「航行の無事を願って、敬礼!」
バルバレの、波止場にて。
大型砂上船の出航を、多くのギルド関係者が見守っていた。
乗り込むは、ベテランの乗組員たちと、二人のハンター。
赤髪にガンランスを担いだ大男と、月色の髪をヘビィボウガンに照らす女性。アルフレッドとセレスである。
「いよいよ出港か。楽しみだな。何があるのか」
「例を見ない、大規模な砂嵐なんだってね。それも、砂漠の向こうから来たっていう……無事に済むといいけど」
大砂漠に迫る砂嵐の調査。
それが彼らに託された依頼だった。
ギルドからの、調査依頼。雷雲を伴った大規模の砂嵐と、そこに蠢く不穏な影を見極めよ、という――。
正体の掴めないその仕事に、アルフレッドは口角を上げては心を躍らせ、セレスは若干の恐怖に眉をへの字に下げるのだった。
何はともあれ、仕事は仕事。
二人は適当に手を振って港に別れを告げ、進路となる地平線へと目を向けた。
白と黒を雑に混ぜ交わしたような暗雲が、遙か先に小さく蠢いていた。
「この前のゲリョスを狩った地点より、さらに奥に行くらしい。今回の狩りは長丁場になりそうだ」
「うん。さっき船長さんに聞いたんだけど、あの嵐の地点までざっと三日は掛かりそうって言ってたよ」
「そうか。長いな。ま、途中デルクスなり何なりが出てくるだろ。暇しないと嬉しいな」
「こんなに綺麗で、澄んだ砂漠なんだもん。いくら見てても飽きないかも」
「故郷の方とは、やっぱり違うか?」
「うん、砂のきめ細かさが全然違う! 凄いよ!」
風を浴びて、船はどんどん進んでいく。
後方のバルバレはもう小さくなっており、船は砂をさらに掻き分け、砂漠の奥へと向かっていた。
セレスの言う通り、きめ細かい砂が巻き上げられ、煌めく風となって大気に溶けていく。確かに、これなら飽きが来ないかもしれない。アルフレッドはそう思った。
「途中でロックラックを経由する、とも言ってたよ」
「ああ、前行った街か。そっか、あそこも砂漠のど真ん中にあったな。物資の補給で、一日停泊するそうだな」
「砂漠の端のバルバレから、真ん中のロックラックを通って、奥地の砂嵐に行く……すごい調査だね」
「何でも、さらなる大規模調査団を編成中って噂もあるけどな。俺たちのは、そのための前哨戦みたいなもんか」
「街に帰れないくらいの大規模調査ってなると、あたしは困るから。今回くらいのがありがたいな」
「ま、それもそうだな」
セレスの言葉に頷きながら、アルフレッドは空を見上げる。
青く、どこまでも澄んだ空が広がっている。
それとは対比的なほど、金色に煌めく一面の世界。
砂の海は、遙か地平線で空と混ざり合っていく。
砂の小山を船が割き、甲板がどん、と揺れる。しかしその程度ではびくともせず、どころかさらに速力を増していった。
風が、地平線の奥へと吸い込まれていく。
それはまるで、彼らをあの砂嵐へと呼び寄せているかのような――。
そんな、何とも言えない感覚が、二人を支配するのだった。
⚪︎◎⚫︎
「……飽きた」
どこまでも続く金の世界。
一日が経った今、セレスはそうぼやくのだった。
「いくら見てても飽きないんじゃなかったのか?」
「こんなにずっと見せられたら、流石に嫌になるよ……。早く着かないかな」
「旅情を解さない奴だな」
「アルフレッドは飽きないの?」
「昔から、各地を転々としてたからな……。移動なら慣れてる」
それに、武器の整備もできるし。
そう付け加えながら、フレームを拭き終えるアルフレッド。青い砲身に光を浴びせては、うっとりと微笑むのだった。
「そっか……。あたしも何か、趣味見つけた方がいいのかなぁ」
「ヘビィボウガンの整備はどうだ?」
「うーん。やるにはやるけど、アルフみたいに夢中にはなれないかも」
「そうか……他のセレスの趣味……倹約?」
「倹約趣味は、こんなところじゃどうしようもないよ!」
「じゃあ、何がいいかな……とりあえずこっち来るか?」
アルフレッドが手を広げると、セレスは目を見開いた。
「そっか、その手があった! あたしの生き甲斐!」
「大袈裟だな。ほら」
おもむろに空いたアルフレッドの懐に、セレスは嬉しそうに潜り込もうとする。その姿は、さながらマタタビに酔ったアイルーのようだとアルフレッドは思った。
しかし、潜り込む直前に、乗組員から声が掛かる。
「ロックラックが見えてきたぞー!! 着港用意!」
「応ッ!」
マストの上から望遠鏡を覗いていた男の合図に、乗組員たちは大声を上げて走り出す。
