「そのようなモンスターは、存在しない……はずです」
「存在しないだって?」
砂漠の奥地での狩猟から、数日後。
アルフレッドとセレスは、先日の狩猟の報酬を受け取りにバルバレギルドに訪れていた。
そんな二人を迎える、不可解な言葉。首を傾げつつ、受付嬢の次なる言葉を待った。
「報告にあったモンスターですが、もう存在しないんですよ」
「いや待てよ。俺たちは確かにこの目で見たんだ。それに、ほら。ヘビィボウガンのシールドを見てくれ。この傷は確かに、あれに付けられたもんだ」
「いや、その、ありえないんです」
「ありえない?」
言い淀むような言葉を、セレスが反芻する。
「はい、ありえません。荒唐無稽な報告だと、ギルドを言うほかありません」
「何だと……」
その言葉に、青筋を浮かべるアルフレッドだったが――セレスに腕を引かれることによって、前のめりになった姿勢を元に戻す。
彼女の用意した沈黙により、受付嬢は伝えるべき情報を整理する。そして、まとまりのない言葉を辿々しく紡ぎ出すのだった。
「えっとですね。まず、あの金色の鱗の飛竜。あちらの方はしっかり受理しています。報酬も用意しました。あれは完全に新種ですね。飛竜でありながら、砂嵐に乗って生きるというのはかなり珍しい存在です」
「そう聞くと、古龍みたいだな。環境に影響を及ぼすというか」
「そうですね。でも、あれはきっと、自分の適応した環境に依存して生きるタイプなのでしょう。環境そのものを自分に適応させるために力を使う古龍とは異なります」
「住みやすい環境に変えるんじゃなくて、住みやすいところに合わせて移り住むタイプなんだね」
砂嵐の主は、明らかな新種。
ギルドもそう結論付けた。
大部分の素材はギルドが回収し、その解析を行っている真っ最中だ。どこから来て、どのような生き方をし、どのようなものを食べているのか。多くのことが分かるだろう。
そこまで明るみに出たあの飛竜とは対比的に、全く情報が明かされないもう一つの存在。
砂漠に舞い降りし、白い影。たった一匹で命を燃やす、白い孤影。
「……で、もう一つの方だ。問題なのは」
「ええ……」
「あたしたち、切断した部位を回収しましたよね。それにスケッチも。あれから何か、分かりませんでした?」
「新種ってことはねぇのか?」
「何と言いますか、えっと、うーん……存在しないんです。存在するはずが、ないんです」
存在しない。
はっきりと、否定で形作られた言葉。
「……いやいや。だから何言ってんだって。俺たち戦ったんだよ。すげー野太い声でさ、翼の先から鎖が伸びてよ。それを薙ぎ払うようにして襲ってくるんだぜ」
「それに、赤黒い光を発してました。あれはきっと龍属性……。モンスターリストにも載ってない、見たことないモンスターだったんです。凄く危険な香りがしました。あれは生半可な飛竜じゃありません」
アルフレッドとセレスは、とにかくその存在を肯定する。
あのあまりある脅威を、ギルドに伝えなければならない。それはどこか、使命感のような思いだった。
しかし、受付嬢は首を横に振る。
「ギルドとしては、もちろん認知しております。認知した上で、こうして否定しているんです」
「……あ? どういうことだ?」
「ただの新種、ってわけじゃないんですか?」
「補足しておきますと、あれは新種ではありません」
ここまでくると、一体何を言っているのか――。
そう言わんばかりに、二人の顔に困惑の色が滲む。
しかし受付嬢の語る事実は、彼らの予想を遥かに超えたものだった。
「あのモンスターは、絶滅種です。この世にもう、いるはずがないんです」
「……は?」
絶滅種。
聞き慣れない、しかし意味は理解できる言葉。
「古の時代に絶えたとされる飛竜種。鎖のような部位を持つことから、鎖刃竜という名が与えられています。もちろん、ギルドが認知した時には既に絶滅しており、化石や骨格から生態を考察したに過ぎませんが」
「……絶滅してたって? あれが?」
「そんな! あたしたちが会ったのは、絶滅した生き物って……そんなのありえるの?」
「ギルドとしては、お二人の報告を真実として扱うには、まだ至らないといえばよいでしょうか。お二人以外にも目撃例があればまた別ですが」
「……乗組員も、見てないからな。俺たちだけだ」
「うん……持ち帰ったのも、切れ端みたいな素材だけだもんね。証拠不十分、かぁ」
「でもよ。素材と過去に発見された骨とかを照らし合わせたら、あれが絶滅してなかったという証拠にはならないか?」
「どうでしょう。世紀の大発見、となればよいですが。上層部は懐疑的です。何せ、ここ千年以上、確認されることのなかった存在ですから。お二人の見間違いという確率の方が遥かに高いという結論です」
「……クソが」
