「寒い……」
「寒いな」
雪と氷に覆われた大地、凍土。
雪を避けるように入り込んだ洞窟で、震える二人のハンター。
蒼火竜の鎧に身を包むガンランス使いと、雌火竜の装備を着込んだ重弩使い。アルフレッドとセレスである。
「洞窟の中でも寒いね。風を避けれると思ったんだけどな」
「ここまで冷えると、洞窟だって寒いよな。かまくら効果、とはならないか……」
入り込んだ洞窟は、モンスターの体格であっても簡単に入り込めるほど広く、高い。その分空気は抜け、予想以上に冷え込んでいた。
しかし、アルフレッドはさして気にした様子はない。むしろ、この闇に対して目を凝らすのだった。
「アルフ?」
「今回俺たちが狙ってるモンスターはな、こういう洞窟を寝ぐらにしてるんだ」
「あ、そうか。そうだったね。フルフルみたいな生態なんだったよね」
「ああ。こういう洞窟の壁に張り付いて、上から入り込んだ獲物を狙う――」
ぴちゃ、と水の跳ねる音が響く。
水源はない。水は凍り、氷柱になる空間だ。
垂れたのは水ではなく、唾液。
アルフレッドの語りを聞き入るセレスの、その真上に。
不気味に明滅する影が、大口を開けていた。
「……セレス!」
大男、走り出す。
突然迫り来る彼にセレスは驚き、直後目の前を穿つ大首に、さらに驚いた。
「えっ! 何っ!?」
「俺たちの方が狙われてた! 武器を構えろ!」
アルフレッドに抱えられるまま、大首から距離を取った彼女は、その声に応じて妃竜砲を展開する。
彼もまた、金色に輝く叛逆ノ覇銃槍レギオンを抜刀した。
初撃は外した。しかしそれを惜しむこともなく、その影――ギギネブラは舞い降りる。
灰色の体色。びっしりと繊毛で覆われた赤い腹。独特の粘液を纏い、すり鉢のような口を開閉する頭。
その、目の無い顔で二人を見ては、大声を上げる。死に際の叫び声のような、耳を覆いたくなる声だった。
「うっ……な、何これ! こ、こんなモンスターがいるの!?」
「後ろから見るとまた凄いぞ」
「そ、そんな情報いらないよ!」
唸る影。その口元は、不気味な紫煙で覆われる。
「ギギネブラは目が無い! 目が無いが、どうも熱で俺たちを感知するらしい。だから油断すんなよ!」
「どういう生き物なの……!」
「ちなみにあの煙は毒だ! 当たるなよ!」
「とんでも生き物すぎるよ!」
放たれる紫煙を躱す二人。
ギギネブラは、熱を感知するピット器官をもつ。躱した二人の体温は、この絶対零度の世界では手に取るように分かるのだ。
まずはより食べ甲斐のある、大きな熱を追う。蒼鎧を纏った男性であることは、ギギネブラにとっては知り得ることなく、またどうでもいい情報だった。
「来やがれ!」
這い寄る影は、その動きを突進に変える。
とはいっても、ティガレックスのような鋭い爪や強靭な脚力をもっているわけではない。あくまでも、洞窟内で獲物を奇襲することに特化した生態の持ち主だ。
故に、その突進は遅く、威力も伴わない。アルフレッドは大盾を突き出し、真正面から受け止めるのだった。
「ぐっ……!」
衝撃で後退するものの、吹き飛ぶことはない。
ギギネブラは、思わぬ壁に阻まれ唸る。それでも、その壁を弾かんと全身に力を入れ続けた。
拮抗。奇怪な竜と大男の、鍔迫り合い。
それは、彼の左手によって終止符を打たれる。盾の真横から、銃口を向けていた。
「食らいな!」
シリンダーが猛回転する。
放たれるは、五発の砲弾を一度に全て放つ大技。フルバーストである。
口元を突然激しく焼かれ、ギギネブラは悲鳴を上げた。
続け様に放たれる通常弾。焼けた頭を正確に射抜かれ、痛みに悶える。
「うおっ……!」
その悶えを、全力のフックに変える。
いや、頭を振るようなその動きは、がむしゃらな頭突きかもしれない。
アルフレッドは上半身を逸らして避け、懐に入り込んだ。続け様に、刺突。赤い腹を、鋭い切先で何度か穿つ。
「……アルフ! 何か溜めてる!」
「毒の息だな! 分かった!」
口元から溢れる紫煙。
それを腹下のハンターに向けた。同時に、全身を膨らませるように翼を広げ、両脚に力を込める。
一瞬の跳躍とともに、解放。紫煙は激しく膨張し、独特の異臭を洞窟に撒き散らした。その渦中にいたアルフレッドは――。
「――ふうっ!」
クイックリロード、からの砲撃。
その反動で、毒の奔流から逃れる。奇しくも遠方の地エルガドでは、その回避法をリバースブラストという名で実用化しているが、アルフレッドはそんなことも露知らずやってのけたのだった。
