この日のバルバレも、大いに盛り上がっていた。
「ガノトトスを釣り上げたんだ。あいつの魚拓を作ってやりてぇな!」
「そりゃ無理な話だろ! どれだけ墨使う気だよ」
「でもよう、カツオや鮫程度じゃ我慢できねぇよ!」
「ガライーパで満足してろ! 水没林にいるみたいだぜ」
「いや、こんな話がある。どうも、チコ村ってとこにゃまだ若いガノトトスが近海に出るらしいぜ! 小さいけど立派な水竜だよ」
「チコ村? どこだそこ……」
「さぁ、話に聞いただけで、どこにあるかまでは……」
団体のハンターたちが、テーブルの一帯を独占して親しげに話し込んでいる。
そんな、にぎやかな中心部──クエストカウンター近くから離れ、アルフレッドは隅の一人席へと腰掛けた。
粗末な丸テーブル、ギシギシと軋む椅子。だが、一人で使う分には十分だった。
少々、彼には窮屈そうではあるが。
「さて、今日はどうしようかねぇ」
クエストボードに貼られた依頼書は、もちろん彼もざっと確認していた。
食通からの、飛竜の卵を求めた依頼。
フロギィの群れに悩まされる畜産業者からの依頼。
キノコの採取に、タケノコの収集──などなど。
どれもこれも、細やかな依頼だった。大型モンスターの出没に関する依頼はなく、アルフレッドは肩透かしを食らうのだった。
「……どれも大したことないな。今日はやれることない、か」
注文するのは、ココットライスにアプトノスのロース、深層シメジ、アッサリアサリ等の具材を加えたバルバレ式多国籍パエリアだ。
厨房からは、バターと米が炒られる心地の良い香りが流れてくる。
「今日はゆっくり、武器の手入れでもしてようかな」
ガンランスは、砲弾を使ってモンスターを爆破するという風変わりな武器だ。
その扱いはかなりの難度を要するが、使いこなせばどんな硬いモンスターも粉砕できる、強力な武器でもある。
ゆえに、小型モンスター相手には過剰なほどの殺傷能力と言える。ましてや重く、
そのため、アルフレッドは大型モンスターだけを狩ることにしていた。大型専門の彼に、今日は請け負える仕事など何もない。
テーブルにそっと置かれたパエリアにスプーンを伸ばしながら、今日の過ごし方をぼんやりと考える──そんな時だった。
「どいたどいた! 負傷者だ!」
クエスト出発口から、騒がしい音が響く。
かと思えば、担架に乗せられたハンターが、荒々しく揺られて運ばれてきた。
「なんだなんだ」と集まってくる、飲み騒いでいたハンターたち。アルフレッドは、パエリアの皿を持って、バターと米の香りを口内で感じながらその群衆に加わった。
「クエスト失敗か? 返り討ちにあったのか」
「おいおい、随分な怪我だぜ」
「見たら女の子じゃないか。可哀想になぁ」
包帯を巻かれ、ところどころに血を滲ませながら。
担架に乗せられた少女は、荒い呼吸で懸命に酸素を取り入れていた。
「あの子……」
その姿を見て、アルフレッドは思い当たる節があるように眉を
銀にも、金にも見える月色の髪を、両サイドで軽く結っている。ツーサイドアップと呼ばれるそれに、見覚えがあった。
寒冷期の月のような、その髪。
それとは対照的に、ほどよく焼けた褐色の肌。
「……セレス、だったか?」
いつかのバルバレで、目の前に座ってきた少女。
ヘビィボウガンを担いでいた、翡翠色の瞳。間違いなかった。
「おい、どうした。何を相手にしたんだ」
担架に揺られる彼女に、アルフレッドは話し掛けた。
その声に、彼女は苦しそうに、しかしゆっくりと重そうな瞼を開ける。
「き、君……銃槍、使いの……」
「その傷、大型モンスターだな。何があった」
彼女の、包帯だらけの手が伸びる。
アルフレッドに縋るように。微かな希望を掴むように。
「お願い……あいつを、止めて……。あのままじゃ、あたしの村に……!」
「村……?」
「みんなを、守らない、と……」
その言葉の途中に、力尽きたように彼女は沈黙した。
伸ばした腕が、力なく落ちる。
「おい……おい! しっかりしろ!」
アルフレッドはその手を掴むものの、それ以上の返事はなかった。深い意識の混濁に、飲まれてしまったようだった。
息はある。しかし、無事とは言い難い。
「失礼、この人を医療棟に運ばねばなりませんので」
「あ、あぁ……。すまない」
担架を運ぶ男に言われ、アルフレッドは彼女の手を放す。
ただ事ならぬ様子だった。にぎやかに飲み騒いでいたバルバレの空気も、どこか寒々しい風になり変わっている。
