ラストリロード   作:しばじゃが

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現れし者

「見てください、この傷痕」

 

 龍識船の研究員が、ルーペで拡大した燼滅刃の甲殻を指差す。

 そこには、硬い甲殻を易々と削り取った傷痕が走っていた。

 

「やはりこれは、爪によるものではありません。鋭利さが足りず、太いもので削り取ったようです」

「ティガレックスは考えられない? あれの爪は過剰なまでに太いわよ」

「間隔が、爪のそれではありませんね。もっと大きなもの――それこそ、角など」

 

 研究員と共に、集会酒場のオーナーであるラヴァンダとウェーナーがその傷を覗き込む。

 

「この大きさ……それに砂漠に生息する生態。考えられるのは……」

「……そうね。角によるもの、それもこのような間隔の狭い、爪痕のような角になると……」

「心当たり、ありますか?」

 

 龍識船の隊長であるハイメルが、改めて二人に尋ねた。

 有識者である二人を、龍識船の研究室に呼び寄せたのは隊長である。

 二人なら、分かるのでは。そんな期待を寄せた声で、質問を重ねる。

 

「燼滅刃をも屠る個体となると、かなり絞られます。古龍級生物にも迫りかねない。そして、見てくださいこの甲殻。自らの熱ではなく、別の何かによって、焼かれている」

 

 熱に強いはずの燼滅刃の甲殻が、焼けている。

 通常では考えられない状態だった。

 

「こんなことができるモンスター、思い当たるのは一つだけだわ」

「我々にとって、最も因縁深い相手ですな」

「……ということは、やはり」

「貴方の結論も、それかしら?」

「ええ……」

 

 ラヴァンダの問い掛けに、ハイメルは頷いた。

 

「生息地は砂漠。そして、火山地帯からやってきたこと。角による、過剰なまでの破壊力。謎の熱源。目につく相手全てに襲い掛かる凶暴性に、そのどれもを捕食することもなく殺すだけ」

「――つまるところ、肉食ではないということね」

「ええ。草食生物という可能性が否めません。砂漠で草食となるには、枯れ草、オアシスの木々や、その水草か。それとも……」

「――サボテン、ですかね」

 

 ウェーナーの言葉に、その場に居合わせた全員が生唾を飲む。

 

「……火山地帯に生える、火薬草。あれもサボテンの一種です。何者かに縄張りを追われ、火山地帯に逃げ込んで生き延びて、力を付けて帰ってきた。そう考えることができるかもしれません」

「なるほどね。火薬草を食べて、謎の熱源を得るまでに変異した、ってこと」

「それはつまり、"かつてのあの個体"の、再現たりうる存在というわけですか」

「はい……」

 

 ラヴァンダは納得したように頷き、ウェーナーはシャドウアイ越しの眼光を光らせた。

 二人の表情に、ハイメルは自身の疑念を確信へと変えていく。最も想像したくなかった解答へ、近づいていく。

 

「もしこの傷の主が、"あれ"だとしたら――対策が必要ですね。大掛かりな、狩猟計画が。調査隊はどうなってますか?」

 

 隊長のその言葉に、研究員は慌てて研究資料とにらめっこを始めた。

 

「……今、砂漠地帯に調査船と数名の研究員を派遣しています」

「……まずいな。すぐに連れ戻すように伝報を!」

「はい! ……あ、護衛としてハンターが一人付き添ってます」

「誰ですか? 一人では、とても太刀打ちできないはず。いずれにせよ危険だ……!」

「アルフレッドさんです。彼なら、大丈夫では?」

「アルフレッドですって?」

「アルフレッド様……彼を失うのは、困りますね」

 

 研究員の言葉に灯った希望も、酒場の二人の言葉に掻き消される。

 引退したとはいえ、歴戦の強者である彼らの表情が、不穏の色に染まっている。

 事態の重さを、誰もが感じ取った。

 

「撤退の信号弾、そして救出班の派遣を! 急いでください!」

 

 ハイメルの言葉に、慌ただしく研究員たちが動き出す。

 ラヴァンダとウェーナーも高速飛行船の手配を進めるために、酒場に向けて足を運ぶ。

 その波紋は甲板にまで広がり、乗組員が慌てて進路を西へと変えるのだった。

 只事(ただごと)ではない。

 誰もがそう感じ、持ち場へと身を潜める中――。

 一人の男は、何やら面白そうだと、あえて波紋の真ん中へと歩み出すのだった。

 

