ラストリロード   作:しばじゃが

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焼き尽くせ、燃え残った全てを

「――い、一体、何が……」

 

 舞い上がる粉塵。

 鼻につく、火薬特有のつんとした香り。

 軋む体に鞭を打ち、アルフレッドは起き上がった。

 鎧の節々からは、血が滲んでいる。

 痛みも生半可ではないが、立ち上がることはできた。

 懐から回復薬グレートを取り出して、雑に飲み干しながら辺りを見渡す。

 砂が大きく抉れて、未だに金の雨を降らせていた。

 その爆心地には、奴がいた。

 

「……お前さんが、やったのか」

 

 湧き上がる蒸気。

 黒々しい煙が、口元どころか、全身の甲殻の隙間から溢れ出る。

 浮かび上がる赤い模様は、盛り上がった血流によるものか。いや、剥がれた甲殻の隙間から、もはや染み出している。それが体温で蒸発し、赤黒い霧となっていた。

 青と黒、どころか、赤と黒の色合いに変貌した悪魔の姿がそこにあった。

 その悪魔が、大きく息を吸う。砂が舞い、風が駆け、夜を迎える砂漠の大気を、打ち鳴らした。

 

「……っ!」

 

 怒気、というにも物足りない。

 もはや狂気。

 発狂して、暴走している。まさに、そんな声だった。

 

「せ、セレス……セレス! 無事か!」

 

 慌てて周囲を見渡す。

 吹き飛ばされる直前まで、一緒にいたはずの相棒の姿が見当たらない。

 アルフレッドは焦り、声を張り続けた。

 

「セレス! どこだ! 返事をしろ!」

 

 夕暮れの砂漠が、音を吸う。

 こだますることなく、冷えた空気の冷たい音色が静かに響く。

 

「セレスーッ!!」

 

 返事の代わりの、発砲音。

 アルフレッドよりさらに後方の砂の山から、薄い硝煙が顔を出す。

 

「そこか!」

 

 アルフレッドは、駆け出した。

 走りながら、背後を見る。

 あのディアブロスは、どこか気怠げな顔で虚空を見ていた。それはさながら、脱水状態のような――。

 いずれにせよ、チャンスだと。彼は自分にそう言い聞かせ、砂の小山を目指すのだった。

 

「セレス!」

 

 銃口だけが、塚のように伸びている。

 その根本の砂を掻き分け、必死に手を伸ばした。

 褐色肌の細腕が、大柄な手に触れる。

 

「大丈夫か!」

「げっ……げほっ! げふっ……う、うぅ……」

 

 砂から引き出されるは、ボロボロになった少女。

 防具のあちこちを損傷し、頬には軽い火傷を負っている。

 何より、機動力確保のために装甲を薄くした大腿部は、荒く切れて赤い大河を描いていた。

 

「まずいな……!」

 

 滴る血が、砂漠を赤く染める。

 これでは走れないだろう。アルフレッドはそう思いながら、包帯を取り出した。

 まずは止血。雑な手つきでセレスの左足に包帯を巻きつけ、これ以上の出血を止める。

 

「セレス、意識はあるか。俺の言ってること、分かるか?」

「……ん……」

 

 荒い呼吸で酸素を求め、額からは嫌な汗が噴き出ているが――。

 それでも彼女は目を開き、アルフレッドを見ては薄く微笑むのだった。

 しかし、それも束の間。苦悶の表情にすぐ染まり、小さな歯茎を食い縛る。

 

「くそ……これを飲め!」

 

 懐から取り出した回復薬グレートを、口元に向かって注ぐ。

 セレスはむせ返りながらもそれを少量含み、必死に飲み込んだ。こく、こくと、小さな喉仏がゆっくり上下する。

 

「……やべぇ、動き出した!」

 

 振り返れば、ディアブロスが唸っている。

 一呼吸がついたのか、ハンター二人を睨み、全身からはさらに黒い蒸気を噴き漏らした。

 

「とにかく逃げるぞ!」

 

