「見てください、この傷痕」
龍識船の研究員が、ルーペで拡大した燼滅刃の甲殻を指差す。
そこには、硬い甲殻を易々と削り取った傷痕が走っていた。
「やはりこれは、爪によるものではありません。鋭利さが足りず、太いもので削り取ったようです」
「ティガレックスは考えられない? あれの爪は過剰なまでに太いわよ」
「間隔が、爪のそれではありませんね。もっと大きなもの――それこそ、角など」
研究員と共に、集会酒場のオーナーであるラヴァンダとウェーナーがその傷を覗き込む。
「この大きさ……それに砂漠に生息する生態。考えられるのは……」
「……そうね。角によるもの、それもこのような間隔の狭い、爪痕のような角になると……」
「心当たり、ありますか?」
龍識船の隊長であるハイメルが、改めて二人に尋ねた。
有識者である二人を、龍識船の研究室に呼び寄せたのは隊長である。
二人なら、分かるのでは。そんな期待を寄せた声で、質問を重ねる。
「燼滅刃をも屠る個体となると、かなり絞られます。古龍級生物にも迫りかねない。そして、見てくださいこの甲殻。自らの熱ではなく、別の何かによって、焼かれている」
熱に強いはずの燼滅刃の甲殻が、焼けている。
通常では考えられない状態だった。
「こんなことができるモンスター、思い当たるのは一つだけだわ」
「我々にとって、最も因縁深い相手ですな」
「……ということは、やはり」
「貴方の結論も、それかしら?」
「ええ……」
ラヴァンダの問い掛けに、ハイメルは頷いた。
「生息地は砂漠。そして、火山地帯からやってきたこと。角による、過剰なまでの破壊力。謎の熱源。目につく相手全てに襲い掛かる凶暴性に、そのどれもを捕食することもなく殺すだけ」
「――つまるところ、肉食ではないということね」
「ええ。草食生物という可能性が否めません。砂漠で草食となるには、枯れ草、オアシスの木々や、その水草か。それとも……」
「――サボテン、ですかね」
ウェーナーの言葉に、その場に居合わせた全員が生唾を飲む。
「……火山地帯に生える、火薬草。あれもサボテンの一種です。何者かに縄張りを追われ、火山地帯に逃げ込んで生き延びて、力を付けて帰ってきた。そう考えることができるかもしれません」
「なるほどね。火薬草を食べて、謎の熱源を得るまでに変異した、ってこと」
「それはつまり、"かつてのあの個体"の、再現たりうる存在というわけですか」
「はい……」
ラヴァンダは納得したように頷き、ウェーナーはシャドウアイ越しの眼光を光らせた。
二人の表情に、ハイメルは自身の疑念を確信へと変えていく。最も想像したくなかった解答へ、近づいていく。
「もしこの傷の主が、"あれ"だとしたら――対策が必要ですね。大掛かりな、狩猟計画が。調査隊はどうなってますか?」
隊長のその言葉に、研究員は慌てて研究資料とにらめっこを始めた。
「……今、砂漠地帯に調査船と数名の研究員を派遣しています」
「……まずいな。すぐに連れ戻すように伝報を!」
「はい! ……あ、護衛としてハンターが一人付き添ってます」
「誰ですか? 一人では、とても太刀打ちできないはず。いずれにせよ危険だ……!」
「アルフレッドさんです。彼なら、大丈夫では?」
「アルフレッドですって?」
「アルフレッド様……彼を失うのは、困りますね」
研究員の言葉に灯った希望も、酒場の二人の言葉に掻き消される。
引退したとはいえ、歴戦の強者である彼らの表情が、不穏の色に染まっている。
事態の重さを、誰もが感じ取った。
「撤退の信号弾、そして救出班の派遣を! 急いでください!」