「危なかったな。あの毒は遅行毒だ。ゆっくり体が痛み、終いには穴という穴から血が出るらしい。眉唾だが、吸うなよ」
「怖すぎる……」
「ちなみに解毒薬はしっかり効く。症状が出る前に、早めに飲むんだぜ」
「まず吸わないようにするよ!」
そう言いながら、セレスは火炎弾を装填する。
激しく紫煙を漏らす、隙だらけのその頭に。
鋭い狙撃で、火炎の嵐をしゃがみ撃った。
激しい燃焼。
灰色の表皮が、黒く焦げていく――。
いや、焦げているのではない。火炎弾が着弾していないはずの翼、胴、そして尻尾すら、黒く染まっていた。
「え――」
解き放たれる、咆哮。
さらに身の毛のよだつような声に、セレスは跳び上がった。あのディアブロスとは別の方向で、恐怖心を煽る声。火炎弾を撃つ手が止まる。
「ひいい、何この声……! ちょ、あたしこの子苦手かも……!」
「そんなこと言ってる場合か! 来るぞ!」
再び這い寄る黒い影。
全身を黒く染めたそれは、警告色か。はたまた、捕食の意思表示か。
牙を振るいながら迫るギギネブラに、二人は走って距離を取る。いや、セレスは背後に回り込むようにして、再びしゃがみ撃ちの体勢を取った。
「……え!? あれ!? こっちが顔だった……?」
そこにあるのは、顔。
いや、正確には顔と同じような形状をした尾なのだが、初めて相対したセレスにとっては、判断がつかなかった。
そして、それがギギネブラの生存戦略でもある。
困惑するセレスの目の前で、その尾を大地へ押し付ける。何故顔のような形をしているのか、何故口のような穴が空いているのか――。
想像の斜め上を行く行動で、セレスの度肝を抜いた。
「構わず撃て!」
「う、うん……! え、大丈夫なの?」
驚きながらも、セレスは撃ち続けた。
そしてギギネブラも、着弾に構わず尾を脈動させ続ける。
独特の嬌声と共に、引き抜かれた。
膨らんだ尾から吐き出される、白い粘液の塊。目の前に産み出されるそれに、セレスは目を丸くした。
「……な、何これ」
血と粘液を纏ったそれは、生臭い香りを漂わせていた。その生々しさに、セレスはより一層戸惑ってしまう。
一方で、頭側ではアルフレッドが武器を振るう。
レギオンの刃をもってしても、その頭は硬く上手く刃が通らない。分厚い表皮を
「ち! なら、これはどうだ!」
廃莢、即座に装填。
連続で引き金を引き、砲弾を炸裂させる。
斬撃を放棄し、砲撃に特化する。その豪炎には、流石のギギネブラも堪えたようだ。頭を振って、痛みを逃そうとする。黒い表皮を、火傷がさらに黒く染める。
「へっ、いい感じだな……って、セレス! その白いのから離れろ!」
「えっ? 特に何も起きないよ、これ!」
「それは
「らん……しょう……?」
その言葉が意味するものとは。
脳を回転させて、答えを手繰り寄せる。同時に見やる、白い塊。
その膜を破って出てきた白い何かと、目が合った。
「……ひゃああぁぁっ!! 何これーっ!!」
目の無い顔と目が合って。
そうかと思えば、飛び出したそれが防具の隙間に潜り込む。突然の襲撃に、流石のセレスも叫び声を上げた。
「セレス! 転がれ! とにかく激しい動きをしろ! それは赤ん坊だ! 噛む力はまだそんなに強くない!」
「赤……ちゃん……!?」
とにかく転がる。
凍土の冷気が全身に移るが、構うことなく転がり続ける。
すると、インナーに食い込ませていた牙が抜け、白い何かが溢れ落ちた。
現れたのは、太もも程の大きさの生き物。手足はなく、ぬめりに包まれた生白い肌が見てとれる。そして何より、その顔つきはギギネブラのそれとよく似ていた。
毒怪竜の幼体、ギィギと呼ばれている。
「うわぁ……噛み痕ついてる。やっぱり苦手かも、あたし」
「今回の依頼は、ギィギの被害も何件か報告されている。繁殖力が特に強い個体なのかな」
「こういうことだったんだね……凍土の村で被害があったって。こんなの放っておいたら、どうなるか」
「人間なんて、栄養に富んだ餌でしかないかもな。でも今回に限っては、お前さんが餌になるんだぜ!」
凍土付近の村が、ギギネブラの縄張り拡大に脅かされている。普段は洞窟に篭りがちだが、旺盛な繁殖力で増えたが故に、生息域が広がってしまっているのだ。
その根源が、目の前の個体である。アルフレッドは獣のように笑いながら、竜撃砲を装填する。
圧縮、溢れ出る炎。
青い光が砲身から漏れ、黒い影へと降り掛かる。
直後、眩い火炎となり、その全身を包み込んだ。
「わっ……!」
「ぐっ……!」
その衝撃に、セレスは顔を覆い、アルフレッドは歯を食いしばる。