 ガンランスを捨てて、小さな相棒を抱き上げる。

 右手を肩に、左手を両足に回し、割れ物を抱えるようにして、アルフレッドは走った。

 その衝撃に、セレスは目を見開く。少しとはいえ、回復薬を飲んだのだ。痛みが多少、和らいだのだった。

 

「あ、アルフ……」

「喋んなよ……あった! 一旦片手で抱えるぞ!」

 

 右手を肩から腰に回し、その一本の腕で少女の全身を支える。

 そして、空いた左手はというと――小さな筒を、空に向けていた。

 直後、赤い光を天高くに撃ち放つ。

 救難信号の合図。猟区に控えるハンターたちに、救援を要請する信号弾である。

 

「来やがった! 掴まってろよ!」

 

 再び両手でセレスを抱え、アルフレッドは走る。

 迫るディアブロス。

 体勢を低め、突進の姿勢で駆け出した。

 

「うおお……っ!」

 

 もはや片角となったその頭を振りかざし、二人を轢き潰さんと走る。その暴風を、アルフレッドは横に跳んで避けた。

 しかし、安心はしていられない。

 鏖魔は、外したとみるやすぐに切り返し、翼を軸に全身を反転させる。再度、二人へと迫り来るのだった。

 

「くっそ!」

 

 スライディングで、走りゆく足の隙間を縫うように躱す。

 まさに間一髪ではあるが、二度目の嵐も回避した。

 

「……あ、アルフ……武器は……?」

「逃げるのには邪魔だからな、置いてきた!」

「え……」

 

 その言葉に、セレスは目を見開く。

 

「アルフが、ガンランスを……? あんなに、好きだって、言ってたのに……」

「ああ、もちろん好きさ! 俺がハンターをやる何よりの由縁だ! でも、でもな――」

 

 三度目の暴風。

 岩に飛び乗って、そこから跳躍。

 背後の岩が砕けるのを感じながら、それでも二人は躱し切った。

 

「――今は、お前さんの方が大事だ」

 

 そう言って、ニッと笑うアルフレッド。

 その微笑みに、引き込まれるセレス。

 痛みと恐怖で曇天模様の心に、虹が掛かる音がした。

 

 しかしそれも、束の間。

 突進の勢いを殺せずに、砂を掻き散らすディアブロス。

 その全身から、止められなくなったように溢れる黒い蒸気が、全てを飲み込んだ。

 

「……! セレス!」

「あっ……」

 

 (すんで)のところで、セレスと共に地に伏せたアルフレッド。

 その真上を、白と黒の奔流が襲う。

 鏖魔の暴走の痕が、砂の凹凸を作っていた。その凹みに身を伏せた二人は、水蒸気爆発――急激に膨張した体液の衝撃波から、逃れることができたのだ。

 

「……なんて奴だ」

 

 爆風によって巻き上げられた土砂が、豪雨のように降り注ぐ。

 金の砂に、黒い体液の煤、剥がれ落ちた甲殻の欠片。

 その中心で吠え、再び意識を混濁させたように沈黙するディアブロス。

 何とも異様な光景だった。

 

「俺たちは、あれに吹き飛ばされたのか。とんでもねぇな」

「う、くぅ……」

「痛いか? 悪い、受け身は取れなかった」

「う、ううん……ありがと……」

 

 セレスを抱き上げながら、アルフレッドは立ち上がる。

 二人の周囲に降り注ぐ、青黒い甲殻。水蒸気爆発を起こす"(ふた)"の役割をしていたものだ。同時に、鏖魔は赤黒い血煙をさらに大きく噴き出した。

 水蒸気爆発を起こすことができたのは、甲殻の下で体液を圧縮していたから。つまり爆発するたびに、彼は蓋である甲殻を失い、全身を血で染めてしまうのだ。

 まさに諸刃の剣。自らの命をも燃やす奥の手。

 爆心地のように陥没する砂漠。その中心で、血塗れになりながら吠えるディアブロスを見ては、アルフレッドは思わず感嘆の声を上げるのだった。

 