ハイメルの言葉に、慌ただしく研究員たちが動き出す。
ラヴァンダとウェーナーも高速飛行船の手配を進めるために、酒場に向けて足を運ぶ。
その波紋は甲板にまで広がり、乗組員が慌てて進路を西へと変えるのだった。
誰もがそう感じ、持ち場へと身を潜める中――。
一人の男は、何やら面白そうだと、あえて波紋の真ん中へと歩み出すのだった。
「一体何事だぁ? にぎやかなこった」
背中の太刀を揺らしながら、不敵に笑う無精髭の男。
風が、彼の纏う鎧の外套を靡かせた。
⚪︎◎⚫︎
「リオレイア……?」
砂漠地帯の近隣、岩場に囲まれたエリアにて。
遠方で轟く声。
物言わぬ、アプケロスの群れの向こうで、女王の怒号が響き渡る。
居ても立ってもいられず、性に合わない調査の同行を買って出たアルフレッドは、そのただならぬ雰囲気に武器を抜いた。
明らかに、あの傷を付けた主が、近くにいる。
「下がった方がいい。俺は様子を見てくる。お前さんたちは、キャンプに戻っていてくれ」
「で、ですが」
「件のモンスターが、すぐそこにいる。そう考えられるだろ? 危険すぎる」
「わ、分かりました」
二人の研究員は、慌てて道具をまとめて退路に立つ。
アルフレッドは、二人がキャンプへと向かうのを確認した後、盾を構えながら少しずつ距離を詰めるのだった。
「さて、どうなる」
冷や汗が垂れる。
砂漠の暑さのせいではない。
金色のはずが、鮮血によって赤く染められたこの砂漠で。
血塗れのような髪の男は、そのただならぬ雰囲気に生唾を飲み込むのだ。
「リオレイアと、何がいる……?」
岩陰に隠れながら、少しずつ近づいていく。
気配を殺し、姿を隠し、血みどろの渦中へと、足を運ぶ。
巨体の羽ばたく音。
女王の叫び。
ブレスの炸裂する轟音。
地響き、振動。
砂が揺れる。
耳を
――その咆哮には、聞き覚えがあった。
「……この声」
無意識に、体が竦むのを感じる。
本能的に、恐怖を感じる声。
――それは彼が、かつて手痛くやられたことの、何よりの証明。
「おいおい、まさか」
歩み寄る。
岩の先へ。
砂岩地帯を抜け、広い砂漠の中へと。
金色に広がる地平線の中に、それはいた。
青と黒を織り成したような影が、そこにいた。
「……っ!」
どくんと、心臓が跳ね上がるような音。
アルフレッドがそう感じる頃には、宙を舞っていたリオレイアが、ごくあっさりと地へ叩き落とされていた。
響く、女王の悲鳴。
地中から突き上げられるような一撃で、体勢を崩す。
どころか、突き上げた角が緑の甲殻に突き破り、首を振る動きに引きずられるまま、地に落ちる。
砂の中へと叩きつけられ、もがく雌火竜の胴体へ。青黒い影は、引き抜いた角を叩き付けた。乱雑に、抉るように、頭を何度も擦り付ける。
――爪のように不気味に裂けたその角は、リオレイアの甲殻を容易く砕き、血肉を砂漠へと撒き散らすのだった。
断末魔のような声が轟き、息も絶え絶えの、寝息のような呻き声へと変わっていく。
「……こいつは」
動かなくなった女王を踏み付け、青黒い影はけたたましく吠える。
もたげた頭を振り回すように、砂漠に響き渡る声。
身が竦むような声だった。
太い二脚に、全身を覆う如く広がる翼。
尾はアシンメトリーな槌のように膨らみ、砂の山をあっさりと更地に変える。
青黒い甲殻からは蒸気が立ち昇り、巨体をさらに大きく見せていた。
そして、厳しい頭から生えた角は。
その、角は。
「……まるで、悪魔だ」
片側は、太く逞しく、まっすぐ伸びている。
しかしもう一つの左角は、根本から折れたのか、奇妙な変形を遂げていた。
