対決が決まった翌日、海漓と藤乃の2人は早速訓練所へと向かう
早朝にも関わらず同じく対決を控えている祥枝の他にも回復を終え訓練を再開している防衛隊の姿も見受けられる
ちなみに防衛隊は対決を控えている者以外はコンディションの回復に専念させ、訓練は休み、もしくは軽めのメニューとなっている
「さて、海漓ちゃん。私達は何をしましょうか?連携の訓練メニュー、何かありますか?」
「特に何もしません‥1週間そこらの連携なんてあの2人相手では逆効果、手の内がばれます」
訓練初日。何をするのかと藤乃は尋ねるが海漓としては連携の技術に関して新たに何かを習得するつもりはない。それは出来る、出来ないの話ではない。
2人の技量ならば1週間も有ればペアとして最低限の連携を行う為に必要な技術の習得は可能だ。
しかし挑む相手は叶星と高嶺。連携のプロフェッショナル。1週間そこらで身に付けた付け焼き刃は逆に2人へのアドバンテージになってしまう
「確かに‥熟練のペア相手に余計な足掻きはかえって隙を生むだけですね
ではどうしましょう?」
それは藤乃も分かっている。2人の連携は長い歳月、普段の日常生活から戦闘に至るまで常に一緒にいる事で生み出された一種の芸術品。
そんな相手に自分達の付け焼刃の連携など隙を見せるようなものだ
寧ろここで海漓が【1週間で2人みたいな連携を身に着けましょう】なんて言い出したら逆に気が狂ったか?と言っていたであろう
では、どうするか。答えは決まっている
「私達は私達の強みを活かして戦いましょう。その上で繋げられる部分は繋げて行こうかなと」
海漓には海漓の、藤乃には藤乃の強みがある
互いの長所で互換性が有る部分を繋ぎ戦っていくしかない
「一心同体の連携に対し繋ぎ合わせた連携を行うと‥面白そうです」
互いの強みを活かし使える物は使う、その延長線が自分達の連携になる
全てを把握し共有する叶星、高嶺は全く異なる。
「ちなみに藤乃さんは何かしたい事あります?」
「そうですね‥せっかくですし軽く打ち合いませんか?」
せっかくの訓練だ。藤乃にも何かやりたい事があるはず。
その問いに、打ち合う‥近接戦の訓練を提案。射撃を禁止した以上、戦闘ではCHARMを用いた近接戦が攻防の軸となる。
藤乃からすれば海漓の本気の技量を見ておきたいのだろう。
軽く‥とは言ったが手を抜くつもりは無い
「良いですよ」
海漓としても望む所。自身の腕が何処まで通用するのか確認したい思いがある
互いにCHARMを用意、近接モードに切り替え専用の安全カバーを装着するが海漓はすこしだけ形状が異なっている
「おや‥?トリグラフの親機とグラーシーザの子機ですか?」
「はい。射撃禁止なんでこうしないとトリグラフの子機がグレーゾーンなんで」
右手にトリグラフの親機、左手にグラーシーザの子機を用意していたのだ。本来ならば同一機種で揃えるのがセオリーだがグラーシーザの親機、トリグラフの子機共にワイヤーを用いた変速攻撃が可能。射撃は禁止という今回のルールではワイヤー攻撃範囲黒寄りのグレーゾーンと判断し今の組み合わせに至る
今回は剣と斧を用いた変則二刀で挑む形を選択した
「グラーシーザも単独だと外征でオリジナルの基本的なスペックは把握しているでしょうから。これしか無かったんです」
「機体の情報は出回ってますからね
リスクを減らすならいい考えですよ」
そして、彼女がグラーシーザの使用を控えた理由が今使用している機体は量産化に向けて改良された機体で、そのオリジナルは御台場の藤田槿が所持している。
機体の情報も出回っておりグラーシーザを使おうものなら簡単に対応され惨敗するのは分かりきっていた
それ故にこのような歪な組み合わせになってしまったのだ。
「早速始めましょうか」
「はい」
返事を皮切りに2人は真正面から衝突
藤乃の一撃を海漓は両手で受け止める
「ぐっ‥(このままじゃ押される)」
片手とは言えない程の重さが藤乃の一撃にはある。辛うじて受け止めているが段々と押し込まれて居るのは海漓。押し返す、では無く後退する事で一撃を下に流す
「どんどん行きますよ〜」
下がる海漓を逃す藤乃ではない
追撃と言わんばかりに前に出てひたすら両手の機体を器用に用いて攻め続ける
「(円環持ちの連打はキツイ‥!!)」
藤乃のレアスキルは円環の御手。その効果はCHARMを2本扱える事
一見すると地味に見えるかもしれないが使用できるCHARMに制限が無く海漓が用いるトリグラフのようにCHARMに特別な仕掛けを施す必要もない
そしてこのスキルの所有者はマギの保有量も多く、リリィとしての能力も高水準。
ちなみに藤乃の使用機体は右手がクリューサーオール、左手はグングニルカービン。共に量産型の機体だ
左右から繰り出される重く鋭い一撃の数々。何度も衝突音が鳴りひびき激しい一撃を与えている事が伺える‥が