「突いて爆発するなんて……ガンランスみたいなモンスターだな」

「――何言ってるんですの、貴方は」

「呆れるぜぇ……」

 

 駆け付けた、声。

 救援のために控えていた二人が、現れた。

 

「ウルティナ、レクス。……待ってたぞ」

「遠くから見てたけどよ、何なんだありゃあ……」

「正気の沙汰ではございませんわね……って、セレスちゃん――セレスちゃん! 大丈夫ですの!?」

「う、うーん……どうだろ……」

「セレスは見ての通り戦闘不能だ。俺はこの子を安全なところまで連れて行ってやりたい」

「……あれ、アンタ、ガンランスはどした?」

「ああ、逃げるのに邪魔でな。置いてきちまった」

「背負うんじゃ、なかったのかぁ?」

 

 レクスが含み笑いでそう言うものの、アルフレッドが大事そうに抱える少女を見ては、「あー……」と気の抜けた声を漏らした。

 

「……なるほどね。そういうことか。背負う、ね」

「退路を作りますわよ! さぁそこの無精髭の男! 武器を取りなさい!」

「何なんだよこのお嬢さんはよぉ……」

 

 ウルティナはレイピアを、レクスは太刀を。

 それぞれ獲物に手を掛けながら、唸る悪魔に相対する。

 

「助かるぜ、お二人さん!」

 

 立ち塞がる二人に礼を言いつつ、ベースキャンプに向けて走り出すアルフレッド。

 そこへ、颯爽と駆け付ける影。

 

「うお、何だ!?」

 

 砂煙を上げながら現れるのは、小型の鳥竜か、牙獣種か。

 しかし身に纏うのは、紫と白を編み込んだ優美なドレス。四肢に柔らかな毛並みを湛え、張りのある声で鳴くそれは、ガルクと呼ばれる猟犬だった。

 

「アルフレッド様、セレス様。私も及ばずながら、力になりますね」

「ベアトリスか!」

 

 玉虫色の防具を見に纏った、操虫棍使い。

 ウルティナの姉、ベアトリス。

 

「セレス様、大変……! セクト!」

 

 セクト、と呼ばれたガルクは、一際大きな声で「わん」と吠える。

 そして、アルフレッドの側に駆け付けて、その背中を差し出した。

 

「……これは?」

「私のガルクは優秀ですのよ。匂いを辿って、セレス様をベースキャンプに送り届けてくれるはず。彼女はセクトに任せて、アルフレッド様は戦線に戻るべきです。あのモンスターは、あまりにも危険です」

「……セレス、乗れるか」

「う、うん……あ、ふわふわだ……」

 

 柔らかな毛並みに頬を寄せ、少し口元を綻ばせる。

 力無い手足でしがみ付けるだろうか、と不安に思うアルフレッドだが、ガルクの背中には鞍のようなものがあるため、跨れば意外なほど安定していた。

 セレスの頭を軽く撫で、アルフレッドは立ち上がる。

 決意を新たにするように、両拳を打ち付けた。

 

「よし、犬っころ! セレスを頼むぜ! 行ってくる!」

「あ、アルフ……」

「セレス、しっかり休めよ。仕留めてくるから」

「も、もう弾は……」

「……全部撃っちまった。すっからかんだ。でも。槍はある。ガンランスは、まだやれる」

「でも、それじゃあ……。あ、あたしだって……!」

「セレス様。今慌てては意味がありませんわ。私も力になりますから」

 

 躊躇(ためら)うセレス。

 当然だ。弾のないガンランスにできることなど、数えるほどだろう。

 それでも、一歩も引かないアルフレッドだった。

 その真摯な目と、もう一人のこちらを想う目を見ては、それ以上何かを言うことはなかった。

 

「セクト! 頼んだわよ!」

「ベアトリス、行くぞ!」

 

 走り行く二人の背を見て、セレスは自分の頭をそっと撫でる。

 先程アルフレッドが撫でた部分を追うように。

 頬を赤く染めながら、それでいて複雑な思いを抱くのだった。

 