――再生の段階で力が多方向から加わったためか、根元で枝分かれし、三叉となって爪のように伸びている。
砂漠の死体の山々に刻まれた、奇妙な爪痕――その正体。
「……ディアブロス」
青黒い甲殻は、元の体色とは似ても似つかない。
しかしその姿は、ディアブロスのそれである。
砂漠を賑わせた傷痕の主が、今アルフレッドの前にいる。
左角と右肩の甲殻には、彼は思うところがあった。
「変な角だな。明らかに生え変わってやがる。再生が上手くいかなかったのか? それに、あの肩……」
右肩周りだけ、周囲の体色と異なる。
それはつまり、生え変わったということ。
そして、右肩と左角を失った個体を、彼はよく知っていた。
「お前さん、まさか――」
ディアブロスが、アルフレッドに気付いた。
太い足で、大地を掻く。
口から漏れる息は黒く、体表からは黒い蒸気がうっすらと漏れ始めた。
彼を見るや否や、纏う空気が変わる。
明らかな、怒り。
怒気に満ちた気迫が、彼へと襲い掛かる。
「やべっ……!」
盾のベルトを締め直すのも束の間、ディアブロスは走り出した。
その速度、並の角竜を遥かに超える。
二人の距離を瞬く間に詰めて、青黒い重槍が目前へと迫った。
「うおぉ……ッ!」
慌てて横に跳び、暴風の如き突進を躱す。
しかしディアブロスもまた、両脚を広げて速度を緩め、左翼を接地させて全身を旋回させる。
瞬時に向きを変え、再びアルフレッドへと対峙した。
悪魔の如き姿に、アルフレッドは見覚えがあった。
「間違いねぇ……あの時のディアブロス!」
――かつて、バルバレの集会所で。
傷だらけになったセレスが運び込まれ、砂漠の村々を脅かすディアブロスの狩猟依頼が、緊急クエストとして打ち出された。
それに応えたアルフレッドが、辛くも撃退した相手。
致命傷を与えた故に、そう命は長くないと判断されていた相手。
その角竜が、今目の前にいる。
あれから生き延び、圧倒的変異を身に付け、もはや別物と化した姿となってここに立っていた。
暴君が吠える。
凄まじいまでの音圧が轟き、アルフレッドの全身を叩くのだった。
「ぐっ……!」
盾で防ぎ、銃槍を構える。
視線の先には、白い湯気を溢れさせるディアブロスの姿。
あまりある高熱を見に纏っていることは、火を見るより明らかだ。
「お前さん……っ! やばすぎだろ!」
数歩で距離を詰め、不気味に裂けた角を振りかぶる。
叩き付けるような一撃だ。
砂が瞬時に舞い、黄金の散弾となって周囲を粗く削る。
アルフレッドは、大きく背後に跳ぶことでそれを躱していた。
「連撃……ッ!」
角竜は止まらない。
再び頭をもたげ、アルフレッドへと振り下ろす。
原型を留めた右角と、三叉に裂けた左角を。
それはすなわち、悍ましき四本の角。
数多の生物の血を吸った、凄惨な連撃だった。
「あぶねッ!」
背後へ跳び、続け様にスライディング。
角竜の肩下に滑り込むことで逃れ、反撃の突き上げを行う。
――の、だが。
「か、かてぇ……ッ!!」
弾かれる。
斬れ味に優れ、重い刀身を持ったはずの銃槍――アームオブティランが、弾かれる。
黒蝕竜の素材でできたそれは、どのような状況にも対応しやすい通常型のガンランスだ。
しかしそれも、この異常個体を前にしては話が異なる。
「冗談じゃねぇ! どうなってんだその体!」
茶褐色だったそれは、青黒い独特な模様の甲殻と成していた。
そしてその隙間からは、白い蒸気が溢れ返る。口元の黒い吐息とは対照的で、かえって不気味さを助長させた。
黒蝕竜の刀身すら、軽々と弾く甲殻。
真正面からの斬撃は、効果が薄そうだとアルフレッドは判断する。
「だったら……!」