覆らない結論に、アルフレッドは悪態をつく。
あれほど苦しい思いをして生き延びたというのに、特に補償があるわけでもない。現実は非情で、金の飛竜討伐分の報酬のみが、彼らの手に行き渡る。
白い孤影。あの未知のモンスターの存在が、証明されることはなかった。絶滅した生き物が、この世に存在するわけがない。それがギルドの最終判断だ。
「確かに、いたんだけどな」
「ま、まぁまぁ。これだけでも十分なゼニーだよ」
「金の問題じゃなくてよ。あれをそのまま放置することが心配っていうか」
「……もし、再度目撃されて、さらには人的被害がもたらされたとなれば、上層部も動くと思います。申し訳ございません。我々としては、アルフレッドさんが嘘をつくとは思っていないのですが、何せ存在が存在でして」
「しょうがないです。絶滅した生き物がいた! なんて主張しても、信憑性なんてないですよね」
「ま、その時はその時だな。とりあえず報酬は貰っておく。突っかかって悪かったな」
お辞儀をする受付嬢に手を振りつつ、二人はカウンターを後にした。
バルバレの雑多な集会所は、今日も賑やかな喧騒に溢れている。二人と受付嬢の押し問答などまるでなかったかのように、多くのハンターがクエストの報告へと押し寄せていく。
「ふう。収穫は無しか。いや、新たな情報は分かったけどよ」
「絶滅種、だったよね。絶滅してもなお、今も生き延びているなんて」
「まるで亡霊だな。この世にしがみつく、タチの悪い」
「……あれは、仲良く一緒に暮らそう、なんてするのは難しそうだよね」
「人間を見て躊躇なく襲ってきやがった。もしかしたら、もうすでにどこかの集落を襲った後なのかもな。とはいえ、俺たちに痛い目に遭わされたのも事実だ。次人間に出会った時にどうするか。懸念点だな」
「うん……」
人の波を避けながら、集会所の広間、食事用のテーブルが並ぶ場所へと歩く。
思い出されるのは、赤黒い光を纏うようなあのモンスターの姿。新たな苦難の始まりである、と。そう予感せずにはいられなかった。
「――あの、少しお話を伺ってもよろしいですか?」
そんな二人に話しかける、女性。
柔和な笑みを浮かべた黒髪の少女だった。眼鏡を掛けた姿に、どこか知的な雰囲気を感じさせる。
「あ、いきなり話しかけてすみません。私、編纂者のアルマと申します」
「編纂者……?」
アルマ、と名乗った少女はそう言って、頭を下げる。
編纂者。本日二度目の聞き慣れない言葉に、アルフレッドとセレスは間の抜けた声を漏らす。
「二人がカウンターで話してるの、聞いちゃってさ。詳しいことを教えて欲しいんだ」
そう補足するのは、アルマの背後から現れるもう一人の少女。露出が多い格好をするものの、その体は筋肉質で、鍛え上げられてきたことが分かる。
筋肉のつき方が不揃いであることから、ハンターではなく職人であることをアルフレッドは見抜く。鍛冶屋か、加工屋か。そのあたりだろうと判断した。
「あたしはジェマ。加工屋さ。あたしたちは未知のものに興味があってさ。何でも、二人は未知のモンスターと遭遇したんだって? 詳しいことを聞きたいんだ!」
少女二人の輝いた目。
アルフレッドとセレスはたじろぐものの、期待を込めた瞳を無下にするほど腐ってもいなかった。
それに何より、半ば諦観したような対応をしたギルドとは違い、好奇に満ちた瞳を向けてくる。その事実に、二人はどこか嬉しく感じるのだ。
「ね、アルフ。せっかくだから話してあげようよ」
「……だな。座るか、お二人さん」
アルフレッドが椅子に腰掛け、少女二人も着席する。
その間にセレスは飲み物を頼み、程なくしてジョッキが四つ運ばれてきた。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「アルフレッドだ」
「セレスです」
「アルフレッドさんに、セレスさん。……あ、もしかしてガンランスとヘビィボウガンの夫婦っていう? 有名だよ!」
「ま、まだ夫婦ではないです」
「でも間違ってはないだろ?」
慌てて否定するセレスだったが、肯定してはにやりと笑う婚約者を前に、顔を赤くして沈黙する。
「で、何を聞きたいんだ?」
「大砂漠の奥の奥、未知の領域に赴いたと聞きました」
「そこでどんなものを見たのか、何があったのかを知りたくてさ!」
「ほう……」
未知のものを知りたい。そんな、純粋な好奇心。
真っ直ぐで眩しい。脇目を振らぬ二人の目に、自身の駆け出しの頃を思い出した。
「長くなるけど、いいか?」
運ばれる料理に目もくれず、アルフレッドは言葉を並べる。
大砂漠の果てから来た砂嵐。
それに乗って現れた、外来種。
外来種を追い立てた、未知のモンスター。
絶滅種と呼ばれ、この世には既に存在していない筈の者。