「大事って、言ってくれた……。でも、隣には、あたしがずっといたかったなぁ……」

 

 その声に、心配するように甲高い声を上げるセクト。

 ふわりとしたガルクの頬が寄ってきて、セレスは少し気持ちが和らいだ。

 

「ふふ、くすぐったいよ。……ありがと、セクトちゃん」

 

 頭を撫でると、セクトはとびきり大きな声で「わん」と鳴く。

 とにもかくにも、ベースキャンプに帰ろう。

 そう切り替えるセレスだが、砂漠の向こうから響く咆哮、続く爆破音に後ろ髪を引かれる。

 

「大丈夫かな、みんな……アルフ……」

 

 その時、不意に、視界に光るものが映った。

 

「あれ……って。ね、セクトちゃん。あの光るもののとこまで、行ってくれる?」

 

 セレスに言われ、セクトは歩き出す。

 砂に埋もれたそれは、太く重い金属薬莢だった。

 ヘビィボウガンの弾より遥かに大きいそれは、特有の鼻につくような火炎の香りを醸し出している。

 

「これって、アルフの竜撃砲弾……」

 

 ここまで吹き飛ばされてたんだ、と呟きながら、セレスはそれを拾い上げる。

 そっと抱き寄せては、戦いの渦中を不安そうに見るのだった。

 

「このままじゃ……」

 

 ぎゅっと抱きしめ、しかし改めて決意を固めるセレス。

 

「ううん。あたしにも、まだできることはある」

 

 その空薬莢を、静かにセクトの鼻の前に寄せた。

 お願い、と縋るような声を漏らしながら。

 

「匂いを辿れるなら、ベースキャンプじゃなくて。これと似た匂いの植物を、探して――!」

 

 

 ⚪︎◎⚫︎

 

 

「……かぁ〜っ! かってぇ!」

 

 太刀が弾かれ、隙を晒すレクス。

 渾身の居合も、硬い甲殻を合わせられると太刀打ちできない。

 

「不用意に踏み込むのはいただけませんわ!」

 

 鏖魔の後方で距離を取りながら、脚を冷静に突くウルティナ。

 しかし足の筋肉もまた硬く、その硬さは以前対峙した金獅子を彼女に想起させた。

 

「とにかく、気を引くわよ! アルフレッド様! 今のうちに武器を!」

「助かる!」

 

 ベアトリスは猟虫を使って鏖魔の気を引き、自身は印弾の反動で宙を待っている。

 三人の剣士が周りを飛び回り、むず痒い武器を振るう。ディアブロスにとっては、苛立ちの募る瞬間だろう。

 しかし、視界の端に大男が映るや否や、そちらをキッと睨み付けた。鼻息を荒げ、後ろ足で砂を掻く。漏れる息は、より一層黒々しい。

 

「……いけませんわ! アルフレッド様!」

「コイツ、走り出す気か……っ!」

「明らかに彼を狙ってるのね!」

 

 三人に目もくれず、走り出す。

 黒き暴風、砂漠を吹き荒ぶ。

 

「やっべ……!」

 

 アルフレッドは全力で走り、第一陣を躱した。

 しかし、それも束の間、切り返すようなターンで急旋回。第二陣となる暴風を解き放つ。

 

「くっそ!」

 

 横っ飛びで回避して、砂の中を転がる。

 ガンランスとの距離は、依然として遠い。

 

「これじゃ、近づけない……!」

 

 すぐさま切り返し、今度こそ轢き潰さんと、ディアブロスは走る。

 その速度は非常に速く、人間の足ではとても追いつけなかった。ウルティナたちは、必死に距離を詰める。しかし状況は、無力な人間を無慈悲に追い回す悪魔の構図のまま。

 回避を強いられるゆえに、ガンランスとの距離を詰めれず、アルフレッドは唇を噛んだ。

 

「クソ……どうしたもんかな」

 