腹下に潜り込み、銃槍を縦に振り下ろす。
柔らかい肉の感触が、彼に届いた。
「ここならいけるぞ!」
確かに、好感触。
しかし、ディアブロスも黙ってはいない。
「やっべ……!」
怒りのままに、尾を振るう。
戦鎚の如きそれが、大男を襲った。
「ぬぅ……ッッ……ッラアアァァァッ!」
縦に構えた銃槍で、着撃の瞬間に背後に跳ぶ。
そして流れるように武器を振るい、衝撃を受け流した。
まさに、いなし。
流水の動きで技をいなし、背後に跳ぶことで衝撃を殺す。
もしくは、合気とでも呼ぶべきだろうか。
セバスチャンの妙技の伝授。そして、レクスの技術を見て学んだこと。それらを組み合わせ、アルフレッドは新たな型を作り出したのだった。
「ふう! 何とかなった……!」
砂に足を滑らせながら、後退。
左腕に若干の痺れを感じつつも、彼は体勢を立て直す。
盾で真っ向から受けるより、遥かにマシだ。
そう実感しながら。
「って、安心してる場合じゃねぇ!」
ディアブロスの猛攻は、止まらない。
今度は剣豪の如く、角を高く掲げた。
そして、振り下ろす。四本の刀の袈裟斬りである。
「ぐっ!」
再び武器と盾で受け流そうと試みるものの、その一撃は非常に重く、満足に威力を殺せない。
アルフレッドは軽々と吹き飛ばされ、防具に激しい損傷を負うのだった。
「まだあの避け方は、安定しねぇ……!」
血の滲みを感じるも、ディアブロスは止まらない。
さらに角を振りかざし、大男をすり潰さんと角を薙ぐ。
何度も、薙ぐ。
「何だこの、執拗な角の使い方――」
痛みに打ち震えるように。
不快感を、無理矢理叩きつけるように。
ディアブロスは、何度歪な角を振り続けた。
「あの、変な左角か?」
叩きつけるのは、決まって左側。
あの、死体の山に刻まれていた傷。
燼滅刃を仕留めた傷。
大柄な爪のような傷痕の、正体。
「……気持ち悪いのか? その、変な生え方が」
折れた角が、再生する過程で異常な力が加わり、変形してしまったのではないか。
アルフレッドは、そう考えた。
「ナバルデウスかっての。何なんだよこいつ……!」
かつてモガの村近海に現れた古龍、ナバルデウス。
大海龍と呼ばれるそれは、片角の肥大による不快感に苛まれていた。痛みの原因である角を海底に叩き付けることが常態化した頃、地上ではそれが頻発する巨大地震となり、ハンターが出張ることとなったのだった。
古龍。その言葉を想起して、アルフレッドは冷や汗を垂らす。
まるで古龍の筋書きをなぞるかのような角竜に、言いようのない畏れを抱きながら。
「オオオォォォ!!」
その畏れを跳ね除けるように、彼は叫んだ。
叫んで、振り下ろされる角を横から盾で弾いて逸らす。
そして、お返しと言わんばかりの刺突を頭へと打ち込んだ。
――角の根本の肉質は、彼の想像に反して柔らかく、あっさりとその穂先を飲み込むのだった。
「食らいな!」
射出する、竜杭弾。
刃と砲弾が組み合わされたそれは、三叉の切先が開いては回転しながら肉の中へと埋まっていく。
そして、衝撃が撃鉄の代わりとなり、込められた火薬を爆ぜさせるのだ。
ディアブロスは、悲鳴を上げて仰け反った。
「頭は、意外と効くな!」
続け様に連撃。
そう、槍を構え直すアルフレッドだったが――。
ディアブロスは、吠える。
「やべ……ッ!」
慌てて振り上げる盾。
十分ではなかったが、その音圧を幾分か和らげた。
しかし、彼の巨体をも後方へと跳ね除ける威力。そしてそれが聴覚にもたらす影響は、計り知れない。
即座に片翼を振り上げるディアブロス。
尾で、たんと地面を叩き、それを発射音にでもするように加速した。
