「――い、一体、何が……」
舞い上がる粉塵。
鼻につく、火薬特有のつんとした香り。
軋む体に鞭を打ち、アルフレッドは起き上がった。
鎧の節々からは、血が滲んでいる。
痛みも生半可ではないが、立ち上がることはできた。
懐から回復薬グレートを取り出して、雑に飲み干しながら辺りを見渡す。
砂が大きく抉れて、未だに金の雨を降らせていた。
その爆心地には、奴がいた。
「……お前さんが、やったのか」
湧き上がる蒸気。
黒々しい煙が、口元どころか、全身の甲殻の隙間から溢れ出る。
浮かび上がる赤い模様は、盛り上がった血流によるものか。いや、剥がれた甲殻の隙間から、もはや染み出している。それが体温で蒸発し、赤黒い霧となっていた。
青と黒、どころか、赤と黒の色合いに変貌した悪魔の姿がそこにあった。
その悪魔が、大きく息を吸う。砂が舞い、風が駆け、夜を迎える砂漠の大気を、打ち鳴らした。
「……っ!」
怒気、というにも物足りない。
もはや狂気。
発狂して、暴走している。まさに、そんな声だった。
「せ、セレス……セレス! 無事か!」
慌てて周囲を見渡す。
吹き飛ばされる直前まで、一緒にいたはずの相棒の姿が見当たらない。
アルフレッドは焦り、声を張り続けた。
「セレス! どこだ! 返事をしろ!」
夕暮れの砂漠が、音を吸う。
こだますることなく、冷えた空気の冷たい音色が静かに響く。
「セレスーッ!!」
返事の代わりの、発砲音。
アルフレッドよりさらに後方の砂の山から、薄い硝煙が顔を出す。
「そこか!」
アルフレッドは、駆け出した。
走りながら、背後を見る。
あのディアブロスは、どこか気怠げな顔で虚空を見ていた。それはさながら、脱水状態のような――。
いずれにせよ、チャンスだと。彼は自分にそう言い聞かせ、砂の小山を目指すのだった。
「セレス!」
銃口だけが、塚のように伸びている。
その根本の砂を掻き分け、必死に手を伸ばした。
褐色肌の細腕が、大柄な手に触れる。
「大丈夫か!」
「げっ……げほっ! げふっ……う、うぅ……」
砂から引き出されるは、ボロボロになった少女。
防具のあちこちを損傷し、頬には軽い火傷を負っている。
何より、機動力確保のために装甲を薄くした大腿部は、荒く切れて赤い大河を描いていた。
「まずいな……!」
滴る血が、砂漠を赤く染める。
これでは走れないだろう。アルフレッドはそう思いながら、包帯を取り出した。
まずは止血。雑な手つきでセレスの左足に包帯を巻きつけ、これ以上の出血を止める。
「セレス、意識はあるか。俺の言ってること、分かるか?」
「……ん……」
荒い呼吸で酸素を求め、額からは嫌な汗が噴き出ているが――。
それでも彼女は目を開き、アルフレッドを見ては薄く微笑むのだった。
しかし、それも束の間。苦悶の表情にすぐ染まり、小さな歯茎を食い縛る。
「くそ……これを飲め!」
懐から取り出した回復薬グレートを、口元に向かって注ぐ。
セレスはむせ返りながらもそれを少量含み、必死に飲み込んだ。こく、こくと、小さな喉仏がゆっくり上下する。
「……やべぇ、動き出した!」
振り返れば、ディアブロスが唸っている。
一呼吸がついたのか、ハンター二人を睨み、全身からはさらに黒い蒸気を噴き漏らした。
「とにかく逃げるぞ!」
ガンランスを捨てて、小さな相棒を抱き上げる。
右手を肩に、左手を両足に回し、割れ物を抱えるようにして、アルフレッドは走った。
その衝撃に、セレスは目を見開く。少しとはいえ、回復薬を飲んだのだ。痛みが多少、和らいだのだった。
「あ、アルフ……」
「喋んなよ……あった! 一旦片手で抱えるぞ!」
右手を肩から腰に回し、その一本の腕で少女の全身を支える。
そして、空いた左手はというと――小さな筒を、空に向けていた。
直後、赤い光を天高くに撃ち放つ。