 唸るディアブロス。

 失った角の恨みを込めるように、頭を大地に擦り付けては、地盤ごと剥がすようにして薙ぎ払う。

 その猛攻に、大男は背後に跳んで避けるしかない。

 ガンランスとの距離が、さらに大きくなる。

 

「こっちを見なさい……なっ!!」

 

 空中からの、圧倒的殴打。

 レイピアではなく、盾で。

 跳び上がったウルティナが放ったフォールバッシュに、ディアブロスは怯む。怯むが、忌々しそうに頭を振って彼女を振り払った。

 

「うあっ!」

「ウル!」

 

 跳び上がったベアトリスが、妹を庇うように横槍を入れる。

 空中からの、翔蟲の糸を利用した急降下。

 降竜と呼ばれるその技で、穿った左目を突いた。

 それには、流石のディアブロスも悲鳴を上げる。

 

「今のうちだぁ、アルフレッド! 行きな!」

「お、おう!」

 

 鼻息を荒げ、ベアトリスを狙うディアブロス。

 いや、その髪色から、アルフレッドと誤認すらしているかもしれない。

 そもそも、個々の判別すらできていないかもしれない。

 怒り心頭で暴れ回るその姿には、もはや正気の欠片も残っていないのだろう。

 

「――ふう」

 

 角を振り回し、尾を薙いで、全てを粉砕する鏖魔。

 距離を取って隙を窺う姉妹の背後には、武器を収めながら静かに迫る無精髭の男。

 すっと引いた太刀で、腰だめの姿勢へ。

 添えるように、柄に手の平を乗せ、静かに息を吐く。

 そしてそれは、薙ぎ払われる尾が触れんとする瞬間に、解き放たれた。

 

「――――っぅっ、はぁーッ……はぁ、はぁ……!」

 

 刹那の見切り。全身全霊の居合い抜き。

 止めていた息を吐き、どっと汗が溢れ出る。

 それでも、払った刃を静かに鞘に収めた。

 すれ違うように斬り抜いたそれは、一見何も斬っていないように見えたが――チン、と(つば)が鞘に触れた瞬間、血飛沫の花を勢いよく咲かせたのだった。

 

「す、すごいですわ!」

 

 尾の一部が切断され、それが零れ落ちる。その様は、まさに鉄槌の如く。

 血がどくどくと溢れ、ディアブロスの甲高い悲鳴が響いた。まさに、一刀両断。その技に、ウルティナは感嘆する。

 

「へっ、どうだぃ。本当は、全部斬り落としたかったんだけどな〜」

 

 自慢げにそう言って、再び居合の構えを取るレクス。

 その鋭い刃に、鏖魔は警戒の鼻息を漏らした。

 

 ――そして、激しい攻防の裏側で。

 アルフレッドはとうとう、ガンランスの元へと辿り着いた。

 

「ブルアノヴァ……良かった、無事だ」

 

 踏まれるなどしていたらどうしようかと、そんなことも考えていた大男だが、それが杞憂に終わりほっと息を吐く。

 全ての空薬莢を吐き出して、銃身を元の形に戻す。

 予備弾倉も、全て空。

 撃てるものは何もないが――穂先の刃は、依然として健在だ。

 まだ、戦える。

 軽くなった銃槍を振るいながら、アルフレッドはそう自分に言い聞かせた。

 

「行くぜ!」

 

 踏み込み、腹下を斬り上げる。

 両手で持った柄を握り返し、今度は袈裟斬り。

 刃を返し、さらに斬り上げる。

 

「血管が膨らんでるからか? さっきより柔らかくなってやがる!」

 

 手に伝わる感触は、通常の状態よりも手応えがあった。

 血流が盛んになり、運動能力は上がっているかもしれない。しかしその分血管という弱点が生まれ、結果刃がよく通るようになっていた。

 

「おっと……!」

 

