきた、燼滅刃に刻まれてた傷ね。少し心当たりがあるのよ」

「何だって? 教えてくれ」

「ラヴァンダ。まだ、確証を得られてはいないので、それは伏せた方がいいでしょう。申し訳ありません。研究結果が出るまでお待ちください」

「何だよ、もったいぶるな」

「ウェーナーは固いわね〜。ま、変に先入観持たせても良くないか。今日は酒を飲みにきたんでしょ? 邪魔しちゃ悪いわね。さ、そろそろ出す酒は決まったかしら?」

「ええ。お二人と話しているうちに、イメージが固まってきました」

 

 そう言いながら、彼が出したのは二本のボトル。

 一つは、まるで水のように透明な液体に満たされるもの。

 もう一つは、澄んだエメラルドのような液体を湛えたものだった。

 

「この二つをシェイクして、お二人に出したいと思います。アルフレッド様。ウイスキーではないですが、よろしいですか?」

「ま、せっかくだし。いただくよ。セレスもそれで良いか?」

「う、うん。飲めるかな……でも、お願いします!」

 

 見たことのない酒に、少しそわそわとするセレス。

 普段なら頼むことはないが、今はアルフレッドがいるからだろうか。躊躇(ためら)いながらも、首を縦に振るのだった。

 

「では、早速お作り致しましょう」

 

 銀色の、丸みを帯びた容器。俗に言うシェーカーと呼ばれる器具へ、それぞれのボトルから酒を注ぐウェーナー。

 透明な液体と、翡翠色の液体を三対一の割合で注ぎ、蓋をキツく閉める。

 そして、両手で包んだそれを右肩の上まで持ち上げて、静かに振り始めた。

 

「わぁ……!」

 

 日常ではまず見られない光景に、セレスは目を輝かせた。

 一定のリズムで始まったそれは、徐々に、徐々に速度を上げていく。

 振られる度に中の酒は撹拌(かくはん)され、境界線を曖昧にするのだった。

 シェイクされ、二つの色が溶け合って。

 無限に続くかと思われたその動きも、少しずつ速度を落としていく。酒の跳ねる音も鎮まり、酒場は静寂に包まれる。

 

「……ふう」

 

 小さな吐息と共に、二つのグラスが取り出される。

 注がれるは、まるで氷河のように煌めくカクテル。さながら、雪解け大地に流れる湧き水と言ったところか。

 

「お待たせしました。『エメラルド•サンセット』です」

 

 半透明の新緑。

 霜を降ろすようなその美しさに、セレスは目を奪われる。

 エメラルド•サンセットと呼ばれたそれを、アルフレッドは手に取った。香草を思わせる独特な香りが、彼の鼻腔をくすぐった。

 

「良い香りだ。セレス、飲もう」

「は、はい。いただきます……」

 

 おずおすと、繊細なグラスを受け取って。

 アルフレッドと控えめに打ち付け合い、ゆっくりと口に付ける。

 こく、こくと飲むと、そこから溢れる苦味、そしてそれを塗り替えていく甘みに目を見張るのだった。

 

「……! すごい……!」

 

 もう一度口に含む。

 ハチミツのように、口内を包み込む粘度。

 ハチミツに負けない、ハーブの香りと甘さ。

 セレスは完全に虜になり、その味わいに口角を緩ませるのだった。

 

「美味しい……!」

「ああ、美味いな……」

 

 アルフレッドもまた、うっとりとそのカクテルを眺めた。

 甘い味わいを湛える一方で、独特の香りと、香草の苦味が顔を出す。

 そしてそこに湛えられたアルコール度数の高さに、彼は満足そうに鼻息を漏らすのだった。

 

「美味いよ。これ、何を使ったんだ?」

 

 大男の問い掛けに、ウェーナーは二つのボトルを二人の前に置いた。

 透明なものを、アルフレッドの前に。

 エメラルド色のそれを、セレスの前に。

 

「お二人をイメージした酒を、シェイクさせていただきました」

 

 シャドウアイ越しに、鋭く光る瞳。

 相変わらず、酒のことには余念がない。

 横から見ていたラヴァンダは、そう思いながら困ったように笑うのだった。

 

「こちらはアルフレッド様をイメージした酒……アクアヴィットです」

「アクアヴィット……って、芋を使ったっていうあれか?」

「はい。フラヒヤ地方で親しまれている、ヤングポテトを原料とした蒸留酒ですね。独特で癖がありますが、香草の旨みが溶け込んだ味わいが特徴です」

「これが、何で俺に?」

「それはやはり、貴方が変わり者だからですね」

 

 物怖じしないその言葉に、アルフレッドの肩がずれ落ちる。

 

「何だそりゃ……」

「変わり者、偏屈……まさにそんな言葉が似合う酒だと思います。しかし、芯が強い。周囲から変人と言われながらも自分を曲げない、アルフレッド様にピッタリかと」

「む……」

 

 そう言われると、悪い気はしない。

 そんな表情で、アルフレッドは姿勢を持ち直す。

 

「そして、セレス様はこれを。シャルトリューズ•プリンセスです」

「シャルト……?」

「シャルトリューズ。ハーブ系のリキュールですね。そしてこれは、リオレイアを思わせる翡翠色に染まっていることから、プリンセスと呼ばれています」

 

 セレスの瞳と同じく、翡翠色に染まったそれ。

 彼女は興味深そうに、そのボトルを手に取った。翡翠と翡翠が重なり合い、柔らかな色を描き出していく。

 

「こちらは甘い味わいが特徴ですね。柔らかさと爽やかさ、そこに潜む力強さ。忍耐強そうな貴女に似たものを感じました」

「忍耐強さ……か。あるかな? あたし」

「じゃなきゃ、狙撃なんてやれねぇだろ?」

「……うん。確かに、そうだね」

 

 少し自信無さげにそう尋ねるセレスだったが、アルフレッドの問い掛けには、嬉しそうに頷いた。

 

「お二人がコンビを結成して、今もなお健勝を続けている。それを祝したカクテルです。今後も、お二人の良き狩りを願って」

 

 その言葉に、二人はもう一度『エメラルド•サンセット』を口に含む。

 爽やかな、シトラスを感じるハーブの香り。

 シャープでキレのある、クリアな味わい。度数の高さゆえにドライなその飲み心地に、二人は嬉しそうに笑うのだった。

 

「……セレス、これからもよろしくな」

「うん、よろしくね」

 

 研究結果が出るまでの束の間。

 二人は武器を収め、静かに空の旅を楽しむ。

 アクアヴィット――それは現地の言葉で、『命の水』を意味する。

 命の水は、女王の息吹を湛え、美しい翡翠色に輝いていた。

 




元ネタはグリーン•アラスカというカクテルです。ジンとシャルトリューズ•ヴェールを使ったもので、それをアクアヴィットでアレンジしました。
グリーンをエメラルドに例え、グリーン•アラスカのカクテル言葉である夕日からサンセットと名付けました。ウェーナーの思いとしては、エメラルドをセレスの瞳に、そしてサンセットをアルフレッドの髪色に例えてもいます。レウスとレイアのような組み合わせですね。
アクアヴィットはじゃがいもが原料のお酒で、味はジンに近い反面独特の癖があります。が、ハマるとやばいタイプのやつです。万人受けはしない味ですが、機会があれば是非ご賞味あれ!
閲覧ありがとうございました。
それでは皆様、良いお年を!
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