「(私と正面から打ち合ってここまで耐えられる子は居ないのですが)」
2本のCHARMの連撃を容赦なく叩き込んでいる‥がその一撃を全て防ぎ、受け流されている
鳴り響く衝撃音も攻防により繰り出されるもので海漓のCHARMを弾く事も、身体を吹き飛ばす事も出来ない
上を見ればきりが無い。同じレアスキル使いの中では自身が一番であるとは微塵も思っていないが、神庭において自身の攻撃をここまで防ぐ事を含め渡り合えるリリィなど限られている、
「(虹の軌跡を加味しても‥これは)」
サブスキルによる補正を考えたとしてもあくまでも予知、対処は与えられず得た情報から次にどう動くかを判断するのは海漓自身。
故に彼女の技量自体は相当高い事が伺える‥だが
「(欠点も有りますが‥海漓ちゃんの役割と本来のスタイルを考えるなら問題は有りませんからね)」
本当に優秀なリリィならば守りに徹するどころか強引にでも切り返し攻め手に回るし海漓も仮にもAZも務めるならば必須の技術。
それをせず守りに徹するのはやはりAZ失格と言わざるを得ない。
しかし、海漓の本来の戦闘スタイルは射撃中心。これが実戦ならば一撃を受け止め、距離を取った後に射撃を叩き込めばいい
本来の海漓はTZ。攻撃を受け止め、時間を稼ぎながら味方の援護を待てばそれで良いのだ。無理して自分一人で全てを行う必要はない
レアスキルを用いればそもそも打ち合いに持ち込ませる事も無いだろう
「さて‥では今度は海漓ちゃんが攻めましょう」
「分かりました」
ここで攻守交代。今度は海漓の番、剣と斧、2本のCHARMを用いて攻撃を行っていく‥が
「(手数も多く速さもある‥ですが‥軽い)」
海漓も擬似的ではあるが二刀流。手数も多く素早く、鋭い一撃を繰り出すが、一撃が軽い。使用する機体の大きさの違い、使用できるマギの量にだって限りがある
一撃の重さよりも与えるダメージの総量で勝負するタイプ。スモール級やミドル級ならば一撃で行けるがそれ以上となると厳しい。
「はいストップ。もう充分ですよ」
「‥どうですか?」
今ので彼女の技量、現在地は把握する事が出来た。勝敗を決めるのが目的ではない。止め時と判断する
今の攻防を得て藤乃はどう判断したのか、純粋な興味で尋ねる
「そうですねぇ‥攻めに回った時は一工夫必要ですが、守りに関しては問題無いですね
寧ろ一対一なら海漓ちゃんの守りは崩せ無いと思いますよ」
本番でも想定されるが叶星、高嶺のどちらを相手にしたにせよ、守りきれず崩される事は無いという確信はある。だがカウンターや攻めに転じた時には一工夫しなければ決定打を入れるのは不可能というのが率直な感想
「そ、そうでしょうか」
「はい。所で‥何故海漓ちゃんはレアスキルを使わなかったんです?」
どうにも褒められる事に慣れていないのか、素直に受け取れないのか反応は今ひとつ、相手が相手だ、不安もあるのだろう
だが今の戦いで唯一気になったのは何故彼女は自らのレアスキルを使わなかったのかという事。使えば違った展開になっていたのは言うまでもない
「こうして他所のエースクラスと真っ向から打ち合える機会なんて滅多に有りませんから。
スキルに依存して腕がなまっても駄目ですし」
使わなかったのは単に他レギオンのエースクラス、本気で打ち合える機会なんて滅多にない。そんな時にスキルを使った小手先で凌ぐのは非常にもったいない。
自分の純粋な技術が何処まで通じるのかという疑問と単純に小手先に依存して自らの土台となる技量が鈍る事を防止する為だ
「それに、射撃やスキルが使えない中での戦闘も想定しないといけないので
近接全く出来ませんじゃ話になりません」
更に言うならば常に万全で戦えるとは限らない。市民の避難誘導やヒュージの妨害で射撃やスキルが使えない状況は十分に想定できる
何より彼女自身、マギ保有量が少なく何の考えもなしにスキルを連打する余裕は無い
そうなれば純粋な近接戦を行わ無ければならず、何も出来ません、やられました、では話にならない
例え自分が指揮官で、戦いでは指揮に集中するとしても、だ
「サブスキル、使わなかったのですか?」
「はい。」
スキルを使わない‥つまりサブスキルも含まれており先の攻防は純粋な天野海漓の実力。レアスキルは使わずともサブスキルは使っていたと判断した藤乃からすれば想定外の反応だ
「まぁ‥それであれだけの守りを?」
「えぇ。」
「私結構本気で打ち込んだのですが‥」
見下すつもりは毛頭ない。だが彼女の技量は藤乃の想定を遥かに超えていた。
共に訓練する機会も無く、知る事が出来なかったのが主な理由ではあるが
「いや、更地で足場と視界も良好、しかも真正面からの攻撃で味方の援護なしだから止められただけですよ‥カウンターまで持ってけないですし‥」
