夕刻。
砂漠に夜闇が差し掛かる頃。
サボテン地帯に、それは現れた。
濃紺色の甲殻に、左右非対称の角。
その体躯は並の個体よりさらに大きく、強靭である。
しかし食性には、変化はない。
夜に向けて栄養補給をするために、彼はサボテンへとゆっくり近づいた。
鏖魔ディアブロス。
そう名付けられた彼は、大口を開けてサボテンを頬張る。
口から果肉の欠片が零れ落ちるが、気にすることなく咀嚼を続けている。
サボテンの群れの中に、大きなタルが隠れていることになど、気付くことすらなかった。
一瞬の、炸裂音。
そしてそれは、彗星の如き刺突となった。
「当たった!」
伏せていたセレスが、起き上がる。
彼女の放った狙撃竜弾が、鏖魔ディアブロスの体を貫いた。一筋の光から、炎の螺旋へと変貌する。
弾道が炸裂。そしてその余波は、タル爆弾を巻き込んだ。
「大成功っ!」
突然の爆撃に、鏖魔は悲鳴を上げる。
大柄な体を、丸々と包み込むような爆炎。
夕日が二つできたかのような、異様な光景が広がった。
――だが。
「……全然、効いてなさそう」
鼻息を荒げ、爆炎から飛び出るディアブロス。
撃たれた方向を記憶していたのか、まっすぐ狙撃主――セレスの方へと走り出す。
「うぁ……!」
その気迫に、彼女は背筋を凍らせた。
かつて自分が相対した、まだ茶褐色だった彼の姿。
あの悪魔の如き姿が、浮かび上がってくるのだった。
「……しっかりしてよね、あたし!」
それでも彼女は、自分の頬をつねっては意識を持ち直す。
あの時の、追い詰められるような思いはない。
焦燥感のようなものもない。
――今は、一人ではないのだから。
「アルフ! 今だよ!」
「おうよ!!」
走るディアブロス。
岩場を駆け抜ける、黒き悪魔。
その岩場から飛び出した、もう一つの黒い影。
「オオオォォォ!!」
咆哮の如き声と共に、銃槍を振り下ろす。
真上から、鏖魔の背中に向けて、明滅する刃を叩きつける。
体勢を崩す飛竜の、その背中へと。
黒い甲冑を着込んだ大男が飛び移った。
「大人しくしやがれ!」
外した穂先を起点にバランスをとり、その砲身を折り畳む。
剥き出しにするは、三叉に分かれた刃。
普段は砲口下の隙間から射出するそれを、今は折り畳んで
「よぉーし……良いぜ。そのまま――」
大きく振りかぶる銃槍。
頭部の襟巻きへしがみつき、目元に向けて叩き付ける。
一瞬、アルフレッドと鏖魔の視線が交差した。
直後、回転する刃が全てを飲み込んだ。
「吹っ飛びな!」
三叉の刃。
その正体は、展開された竜杭弾。
それがシリンダーの回転によって、ドリルのように傷を抉る。内側に食い込む痛みは、鏖魔ですら走り出してしまうほどだ。
猛烈な速度に、アルフレッドは振り落とされる。
受け身を取って、体勢を整え、穂先を砲身に付け直す。
同時に、突き刺さった刃は炸裂した。
目元が弾け、昏倒するディアブロス。
大きな隙を晒すのだった。
「セレス!」
「いくよ! 氷結貫通弾!」
マガジンを込め直し、冷気を帯びた弾を乱射。
小さな少女から、凄まじいまでの弾幕が放たれる。
それらが鏖魔の甲殻を荒く剥がし、大きな打撃を与えるのだった。
「起き上がるよ!」
「分かった!」
咆哮。
耳を引き裂かんとするその声に、誰もが身を竦ませる。
立ち昇る怒気は、もはや湯気のようでもあり、血管が浮かび上がる姿は悪魔のそのものだ。
怒り心頭。
暴走状態、とでも言わんばかりの様子で、ディアブロスは走り出す。
――しかし、相対するは二人は、身を竦ませてなどいなかった。
冷静な動きで、その突進を躱す。
「……ふう! 怖かった……!」
「ああ! でも、避けられたな!」
セレスの防具には、大きな耳当てがある。
ケチャZシリーズ。ガンナー向けに調整されたそれは、火薬の発砲音から耳を守るイヤーマフがあった。それを、装飾品でさらに調整したことで、鏖魔の咆哮すら遮る高級耳栓に昇華していた。
アルフレッドも同様である。