「一体何事だぁ? にぎやかなこった」

 

 背中の太刀を揺らしながら、不敵に笑う無精髭の男。

 風が、彼の纏う鎧の外套を靡かせた。

 

 

 ⚪︎◎⚫︎

 

 

「リオレイア……?」

 

 砂漠地帯の近隣、岩場に囲まれたエリアにて。

 遠方で轟く声。

 物言わぬ、アプケロスの群れの向こうで、女王の怒号が響き渡る。

 居ても立ってもいられず、性に合わない調査の同行を買って出たアルフレッドは、そのただならぬ雰囲気に武器を抜いた。

 明らかに、あの傷を付けた主が、近くにいる。

 

「下がった方がいい。俺は様子を見てくる。お前さんたちは、キャンプに戻っていてくれ」

「で、ですが」

「件のモンスターが、すぐそこにいる。そう考えられるだろ? 危険すぎる」

「わ、分かりました」

 

 二人の研究員は、慌てて道具をまとめて退路に立つ。

 アルフレッドは、二人がキャンプへと向かうのを確認した後、盾を構えながら少しずつ距離を詰めるのだった。

 

「さて、どうなる」

 

 冷や汗が垂れる。

 砂漠の暑さのせいではない。

 金色のはずが、鮮血によって赤く染められたこの砂漠で。

 血塗れのような髪の男は、そのただならぬ雰囲気に生唾を飲み込むのだ。

 

「リオレイアと、何がいる……?」

 

 岩陰に隠れながら、少しずつ近づいていく。

 気配を殺し、姿を隠し、血みどろの渦中へと、足を運ぶ。

 巨体の羽ばたく音。

 女王の叫び。

 ブレスの炸裂する轟音。

 地響き、振動。

 砂が揺れる。

 耳を(つんざ)くような、咆哮。

 ――その咆哮には、聞き覚えがあった。

 

「……この声」

 

 無意識に、体が竦むのを感じる。

 本能的に、恐怖を感じる声。

 ――それは彼が、かつて手痛くやられたことの、何よりの証明。

 

「おいおい、まさか」

 

 歩み寄る。

 岩の先へ。

 砂岩地帯を抜け、広い砂漠の中へと。

 金色に広がる地平線の中に、それはいた。

 青と黒を織り成したような影が、そこにいた。

 

「……っ!」

 

 どくんと、心臓が跳ね上がるような音。

 アルフレッドがそう感じる頃には、宙を舞っていたリオレイアが、ごくあっさりと地へ叩き落とされていた。

 

 響く、女王の悲鳴。

 地中から突き上げられるような一撃で、体勢を崩す。

 どころか、突き上げた角が緑の甲殻に突き破り、首を振る動きに引きずられるまま、地に落ちる。

 砂の中へと叩きつけられ、もがく雌火竜の胴体へ。青黒い影は、引き抜いた角を叩き付けた。乱雑に、抉るように、頭を何度も擦り付ける。

 ――爪のように不気味に裂けたその角は、リオレイアの甲殻を容易く砕き、血肉を砂漠へと撒き散らすのだった。

 断末魔のような声が轟き、息も絶え絶えの、寝息のような呻き声へと変わっていく。

 

「……こいつは」

 

 動かなくなった女王を踏み付け、青黒い影はけたたましく吠える。

 もたげた頭を振り回すように、砂漠に響き渡る声。

 身が竦むような声だった。

 

 太い二脚に、全身を覆う如く広がる翼。

 尾はアシンメトリーな槌のように膨らみ、砂の山をあっさりと更地に変える。

 青黒い甲殻からは蒸気が立ち昇り、巨体をさらに大きく見せていた。

 そして、厳しい頭から生えた角は。

 その、角は。

 

「……まるで、悪魔だ」

 

 片側は、太く逞しく、まっすぐ伸びている。

 しかしもう一つの左角は、根本から折れたのか、奇妙な変形を遂げていた。

 ――再生の段階で力が多方向から加わったためか、根元で枝分かれし、三叉となって爪のように伸びている。

 砂漠の死体の山々に刻まれた、奇妙な爪痕――その正体。

 