 唸る鏖魔。

 血飛沫を噴きながらも、尾を振り回す。

 それをスライディングしながら避け、薙ぎ払うように踏み込んで。

 空中からは、棍を激しく振り回しながら背中を刻むベアトリスが。

 足元は、ウルティナの連続的刺突が襲う。

 そして隙を見せれば、レクスによる手痛い斬撃がお見舞いされる。

 鏖魔ディアブロスは、自由に動けないストレスから、さらに身体中の血管が沸き上がり――。

 結果、さらに血管が切れた。

 

「……っ! 全員、下がれ!」

 

 アルフレッドのその声より先に、鏖魔の全身から白い蒸気が溢れ――しかし怒気と共にそれは黒く、黒く染まっていく。

 構え、低めた姿勢のまま走り出す。

 初速から全速力。

 四人のハンターを蹴散らさんと、悪魔は黒き暴風へと姿を変えた。

 

「ひえっ、やばいですわ!」

「ウル! 下がりなさい!」

「やっべ〜ッ! コイツは無理だ!」

 

 三人はその突進を躱すものの、奴の本命は別にある。

 アルフレッドは冷や汗を垂らしながら、声を張り上げた。

 

「突進の後も気を付けろ! あの蒸気はいずれ爆ぜる!」

「そんなのって、ありですの〜!?」

 

 砂漠を平らに踏み鳴らすように、縦横無尽に駆け回り――そして最後は、溢れる体液を外殻の下で圧縮、解放する。

 一瞬で膨張したそれは、超威力の衝撃波となり、砂漠の何もかもを吹き飛ばした。

 爆心地で、ディアブロスは吠える。

 その外殻の欠片と、金の砂が混じった何かが、土砂のように降り注いだ。鏖魔の纏う霧はさらに濃くなり、濃厚な血の臭いを砂に塗りたくっていく。

 

「爆発した後は――無防備ですわ!」

 

 いの一番に走り出したのは、ウルティナだった。

 最初から戦闘を観察していた彼女は、あの水蒸気爆発の弱点に気付いていたのだった。

 ――だがそれは、追い詰められた獣には通用しない。

 いつだって同じ後隙がある、なんてことはない。

 彼らは生きるために、必死なのだから。

 鏖魔は今、死に物狂いで動き出す。脱水症状であるにも関わらず、脳から過剰に分泌された物質が、その負荷すら忘れさせた。

 そして、後隙など始めからなかったかのように。

 赤黒い蒸気を噴きながら、その全身を錐揉み回転させるのだ。

 

「え――きゃんっ!」

「ウルーっ!!」

 

 激しく旋回する体に弾き飛ばされ、砂の山へと埋もれるウルティナ。

 駆け寄ろうとするベアトリスの、その乱雑な足音。

 地面に潜り切ったディアブロスは、静かに照準を定めるのだった。

 

「――しまっ……」

 

 慌てて跳躍、すぐさま印弾を撃ち、その反動で距離を取る。

 直後、砂を弾き上げて鏖魔が現れた。

 突き上げ自体は、躱すことができた。

 しかし、その全身から溢れる蒸気の奔流からは、逃れることはできなかった。

 

「うっ……!」

 

 爆風をもろに受け、吹き飛ばされるベアトリス。

 転がる地面は砂地であるため、衝撃はある程度吸収したものの――そのダメージは、彼女を戦闘不能にするには十分だった。

 

「ぐっ、来やがれバケモンがぁ!」

 

 太刀を立てるように構え、見切りの構えを取るレクス。

 そんな彼に向けて、鏖魔は角を引いた。

 全身に力を込め、沸き立つ蒸気をさらに迸らせる。

 

「何をする気だ……!」

 

 遠目からそれを見ていたアルフレッドだったが、その行動は流石に予想ができなかった。

 回転。

 出始めは、角を用いた薙ぎ払いである。

 レクスは瞬時に見切り、返し刃と背後への跳躍で、衝撃を全て受け流すが――続け様に迫る、尾、角、さらなる尾という連撃を、全て見切ることはできなかった。

 防ぎ、受け、さらには刀身がもたずに折れる。

 太刀使いは武器を失い、儚く弾き飛ばされた。

 