救難信号の合図。猟区に控えるハンターたちに、救援を要請する信号弾である。
「来やがった! 掴まってろよ!」
再び両手でセレスを抱え、アルフレッドは走る。
迫るディアブロス。
体勢を低め、突進の姿勢で駆け出した。
「うおお……っ!」
もはや片角となったその頭を振りかざし、二人を轢き潰さんと走る。その暴風を、アルフレッドは横に跳んで避けた。
しかし、安心はしていられない。
鏖魔は、外したとみるやすぐに切り返し、翼を軸に全身を反転させる。再度、二人へと迫り来るのだった。
「くっそ!」
スライディングで、走りゆく足の隙間を縫うように躱す。
まさに間一髪ではあるが、二度目の嵐も回避した。
「……あ、アルフ……武器は……?」
「逃げるのには邪魔だからな、置いてきた!」
「え……」
その言葉に、セレスは目を見開く。
「アルフが、ガンランスを……? あんなに、好きだって、言ってたのに……」
「ああ、もちろん好きさ! 俺がハンターをやる何よりの由縁だ! でも、でもな――」
三度目の暴風。
岩に飛び乗って、そこから跳躍。
背後の岩が砕けるのを感じながら、それでも二人は躱し切った。
「――今は、お前さんの方が大事だ」
そう言って、ニッと笑うアルフレッド。
その微笑みに、引き込まれるセレス。
痛みと恐怖で曇天模様の心に、虹が掛かる音がした。
しかしそれも、束の間。
突進の勢いを殺せずに、砂を掻き散らすディアブロス。
その全身から、止められなくなったように溢れる黒い蒸気が、全てを飲み込んだ。
「……! セレス!」
「あっ……」
その真上を、白と黒の奔流が襲う。
鏖魔の暴走の痕が、砂の凹凸を作っていた。その凹みに身を伏せた二人は、水蒸気爆発――急激に膨張した体液の衝撃波から、逃れることができたのだ。
「……なんて奴だ」
爆風によって巻き上げられた土砂が、豪雨のように降り注ぐ。
金の砂に、黒い体液の煤、剥がれ落ちた甲殻の欠片。
その中心で吠え、再び意識を混濁させたように沈黙するディアブロス。
何とも異様な光景だった。
「俺たちは、あれに吹き飛ばされたのか。とんでもねぇな」
「う、くぅ……」
「痛いか? 悪い、受け身は取れなかった」
「う、ううん……ありがと……」
セレスを抱き上げながら、アルフレッドは立ち上がる。
二人の周囲に降り注ぐ、青黒い甲殻。水蒸気爆発を起こす"
水蒸気爆発を起こすことができたのは、甲殻の下で体液を圧縮していたから。つまり爆発するたびに、彼は蓋である甲殻を失い、全身を血で染めてしまうのだ。
まさに諸刃の剣。自らの命をも燃やす奥の手。
爆心地のように陥没する砂漠。その中心で、血塗れになりながら吠えるディアブロスを見ては、アルフレッドは思わず感嘆の声を上げるのだった。
「突いて爆発するなんて……ガンランスみたいなモンスターだな」
「――何言ってるんですの、貴方は」
「呆れるぜぇ……」
駆け付けた、声。
救援のために控えていた二人が、現れた。
「ウルティナ、レクス。……待ってたぞ」
「遠くから見てたけどよ、何なんだありゃあ……」
「正気の沙汰ではございませんわね……って、セレスちゃん――セレスちゃん! 大丈夫ですの!?」
「う、うーん……どうだろ……」
「セレスは見ての通り戦闘不能だ。俺はこの子を安全なところまで連れて行ってやりたい」
「……あれ、アンタ、ガンランスはどした?」
「ああ、逃げるのに邪魔でな。置いてきちまった」
「背負うんじゃ、なかったのかぁ?」
レクスが含み笑いでそう言うものの、アルフレッドが大事そうに抱える少女を見ては、「あー……」と気の抜けた声を漏らした。
「……なるほどね。そういうことか。背負う、ね」
「退路を作りますわよ! さぁそこの無精髭の男! 武器を取りなさい!」
「何なんだよこのお嬢さんはよぉ……」
