ラストリロード   作:しばじゃが

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雷雲に潜む者

「あれが例の嵐か……」

 

 砂漠と枯れ草、かろうじて残った水溜まり。

 そこに簡易的なテントを建て、周辺の調査をして。

 一通りの作業を終えたところで、見上げればあの嵐が目と鼻の先にあった。

 

 暗雲、青い光、鈍い重低音。

 頬を撫でる風は冷たく、渇きに満ちていて。アルフレッドは不快そうに眉を(ひそ)めながら、リオソウルヘルムを被るのだった。

 

「改めて見ると、でかいな」

 

 あまりの規模に、感嘆の声すら漏れてしまう。そんな、圧巻の光景だ。

 集めた薪を縄で縛り、テント横のポールに括り付けながら、アルフレッドは作業の手をさらに加速させた。

 砂上船は、ここよりも後方の岩場で停泊している。落雷による損傷を防ぐため、船を降りて嵐に近づかなければならない。

 そのため、アルフレッドとセレスは己の脚で歩き、ここまで来た。迫り来る嵐の謎を、そこに潜む何かを調べるために。

 

「……さて、そろそろ見張り交代だな」

 

 懐中時計を見れば、差し示した時間が近付いている。

 キャンプの野営は、危険がつきものだ。誰かが見張をしていれば、生存の確率が大きく高まる。そのため複数人のハンターは交代で夜の番をするのが、常套手段となっている。

 風ではためくテント。外界と隔てる幕を軽く上げ、アルフレッドは中に入る。不穏な空模様と強風から、逃げるように。

 

 

 ⚪︎◎⚫︎

 

 

「セレス……まだ寝てるのか」

 

 テントの中のハンモックには、丸くなるようにして眠るセレスがいた。アイルーのようだと、彼は思った。

 砂上船での夜もハンモック。そしてこういったテントでもハンモック。長年のハンター生活によって、二人にはもう慣れたもの。小さな寝息を立てるセレスのそばへと、アルフレッドは静かに近付いた。

 

「よく寝てるな」

 

 長いまつ毛を湛えた瞳をしっかりと縫い付け、唇は薄らと隙間をつくる。可愛らしい寝息が、テントの中で静かに響く。

 よく眠る婚約者に、そっと顔を近づけた。

 

「……あ」

 

 何度も見ているはずだが、こうして近くで見れば、新たな発見があったのだろう。

 アルフレッドはじっと、彼女の顔を見続けている。

 

「左目に泣きぼくろ、あったのか。気付かなかったな」

 

 褐色の肌に埋もれるように、色の薄いほくろがある。

 接吻でも交わすような、そんな距離感でなければ気付かない色合いだ。婚約者に対する新たな発見に、アルフレッドはどこか嬉しそうだった。

 

「にしても、可愛い顔してんなぁ。ほんとによ」

 

 二本の太いロープで吊るされたハンモックは、彼女を包むには、それはそれは大きかった。

 余裕がある。アルフレッドが、横に座ることのできる余裕が。

 大男が座ることで、ネットが重さに唸り、床のブランケットに近付いていく。斜面を描き、その底にいるアルフレッドの太ももへ、滑るようにセレスの頭が触れる。

 

「……起きないな」

 

 彼女の髪を撫でるも、目を覚ます様子はない。

 絹のような手触りに、アルフレッドはついつい撫でる手を止めることができないようだった。

 以前の彼女は、腰に届くかというほどの長髪だったものだが――今では、肩に掛かる程度。故郷の存続問題が解決し、自由になった。心機一転をするように、彼女は髪を切ったのだった。

 

「セレス……」

 

 それにしても、起きない。

 いくらよく寝ているとはいえ、彼女はハンターだ。些細な環境の変化に気付くように、訓練されている。

 そんな彼女が起きない、ということは。

 アルフレッドは何となく、彼女の魂胆に気付くのだった。リオソウルヘルムを脱ぎ、傍のかごに置く。そっと、柔らかな頬に手を添えて、上半身を傾ける。

 傾けて、ゆっくりと自らを近付けて。眠る彼女の、その艶やかな唇に――――。

 

 

 

 大気が爆ぜる。

 空間が震え、腹の底から響くような轟音に、二人の心臓が大きく跳ねた。

 

「うおっ!」

「きゃあっ!!」

 

 跳び上がる、アルフレッドとセレス。

 中腰になった大男と、ハンモックを握り締めて震える女性。冷や汗を垂らし、少し震えながら、二人の視線が交差する。

 

「……雷か。近くに落ちたな」

「び、びっくりした……」

 

 アルフレッドの言葉に、ようやく合点がいったらしいセレス。

 静かに、彼の体に自らの体を重ねた。震える小さな肩を、大男は包み込む。

 

「寝たふり、してただろ」

「え、えっと……バレた?」

「あまりにも起きないからな。手痛い目覚まし時計を喰らったな」

「むー。チューしてもらえると思ったんだけどなぁ」

 