「がっ……!」

 

 あっさりと三人を蹴散らし、雄叫びを上げる。

 悪魔の如きその力に、アルフレッドは言葉を失った。

 

 ゆっくりと振り返るディアブロス。

 最後に残った宿敵を、じっとりと見ては忌々しそうに唸った。

 ようやく仕留められる。

 そう言わんばかりの、感情のこもった唸り声を上げ、ついには走り出した。

 二度も折れられた角を振りかざし。

 今度こそ、自らの縄張りを奪ったこの人間を轢き殺さんと、砂漠を削っては猛進するのだった。

 

「……くッ……」

 

 燃え残し。

 全弾放射(フルバレットファイア)をもってしても、燃やし切ることができなかった悪魔が迫る。

 強い怒り。報復。復讐心。

 かつての縄張りを取り戻さんとする渇望と、天敵を滅せんとする執着心。その強烈な意志が、アルフレッドに襲い掛かる。

 

「来やがれ……っ!」

 

 両手で銃槍を構えるが、弾ける威力でも、いなせる速度でもない。

 ただ、自らも命を燃やさんと、吠えるしかない。

 怒号の如き叫びをもって、自身に迫る死の足音に全力で抗う。そんな叫びだった。

 ――そしてその叫びは、一筋の弾道に掻き消される。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――セレス……?」

 

 狙撃竜弾。

 鋭き一閃が、ディアブロスを止めていた。

 身体中を蝕む傷痕を、弾くように焼くその光。突進する脚を止め、巨体を横転させるには、十分な威力をもっていた。

 どこか夢見心地な様子で、アルフレッドは振り返る。

 ガルクに跨ったまま、銃を構える少女の姿が、そこにあった。

 

「……良かった! 間に合った……!」

「セレス、どうして……」

「弾がないガンランスなんて、どうしようもないよ! それに、あたしは君の相棒! 君の隣に、ずっといたいの!」

「セレス……」

 

 セクトの肩をぽんと叩くと、彼はゆっくりと歩いて少女を大男の元へと運ぶ。

 再会に喜び、涙ぐみながら笑う相棒を前に、アルフレッドもまた、心が現実に戻るのだった。

 静かに笑い、彼女を抱きしめた。

 

「えっ、アルフ、ちょっ――あっ……」

「セレス……ありがとな」

「う、うん……えへへ」

 

 命のやり取りの真っ只中だというのに、少し頬が緩んでしまうセレスだったが――はっと思い出すように気を取り直し、大男の腕の中から身を(よじ)る。

 懐から取り出すは、二本の大きな実だった。中からは、火薬草やハレツアロワナにどこか似た、鼻につく香りが漂ってくる。

 されど、火竜の吐息のような、どこか生臭さがあった。

 それとよく似た香りを、アルフレッドはよく知っていた。

 

「これって――リュウゲキの実か?」

「うん。この子が、一緒に探してくれたの」

 

 アルフレッドに抱き上げられるまま、振り返るセレス。

 その視線の先にいるガルク――セクトは、「わん」と一際大きく鳴くのだった。

 

「ね、アルフ。ベリオロスを狩った時のこと、覚えてる?」

「ベリオロス?」

「うん。猟団の二人と狩りに行って、イビルジョーに遭遇して……。その後に、寒冷群島で狩りをした時のこと」

「――ああ。覚えてるよ。言いたいことが、分かったぜ」

 

 そう言いながら、アルフレッドは片手で銃槍を折り畳み、柄を砂地に押し付けた。そのまま器用に、リュウゲキの実を片手で砲身に押し込む。

 一方、彼のもう片方の腕に抱き上げられるセレスもまた、自身の愛銃――ビヤラースヴァリアを折り畳む。剥き出しの銃身に、実を無理矢理当てがった。

 彼は砲弾を撃ち尽くし、彼女もまた残りの弾はほとんどない。

 二発のリュウゲキの実――改め、竜撃弾。

 正真正銘の、最後の装填(ラストリロード)だ。

 