ウルティナはレイピアを、レクスは太刀を。
それぞれ獲物に手を掛けながら、唸る悪魔に相対する。
「助かるぜ、お二人さん!」
立ち塞がる二人に礼を言いつつ、ベースキャンプに向けて走り出すアルフレッド。
そこへ、颯爽と駆け付ける影。
「うお、何だ!?」
砂煙を上げながら現れるのは、小型の鳥竜か、牙獣種か。
しかし身に纏うのは、紫と白を編み込んだ優美なドレス。四肢に柔らかな毛並みを湛え、張りのある声で鳴くそれは、ガルクと呼ばれる猟犬だった。
「アルフレッド様、セレス様。私も及ばずながら、力になりますね」
「ベアトリスか!」
玉虫色の防具を見に纏った、操虫棍使い。
ウルティナの姉、ベアトリス。
「セレス様、大変……! セクト!」
セクト、と呼ばれたガルクは、一際大きな声で「わん」と吠える。
そして、アルフレッドの側に駆け付けて、その背中を差し出した。
「……これは?」
「私のガルクは優秀ですのよ。匂いを辿って、セレス様をベースキャンプに送り届けてくれるはず。彼女はセクトに任せて、アルフレッド様は戦線に戻るべきです。あのモンスターは、あまりにも危険です」
「……セレス、乗れるか」
「う、うん……あ、ふわふわだ……」
柔らかな毛並みに頬を寄せ、少し口元を綻ばせる。
力無い手足でしがみ付けるだろうか、と不安に思うアルフレッドだが、ガルクの背中には鞍のようなものがあるため、跨れば意外なほど安定していた。
セレスの頭を軽く撫で、アルフレッドは立ち上がる。
決意を新たにするように、両拳を打ち付けた。
「よし、犬っころ! セレスを頼むぜ! 行ってくる!」
「あ、アルフ……」
「セレス、しっかり休めよ。仕留めてくるから」
「も、もう弾は……」
「……全部撃っちまった。すっからかんだ。でも。槍はある。ガンランスは、まだやれる」
「でも、それじゃあ……。あ、あたしだって……!」
「セレス様。今慌てては意味がありませんわ。私も力になりますから」
当然だ。弾のないガンランスにできることなど、数えるほどだろう。
それでも、一歩も引かないアルフレッドだった。
その真摯な目と、もう一人のこちらを想う目を見ては、それ以上何かを言うことはなかった。
「セクト! 頼んだわよ!」
「ベアトリス、行くぞ!」
走り行く二人の背を見て、セレスは自分の頭をそっと撫でる。
先程アルフレッドが撫でた部分を追うように。
頬を赤く染めながら、それでいて複雑な思いを抱くのだった。
「大事って、言ってくれた……。でも、隣には、あたしがずっといたかったなぁ……」
その声に、心配するように甲高い声を上げるセクト。
ふわりとしたガルクの頬が寄ってきて、セレスは少し気持ちが和らいだ。
「ふふ、くすぐったいよ。……ありがと、セクトちゃん」
頭を撫でると、セクトはとびきり大きな声で「わん」と鳴く。
とにもかくにも、ベースキャンプに帰ろう。
そう切り替えるセレスだが、砂漠の向こうから響く咆哮、続く爆破音に後ろ髪を引かれる。
「大丈夫かな、みんな……アルフ……」
その時、不意に、視界に光るものが映った。
「あれ……って。ね、セクトちゃん。あの光るもののとこまで、行ってくれる?」
セレスに言われ、セクトは歩き出す。
砂に埋もれたそれは、太く重い金属薬莢だった。
ヘビィボウガンの弾より遥かに大きいそれは、特有の鼻につくような火炎の香りを醸し出している。
「これって、アルフの竜撃砲弾……」
ここまで吹き飛ばされてたんだ、と呟きながら、セレスはそれを拾い上げる。
そっと抱き寄せては、戦いの渦中を不安そうに見るのだった。
「このままじゃ……」
ぎゅっと抱きしめ、しかし改めて決意を固めるセレス。
「ううん。あたしにも、まだできることはある」
その空薬莢を、静かにセクトの鼻の前に寄せた。
お願い、と縋るような声を漏らしながら。