「……ディアブロス」

 

 青黒い甲殻は、元の体色とは似ても似つかない。

 しかしその姿は、ディアブロスのそれである。

 砂漠を賑わせた傷痕の主が、今アルフレッドの前にいる。

 左角と右肩の甲殻には、彼は思うところがあった。

 

「変な角だな。明らかに生え変わってやがる。再生が上手くいかなかったのか? それに、あの肩……」

 

 右肩周りだけ、周囲の体色と異なる。

 それはつまり、生え変わったということ。

 そして、右肩と左角を失った個体を、彼はよく知っていた。

 

「お前さん、まさか――」

 

 ディアブロスが、アルフレッドに気付いた。

 太い足で、大地を掻く。

 口から漏れる息は黒く、体表からは黒い蒸気がうっすらと漏れ始めた。

 彼を見るや否や、纏う空気が変わる。

 明らかな、怒り。

 怒気に満ちた気迫が、彼へと襲い掛かる。

 

「やべっ……!」

 

 盾のベルトを締め直すのも束の間、ディアブロスは走り出した。

 その速度、並の角竜を遥かに超える。

 二人の距離を瞬く間に詰めて、青黒い重槍が目前へと迫った。

 

「うおぉ……ッ!」

 

 慌てて横に跳び、暴風の如き突進を躱す。

 しかしディアブロスもまた、両脚を広げて速度を緩め、左翼を接地させて全身を旋回させる。

 瞬時に向きを変え、再びアルフレッドへと対峙した。

 悪魔の如き姿に、アルフレッドは見覚えがあった。

 

「間違いねぇ……あの時のディアブロス!」

 

 ――かつて、バルバレの集会所で。

 傷だらけになったセレスが運び込まれ、砂漠の村々を脅かすディアブロスの狩猟依頼が、緊急クエストとして打ち出された。

 それに応えたアルフレッドが、辛くも撃退した相手。

 致命傷を与えた故に、そう命は長くないと判断されていた相手。

 その角竜が、今目の前にいる。

 あれから生き延び、圧倒的変異を身に付け、もはや別物と化した姿となってここに立っていた。

 

 暴君が吠える。

 凄まじいまでの音圧が轟き、アルフレッドの全身を叩くのだった。

 

「ぐっ……!」

 

 盾で防ぎ、銃槍を構える。

 視線の先には、白い湯気を溢れさせるディアブロスの姿。

 あまりある高熱を見に纏っていることは、火を見るより明らかだ。

 

「お前さん……っ! やばすぎだろ!」

 

 数歩で距離を詰め、不気味に裂けた角を振りかぶる。

 叩き付けるような一撃だ。

 砂が瞬時に舞い、黄金の散弾となって周囲を粗く削る。

 アルフレッドは、大きく背後に跳ぶことでそれを躱していた。

 

「連撃……ッ!」

 

 角竜は止まらない。

 再び頭をもたげ、アルフレッドへと振り下ろす。

 原型を留めた右角と、三叉に裂けた左角を。

 それはすなわち、悍ましき四本の角。

 数多の生物の血を吸った、凄惨な連撃だった。

 

「あぶねッ!」

 

 背後へ跳び、続け様にスライディング。

 角竜の肩下に滑り込むことで逃れ、反撃の突き上げを行う。

 ――の、だが。

 

「か、かてぇ……ッ!!」

 

 弾かれる。

 斬れ味に優れ、重い刀身を持ったはずの銃槍――アームオブティランが、弾かれる。

 黒蝕竜の素材でできたそれは、どのような状況にも対応しやすい通常型のガンランスだ。

 しかしそれも、この異常個体を前にしては話が異なる。

 

「冗談じゃねぇ! どうなってんだその体!」

 

 茶褐色だったそれは、青黒い独特な模様の甲殻と成していた。

 そしてその隙間からは、白い蒸気が溢れ返る。口元の黒い吐息とは対照的で、かえって不気味さを助長させた。

 黒蝕竜の刀身すら、軽々と弾く甲殻。

 真正面からの斬撃は、効果が薄そうだとアルフレッドは判断する。

 

「だったら……!」

 