彼が着込むは、アカムトシリーズ。あの覇竜の素材を使った、対鏖魔を想定した防具である。
フルフェイスではなく、ヘッドギア。頭部を守りつつ、視界の良さを最大限残した特注品である。そして当然のように、耳を防護する作りも完備。覇竜の鱗は、防音性能に優れているのだ。
「これなら、同じ
「う、うん!」
怒りに打ち震えるディアブロス。
アルフレッドを改めて視認し、黒い吐息を漏らした。
尾を大地に擦り、強い威嚇を表す。
それはつまり、彼を天敵と認識している証。
先程の狙撃もすっかり忘れ、大男だけを睨んでいる。
「……いいぜ、来いよディアブロス。作戦通り行くぞ! 俺が引き付ける!」
「分かった! 無理しないでね!」
構える銃槍――真滅銃槍ブルアノヴァ。明滅する赤い刀身を、ディアブロスに向ける。
一方の鏖魔も、前に出た。
竜杭弾と同じく、三叉に分かれた左角を振りかざし、アルフレッドへと迫る。
「おっ……と!」
叩き付けられるそれは、ガードを粉砕し、いなしを無意味なものに変えるだろう。
彼は冷静にバックステップで避け、突きを放つ。
――用意できたのはこれだけじゃ。獄龍炎弾……いや、"ラストリロード弾"とでも言うべきか。火竜の煌液はやはり貴重でな。フルバーストにして、三回分。二十一発じゃ。
火薬庫の言葉が、アルフレッドの脳裏を
――通常型の規格にした分、アカムトルムの時のように、単発で撃つには弱いのぅ。何せ火薬量が放射型より少ないからな。これの真価は、フルバーストじゃ。ここぞという時に、ここぞという部位に叩き込んでやれ!
――ここぞという部位、というと?
――ディアブロスの、それも縄張り意識の強い雄ならば、その力の象徴をへし折ってやるのが一番じゃ!
振りかざされる、
執拗に頭を振るい、アルフレッドを狙う。
叩きつけは避け、薙ぎ払いは受け流して躱す。
思うように当たらない。
ディアブロスは、益々鼻息を荒げるのだった。
そして、そこへ――。
「セレス!」
「伏せて! アルフ!」
放たれる、狙撃竜弾。
弾道が弾け、鏖魔の脚に鋭い亀裂を入れる。
外側から削られ、内側から焼かれる痛み。
あまりの衝撃に、流石のディアブロスも横転した。
「今だよ!」
「おう!」
立ち上がり、駆け出して。
その勢いのまま、砲身を叩き付ける。
ディアブロスの、目元へ。角の生え際へ、と。
叩き付けられ、砲口が押し付けられて。
次の瞬間、彼は引き金を引いた。
青い光の奔流が、夕闇に染まる砂漠を照らすのだった。
「――うおっ!」
あまりの反動に、大男は後方に飛ばされる。
転がりながらも、受け身を取った。
視界に映った青い炎の螺旋に、心を躍らせながら。
「……す、すげえ!」
七発の砲弾が圧縮され、一度に解き放たれる。
一点に、集中的に叩き込まれるその一撃は、炎の渦となり、それが一瞬で膨張、青き太陽となって砂漠の砂を巻き上げていた。
「こんな威力とは……」
左腕が、痺れている。
そう何度も放てる技ではないと、彼に言いたげな様子で。
廃莢し、予備弾倉から次の弾をリロードする。
残り、十四発。フルバーストにして、二回分。
アルフレッドは、再び銃槍を構え直す。
鏖魔ディアブロスもまた、立ち上がった。青き竜炎の残滓に苦しみながらも、その尾を強く叩き付ける。
――三叉の角に、若干のひびが走っていた。
「……セレス! 気をつけろ!」
砂漠に叩き付けられた尾が、走る。
大きく大地を削り取り、掬い上げた砂を弾き飛ばす。
それはさながら、砂の散弾のよう。
空間を削り取るようなそれが、二人に襲い掛かった。
「ぐっ!」
「わ、わわ!」
大盾を構えてそれを防ぐアルフレッド。
セレスは岩陰に隠れ、その弾幕から逃れる。
狙撃主のことも、意識しての攻撃なのではないか。大男はそう感じながら、この飛竜の知性の高さを改めて感じるのだった。
続けて、振り回される尾。
それを潜り抜け、腹下を斬り付ける。
両者の攻防が続く。
「もっと、もっと体力を削らないと!」