「匂いを辿れるなら、ベースキャンプじゃなくて。これと似た匂いの植物を、探して――!」
⚪︎◎⚫︎
「……かぁ〜っ! かってぇ!」
太刀が弾かれ、隙を晒すレクス。
渾身の居合も、硬い甲殻を合わせられると太刀打ちできない。
「不用意に踏み込むのはいただけませんわ!」
鏖魔の後方で距離を取りながら、脚を冷静に突くウルティナ。
しかし足の筋肉もまた硬く、その硬さは以前対峙した金獅子を彼女に想起させた。
「とにかく、気を引くわよ! アルフレッド様! 今のうちに武器を!」
「助かる!」
ベアトリスは猟虫を使って鏖魔の気を引き、自身は印弾の反動で宙を待っている。
三人の剣士が周りを飛び回り、むず痒い武器を振るう。ディアブロスにとっては、苛立ちの募る瞬間だろう。
しかし、視界の端に大男が映るや否や、そちらをキッと睨み付けた。鼻息を荒げ、後ろ足で砂を掻く。漏れる息は、より一層黒々しい。
「……いけませんわ! アルフレッド様!」
「コイツ、走り出す気か……っ!」
「明らかに彼を狙ってるのね!」
三人に目もくれず、走り出す。
黒き暴風、砂漠を吹き荒ぶ。
「やっべ……!」
アルフレッドは全力で走り、第一陣を躱した。
しかし、それも束の間、切り返すようなターンで急旋回。第二陣となる暴風を解き放つ。
「くっそ!」
横っ飛びで回避して、砂の中を転がる。
ガンランスとの距離は、依然として遠い。
「これじゃ、近づけない……!」
すぐさま切り返し、今度こそ轢き潰さんと、ディアブロスは走る。
その速度は非常に速く、人間の足ではとても追いつけなかった。ウルティナたちは、必死に距離を詰める。しかし状況は、無力な人間を無慈悲に追い回す悪魔の構図のまま。
回避を強いられるゆえに、ガンランスとの距離を詰めれず、アルフレッドは唇を噛んだ。
「クソ……どうしたもんかな」
唸るディアブロス。
失った角の恨みを込めるように、頭を大地に擦り付けては、地盤ごと剥がすようにして薙ぎ払う。
その猛攻に、大男は背後に跳んで避けるしかない。
ガンランスとの距離が、さらに大きくなる。
「こっちを見なさい……なっ!!」
空中からの、圧倒的殴打。
レイピアではなく、盾で。
跳び上がったウルティナが放ったフォールバッシュに、ディアブロスは怯む。怯むが、忌々しそうに頭を振って彼女を振り払った。
「うあっ!」
「ウル!」
跳び上がったベアトリスが、妹を庇うように横槍を入れる。
空中からの、翔蟲の糸を利用した急降下。
降竜と呼ばれるその技で、穿った左目を突いた。
それには、流石のディアブロスも悲鳴を上げる。
「今のうちだぁ、アルフレッド! 行きな!」
「お、おう!」
鼻息を荒げ、ベアトリスを狙うディアブロス。
いや、その髪色から、アルフレッドと誤認すらしているかもしれない。
そもそも、個々の判別すらできていないかもしれない。
怒り心頭で暴れ回るその姿には、もはや正気の欠片も残っていないのだろう。
「――ふう」
角を振り回し、尾を薙いで、全てを粉砕する鏖魔。
距離を取って隙を窺う姉妹の背後には、武器を収めながら静かに迫る無精髭の男。
すっと引いた太刀で、腰だめの姿勢へ。
添えるように、柄に手の平を乗せ、静かに息を吐く。
そしてそれは、薙ぎ払われる尾が触れんとする瞬間に、解き放たれた。
「――――っぅっ、はぁーッ……はぁ、はぁ……!」
刹那の見切り。全身全霊の居合い抜き。
止めていた息を吐き、どっと汗が溢れ出る。
それでも、払った刃を静かに鞘に収めた。
すれ違うように斬り抜いたそれは、一見何も斬っていないように見えたが――チン、と
「す、すごいですわ!」
尾の一部が切断され、それが零れ落ちる。その様は、まさに鉄槌の如く。
血がどくどくと溢れ、ディアブロスの甲高い悲鳴が響いた。まさに、一刀両断。その技に、ウルティナは感嘆する。