初速にして、最高速度。
アルフレッドを轢き潰さんと、巨体が走る。
「うおおオオオォォォッ!!」
咆哮の威力に体を縛られ、避けるには到底間に合わない。
アルフレッドは、直撃か、盾で受けることだけを強いられた。
当然、彼は後者を選ぶ。
覚悟を決めた叫びと共に、暴風の如き角竜を受け止めた。
――鮮血が舞い、金属が舞う。
盾が割れ、鎧が砕け、身体中を血まみれにしながら、アルフレッドが地に墜ちた。
金色の煙を――いや、もはや赤い煙を巻き上げながら、砂の大地を転がる彼は、まさに満身創痍に近い。
吐き出した息もまた、黒い血を交えている。ディアブロスのようだと、彼はどこか他人事のように自嘲した。
「……っはぁ……クソ、ったれが……」
血塗れの頭がゆっくりと浮き、彼は再び立ち上がる。
額から溢れる血にも意を介さず、火を吹き始めるガンランス。
盾が割れたというのに、彼の闘志は衰えていなかった。
ふらつきながらも、猛炎を吐く銃槍を両手で握りしめる。
――今回は、右腕は無事だった。
「あの時の再現といこうぜ……竜の息吹だッ!」
青白い炎を吐き出さんとする瞬間に、彼は空圧レバーを閉じて砲炎を閉じ込めた。
行き場を失った炎はガンランス内で轟々と燃え、砲身を、刀身を赤く灯らせる。
竜の息吹。
竜撃砲の力を留め、恐るべき熱エネルギーへと変換させる技。かつて、彼があのディアブロスを追い込んだ奥の手である。
「オオオォォォ!!」
渾身の叩きつけ。
角竜の青黒い甲殻が、音を立てて焼ける。
焼けるものの、深くは斬れていない。
「そんな……嘘だろ!」
両手で持ち直したそれを、大きな跳躍とともにもう一度叩きつけた。
しかし、それでも効果は薄い。
弾かれはしない。しかし深く刻むこともなく、表面に切り込みを入れる程度。
竜の息吹でも、奴の命に届かない。その事実に、彼は唇の内側を強く噛んだ。
角竜、吠える。
再びその身を走らせる。
「クソが!」
迫る音圧を、砲撃の轟音と反動を交えて相殺。
その勢いを利用して背後に宙返りして、衝撃を押し殺す。
迫る巨大の足を、すれ違い様に斬る。
しかしそれも、薄皮を裂く程度。大した損傷には至っていない。
「……やっぱり、腹下か!」
このままでは埒があかない。
突進の勢いを抑え込む角竜の、その
スライディングで滑り込み、両手で持った銃槍を振り上げた。
舞い散る、鮮血。
雨のように降り注ぐそれが、アルフレッドの頭をさらに赤く染める。
「いい感じ……!」
背中の甲殻が硬い分、腹下は層が薄い。
穂先が熱せられた刃はよく通り、肉を深く裂いていた。
その感触にアルフレッドは手応えを感じる――それも、束の間。
「やばい!」
振り上げた頭を、足元の大男へと叩きつける。
角竜がその角を砂へと埋め、どころから全身を持ち上げて錐揉み回転をし始める。
竜巻の如きそれに弾かれ、アルフレッドは砂の大地を転がった。
金色の砂に、赤い色が染み込んでいく。
――それが彼の血なのか、ディアブロスの血なのか。
もはや判別不能である。
「奴はどこへ――下か!」
起き上がった彼が見たのは、砂煙が舞う一瞬のみ。
続く、振動音。
何もかもを
「逃げるなら――」
横に跳んでも、後ろに跳んでも、その振動は角竜に感知される。
盾も失った彼に、残された手は。
「――上だ!」
圧を掛けた砲弾を、足元で炸裂。
その衝撃に全身を乗せ、アルフレッドは空へと飛んだ。
ブラストダッシュ。
それを真上に向けて行ったのだ。
直後、轟音と共に砂が破裂する。
濃紺色に染まった影が、砂を撒き散らしながら大地に穴を開けた。