再び、氷結貫通弾のマガジンを装填するセレス。
構えるは、ゲェレーラ•エスピノをさらに強化した、氷結貫通弾特化銃――ビヤラースヴァリア。ベリオロスの素材をさらに追加したことで、氷結貫通弾適正はヘビィボウガンでも随一のものである。その他貫通弾や狙撃竜弾にも対応。対鏖魔用の決戦兵器として申し分ない名銃である。
セレスは白い銃身を抱えるように走り、ディアブロスとの距離をさらに取る。
岩場を抜け、劫火に包まれるサボテン地帯にまで退避し、前転とともに銃を構え直す。
長大な銃身とスコープを持ったこの銃は、狙撃特性が特に高い。
距離を取り、アルフレッドに夢中になっている鏖魔を、撃ち抜くのだ。
「うおっ!」
巻き上げられた土砂に足を取られ、鏖魔の乱回転をいなし損ねる大男。仕方なく盾を構え、その衝撃を真正面から受け切る。
しかし大きく弾き飛ばされ、硬直に甘んじるところへ――。
「う、寒っ!」
氷結貫通弾による乱射。
しゃがみ撃ちに、火薬装填を組み合わせた弾幕。
それは連射力を格段に高め、撃てば撃つほど発射レートを高めていくのだった。
着弾と同時に、辺りに霜が舞う。
冷気が、確実に鏖魔を蝕んでいた。
「……ちっ! 気を引き過ぎだ……!」
ディアブロスが、その鎌首を
見やるは、セレス。
遠方から狙撃する相手を、忌々しげに睨んだ。
「セレスーッ!! そっちに行くぞ!!」
駆ける、悪魔。
砂を巻き上げ、白い軌跡を残しながら、セレスへと迫る。
スコープ越しに映るその怒気に、少女は思わず身を竦ませた。
指が震える。
体が強張る。
相棒の声も届かず、貫通弾の雨が止んだ。
「セレスーッ!!」
震える指を、必死に抑える。
竦む足を叩き、銃を構え直す。
目前で迫るディアブロス。セレスは喉の奥が、ひゅっと鳴るのを感じた――のだが。
突如、ディアブロスが消える。
いや、消えたのではない。
あらかじめ備えていた罠に、嵌ったのだ。
「……落とし穴! そこに誘導していたのか」
セレスの意図に気付き、安堵するアルフレッド。
銃槍を背中に収め、走り出す。
鏖魔が走って削った砂が、描き出した斜面。
それを滑るようにして、アルフレッドは肉薄する。
「こ、怖かった〜! ふっ、ふっ……腕が、まだ震えて、る……っ!」
目の前で
貫通弾を装填し、至近距離から角の付け根を狙うのだった。
「セレス! ナイスだ!」
「アルフ! こ、怖かったよ……!」
滑り降りるアルフレッド。その勢いのまま飛び上がり、銃槍を思い切り引く。
空中で放つは、薙ぎ払い。
そしてその軌跡に、引き金を上乗せする。
薙ぎ払いに加える、フルバースト。斬撃と同時に青い炎を解き放ち、ディアブロスの体を包み込む。
それが治ったはずの右肩を穿ち、大きな血飛沫を押し出すのだった。
「これならどうだ……!」
あまりの威力。
ディアブロスは悲鳴を上げるが――その全身を、猛回転させる。
「なっ……!」
「離れて! アルフ!」
その回転は、全身を絡め取っていた筈の、落とし穴のネットすら巻き込んだ。
角を起点とした、錐揉み回転。それによって、砂漠の中に自身を埋めていく。
地中潜航。
極めて危険な行動に、彼は打って出た。
「音爆弾は……っ!」
アルフレッドが投げたそれにも、無関心。
いや、怒りのあまり、その程度の音など気にもしないのだった。
「セレス! そこを動くな! 足音を立てるなよ!」
彼の声を聞き、セレスは岩場に乗って身を固める。
一方の大男は、廃莢とともに竜撃砲弾を装填。
地面に向けて、青白い光を放つのだった。
「あの時の再現といこうぜ……懐かしいだろ!」
――かつての狩りで、ディアブロスを呼び寄せるために放ったもの。
地面に轟音を立てて、角竜を挑発した竜撃砲。
それを、彼は再び放ったのだ。
ディアブロスは、音を頼りに地中を泳ぐ。
縄張りに異音を立てるものを、下から突き殺すのだ。
今、セレスは動かず沈黙を保っている。
その一方で、大地を揺らすほどの轟音を立てるものがいる。