卵鞘は溶け、産まれ出たギィギたちは吹き飛ばされた。
氷が溶け、白い湯気が洞窟を包み込む。
火に弱いギギネブラに対して、切り札になりかねない一撃ではあったが、これは悪手だった。
ただでさえ視界の悪いこの洞窟を、白い霧で満たしてしまうからだ。より一層、目の前が無に閉ざされる。
「……やっべ。やらかした」
「これって……」
「セレス! 気をつけろ! 正面からくるとは限らない!」
「え、えーっ!」
前後左右、周囲に目をやった。
しかしあたりは暗闇と白い霧に包まれ、何も見えない。
ギギネブラの断末魔は聞こえていない。まだ生きていると、アルフレッドは判断する。
「どこだ……!」
床を擦る音が鼓膜を叩く。
しかし目に映るのは、ギィギのみ。
いや、大柄な何かが這いずる音が響いている。しかし、それがどこからかまでは掴めない。
セレスも銃を構えながら、周囲の音を必死に拾うが――。
不意に、頬に触れる水滴。
一瞬、氷が溶けたのかなと思ってしまったのが、運の尽き。初動が遅れ、真上から迫る大口に先手を譲ってしまった。
「セレス! 上だ! 避けろ!」
「え――ぅあっ!?」
大口がセレスを呑み込み、その体を軽々と持ち上げる。
上半身を丸々と包み込まれ、彼女は悲鳴を上げるが、その悲鳴すら飲み込まれた。
粘液と異臭に塗れた口内で、暗闇と不気味な体内音に包まれる。セレスは半狂乱になって暴れるが、飛竜の
「セレス、力を抜けよ。今助ける……!」
目の前の惨状を前に、アルフレッドは静かに再装填し、銃槍を構えた。
あえて、穂先の刃を外しながら。
片手剣の如きそれを、ディアブロスのように前へと掲げながら。
「首半ば……そこに刺す!」
天井に張り付き、首を伸ばしてセレスを丸呑みにしようとするギギネブラ。
口から、首の半ば下まで膨らんでいる。
それは、そこにセレスがいる証。
アルフレッドは、その上に狙いを定めて、引き金を引いた。圧の掛かった砲弾が解き放たれ、大男を宙へと飛ばす。
「セレスを離しやがれッ!!」
ブラストダッシュによる加速。
そして突き出した穂先が、勢いよく肉に埋まる。
突然の、首への衝撃にギギネブラは悲鳴を上げた。セレスを呑み込むのを止め、全力で抵抗する。長い首を振り回し、首に刺さった何かを取り除こうとするが――。
その穂先を支えに、大男がしがみつく。壁に叩きつけられても、離れることなく、冷静に穂先を銃身に戻していた。
「悪いな、これも生存競争だ」
シリンダーが回転する。
二発目が装填され、穂先の銃口から青い光が漏れる。
「セレスを返してもらうぜ!」
二度目のブラストダッシュ。
解き放たれた炎は、火薬の炸裂を用いた斬撃へと変貌する。それは捕食のために首を伸ばし、皮膚が伸び切った首を易々と切り裂いた。
轟音が反響する。
氷が割れ、鋭いナイフのようなそれが舞う。
火薬の炸裂音に続いて巨体が墜ちる音が響き、一拍置いてから少し軽い音が続く。
「……大丈夫か?」
「……全然」
それは、斬り落とされたギギネブラの頭が落ちる音。
咬合力を失ったそれから、引き出されたセレスに向けてアルフレッドは声を掛けるが――セレスは死んだ目をしながらそう答えた。
「悪い。助けるのが遅くなった」
「ううん、助けてくれてありがと……」
大男はポーチから布を取り出し、セレスの顔を拭く。
力無い笑顔で礼を言いつつ、彼女はされるがままにしていた。
「一体、どうしたの? ……って、え、頭がとれてる……」
「灼き斬った」
「……何でもありだなぁ、ほんとに」
呆れながらそう言って、セレスは懐から茶色の玉を出す。
「こやし玉を投げようとしてたんだけど、それより速く仕留めるなんて。何だか負けた気がする」
「俺は気が気じゃなかったけどな。ひやっとしたぜ……」
絶体絶命のように見えたセレスだったが、対抗策は講じていたのだった。
しかしアルフレッドはつい冷静さを失い、後先考えない攻撃に出た。そのことを恥じ、頭を掻く。
「……でも、アルフがこうして助けてくれて嬉しいよ。ありがとう」
「……おう」
セレスは両手を広げて、アルフレッドに抱きついた。
月色の髪が大男の顎に触れ、花のような香りが鼻腔をくすぐる。
――普段ならば。
「……くっさ」
「そういうこと言わないで」
ギギネブラ、ワイルズで復活してほしかったなぁ…と思ったら、ネルスキュラにお株を奪われた可哀想な子。幼体の群れ、ちょっと見てみたかった。
アルフレッドとセレスは付き合ってます。
付き合ってます!!
もっとイチャイチャしろ。
それでは、次回の更新で!閲覧ありがとうございました。