「へっ、どうだぃ。本当は、全部斬り落としたかったんだけどな〜」
自慢げにそう言って、再び居合の構えを取るレクス。
その鋭い刃に、鏖魔は警戒の鼻息を漏らした。
――そして、激しい攻防の裏側で。
アルフレッドはとうとう、ガンランスの元へと辿り着いた。
「ブルアノヴァ……良かった、無事だ」
踏まれるなどしていたらどうしようかと、そんなことも考えていた大男だが、それが杞憂に終わりほっと息を吐く。
全ての空薬莢を吐き出して、銃身を元の形に戻す。
予備弾倉も、全て空。
撃てるものは何もないが――穂先の刃は、依然として健在だ。
まだ、戦える。
軽くなった銃槍を振るいながら、アルフレッドはそう自分に言い聞かせた。
「行くぜ!」
踏み込み、腹下を斬り上げる。
両手で持った柄を握り返し、今度は袈裟斬り。
刃を返し、さらに斬り上げる。
「血管が膨らんでるからか? さっきより柔らかくなってやがる!」
手に伝わる感触は、通常の状態よりも手応えがあった。
血流が盛んになり、運動能力は上がっているかもしれない。しかしその分血管という弱点が生まれ、結果刃がよく通るようになっていた。
「おっと……!」
唸る鏖魔。
血飛沫を噴きながらも、尾を振り回す。
それをスライディングしながら避け、薙ぎ払うように踏み込んで。
空中からは、棍を激しく振り回しながら背中を刻むベアトリスが。
足元は、ウルティナの連続的刺突が襲う。
そして隙を見せれば、レクスによる手痛い斬撃がお見舞いされる。
鏖魔ディアブロスは、自由に動けないストレスから、さらに身体中の血管が沸き上がり――。
結果、さらに血管が切れた。
「……っ! 全員、下がれ!」
アルフレッドのその声より先に、鏖魔の全身から白い蒸気が溢れ――しかし怒気と共にそれは黒く、黒く染まっていく。
構え、低めた姿勢のまま走り出す。
初速から全速力。
四人のハンターを蹴散らさんと、悪魔は黒き暴風へと姿を変えた。
「ひえっ、やばいですわ!」
「ウル! 下がりなさい!」
「やっべ〜ッ! コイツは無理だ!」
三人はその突進を躱すものの、奴の本命は別にある。
アルフレッドは冷や汗を垂らしながら、声を張り上げた。
「突進の後も気を付けろ! あの蒸気はいずれ爆ぜる!」
「そんなのって、ありですの〜!?」
砂漠を平らに踏み鳴らすように、縦横無尽に駆け回り――そして最後は、溢れる体液を外殻の下で圧縮、解放する。
一瞬で膨張したそれは、超威力の衝撃波となり、砂漠の何もかもを吹き飛ばした。
爆心地で、ディアブロスは吠える。
その外殻の欠片と、金の砂が混じった何かが、土砂のように降り注いだ。鏖魔の纏う霧はさらに濃くなり、濃厚な血の臭いを砂に塗りたくっていく。
「爆発した後は――無防備ですわ!」
いの一番に走り出したのは、ウルティナだった。
最初から戦闘を観察していた彼女は、あの水蒸気爆発の弱点に気付いていたのだった。
――だがそれは、追い詰められた獣には通用しない。
いつだって同じ後隙がある、なんてことはない。
彼らは生きるために、必死なのだから。
鏖魔は今、死に物狂いで動き出す。脱水症状であるにも関わらず、脳から過剰に分泌された物質が、その負荷すら忘れさせた。
そして、後隙など始めからなかったかのように。
赤黒い蒸気を噴きながら、その全身を錐揉み回転させるのだ。
「え――きゃんっ!」
「ウルーっ!!」
激しく旋回する体に弾き飛ばされ、砂の山へと埋もれるウルティナ。
駆け寄ろうとするベアトリスの、その乱雑な足音。
地面に潜り切ったディアブロスは、静かに照準を定めるのだった。
「――しまっ……」
慌てて跳躍、すぐさま印弾を撃ち、その反動で距離を取る。
直後、砂を弾き上げて鏖魔が現れた。
突き上げ自体は、躱すことができた。