立て続けに現れたその存在たちは、ギルドの情報にない未知の存在だ。アルマとジェマは、アルフレッドの語り口に引き込まれて、その目をさらに輝かせた。
「――とまぁそんな感じでな。辛くも撃退したんだが、ギルドは存在を認めないんだ。千切った鎖も持ってきたっていうのによ」
「でも、冷静に考えると信じられないよね。絶滅種ってことは、図鑑に載ってるような生き物でしょ? 龍歴院とかで、かろうじて骨だけ残ってるような……。そんなのがいたって言っても、信じられないもん」
「まぁ、な。お二人さんも、そう思うか?」
アルフレッドの問いに、アルマとジェマは首を振った。
横に、である。半ば心が折れ掛けたセレスも、それには目を見開いて驚いた。
「この世界は広いです。人間が知っていることなんて、たかが知れていると思います。絶滅種が生き延びていたとしても、不思議じゃありません」
「大砂漠の果てに、まだ知られざる世界があるんだね。未知のモンスターに、未知の環境! もしかしたら、人間もいるかもね。そう考えるとワクワクするよ! あたしの知らない技術が、まだまだ眠ってるかもしれない……そんな気がするんだ!」
「ジェマさんも私も、未知のことをもっと知りたい……そんな思いで勉学に励んでいます。いつか、大きな調査に貢献したい。そんな思いで」
「だから、二人の話を信じたいな! 何より、絶滅した筈のモンスターがまだ生きてるなんて、ロマン溢れる話じゃん!」
屈託のない笑みでそう言う二人に、アルフレッドとセレスは半開きの口で応える。
好奇心に輝く二人に眩しさすら感じ、小さな声で「若さっていいな……」と呟いた。
「ありがとう、二人とも。少し救われた気がするかも」
「でもま、なんだ。こういうことをさらりと言えるのは良いな。大成するよ、お前さん方」
アルフレッドの言葉に、にへらと笑う二人。
年相応、少女のように幼い微笑みだった。
「よし、それじゃあ、将来有望なお前さんたちに――」
大男は、先ほど受付嬢から受け取った皮袋を漁る。
中に詰まっていたのは、報酬金と、少量の素材。あの雷を操る金色の飛竜が身に纏っていた、鱗や甲殻だ。
「これをプレゼントするよ」
取り出したのは、小さな鱗。
日の光を浴びて輝きを増すそれは、あの飛竜の背中を形作っていた鱗の一部。分厚くも滑らかで、伝導率に優れた一枚だ。
「こ、これって……」
「もしかして、未知のモンスターの鱗?」
「ああ。こいつは外来種の方だ。金色の、雷を纏う飛竜さ。絶滅種の素材は全部ギルドが押収しちまったしな。いつかお前さんたちが、新たな未知のものを探す旅に赴けるように――こいつは、そのための道標かな」
そう言いながら、鱗を託す。
受け取ったジェマは、それを日の光に
「いいんですか? 貴重な素材なのでは……」
「良いんだ。話を聞いてくれて、嬉しいんだ。なぁ、セレス」
「うん。二人とも、聞いてくれてありがとう」
「こちらこそ! 貴重な話を聞かせてくれて感謝しかないよ! それにこんなものまで……ほんとうに大丈夫?」
「後から請求書なんて送らないからさ。ま、先輩からの
優しく微笑む二人のハンターを前に、少女たちも頷いた。
アルマは嬉しそうに編纂ノートにメモを書き、ジェマは鱗を愛おしそうに撫で、首に掛けていたテンガロンハットを取り出す。
「……あれ」
「アルフ? どうしたの?」
「いや、何かな……」
テンガロンハットの底に、鱗を押し込んで。
そのまま頭に被る所作は、どこか様になっていて。二人はついつい見惚れるのだった。
アルフレッドは、ジェマの姿を前に、「我らの団の団長みたいだった」と語る。
それは、新たな旅の始まりの予感――。
大砂漠は、今日も細やかな砂を乗せた空風を、世界中に運ぶのだった。
これにて後日章も完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
発売から一気に売れたり、タ•シンで盛り上がったり、ラギアが復活したり炎上したりと忙しいモンハンワイルズですが、自分はなんだかんだ楽しんでおります。そして今度は、いよいよゴグマジオス復活ですね!!とても印象的なラスボスだったので嬉しい。楽しみだな!
そんなワイルズを舞台にした後日章ですが、いまいち蛇足だったかな。感想や評価などがあまり盛り上がらなかったので、世間的には後日談というのはあんまり求められてないのかなと感じる今日この頃。いやはや、勉強になりました。でも個人的にはアルセレのイチャイチャをたくさん描けたし、ワイルズモンスターやガンランスのかっこいいところを詰めれたりしたので満足しています。読んでくださった方、ありがとうございました。
それでは、またどこかで!もしかしたら、ゴグマジオス狩りなどでご一緒になれたらするかもね。そんときはいっちょ、一狩りいこうぜ〜。