 腹下に潜り込み、銃槍を縦に振り下ろす。

 柔らかい肉の感触が、彼に届いた。

 

「ここならいけるぞ!」

 

 確かに、好感触。

 しかし、ディアブロスも黙ってはいない。

 

「やっべ……!」

 

 怒りのままに、尾を振るう。

 戦鎚の如きそれが、大男を襲った。

 

「ぬぅ……ッッ……ッラアアァァァッ!」

 

 縦に構えた銃槍で、着撃の瞬間に背後に跳ぶ。

 そして流れるように武器を振るい、衝撃を受け流した。

 まさに、いなし。

 流水の動きで技をいなし、背後に跳ぶことで衝撃を殺す。

 もしくは、合気とでも呼ぶべきだろうか。

 セバスチャンの妙技の伝授。そして、レクスの技術を見て学んだこと。それらを組み合わせ、アルフレッドは新たな型を作り出したのだった。

 

「ふう! 何とかなった……!」

 

 砂に足を滑らせながら、後退。

 左腕に若干の痺れを感じつつも、彼は体勢を立て直す。

 盾で真っ向から受けるより、遥かにマシだ。

 そう実感しながら。

 

「って、安心してる場合じゃねぇ!」

 

 ディアブロスの猛攻は、止まらない。

 今度は剣豪の如く、角を高く掲げた。

 そして、振り下ろす。四本の刀の袈裟斬りである。

 

「ぐっ!」

 

 再び武器と盾で受け流そうと試みるものの、その一撃は非常に重く、満足に威力を殺せない。

 アルフレッドは軽々と吹き飛ばされ、防具に激しい損傷を負うのだった。

 

「まだあの避け方は、安定しねぇ……!」

 

 血の滲みを感じるも、ディアブロスは止まらない。

 さらに角を振りかざし、大男をすり潰さんと角を薙ぐ。

 何度も、薙ぐ。

 

「何だこの、執拗な角の使い方――」

 

 痛みに打ち震えるように。

 不快感を、無理矢理叩きつけるように。

 ディアブロスは、何度歪な角を振り続けた。

 

「あの、変な左角か?」

 

 叩きつけるのは、決まって左側。

 あの、死体の山に刻まれていた傷。

 燼滅刃を仕留めた傷。

 大柄な爪のような傷痕の、正体。

 

「……気持ち悪いのか? その、変な生え方が」

 

 折れた角が、再生する過程で異常な力が加わり、変形してしまったのではないか。

 アルフレッドは、そう考えた。

 

「ナバルデウスかっての。何なんだよこいつ……!」

 

 かつてモガの村近海に現れた古龍、ナバルデウス。

 大海龍と呼ばれるそれは、片角の肥大による不快感に苛まれていた。痛みの原因である角を海底に叩き付けることが常態化した頃、地上ではそれが頻発する巨大地震となり、ハンターが出張ることとなったのだった。

 古龍。その言葉を想起して、アルフレッドは冷や汗を垂らす。

 まるで古龍の筋書きをなぞるかのような角竜に、言いようのない畏れを抱きながら。

 

「オオオォォォ!!」

 

 その畏れを跳ね除けるように、彼は叫んだ。

 叫んで、振り下ろされる角を横から盾で弾いて逸らす。

 そして、お返しと言わんばかりの刺突を頭へと打ち込んだ。

 ――角の根本の肉質は、彼の想像に反して柔らかく、あっさりとその穂先を飲み込むのだった。

 

「食らいな!」

 

 射出する、竜杭弾。

 刃と砲弾が組み合わされたそれは、三叉の切先が開いては回転しながら肉の中へと埋まっていく。

 そして、衝撃が撃鉄の代わりとなり、込められた火薬を爆ぜさせるのだ。

 ディアブロスは、悲鳴を上げて仰け反った。

 

「頭は、意外と効くな!」

 

 続け様に連撃。

 そう、槍を構え直すアルフレッドだったが――。

 ディアブロスは、吠える。

 

「やべ……ッ!」

 

 慌てて振り上げる盾。

 十分ではなかったが、その音圧を幾分か和らげた。

 しかし、彼の巨体をも後方へと跳ね除ける威力。そしてそれが聴覚にもたらす影響は、計り知れない。

 即座に片翼を振り上げるディアブロス。

 尾で、たんと地面を叩き、それを発射音にでもするように加速した。

 初速にして、最高速度。

 アルフレッドを轢き潰さんと、巨体が走る。

 