アルフレッドを狙って飛び出すのは、明白だった。
砂が気泡のように沸き立ち、大地が何もかもを
その振動は、ものすごい勢いで増していく。
アルフレッドは、空になった竜撃砲弾を吐き出しながら、盾を構えた。
「――ぐっ!」
盾に乗るようにして、全身を直撃から逃す。
直後、現れた悪魔。
その一撃が、彼を高く高く突き上げるのだった。
盾はあっさりと砕けたが、彼の五体は残っていた。空高くで、アルフレッドは盾を捨て、銃槍を両手で握った。
「くっ! アルフ……気を付けて……!」
セレスは走りながら、距離を取った。
見れば、ディアブロスは傷だらけである。
角にはひびが入り、右肩からは赤黒い濁流が溢れ出していた。
足取りも覚束なくなりつつあり、鼻息も不規則だ。
改めて銃を構え直し、氷結貫通弾に切り替える。
とどめを狙える。彼女はそう判断したのだった。
「う、こっち来た……!」
凍てつき、全身を斬り付けるように放たれるその弾幕に、鏖魔はすぐに反応した。
金獅子のように、避けることはしない。
ただ真正面から、彼女を蹴散らさんと走る。
そして、それが届く前に――空中からの重い一撃を、脳天に貰うのだった。
「オオオォォォ!!」
襟巻きを断ち、骨をも削るようなその一撃。
さらに、全体重を乗せて、断ち切るように角を斬る。
全てを折ることは叶わなかったが――三叉のうち、一本が砕けた。
「もう少し、か……!」
痛みのあまり仰け反って、ディアブロスはさらに血管を隆起させる。
青黒い甲殻を侵す赤みの割合が、さらに増した。
「え――」
大きく息を吸い、その鎌首を振り回すように持ち上げて。
轟くは、全ての者を萎縮させる声。
砂漠を、もはや振動の塊のようなそれが覆う。
「ぐっ!」
「ひっ!」
高級耳栓があっても、思わず体を竦ませる二人。
そして、それこそがディアブロスの狙い。
すぐに片翼を接地させ、後ろ脚で大地を踏み抜いた。
巨体が、初速から全速力で走り来る。
「セ、セレス! 確かに怖いが、耳栓がある!」
「な、何!? 聞こえない!」
耳栓によって、咆哮の直撃こそ免れてはいるが、それは互いの声も届きにくい証。
意思疎通もままならないまま、回避を強いられる。
駆け抜ける巨体。
荒々しく、砂地を抉る。
「……あっぶねぇ」
躱しきったものの、冷や汗が止まらない。
そんな表情のアルフレッド。
だがそれも束の間、ディアブロスは再び吠えた。
「またかよ!」
咆哮と同時に、突進の構えを取る。
それもほぼ一瞬の出来事であり、そうかと思えば走り出す。あまりの速度に砂は激しく舞い飛んで、散弾のようにあたりを削り取った。
転がって躱すアルフレッド。
セレスも何とか躱すのだが、あまりの恐怖に過呼吸気味である。
「あうっ……!」
畳み掛けるように、咆哮。
あまりの音圧に、高級耳栓があろうと凄まじいストレスが掛かる。回避するにも体が震え、砂に足が取られてしまう。徐々に、反応が遅れてくる二人。
ディアブロスは、自身の荒ぶる息も気に留めず、走り続けた。
「がっ……!」
「アルフ!」
暴風の如きその乱撃は、回避が遅れたアルフレッドの肩を掠める。
防具によって直撃は免れてはいるが、その衝撃は計り知れない。猛烈な力が加えられた大男は、激しく回転しながら砂地に墜ちた。右肩の装甲は、いとも簡単に砕けていた。
「……ぐっ、痛え……痛えけど、覇竜の鎧はすげぇな……!」
悶絶しながらも、彼は何とか身を起こした。
脳震盪は起こしていない。意識の混濁もない。
前回の敗北は、頭部の防備が甘かったから。覇竜の甲殻を用いたヘッドギアのおかげで、アルフレッドはまだ戦えた。
しかし、それも構わず鏖魔は再び吠える。
まさに、悪魔の所業である。
「ぐっ……く、くっそ……!」
身を起こすものの、立ち上がるまでには至らない。
走り出すディアブロス。
この速度では、避けられない。
出し渋っていたブラストダッシュをするべきか――なんて、思っていた時だった。
新たな弾を装填したセレスが、叫ぶ。