だが海漓からすればたまたまで、条件も良かったからだ。更地で真っ向勝負では海漓はほぼ勝ち目がなく防戦一方、しかも今の藤乃は勝負ではなく訓練目的、これでようやく。切り返しだって藤乃の合図を待たなければ出来なかったのだ
「サブスキルを使えばカウンター出来たのでは?」
「無理です。体動きません
カウンターやるならレアスキルも同時です」
「あ、そこは変わらないんですね」
カウンターをするならサブスキルとレアスキルの同時使用、これで間合いとタイミングを計り行う。
サブスキルだけでは策は練っても体が動かない。
「新しく何かを習得はしなくても、作戦はあるのでしょう?」
「当然」
だからといって簡単に負けるつもりはないし、勝たなければならない
新しく何かを習得したり、付け焼刃の連携を行うつもりは無くとも、勝つための作戦は練っている
「詳細はこれから詰めていくとして大まかな方針は教えていただいても?」
何らかの策、勝算があるからこそ挑んだのだ。そして今の藤乃は助っ人であり本番では共に戦う仲間。この後に詰めていくにしても現段階での方針は知っておきたい
「あの2人の連携は強力です
さっきも言った通り連携勝負では私達に勝ち目は有りません」
叶星と高嶺の連携を相手に連携での勝負では勝ち目がない。これは覆しようの無い事だ。だからこそ各々の強み、武器を活かした戦い方を選んだ
「でも強力ですが無敵でもなければ完璧でも有りませんし。唯一の弱点、隙、綻びはあります
そこを突き、連携を崩せれば勝機は有ります」
しかし、彼女達の連携は強力ではあるが無敵でもないし完璧でも無いのだ
弱点や隙、そして綻びは存在する。
自分達が勝つには欠点を突き、連携を崩すしか無いのだ‥無論連携など無くとも2人は強力なリリィだが単体ならばどうにか出来るという確信がある
「あの連携に隙が?そんなものが仮に有るのならば既に修正している筈では?」
藤乃でさえ2人の連携はまさに芸術的とさえ思う程の完成度を誇る。そんな連携に隙や綻びが有ると言われても信じられない。何より2人は高い技量を誇っている。他人から見ても分かるような隙や綻びなど、とっくに修正されていてもおかしくないし、修正する筈なのだ。
再編成や2人の外征もあり訓練した日は浅いが隙や綻びが有るという風に感じた事は無い
「技術面では隙がほぼ無いです‥無敵ですね
ですが思考や精神面では隙に繋がるヒントがありますよ」
連携の技術だけならば隙が無いどころか完璧だ。隙など一切ない
だが、それらを行使する叶星と高嶺は人間でありロボットや怪物ではない
心の面に目を向ければ連携を崩すヒントはある
「後はレアスキルですね
‥特に高嶺さんのゼノンパラドキサ。配分が分からないと」
そして勝敗を分ける最後の鍵になるのは間違いなくレアスキル。
特に警戒すべきは高嶺のレアスキル、ゼノンパラドキサ
その能力はレアスキルである【縮地】【この世の理】のサブスキルを複合したものであり、配分もリリィによってバラバラ。
縮地は高速移動、この世の理は力の方向性の察知。
サブスキルも出力に差はあれど効果は同じ。つまりゼノンパラダドキサとは高速移動と方向性の察知を活かした回避に特化したレアスキル。
高嶺のゼノンパラドキサの配分比率がどうなっているのか、知る者は誰もいない
恐らく知っているのは高嶺本人と叶星のみだ
レアスキルを使わない状況での対策はあるが勝負の最後、勝ちに向けて詰めていく中での最大の壁が高嶺のレアスキルである。ここの配分がはっきりしないと最後のピースが完成せず、読み間違えれば自分達の敗北に直結する
「レアスキルを封じる‥と言う策は無いのですか?」
「遮蔽物が多いなら何とでも出来ますが今回は更地
場所は室内の訓練場か校庭でしょうし封じたり抑え込むのは無理です」
策を練る海漓ならばてっきりレアスキルを封じ込める方針を取ると思っていたが彼女の言い方を見るに使わせる前提。らしくないと思い尋ねるが、今回の試合場所は室内の訓練場、もしくは校庭。つまり遮蔽物の存在しない更地での戦い
山の中や廃墟ならば海漓のレアスキルであるユーバーザインによる幻覚を使い速度を抑え込んだり、レアスキルそのものを封じる事が可能だが更地では不可能、彼女が生み出すのはあくまでも幻、質量を持たせることは出来ないのだ
「本気のゼノンパラドキサを発動させる状況に持ち込み、速度の比率を大まかに把握する‥と?」
「はい。その通りです‥(それぐらいやってようやく‥なんだけど)」
連携への対処と同時に、本気のゼノンパラドキサを使わなければならない状況に追い込む。ここまで出来てようやく勝利の道すじが見えてくる
逆に言えばここまでやらなければ勝ち筋すら見えない程の強敵なのだ
だからこそ、本番までにやれる事は全てやる。それが天野海漓なのだ