ロープを引き、旗を出し、慌てて着港準備に追われる男たち。
懐に吸い込まれる直前だったセレスは、その身をゆっくりと引いて戻す。もどかしさか、不完全燃焼な思いからか、肩が小さく震えていた。
「間が悪いなぁ、もう……」
「あー、セレスさん? まぁ、ロックラックにも宿があるし、船旅はまだ続くし。そう気を落とさずによ……」
「うん……」
宿、という言葉に、セレスの瞳に光明が差す。
リオレイアの如き、鋭い眼光。
ああ、これはゆっくりは眠れないな、と。アルフレッドは何となく察するのだった。
⚪︎◎⚫︎
「綺麗だね、空」
「ああ。そうだな……」
ロックラックの着港からさらに一日経ち、その一日も終わりを迎えようとしていた。
夜が更け、満点の星空が砂上船を迎え入れる。
藍色の絨毯を、無数のランプで彩ったような。そんな光景が、二人の真上に広がっている。
ただ、その先で。夜と果てが混じる遙か向こうで、青い光がうっすらと瞬く。この暗い砂漠でも、進路を間違えることはない。この船の目的地である砂嵐は、夜の闇に負けることなく、静かにその存在を主張していた。
「足大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ」
甲板の上で、毛布に
毛布を羽織るアルフレッドに、その膝の上で寄りかかるセレス。彼女の小さな体を、大男が毛布で包むという構図だ。
夜の砂漠は冷えるが、二人は毛布と互いの体温のおかげで寒さを感じていない。腕の中の婚約者と目が合い、大男は静かに笑った。
「セレスはあったかいな」
「えへへ、アルフもだよ。寒くないね」
「ああ。あったけぇ……」
月色の髪に、顔を埋める。
花のような香りが鼻腔をくすぐり、アルフレッドは心地良さに目を伏せた。
「頭を食べられてる気がする……」
「何言ってんだか。むしろ捕食者はセレスの方だろ」
「も、もう!」
顔を赤らめながら憤慨する彼女を優しく抱きしめて、宥める。
婚約者に包まれ、セレスは荒げた声を収めた。
ただ幸せそうに頬を緩ませ、穏やかな声を漏らしている。
「セレス、少し背が伸びたな。大人びた気がする」
「そうかな?」
「……ちなみに、セレスの故郷での成人年齢っていくつだったんだ?」
「十八! お酒もそこから飲んでいいんだよ」
「なるほど……」
初めて会った時から、四年ほど経過した今、彼女の年齢は二十二となっている。
その年齢なら、背が伸びることもあるものかと、アルフレッドはぼんやり考えるのだった。
「ちなみにアルフの故郷はどうだったの?」
「うちは十六から成人だな。早いだろ」
「うん、早いね。何でそんなに早かったの?」
「火山での炭鉱が主な産業だからな。若手をなるべく多く働かせたいのと、仕事が危険で短命っていうのがあったのかな。とにかく働き手を増やすためだと思うぜ」
「そっか……過酷だったんだね」
「その分収入は良くて、食糧に悩まされることはなかったからな。一長一短だろ」
さらりとそう言うアルフレッドだが、セレスは少し胸の痛みを覚える。
そっと、彼の手を優しく包むのだった。
「俺の故郷では、四歳からもう山道を歩かせられてな」
「え?」
「思い出話だ。火山を歩くための体幹を鍛えるためってな。足腰とバランス感覚は命だって、お袋がよく言ってた」
「そうなんだ……」
「とにかく炭鉱で働けるように、って育てられたからな。体だけが資本だってよ」
「その頃から、よく食べてたの?」
「ああ。よく食った。食って歩いて食って歩いて、もう少し大きくなったら、子ども用のピッケルを握って……成人前は浅層で見習いをやったもんだ」
「成人してからは、もっと深いところに潜ったの?」
「いや、その頃にはハンターの養成所に行ったからな。俺は家業も継がず、やりたいようにやらせてもらった。もう長いこと、故郷には帰ってないな」
「そうなんだ……」
アルフレッドの幼い頃を想像するセレス。
しかし、彼の体が小さかった時など、まるで想像できない。大男の腕の中で、彼女は静かに笑うのだった。
「セレスの故郷では、どうだった?」
「え?」
「なんか故郷の思い出とか、ないかなと思ってさ」
「うーん、そうだなぁ……」
砂の混じった風が、頬を撫でる。
冷え切った砂の香りに、自然と故郷の記憶が彼女の脳裏に浮かぶ。
「資源の採取に、お父さんと一緒に砂漠をよく歩いたよ。あたしの故郷ではやっぱり水が貴重でね」
父親とともに歩いた道。