「アルフ起きて! 目を瞑って!」
何が何だか分からないまま、言われた通り顔を覆う大男。
目の前に迫る、ディアブロス。
二人の間を割って入るように響く、射撃音。
直後、視界が白く塗り潰された。
「うおっ……!」
閃光弾。
彼女が放ったのはそれだった。
突然視界が全て消え、ディアブロスは悲鳴を上げる。混乱のままに急停止し、のたうち回って暴れ始めた。
その一方で、突進の射線から逃れられたアルフレッド。
大きく深呼吸して、立ち上がった。
「隙を作ったよ! 今度こそ、とどめを!」
「あ、ああ! ありがとうよ!」
セレスの声に応えて、銃槍を折り畳む。
予備弾倉から、全ての弾をシリンダーへ。
竜撃砲弾を詰め、竜杭弾も差し直し。
放熱ハッチを開き、砲身に
白い蒸気を噴き上げる砲身に、手持ちの全ての弾を詰め込んだ。
砲弾、残弾なし。
竜杭弾、これが最後。
とっておきの、竜撃砲弾。
――正真正銘の、
「これがとどめだ……! 鏖魔ディアブロス!」
「いっけーっ! アルフー!!」
折り畳んだ砲身を展開し、ブルアノヴァを構え直す。
自身の背後に向けて、圧縮した砲弾を一発放った。
超反動。
出し渋っていたブラストダッシュで、もがき苦しむディアブロスへと急接近する。青い軌跡が彼を押しやり、砲身を前へ、前へと手繰り寄せた。
振り向くディアブロスの、その頭へと穂先が埋まる。碧熱化した刀身が左目を穿ち、砲口を角の付け根まで押し込んでいく。
「ちまちまやってたんじゃ、折れねぇよな……」
悲鳴を上げる、頭へと張り付いて。
引き金に人差し指を掛け、中指から小指は全て、空圧レバーを握った。
ガンランスの、全てを解放。
砲弾だけではなく、空気を送ることで点火する竜杭弾、竜撃砲弾をも解き放つ。
全ての砲弾を一度に放つ、常軌を逸した行動。
アルフレッドは、それをしたのだった。
「全弾放射だ! フルバレット――ファイアッ!!」
白い光が瞬いて。
青い星が生まれ、栄え、そして赤く染まって爆ぜるように。沈みゆく夕闇に、とって替わるように。
青い太陽が激しく燃え、青黒い角竜の全てを包み込む。
球状のそれは、まさに火球となり、その形を一瞬留めた後、全てを解放した。噴火の如き奔流が、全てを灼き尽くす劫火となる。
青い星は赤い炎の潮流へと移ろい、金の砂漠を荒々しく彩るのだった。
「――はぁ、はぁ……」
反動で転がるアルフレッド。あまりの高熱に、頰は焼け、体の節々から煙を吹かせていた。
溜めた獄龍炎ブレスをも上回る、その炎。
砂を溶かし、ガラス化すらさせる、超高熱。
「これなら、どうだ……」
舞い上がる噴煙、粉塵、砂の雨。
視界の全てが、白い煙で覆われていく。
ディアブロスの姿は確認できないが――太く重い何かが宙を舞い、砂地に静かに落ちゆくのだった。
「……角だ」
それは、鏖魔の象徴とも言える三叉に分かれた角。
その一際大きかったものが折れ、大地に突き刺さった。
⚪︎◎⚫︎
「うーん……」
「どうしました、隊長」
同時刻。
現地で作戦が遂行される頃、龍識船ではハイメル隊長が研究室で頭を抱えていた。
彼の目の前には、ディアブロスの頭蓋や骨、そしてかつて『鏖魔』と呼ばれた、集会酒場の二人を引退に追い込んだ個体の甲殻が並んでいる。
「これを見てください。以前出現した、鏖魔ディアブロスの素材です」
「隊長、それは……オリジナルのものですか? 今のものではなく?」
「今いるのは、かつて存在した鏖魔ディアブロスと似たような変異を辿った個体です。鏖魔ディアブロス様症状――長いので、あれも鏖魔と呼んでます」
「オリジナルは、自然死したんですっけ……」
「そうですね。何度かハンターたちが交戦しましたが、仕留められず……でも、縄張りを争ううちに体力を消耗し、早い段階で死にました。酒場の二人は、どこか不本意そうでしたね」
「だから、今気合が入ってるのかもしれませんね。彼らなりの決着なのでしょうから」