「うおおオオオォォォッ!!」

 

 咆哮の威力に体を縛られ、避けるには到底間に合わない。

 アルフレッドは、直撃か、盾で受けることだけを強いられた。

 当然、彼は後者を選ぶ。

 覚悟を決めた叫びと共に、暴風の如き角竜を受け止めた。

 

 ――鮮血が舞い、金属が舞う。

 盾が割れ、鎧が砕け、身体中を血まみれにしながら、アルフレッドが地に墜ちた。

 金色の煙を――いや、もはや赤い煙を巻き上げながら、砂の大地を転がる彼は、まさに満身創痍に近い。

 吐き出した息もまた、黒い血を交えている。ディアブロスのようだと、彼はどこか他人事のように自嘲した。

 

「……っはぁ……クソ、ったれが……」

 

 血塗れの頭がゆっくりと浮き、彼は再び立ち上がる。

 額から溢れる血にも意を介さず、火を吹き始めるガンランス。

 盾が割れたというのに、彼の闘志は衰えていなかった。

 ふらつきながらも、猛炎を吐く銃槍を両手で握りしめる。

 ――今回は、右腕は無事だった。

 

「あの時の再現といこうぜ……竜の息吹だッ!」

 

 青白い炎を吐き出さんとする瞬間に、彼は空圧レバーを閉じて砲炎を閉じ込めた。

 行き場を失った炎はガンランス内で轟々と燃え、砲身を、刀身を赤く灯らせる。

 竜の息吹。

 竜撃砲の力を留め、恐るべき熱エネルギーへと変換させる技。かつて、彼があのディアブロスを追い込んだ奥の手である。

 

「オオオォォォ!!」

 

 渾身の叩きつけ。

 角竜の青黒い甲殻が、音を立てて焼ける。

 焼けるものの、深くは斬れていない。

 

「そんな……嘘だろ!」

 

 両手で持ち直したそれを、大きな跳躍とともにもう一度叩きつけた。

 しかし、それでも効果は薄い。

 弾かれはしない。しかし深く刻むこともなく、表面に切り込みを入れる程度。

 竜の息吹でも、奴の命に届かない。その事実に、彼は唇の内側を強く噛んだ。

 

 角竜、吠える。

 再びその身を走らせる。

 

「クソが!」

 

 迫る音圧を、砲撃の轟音と反動を交えて相殺。

 その勢いを利用して背後に宙返りして、衝撃を押し殺す。

 迫る巨大の足を、すれ違い様に斬る。

 しかしそれも、薄皮を裂く程度。大した損傷には至っていない。

 

「……やっぱり、腹下か!」

 

 このままでは埒があかない。

 突進の勢いを抑え込む角竜の、その股座(またぐら)へ。

 スライディングで滑り込み、両手で持った銃槍を振り上げた。

 舞い散る、鮮血。

 雨のように降り注ぐそれが、アルフレッドの頭をさらに赤く染める。

 

「いい感じ……!」

 

 背中の甲殻が硬い分、腹下は層が薄い。

 穂先が熱せられた刃はよく通り、肉を深く裂いていた。

 その感触にアルフレッドは手応えを感じる――それも、束の間。

 

「やばい!」

 

 振り上げた頭を、足元の大男へと叩きつける。

 角竜がその角を砂へと埋め、どころから全身を持ち上げて錐揉み回転をし始める。

 竜巻の如きそれに弾かれ、アルフレッドは砂の大地を転がった。

 金色の砂に、赤い色が染み込んでいく。

 ――それが彼の血なのか、ディアブロスの血なのか。

 もはや判別不能である。

 

「奴はどこへ――下か!」

 

 起き上がった彼が見たのは、砂煙が舞う一瞬のみ。

 続く、振動音。

 何もかもを(ふるい)にかけるかのように、大地が震え始めた。

 

「逃げるなら――」

 

 横に跳んでも、後ろに跳んでも、その振動は角竜に感知される。

 盾も失った彼に、残された手は。

 

「――上だ!」

 