しかし、その全身から溢れる蒸気の奔流からは、逃れることはできなかった。
「うっ……!」
爆風をもろに受け、吹き飛ばされるベアトリス。
転がる地面は砂地であるため、衝撃はある程度吸収したものの――そのダメージは、彼女を戦闘不能にするには十分だった。
「ぐっ、来やがれバケモンがぁ!」
太刀を立てるように構え、見切りの構えを取るレクス。
そんな彼に向けて、鏖魔は角を引いた。
全身に力を込め、沸き立つ蒸気をさらに迸らせる。
「何をする気だ……!」
遠目からそれを見ていたアルフレッドだったが、その行動は流石に予想ができなかった。
回転。
出始めは、角を用いた薙ぎ払いである。
レクスは瞬時に見切り、返し刃と背後への跳躍で、衝撃を全て受け流すが――続け様に迫る、尾、角、さらなる尾という連撃を、全て見切ることはできなかった。
防ぎ、受け、さらには刀身がもたずに折れる。
太刀使いは武器を失い、儚く弾き飛ばされた。
「がっ……!」
あっさりと三人を蹴散らし、雄叫びを上げる。
悪魔の如きその力に、アルフレッドは言葉を失った。
ゆっくりと振り返るディアブロス。
最後に残った宿敵を、じっとりと見ては忌々しそうに唸った。
ようやく仕留められる。
そう言わんばかりの、感情のこもった唸り声を上げ、ついには走り出した。
二度も折れられた角を振りかざし。
今度こそ、自らの縄張りを奪ったこの人間を轢き殺さんと、砂漠を削っては猛進するのだった。
「……くッ……」
燃え残し。
強い怒り。報復。復讐心。
かつての縄張りを取り戻さんとする渇望と、天敵を滅せんとする執着心。その強烈な意志が、アルフレッドに襲い掛かる。
「来やがれ……っ!」
両手で銃槍を構えるが、弾ける威力でも、いなせる速度でもない。
ただ、自らも命を燃やさんと、吠えるしかない。
怒号の如き叫びをもって、自身に迫る死の足音に全力で抗う。そんな叫びだった。
――そしてその叫びは、一筋の弾道に掻き消される。
「――セレス……?」
狙撃竜弾。
鋭き一閃が、ディアブロスを止めていた。
身体中を蝕む傷痕を、弾くように焼くその光。突進する脚を止め、巨体を横転させるには、十分な威力をもっていた。
どこか夢見心地な様子で、アルフレッドは振り返る。
ガルクに跨ったまま、銃を構える少女の姿が、そこにあった。
「……良かった! 間に合った……!」
「セレス、どうして……」
「弾がないガンランスなんて、どうしようもないよ! それに、あたしは君の相棒! 君の隣に、ずっといたいの!」
「セレス……」
セクトの肩をぽんと叩くと、彼はゆっくりと歩いて少女を大男の元へと運ぶ。
再会に喜び、涙ぐみながら笑う相棒を前に、アルフレッドもまた、心が現実に戻るのだった。
静かに笑い、彼女を抱きしめた。
「えっ、アルフ、ちょっ――あっ……」
「セレス……ありがとな」
「う、うん……えへへ」
命のやり取りの真っ只中だというのに、少し頬が緩んでしまうセレスだったが――はっと思い出すように気を取り直し、大男の腕の中から身を
懐から取り出すは、二本の大きな実だった。中からは、火薬草やハレツアロワナにどこか似た、鼻につく香りが漂ってくる。
されど、火竜の吐息のような、どこか生臭さがあった。
それとよく似た香りを、アルフレッドはよく知っていた。
「これって――リュウゲキの実か?」
「うん。この子が、一緒に探してくれたの」
アルフレッドに抱き上げられるまま、振り返るセレス。
その視線の先にいるガルク――セクトは、「わん」と一際大きく鳴くのだった。
「ね、アルフ。ベリオロスを狩った時のこと、覚えてる?」
「ベリオロス?」
「うん。猟団の二人と狩りに行って、イビルジョーに遭遇して……。その後に、寒冷群島で狩りをした時のこと」
「――ああ。覚えてるよ。言いたいことが、分かったぜ」