ラヴァンダとウェーナーは、憑き物が落ちたような顔で現場に参加している。
二人にとっては、決着を付ける行為なのだろう。ハンターらしいと考えながら、ハイメルは改めて甲殻を見た。
ルーペで見れば、その甲殻の色味がよりよく分かる。
濃紺色に染まったそれは、様々な色が織り成したもの。そう確信するのだった。
「……ディアブロスは、繁殖期に変色しますよね」
「は、はい、隊長。それが何か……? 何か気付かれましたか」
「黒く染まるのは有名ですが、これはどうも違うようです。高熱が加わったことと、返り血がこびり付いたこと。それが主な原因でしょう」
表面物質を採取し、薬液につける。
彼は眉を顰めながら語りを続けた。
「高熱というのも、かなりの熱量です。火山に出没したから、溶岩……? この焼け方は、もはや焦げ痕か、いや炭化というべきか」
「そんなに? まさか……」
「……それとも、体内の熱によるもの?」
ハイメルの言葉に、流石の研究員も困ったように笑うのだった。
「ディアブロスが? 熱を……? いやいや、そんな、リオレウスじゃあるまいし」
「でも、考えてみてください。ディアブロスは、グラビモスの近縁種です。骨格、体格とも似ており、遺伝子的にも近い。そして、ディアブロスの素材は、耐火性が高い」
「……そ、それはそうですが……」
「それに、ハンターからの報告ですが、ディアブロスは興奮すると黒い息を漏らします。それも、体内に高熱が宿っている証かもしれません」
絶句する研究員。
ハイメルは不穏な、言いようのない不安感を覚える。
「……そうだ。かつての鏖魔との交戦記録があったはずだ。それを探してください。北側の本棚です!」
「は、はい!」
隊長の指示で、研究員は慌てて本棚を漁り始める。
捜索は彼に任せ、ハイメルは熟考を継続した。
「……僕の記憶が正しければ、奴は追い詰められると水蒸気爆発のような何かをした、と聞いた気がする。それと何か関係が……?」
甲殻の帯びた色を、何度も見つめた。
それは確かに、焦げた肉のようでもあった。
「水蒸気爆発……大量の水が熱せられる事によって急激に気化し、その体積が一気に増えることで発生する現象……。それが、そんなことが、生物に可能なのか?」
水蒸気爆発の原理はシンプルだが、その実かなり危険な現象である。
よく熱した鍋に水滴を落とせば、水が勢いよく弾ける。そしてそれを密閉空間で行えば、想像を絶する威力となる。
火山の噴火や蒸気機関の爆発など、原理は同じ。そして、それらは壊滅的被害をもたらすことすらあるのだ。
「特殊個体とはいえ、基本的に火とは無縁のディアブロスが、体液を急激に気化させる程の高熱を宿すというのは一見不自然に思えるが……」
グラビモスの近縁種。
その言葉が、彼の脳裏を過ぎる。
「……そう考えれば、説明もつく。それに今回の個体は、火山に適応すらしているし。火薬草を食べていたとなると、体内にさらなる高熱を得て、同様の変異を遂げていてもおかしくない」
そこまで考えて、しかし彼は悩むのであった。
「それでも、本当にそうなるとは考え難い。水蒸気爆発が起こるには、莫大な熱と水分、そしてなにより圧力が不可欠……ディアブロスに、そんなことができるのか?」
「隊長! ありました!」
「……! 助かります!」
熟考を妨げる声。
しかしハイメルはそれを歓迎し、彼が持ってきた記録を慌てて捲る。
そこにあった記載を見ては、余計に眉を歪ませるのだった。
「『体表に分泌した体液が、体温で蒸発し、一気に気化したように見えた』、か。うーん……」
「どうしました?」
「おかしいなぁ……。これでは単に、表皮に水蒸気が発生するだけで、爆発には到底至らないんですよ。やはり、説明がつかない」
「そうですか……」
その言葉に、研究員も悩んだ。
答えの出ない沈黙。ゴールのない迷路を、回り続けるような感覚。
数分の沈黙が続くが――。
その迷路の壁を崩すが如く、研究員は口を開く。
「グラビモスの、排熱――」
「……え?」