 圧を掛けた砲弾を、足元で炸裂。

 その衝撃に全身を乗せ、アルフレッドは空へと飛んだ。

 ブラストダッシュ。

 それを真上に向けて行ったのだ。

 

 直後、轟音と共に砂が破裂する。

 濃紺色に染まった影が、砂を撒き散らしながら大地に穴を開けた。

 凄まじいまでの衝撃と、砂の散弾が舞う。空中のアルフレッドはそれを受けるものの、角の直撃自体は避けることができた。

 

「――ふぅ! あぶねぇ……!」

 

 確かに、振動は感じた。

 しかし、地上に出てみれば、人間の姿はない。

 ディアブロスが、鼻息を荒げながら周囲を見る。

 当のアルフレッドは、その真上で槍を構え直していた。

 

「これなら、どうだアアァァァッ!!」

 

 先程の、角に刺した竜杭砲。

 その好感触をなぞるように、彼は角の根本を狙う。

 竜の息吹を湛え、青白く変色した切先を、あの三叉の角へと突き刺すのだった。

 

 悲鳴。

 予想もしていない方向からの、猛攻。

 青黒い甲殻をもってしても、耐えきれない熱量が突き刺さる。

 それが、全体重を乗せて深く押し込まれるのだから、ディアブロスはその痛みに叫ぶしかなかった。

 

「これなら……!!」

 

 竜撃砲は、今は撃てない。

 竜の息吹は、今も強く燃えている。

 この状況で撃てるのは、圧を掛けた砲撃か、フルバーストか。

 アルフレッドは、最大の一撃を放たんと、引き金に指を掛ける――。

 その時だった。

 

「――あ……ッ!?」

 

 音を立てて、砲身が割れる。

 竜の息吹に耐えきれなくなったように、アームオブティランが割れた。

 留め具とネジも同時に外れ、固定されていた刀身が外れる。それはつまり、頭に張り付くための支えを失うということ。彼の体勢が、大きく崩れる。

 そしてその隙を、ディアブロスが逃すはずがなかった。

 全力をもって、頭を大地に叩きつける。

 大男ごと、擦り潰す。

 

「……ッッ!!」

 

 割れた砲身を盾に、受け身を取るアルフレッドだったが、それでいなせるような威力ではない。

 一瞬で満身創痍にさせられ、大男は血まみれで砂の上を転がった。

 

「……ぐ、マジか、ッよ……!」

 

 真っ赤に染まった視界の中で、音を立てて崩れる砲身。

 当たり前だ。

 アームオブティランの大元、ゴア•マガラは火に弱い。

 加工されたとはいえ、それは変わりようのない事実なのだ。その素材でできた砲身で、竜撃砲の熱を留めようならば、設計限界を超えることとなっても致し方ないだろう。

 完全に判断ミス。

 アルフレッドは、その事実に唇を噛む。

 いや、唇を噛む力すら、残ってはいなかった。

 

「う、動け……」

 

 壊れた相棒を握ろうと、指に力を込める。

 しかし、指すら動かない。

 

「動けよ、俺の体……ッ!」

 

 動かぬ大男を前に、ディアブロスは満足気に鼻を鳴らした。

 ようやく、借りを返せた。

 そう言わんばかりに、大きく鼻息を漏らし、その角を高く高く振りかぶる。

 縄張りを奪い返す。そんな、叛逆の意思を込めて。

 

 アルフレッドは、その今際の際に、セレスの顔を浮かべるのだった。

 

 ――村を、守ってやれない。

 

 その事実に、彼の全神経が鼓動を上げる。

 

「うおぉ……あぁアアァァ!!」

 

 無理矢理起き上がり、しかし受け身も取れず転がる。

 ただの横転だが、ディアブロスの一撃を躱した。

 しかし、二度目が来る。

 

「楽しかった……なんて、言ってられるか!」

 

 普段の彼なら、ここで運命を受け入れていたのかもしれない。満足げに笑って、「疲れた、楽しかった」と呟いただろう。

 しかし今は、彼を生へと執着させる何かがある。

 ゆえに体に鞭を打って、角竜の角から逃れようとするのだった。

 ――それでも、二度目はない。

 芋虫のように這う彼に、追撃から逃れる力はなかった。

 

 

 