そう言いながら、アルフレッドは片手で銃槍を折り畳み、柄を砂地に押し付けた。そのまま器用に、リュウゲキの実を片手で砲身に押し込む。
一方、彼のもう片方の腕に抱き上げられるセレスもまた、自身の愛銃――ビヤラースヴァリアを折り畳む。剥き出しの銃身に、実を無理矢理当てがった。
彼は砲弾を撃ち尽くし、彼女もまた残りの弾はほとんどない。
二発のリュウゲキの実――改め、竜撃弾。
正真正銘の、
「この銃、竜撃弾は非対応で……貫通弾を撃鉄代わりにするね」
「……分かった。準備は良いか?」
「うん、大丈夫! アルフ、ごめんね。重いよね」
「全く重くないわけじゃない――が、大丈夫だ」
「ほんとに? ……嫌じゃない?」
「嫌じゃない。ずっと、ずっと背負える。今だって、これからも」
その言葉に、セレスは鈴が鳴ったように目を見開いて。
ただ茫然と、溢れる想いを口にするのだった。
「……アルフ」
「何だ?」
「――愛してる」
「……俺もだ」
展開した砲身を、前へと向ける大男。
その大男の腕の中で、折り畳んだ銃を構える少女。
二人の視線の先で、起き上がっては大きく吠える、ディアブロス。
全身から蒸気を立ち昇らせ、その黒い体を覆い尽くす。しかし次第に、蒸気すらも黒く染まり、再び暴風へと変貌した。
「まだだ――」
大地を掻いて、姿勢を低める。
「まだまだ――」
低い威嚇音と共に、低めた角を宿敵に向けて。
「もう少し、もう少し――」
ついに、走り出す。
黒き暴風、猛進する。
「まだ我慢……まだ、耐えろよ――」
大地を踏み
巨体が、駆ける。
銃を構える二人に向けて、迫り来る。
「行くぜ、セレス――」
その角が、まさに二人を弾き飛ばさんとする、その瞬間に。
アルフレッドが、吠えた。
「――――今だッ!!」
その叫びを掻き消すほどの、炸裂音。
左から溢れる、竜の炎。螺旋状に広がるそれは、前方を貫く炎の奔流となり、鏖魔の右角を焼き砕く。
右から弾けたその爆炎は、定める銃身がないからこそ、詰められた火種を広範囲に、恐ろしい勢いで撒き散らすのだった。飲まれた鏖魔の左半身は、溶岩に包まれたが如く、赤熱化する。
両者が放つその圧倒的な炎は、砂漠を全て塗り替えるように駆け抜けた。夜の闇に染まりつつある砂漠に、無理矢理朝をもたらしたかのような、そんな光が瞬いた。
あまりの威力に、突進の勢いすら押し返し、巨体が弾け飛ぶ。
あまりの高熱に、ほとんどの肉を失った頭部が、ガラス状になった砂の山へと零れ落ちた。
断末魔すら発することなく、鏖魔ディアブロスはついに息絶える。
二つの炎――竜撃弾が、彼に引導を渡したのだ。
「――――やった」
「……やった、ね」
反動で吹き飛び、仰向けになって倒れる二人。
痛みのあまり起き上がれないでいたが、動かなくなった鏖魔を見ては、起き上がろうともしなかった。
ただ、やり切った思いが溢れて、静かに空を見上げるのみ。
「……月、綺麗だな」
「……でしょ。この時間だと、こんなに大きく見えるんだよ」
空に輝く、満ち溢れるような月。
二人の勝利を祝うかのように、物言わず煌めくその光。
「戦ってる時は、気付くことすらなかった。……勝ったんだな、俺たち」
「うん、勝った……勝ったよ」
噛み締めるようにそう言うアルフレッド。
セレスもまた、感化されたように声が震え始める。
静かに相棒の手を握り合うと、冷えた砂漠とは不釣り合いなほどの温かさを、二人は感じ取った。
「本当に、ありがとう……アルフ」
涙を浮かべながら笑うセレス。
その笑顔は、夜空に輝く満月のように、柔らかくて温かい。そして何より、綺麗だと――。
アルフレッドはそう思いながら、静かに微笑み返すのだった。
次回、最終話です。
モンスターハンターワイルズの発売日の一週間前、二月二十一日に更新致します。
閲覧ありがとうございました。