凄まじいまでの衝撃と、砂の散弾が舞う。空中のアルフレッドはそれを受けるものの、角の直撃自体は避けることができた。
「――ふぅ! あぶねぇ……!」
確かに、振動は感じた。
しかし、地上に出てみれば、人間の姿はない。
ディアブロスが、鼻息を荒げながら周囲を見る。
当のアルフレッドは、その真上で槍を構え直していた。
「これなら、どうだアアァァァッ!!」
先程の、角に刺した竜杭砲。
その好感触をなぞるように、彼は角の根本を狙う。
竜の息吹を湛え、青白く変色した切先を、あの三叉の角へと突き刺すのだった。
悲鳴。
予想もしていない方向からの、猛攻。
青黒い甲殻をもってしても、耐えきれない熱量が突き刺さる。
それが、全体重を乗せて深く押し込まれるのだから、ディアブロスはその痛みに叫ぶしかなかった。
「これなら……!!」
竜撃砲は、今は撃てない。
竜の息吹は、今も強く燃えている。
この状況で撃てるのは、圧を掛けた砲撃か、フルバーストか。
アルフレッドは、最大の一撃を放たんと、引き金に指を掛ける――。
その時だった。
「――あ……ッ!?」
音を立てて、砲身が割れる。
竜の息吹に耐えきれなくなったように、アームオブティランが割れた。
留め具とネジも同時に外れ、固定されていた刀身が外れる。それはつまり、頭に張り付くための支えを失うということ。彼の体勢が、大きく崩れる。
そしてその隙を、ディアブロスが逃すはずがなかった。
全力をもって、頭を大地に叩きつける。
大男ごと、擦り潰す。
「……ッッ!!」
割れた砲身を盾に、受け身を取るアルフレッドだったが、それでいなせるような威力ではない。
一瞬で満身創痍にさせられ、大男は血まみれで砂の上を転がった。
「……ぐ、マジか、ッよ……!」
真っ赤に染まった視界の中で、音を立てて崩れる砲身。
当たり前だ。
アームオブティランの大元、ゴア•マガラは火に弱い。
加工されたとはいえ、それは変わりようのない事実なのだ。その素材でできた砲身で、竜撃砲の熱を留めようならば、設計限界を超えることとなっても致し方ないだろう。
完全に判断ミス。
アルフレッドは、その事実に唇を噛む。
いや、唇を噛む力すら、残ってはいなかった。
「う、動け……」
壊れた相棒を握ろうと、指に力を込める。
しかし、指すら動かない。
「動けよ、俺の体……ッ!」
動かぬ大男を前に、ディアブロスは満足気に鼻を鳴らした。
ようやく、借りを返せた。
そう言わんばかりに、大きく鼻息を漏らし、その角を高く高く振りかぶる。
縄張りを奪い返す。そんな、叛逆の意思を込めて。
アルフレッドは、その今際の際に、セレスの顔を浮かべるのだった。
――村を、守ってやれない。
その事実に、彼の全神経が鼓動を上げる。
「うおぉ……あぁアアァァ!!」
無理矢理起き上がり、しかし受け身も取れず転がる。
ただの横転だが、ディアブロスの一撃を躱した。
しかし、二度目が来る。
「楽しかった……なんて、言ってられるか!」
普段の彼なら、ここで運命を受け入れていたのかもしれない。満足げに笑って、「疲れた、楽しかった」と呟いただろう。
しかし今は、彼を生へと執着させる何かがある。
ゆえに体に鞭を打って、角竜の角から逃れようとするのだった。
――それでも、二度目はない。
芋虫のように這う彼に、追撃から逃れる力はなかった。
旋風。
音を置き去りにする、斬撃。
まるで桜が舞うかのような、一瞬の静寂とともに、斬撃が遅れてやってくる。
否。斬られたことにすら気付かないほど精巧な切り口が、遅れて開いたのだった。
痛みのあまり、悲鳴を上げるディアブロス。
生み出された隙に、斬撃の主は屈みながら口を開いた。