 そう言って、唇に指を当てるセレス。

 (したた)かだな、とアルフレッドは思う。

 

「そんなこと、わざわざしなくてもさ」

 

 腰と背に回していた腕に、少し力を込める。

 彼女の小さな体を抱き寄せ、自らの方へと近付ける。セレスは嬉しそうに目を輝かせ、そしてゆっくりと閉じるのだった。長いまつ毛が、砂漠に咲いた薔薇のように、静かに揺れる――。

 

 再び、轟音。

 明らかな落雷が、二人を芯から震えさせる。

 

「……そういう状況じゃないってことか」

「もしかして、雷雲が近付いてきてる?」

「俺が外で見てた時は、まだ遠いと思ってたんだが。って、そうだ。元々は見張を交代しようとしてたんだよ」

「え、もうそんな時間?」

 

 腕に巻いた懐中時計を見ようとするセレスだったが、何度も響く雷に驚き、大男の懐に飛び込んだ。

 

「雷、苦手か?」

「急な大きな音が、少し。怖かったぁ……」

「故郷じゃこういうのはないのか?」

「砂嵐は、暴風と砂だったから。こんな雷でできた砂嵐は、記憶にないよ」

「そう思うと、やっぱり今回の砂嵐は異常なんだな」

 

 大砂漠の果てから来た、未知の雷雲。

 砂嵐のようだが、激しい雷雲を伴っている。そしてその嵐の中に、何者かが潜んでいる。

 ハンターズギルドも認識していない、何か。アルフレッドは、その事実に眉を潜ませた。

 

「まさか、ここまで近付いてるのかもな」

「今回の、調査対象ってこと?」

「砂嵐の中に舞う何かがいるとして、その砂嵐がここまで来ているとしたら。可能性はある」

「ど、どんなモンスターなのかな……」

「ライゼクスか、ジンオウガか。でもどちらも、砂漠での生息例はない。それとも、雷に適応したティガレックスの近縁種とか……」

「そんなの、聞いたことないよ!」

「だな。物語とかには、そういうの書かれてたりするらしいが、あくまでも創作だな」

「アルフ、本読むの?」

「まさか。昔ウルティナが好きな小説の話を聞かされたんだよ。果ての開拓記とか、そんな名前の」

「へぇ……。そんなのあるんだね」

「色々出てくるらしいぞ。磁力を操る古龍とか、雌火竜のような黒い何かとか。詳しいことは忘れたが……って、シッ」

 

 突然、会話を止めるアルフレッド。

 つられて、セレスも口を紡ぐ。

 すると聞こえてくる、嵐の音。強かった風の音がさらに強くなる。

 響く雷鳴も増し、砂がテントを打ち付ける音が響く。

 そして、それに混じって地を打ち鳴らす音も――。

 

「足音だよね、これ」

「ああ。モンスターの群れかもしれん。セレス、武器を取れ! 出るぞ!」

「う、うん!」

 

 慌てて妃竜砲を掴み、立ち上がるセレス。

 アルフレッドもまたリオソウルヘルムを被り、暖簾を開けた。

 

「何だこりゃ……!」

 

 空が、深く濃い、灰色に包まれている。

 まだ距離がある、と踏んで設営したテント。しかしそのテントをも、覆い尽くすほど広がった雷雲。それほどまでに、この砂嵐の動きが速いという事実。

 青い光が舞い、それが大地を穿つ。轟音が響き、空が割れる。この世の果てのような光景が、広がっていた。

 

「凄い嵐……! アルフ、大丈夫?」

「ああ。フルフェイスメットにしといて良かったぜ。セレスはいけるか?」

「うん。大丈夫だよ!」

 

 アルフレッドはリオソウルヘルムで顔を覆う。セレスもまた、ゴーグルとマスクで砂から顔を守っていた。

 そして見やる、足音の先。

 迫る群れは、アプケロスたち。その奥には、ゲネポスもいる。

 

「あれが足音の原因か……」

「ゲネポスから逃げてるのかな? ううん、あの子達も、何かに怯えてる……」

 

 獲物を追う動きでは、ない。

 皆一様に、何かから逃げている。

 

「まっすぐこっちに来るか。セレス、岩場へ!」

「うん!」

 

 小高い岩へと駆け上り、手を差し伸べるアルフレッド。

 その大きな手を掴んで、セレスもまた駆け上がった。

 岩の上であれば、逃げる群れに轢かれることはない。テントは無事に済まないかもしれないが、それを考える余裕は、二人にはなかった。

 

「さて、何がいる……?」

 

 視線の先に、迫るもの。

 激しく砂を蹴りながら、アプケロス達が走り抜ける。ゲネポスの群れも、目の前のご馳走に目をくれることもなく、一目散に逃げていく。

 狩りをする余裕などない、という様子だ。自らを守ることに必死になっている。

 

「アルフ! あれ!」

 

 セレスが指差す先には、何かが砂を割って泳ぐ姿があった。

 黒い表皮、両側から出る、桃色のエラ。

 その姿に、アルフレッドは見覚えがあった。

 