「あ、いえ、出しゃばりました……」
「いえ! 聞かせてください!」
隊長の思わぬ反応に、研究員はたじろぎながらも話を続けた。
「グラビモスの近縁、と隊長は仰ってましたよね」
「はい」
「それなら、グラビモスの排熱のような力を得たというのも、ありえない話ではないでしょうか」
「排熱……」
「グラビモスは、体内のガスを放出するでしょう? あれと同じように、気化した体液を限界まで外殻で溜めれるとしたら」
「……!」
その言葉を聞いて、ハイメルは慌てて辞典を捲った。
あらゆる科学現象に精通したその辞典。
彼が辿るのは、水蒸気爆発の項目。
「……火山にせよボイラーにせよ、爆発を起こすには圧縮と解放のプロセスが絶対に必要、か。でも、仮にグラビモスのように、気化した体液を外殻に留めれるとしたら、圧縮の説明がつく。いや、もしかしたら火薬草の影響で、体液が揮発性すら有している可能性がある」
「膨張する体液……ということでしょうか」
「ええ。ブロス種の分厚い外殻が、あの排熱機関のような機能を得たとしたら。それが、彼らの火山での適応だとしたら」
「そ、そんなことが……」
研究員が首を傾げる中、ハイメルは静かに呼吸を整えた。
胸の高鳴りを抑えつつ、頭の中で言葉を並べる。
慌ただしく溢れる思考を鎮め、理論をまとめるのだ。
「爆ぜる体液を、体内で加熱しながら強引に外殻に留めて圧縮し、それを解放する――。その原理なら、爆発を引き起こすことは可能かもしれない」
「突拍子もない話とは、言い切れませんね」
「ええ。甲殻の変色は、それが原因か。超高温の体液に内側から焼かれ続けたことで、変色した……。外殻は、さながら圧縮の役割をもつ蓋というわけですか」
「いやしかし、そんなことって……」
「ありえない、と思うでしょう? 僕もそう思います。ただでさえ水分が貴重な砂漠において、そんなことをするなんて、なんという無茶でしょう」
そう吐き捨てながら、それでも彼は卑屈そうに笑った。
ありえない、なんてことはありえない。
あまりにも多様な生物を前に、彼はいつもその結論に辿り着くのだった。
「追い詰められた時に使う、本当の奥の手か……。気をつけてくださいよ、お二人とも」
空の上から、下界に広がる砂漠に向けて、彼はそう溢した。
風に溶けるその声が、現場で戦う二人に届くはずが、ないというのに――。
⚪︎◎⚫︎
「や、やったの?」
噴煙が溢れる中、立ち尽くしては、それが収まるのを待つアルフレッド。
セレスもまた、銃を抱えながらも彼に近付いた。
渾身の大砲撃、
その目元から、頭を直に撃った。
アルフレッドの手応えは、十分なものだった。
何より、力の象徴とも言える角を、折ったのだ。
これはまさに、この戦いにおいての王手だと、彼はそう考えていたのだが――。
突如、異音が響き渡る。
血流に耐えられなくなった血管が、弾けるような異音が。
「なっ――」
「い、今のって――」
二人が、その先の言葉を言い切る前に。
噴煙の向こうから、凄まじいまでの、黒い水蒸気が溢れ出た。
そしてそれが二人を包み込むと同時に、猛烈な勢いで爆発するのだった。
鏖魔考察回。
参考資料はモンスターハンター大辞典wikiと、でんじろう先生!
ちなみに、圧力がなくても水蒸気爆発は起こすことが可能だそうです。それは1,000℃近くに熱した塩(もはや液状化している)を水に落とせば、即座に水が気化して膨張し、飛び散った先でさらに塩が水を気化させて…と連鎖反応が起きて結果水蒸気爆発となるのだとか。それで鏖魔の爆発を説明しようかと思いましたが、流石に体内で塩を溶かすほど熱を帯びるのは、と思って今回のような説明にしました。でも、これはこれでありかも。グラビモスとか、それくらいの体内温度になってそうだし。
さぁ、ここからが本番です。
閲覧ありがとうございました。
それはそうと、第二回オープンベータテストきますね!週末は狩り尽くし!ラストリロードなんて読んでる暇はないぜ!