 旋風。

 音を置き去りにする、斬撃。

 まるで桜が舞うかのような、一瞬の静寂とともに、斬撃が遅れてやってくる。

 否。斬られたことにすら気付かないほど精巧な切り口が、遅れて開いたのだった。

 

 

 痛みのあまり、悲鳴を上げるディアブロス。

 生み出された隙に、斬撃の主は屈みながら口を開いた。

 

「よう、大丈夫か? アルフレッドさんよ」

「……お前、さんは――」

 

 ひゅんと太刀を振り、刀身の血を払う男。

 無精髭を生やしたその男は、薄ら笑いでアルフレッドを見た。半面を火傷に覆われた男が、アルフレッドに肩を貸すのだった。

 

「救難指令だ。アンタを助けに来たぜ」

「レク、ス……」

 

 レクス。

 火の国周辺の狩猟依頼で同伴した、太刀使いである。

 ガンランスに対して並々ならぬ感情を抱く彼が、今ガンランス使いであるアルフレッドを助けにきたのだ。

 

「何で、ここに……」

「龍識船では大慌てさ。コイツの、正体が割れたからな。そんで、アンタがここに来てるから連れ戻せと言われてよ。ま、オレだって思うところはあるが……仕事はきっちりこなすぜ」

 

 懐から閃光玉を取り出し、斬撃に苦しむディアブロスの目の前へと投げ付ける。

 直後、それが炸裂。

 砂漠は白い光に包まれた。

 

「意外だ、な……俺を見捨てても、おかしくなさそう、なのによ……」

「オレは救援を専門としててな、助けに行ったやつを死なせねぇことが信条だ」

 

 閃光に目を突き刺され、もがき苦しむディアブロス。

 レクスは、さらにけむり玉を撒くことでアルフレッドの体格を隠すのだった。

 

「――弟を死なせたことの、唯一の償いなのさ」

「おと、うと……?」

「アンタがガンランス使いなら、尚更な」

「……それって、どういう――」

 

 響く、咆哮。

 怒りに満ちた、角竜の叫び。

 それ以上の会話はできない。誰もがそう感じ取る。

 

「今は無駄口叩いてる暇はねぇ。死にたくないなら黙ってろよ〜」

 

 アルフレッドの巨体を苦にすることもなく、引きずっていくレクス。

 一方で、このままでは彼ごと轢き潰されるのでは、と考えるアルフレッドだったが――。

 その疑念は、徒労に終わる。

 終わりを告げる音――それも、爆音が響き渡った。

 

「なん、だ……?」

「オレを運んでくれた飛行船さ。大砲付きでな、その音でアイツを誘導するっていう手筈だ」

 

 空を漂う飛行船。そこから放たれる、数多の砲弾。

 縄張りに異音を立てられ、ディアブロスは怒気に満ちた黒い吐息を吐く。

 とにかく、邪魔者を殺す。

 そんな思考に染まった彼は、空を走る船を追いかけて地の果てへと走り出すのだった。

 煙で見えなくなった人間には、見向きもせずに。

 いや、かつてのアルフレッドのように、満身創痍になった相手を見て、もう長くないと思った――のかもしれない。

 

「……ひゅう、何とかなりそうだな」

「く、そ……」

 

 息も絶え絶えで、アルフレッドは悪態をつく。

 かつてないほどの敗北感。

 それに苛まれながら、意識の底の底へ、堕ちていくのを感じるのだった。

 




いよいよ出ました。
本作品のメインモンスター。第一章のラスボス、ディアブロスです。そして本作品を締めるラスボスでもあります。砂漠に不穏な影を残していたのは、彼だったわけです。
ディアブロスって、格好良いですよね。ブレスとか、放電とか、そういう力に頼ることなく、突進や潜航など肉弾戦だけで戦うスタイルがたまりません。野生味というか、生物の荒々しさというか、本当に美しいモンスターだと思います。そして強い。悪名高き4本の角は未だに忘れられません。ちなみに、個人的好きなモンスター第一位です。ワイルズでも、是非レ•ダウをシンプルな暴力でぶち破ってほしい。出てきて…お願いしますカプコンさん!
次回からは、このディアブロスを討伐するために動きます。第五章は、全てこいつに費やします!
それでは、閲覧ありがとうございました。
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