「この銃、竜撃弾は非対応で……貫通弾を撃鉄代わりにするね」

「……分かった。準備は良いか?」

「うん、大丈夫! アルフ、ごめんね。重いよね」

「全く重くないわけじゃない――が、大丈夫だ」

「ほんとに? ……嫌じゃない?」

「嫌じゃない。ずっと、ずっと背負える。今だって、これからも」

 

 その言葉に、セレスは鈴が鳴ったように目を見開いて。

 ただ茫然と、溢れる想いを口にするのだった。

 

「……アルフ」

「何だ?」

「――愛してる」

「……俺もだ」

 

 展開した砲身を、前へと向ける大男。

 その大男の腕の中で、折り畳んだ銃を構える少女。

 二人の視線の先で、起き上がっては大きく吠える、ディアブロス。

 全身から蒸気を立ち昇らせ、その黒い体を覆い尽くす。しかし次第に、蒸気すらも黒く染まり、再び暴風へと変貌した。

 

「まだだ――」

 

 大地を掻いて、姿勢を低める。

 

「まだまだ――」

 

 低い威嚇音と共に、低めた角を宿敵に向けて。

 

「もう少し、もう少し――」

 

 ついに、走り出す。

 黒き暴風、猛進する。

 

「まだ我慢……まだ、耐えろよ――」

 

 大地を踏み(なら)し、金の煙を巻き上げて。

 巨体が、駆ける。

 銃を構える二人に向けて、迫り来る。

 

「行くぜ、セレス――」

 

 その角が、まさに二人を弾き飛ばさんとする、その瞬間に。

 アルフレッドが、吠えた。

 

「――――今だッ!!」

 

 その叫びを掻き消すほどの、炸裂音。

 左から溢れる、竜の炎。螺旋状に広がるそれは、前方を貫く炎の奔流となり、鏖魔の右角を焼き砕く。

 右から弾けたその爆炎は、定める銃身がないからこそ、詰められた火種を広範囲に、恐ろしい勢いで撒き散らすのだった。飲まれた鏖魔の左半身は、溶岩に包まれたが如く、赤熱化する。

 両者が放つその圧倒的な炎は、砂漠を全て塗り替えるように駆け抜けた。夜の闇に染まりつつある砂漠に、無理矢理朝をもたらしたかのような、そんな光が瞬いた。

 あまりの威力に、突進の勢いすら押し返し、巨体が弾け飛ぶ。

 あまりの高熱に、ほとんどの肉を失った頭部が、ガラス状になった砂の山へと零れ落ちた。

 断末魔すら発することなく、鏖魔ディアブロスはついに息絶える。

 二つの炎――竜撃弾が、彼に引導を渡したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――やった」

「……やった、ね」

 

 反動で吹き飛び、仰向けになって倒れる二人。

 痛みのあまり起き上がれないでいたが、動かなくなった鏖魔を見ては、起き上がろうともしなかった。

 ただ、やり切った思いが溢れて、静かに空を見上げるのみ。

 

「……月、綺麗だな」

「……でしょ。この時間だと、こんなに大きく見えるんだよ」

 

 空に輝く、満ち溢れるような月。

 二人の勝利を祝うかのように、物言わず煌めくその光。

 

「戦ってる時は、気付くことすらなかった。……勝ったんだな、俺たち」

「うん、勝った……勝ったよ」

 

 噛み締めるようにそう言うアルフレッド。

 セレスもまた、感化されたように声が震え始める。

 静かに相棒の手を握り合うと、冷えた砂漠とは不釣り合いなほどの温かさを、二人は感じ取った。

 

「本当に、ありがとう……アルフ」

 

 涙を浮かべながら笑うセレス。

 その笑顔は、夜空に輝く満月のように、柔らかくて温かい。そして何より、綺麗だと――。

 アルフレッドはそう思いながら、静かに微笑み返すのだった。

 




次回、最終話です。
モンスターハンターワイルズの発売日の一週間前、二月二十一日に更新致します。
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