枯れ草と砂地が覆う、暑く乾いた世界。
セレスの言葉も、自然と熱を帯びていく。
「水はやっぱり美味いって話か?」
「ううん、むしろその逆」
「逆……?」
思わぬ返答に、アルフレッドは首を傾げた。
「水を飲むなって、お父さんが言うんだよ」
「飲むなって……無理だろ」
「ね、そう思うよね。あたしもそうだった」
水が貴重な世界。
水を飲まなければ、命に関わる。
しかし、その水を飲むな、とは。アルフレッドは疑問の波に飲まれるのだった。
「水を飲んだらもっと欲しくなって、全部飲んじゃうから。だから、砂漠を歩く時は水を飲んじゃダメだって、お父さんは厳しく言ってたの」
「じゃあ、どうするんだ? 水を持たずに行くってことか?」
「それじゃほんとに死んじゃうよ。えっとね、頭に被ったの」
「水を?」
「うん、水を」
革袋に入った水を、頭から被る父の姿。
目を瞑って、水を掛けてもらうのを待った記憶。
様々な光景が、セレスの眼孔に再生された。
「水を被って、渇きを紛らわしてたんだ。あれは苦しかったなぁ……」
「そう思うと、今はありがたいな。船に水が入った樽を載せてるし、ある程度の余裕があるもんな」
「うん。だからこそ、この船をちゃんと守らなきゃね」
まさに、この砂漠を生き抜くための生命線と言える。
乗組員の命を、二人は担っている。
「そういえば、今回の物資の一部はウルちゃんが提供してくれたんだよ」
「ウルティナが?」
しばらく会っていない、二人の友人。
王都ヴェルドの貴族、グレイビアード家の次女。
いや、次女改め当主。ウルティナ=グレイビアードその人だ。
「当主になったって聞いてから、どれくらい経つ? もう半年くらいか?」
「一年は経ってるよ! 事業の経営も、いい感じらしいよ。バルバレでも時々名前を聞くし」
「ああ。雷電袋を利用した発電具を流通させてるらしい。いつか、街灯のろうそくが消える日が来るのかもしれないな」
「それは夢があるね……!」
満点の星空が、静かに煌めいている。
あの星のような明るさが、いつか手元に来るかもしれない。そんな予感が、二人を覆うのだった。
「また会いたいね、ウルちゃん」
「そうだな……」
当主となった今、ハンターとしての仕事はしていないだろう。
再会できたとしても、どんな形になるかは分からないが、それでも願わずにはいられなかった。セレスにとって、彼女は無二の親友なのだから。
「……俺たちもさ」
「うん?」
唐突に、アルフレッドが切り出した。
セレスは少し首を傾げながら、彼を見上げる。
そこには、言葉を整理するように目を左右に泳がせる大男の姿。しかし、何度かの淀みを重ねた後、意を決したように言葉を口にした。
「家、買わないか」
一瞬の、静寂。
「……家?」
ようやく心に入り込んだその言葉に、しかしセレスは半ば理解できていないまま、おうむ返しをする。
「ああ、家だ。二人の」
家。
根無し草で、各地を放浪していたアルフレッドが提案する、家の購入。
それは、どこかに根を張るということ。
彼らしからぬ、提案だった。
「家って……定住するってこと?」
「そうだな。どこかで落ち着いて、ゆっくり二人で暮らすのも悪くないってさ」
「二人で……」
二人で、という言葉に、セレスは心を満たされる。
両手を頬に当てながら、現実感のない感覚に震えるのだった。
「ま、それももっと金を稼いでからだけどさ。今回かなり報酬高いし、そろそろ考えてもいいのかなって」
ゲストハウスを転々とする暮らしをしていた二人。
ゆえに、婚約者止まり。
しかし、家を買い、定住するとなれば、話は異なる。
そしてその意味を、セレスはよく知っている。
「どうかな」
アルフレッドの問い掛けに、セレスは頷いた。
「……んで」
返事が、想定以上の小さな声で。
そのため、セレスは言い直す。歓喜の気持ちを乗せた、抱擁とともに。
「喜んで!」
首元に飛び付く彼女の勢いに押され、アルフレッドは倒れ込む。
二人の新たな門出を、満点の星空が祝うのだった。
死亡フラグみたいになってるけど、全然そんなことありませんからね。
ただ二人をイチャつかせたい。それだけでございます。
故郷の話とか、幼少期の思い出とか、そんなのを掘り下げてみた回。昔見た海外の暮らしの様子をごちゃ混ぜに煮込んでおります。説得力があるような、ないような…。
自分のしたことない経験について、思いを馳せるのはやはり創作の醍醐味ですね。考えていて楽しかったです。
それでは、また次回の更新で!