そんな中、ギルドガールがクエストボードに新たな依頼書を貼った。同時に、ギルドマスターがしゃがれた声を張り上げる。
「緊急クエストじゃ! 砂漠で猛威を振るうディアブロスを、至急討伐してほしい!」
「ディアブロスだって!?」
「今のハンターをやった奴か!」
「おいおい冗談じゃねぇぜ。ディアブロスなんて、易々と狩りに行けるかよ!」
多くのハンターが、不安げな声を漏らしていた。
砂漠の暴君、ディアブロス。飛竜種に属するこのモンスターは、二本の太く重い角を振り回す極めて凶暴な存在だ。縄張り意識が強く、同種であっても、雄雌関係なく牙を剥く。まさに、暴君の名に相応しいモンスターだった。
「先程の彼女は、単独で飛竜を狩った実績のある実力者だったが、それを返り討ちにしたとなれば……これは上位、もしくはG級相当のディアブロスかもしれない」
ギルドマスターの語り口に、多くのハンターは引き攣っていた。
装備を見るあたり、そのほとんどは下位に属するハンターのようだった。牙獣種や鳥竜種による鎧ばかりで、飛竜の討伐経験のある者がここにどれだけいるか、想像するのも容易い。
ディアブロスは、飛竜の中でも一際強いモンスターとして知られている。リオレウスとは一線を画す、まさに生態系の覇者だ。
多くのハンターは、とても名乗り上げることはできなかった。
しかし、ただ一人。血濡れのような赤髪をした、この大男だけは。
「俺が行く」
パエリアを平らげ、その大きな銃槍を背負う。
周囲の視線が一斉に集まるが、彼は気にすることなく、依頼書を取るのだった。
「アルフレッド君、いけるかい?」
「任せろ。俺一人でいい」
銃槍使いだ、と周囲から押し殺すような声が伝わる。
誰もが、関わり合いになりたくないと言いたげに彼を見る。銃槍というだけで随分と嫌われているものだと、アルフレッドは小さく息を吐いた。
「極めて危険になるよ。今回ばっかりは、いくら君といえど誰かと組んだ方が」
「いらねぇ。一人の方がやりやすい。それに、銃槍と一緒に狩りたい奴なんていないだろ」
その様子に、ギルドマスターは溜息をつく。
「やれやれ、銃槍使いのハンター殺しなんて、とうの昔の話だろうに。まだまだ、偏見は多いもんだね」
「実際、組みにくいのは本当だからな。過去にそういう事件があったことも分かってる。それでも俺は、コイツと行くぜ」
そう言いながら彼が頼もしそうに視線を送るのは、緑色の外殻に覆われた鋭い一振りの槍。
雌火竜の素材をふんだんに使った毒銃槍、『オルトリンデ』だ。
「丁度、デカい奴と戦いたかったんだ」
その身に纏うのは、風牙竜──ベリオロス亜種の甲殻や棘を使って作られた甲冑。赤褐色のその防具は、コートのように彼の足元まで覆い隠している。
クエスト出発口に立つ彼の髪を、大砂漠の眩しい日差しが照らした。一纏めにされた髪が、一層血濡れのように瞬いた。
その赤髪に隠れる『増弾のピアス』が、きらりと光を灯す。彼の実力の証明、そのものだった。
「懐かしいね。そのピアスを手に入れたのも、随分前だったねぇ」
「闘技大会、か。できればもう、あんまりやりたくはないけど」
「それは銃槍が使えない種目があったからかい?」
「装備を指図されるのは嫌いなんだよ」
増段のピアスは、『拡張シリンダー』──つまり砲弾の装填数を拡張させたシリンダーを扱う、証明書の役割を担っている。
銃槍使いの一級免許といってもいい。銃槍に熟練した証そのものである。
「高速便は出せるか?」
「すぐ手配しよう。幸い、角竜の現れた砂漠地帯は近い。きっと間に合うはずだ」
「オーケー。明日には、角竜の
アルフレッドは、親指をそっと掲げながらクエスト出発口へと身を投じる。
セレスを返り討ちにしたディアブロス。
相当に、骨があるモンスターだろう。
彼はオルトリンデを眺めながら、誰にも気付かれないように、少しだけ口角を上げるのだった。
次回、ディアブロス編。
ディアブロス大好きです。ブレスとか属性とか、派手な技に頼らず自分の身一つで勝負する。あの武骨な感じがたまりません。ティガレックスにも言えることですが、あの野性味溢れる生態が本当に性癖を突進してくれます。
あと、お気づきでしょうがアルフレッドは銃槍大好きな変態戦闘狂です。三度の飯より狩りと銃槍が好きなやべー奴です。やっぱコイツの方がバケモン。
閲覧ありがとうございました。