「よう、大丈夫か? アルフレッドさんよ」
「……お前、さんは――」
ひゅんと太刀を振り、刀身の血を払う男。
無精髭を生やしたその男は、薄ら笑いでアルフレッドを見た。半面を火傷に覆われた男が、アルフレッドに肩を貸すのだった。
「救難指令だ。アンタを助けに来たぜ」
「レク、ス……」
レクス。
火の国周辺の狩猟依頼で同伴した、太刀使いである。
ガンランスに対して並々ならぬ感情を抱く彼が、今ガンランス使いであるアルフレッドを助けにきたのだ。
「何で、ここに……」
「龍識船では大慌てさ。コイツの、正体が割れたからな。そんで、アンタがここに来てるから連れ戻せと言われてよ。ま、オレだって思うところはあるが……仕事はきっちりこなすぜ」
懐から閃光玉を取り出し、斬撃に苦しむディアブロスの目の前へと投げ付ける。
直後、それが炸裂。
砂漠は白い光に包まれた。
「意外だ、な……俺を見捨てても、おかしくなさそう、なのによ……」
「オレは救援を専門としててな、助けに行ったやつを死なせねぇことが信条だ」
閃光に目を突き刺され、もがき苦しむディアブロス。
レクスは、さらにけむり玉を撒くことでアルフレッドの体格を隠すのだった。
「――弟を死なせたことの、唯一の償いなのさ」
「おと、うと……?」
「アンタがガンランス使いなら、尚更な」
「……それって、どういう――」
響く、咆哮。
怒りに満ちた、角竜の叫び。
それ以上の会話はできない。誰もがそう感じ取る。
「今は無駄口叩いてる暇はねぇ。死にたくないなら黙ってろよ〜」
アルフレッドの巨体を苦にすることもなく、引きずっていくレクス。
一方で、このままでは彼ごと轢き潰されるのでは、と考えるアルフレッドだったが――。
その疑念は、徒労に終わる。
終わりを告げる音――それも、爆音が響き渡った。
「なん、だ……?」
「オレを運んでくれた飛行船さ。大砲付きでな、その音でアイツを誘導するっていう手筈だ」
空を漂う飛行船。そこから放たれる、数多の砲弾。
縄張りに異音を立てられ、ディアブロスは怒気に満ちた黒い吐息を吐く。
とにかく、邪魔者を殺す。
そんな思考に染まった彼は、空を走る船を追いかけて地の果てへと走り出すのだった。
煙で見えなくなった人間には、見向きもせずに。
いや、かつてのアルフレッドのように、満身創痍になった相手を見て、もう長くないと思った――のかもしれない。
「……ひゅう、何とかなりそうだな」
「く、そ……」
息も絶え絶えで、アルフレッドは悪態をつく。
かつてないほどの敗北感。
それに苛まれながら、意識の底の底へ、堕ちていくのを感じるのだった。
いよいよ出ました。
本作品のメインモンスター。第一章のラスボス、ディアブロスです。そして本作品を締めるラスボスでもあります。砂漠に不穏な影を残していたのは、彼だったわけです。
ディアブロスって、格好良いですよね。ブレスとか、放電とか、そういう力に頼ることなく、突進や潜航など肉弾戦だけで戦うスタイルがたまりません。野生味というか、生物の荒々しさというか、本当に美しいモンスターだと思います。そして強い。悪名高き4本の角は未だに忘れられません。ちなみに、個人的好きなモンスター第一位です。ワイルズでも、是非レ•ダウをシンプルな暴力でぶち破ってほしい。出てきて…お願いしますカプコンさん!
次回からは、このディアブロスを討伐するために動きます。第五章は、全てこいつに費やします!
それでは、閲覧ありがとうございました。
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