「ハプルボッカ!」

 

 砂地に生息する中型の海竜種。

 砂の中を泳ぎ、大口で獲物を飲み込む食欲旺盛なモンスターだ。

 

「あの子が原因……なわけ、ないよね」

「だが、このままここまで来られると、テントが危ういな」

 

 幸い、先ほどの群れの通過に晒されても、無傷で済んだテント。

 しかし、そこに蓄えた食料は、ハプルボッカの恰好の的。進行を許せば、苦難が増えてしまう。

 

「仕方ねぇ、進路を逸らすぞ!」

「分かった!」

「あくまでも追い返すだけにしとこうな。無為に殺す必要はない」

「うん!」

 

 迫るハプルボッカ。

 口が体の大部分を占める、と言えるほどに、彼の頭は大きい。

 そのため、アルフレッドが精密に狙わずとも、ガンランスはあっさりとその頭に吸い込まれるのだった。

 叩き付け。ブルーチャリオットの重い砲身が、彼の頭を揺さぶった。

 

「怯んだ! よーし!」

 

 セレスが放つは、こやし弾。

 独特の悪臭を閉じ込めたその弾は、着弾と同時に裂け、その匂いを撒き散らす。表皮を貫くほどの強度もないため、付けれる傷はかすり傷程度。そして、今回の場合はそれが都合が良かった。

 

「ちっ、ただでは帰ってくれねぇか!」

 

 しかし、そう易々と進路を変えることはない。

 目の前にあるテントから、食べ物の香りがする。ハプルボッカは勢いよく鼻を鳴らし、その大口を開けるのだ。

 

「させるかっ!」

 

 アルフレッドは大盾を構え、深淵を覗くような口に挑む。

 閉まり切る前に、前に出た。踏み込んで、口の中へ。大きな盾を、口内に食い込ませるように構える。

 口が閉まらない。人間が邪魔をする。力任せでは、突破できない。ハプルボッカは怒りに燃え、さらに咬合する力を入れる。さながら、人と竜の鍔迫り合いのよう。

 

「アルフ!」

「……大丈夫だッ!」

 

 そしてそれは、アルフレッドの一突きで、終わりを告げる。露わになった咽頭――潜口竜の急所。そこへ、ブルーチャリオットの切先を押し付けた。

 

 悲鳴。

 口内の急所を穿たれ、ハプルボッカは大きく仰け反った。

 すかさず、セレスはこやし弾を追い撃ちする。口内の傷に、塗りたくるように広がる刺激物。流石のハプルボッカもたまらない様子で、大きく進路を変えた。

 砂に潜り、その背だけを剥き出しにしながらも、虚しそうに去っていく。テントの中の食材は、諦めたようだ。

 

「……ふう、何とかなったな」

「危なかったね。それにしても、アルフが砲弾を使わないなんて」

「言ったろ? 無為に殺すことはないって」

 

 そう言って笑う、アルフレッド。

 セレスもまた、彼の信条を感じて嬉しそうに微笑んだ。

 

「それによ、どんな奴が相手か、分かんないからな。温存しておきたいんだよ」

 

 迫り来る雷雲。

 青い雷光。

 その奥で舞う、何か。

 明らかに本命であろうそれが、二人に迫りつつあった。

 

「いよいよだね」

「ああ。いい準備運動になったぜ!」

 

 改めて砲身を折り、装弾数を確認するアルフレッド。

 砲弾、竜杭弾、竜撃砲弾。全て良し。竜撃砲弾に至っては、火薬庫の知己(ちき)、ヴェルナーが開発したという新製品だ。

 

「よし! かかってこい!」

 

 砲身を元に戻し、武器を構えるアルフレッド。

 セレスもまた、遠撃弾を装填する。弱点を狙撃するため、バイポッドを展開した。

 

 甲高い声が響く。

 雷鳴ではない。それは金属の反響のような、どこか楽器めいた響き。しかし飛竜特有の、喉を鳴らすような重低音が織り交ぜられている。

 金の鱗と、青い翼殻。歴戦を思わせる、傷ついた甲殻の数々。

 独特の意匠の姿が、今明らかになった。

 

「こいつが、嵐の主か……!」

 

 一対の翼、一対の後ろ脚。

 そして、頭部から生える二対の角。

 金の鱗は雷を弾き、どころか青い光を帯びていく。ハプルボッカとは明らかにレベルが違う、強い生命を二人は感じた。

 吠える飛竜。

 嵐の根源との、邂逅(かいこう)である。




ワイルズのテント要素を書きたかった。
オトモとイチャイチャできるのがいいですよね。各種ジェスチャーも含め、今作は猫好きにはたまりませんな…グヘヘヘ。アルセレのイチャイチャを書くのもたまりませんな…グヘヘヘ。
それはそうと、後日談を投稿し始めて驚くべきことがあります。
なんと!後日談1話目以降!!全く感想が!!!ない!!!!
寂しいぜ。寂しいからレダウ狩ってくるぜ…。
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