ある日の事だった
「温泉…ですか?」
「えぇ。海漓ちゃんはあの時居なかったから知らないと思うけど…」
グランエプレ全員が揃いミーティングを行う
その時に叶星がそんな事を言う
どうやら先の新宿事変の時に戦闘が終わったら百合ヶ丘の温泉に来ないかと言う話になったらしい
その後百合ヶ丘側の日程の調整が済んだことやどういう訳か、百由が神庭とエレンスゲを訪れ、東京を救った英雄への感謝等々の言葉で誘ったそうだ
「わーい温泉!温泉!」
灯莉は喜ぶし姫歌、紅巴も同じく喜ぶ
本来なら海漓も喜びたい…のだが
「うーん、温泉か…」
海漓としては内心微妙な所
設備を貸し切るなど相当に優遇はしてくれるようだがガーデン内にリリィはいる
百合ヶ丘のリリィなど正直言って合いたくも関わり合いにもなりたくない
すると紅巴が
「海漓ちゃんは、嫌…ですか?」
「嫌じゃないけど…うーん」
裏でとやかく言っていたとかは別に良い
慣れたことだ、腹を立てることもないしこちらから振らなければ良いだけ
それよりも微妙なのはこの大変な時期に自分達だけそんな良い思いをして良いのかと言う苦悩だ
何度でも言うが新宿事変では多くの人が戦ったし傷ついた。
事後処理だってまだ終わっていない。
神庭だって教導官や生徒会の面々は忙しいし、グランエプレも同じだ
おそらくはエレンスゲも同様
そんな中で自分達だけ気分転換をするなど気が引ける
自分達が不在の間の穴埋めを他のリリィに任せる事になる。
「ヘルヴォルも同じだと思うけれど何か特別な任務や非常事態が発生したのならそちらが優先よ
それを分かっての誘いだから余り難しく考えなくても良いと思うの」
叶星はそう告げる
方向が違えど万が一の時の可能性は彼女も考えていたようだ
ここでゴネて下手に雰囲気を悪くするぐらいなら同調しておくのが得策だろう
「まぁ、そうですね。
とりあえず何も無ければ参加しても良いと思いますよ
まぁ起きて欲しくないですけどね。傷も癒えてないですし」
とりあえず全員参加で話が纏まる
そして、一段落すると
「それでもう一つ話題があって」
「とりあえずフォーメーションは今まで通り可変式、基本ポジションも変更無しで行こうと思ってるわ」
叶星が少し間を開けるとそのように言う
先の件で海漓に司令塔の適性がある事は叶星と高嶺の耳にも入った
それでも尚現状のままで行くと告げたのだ
「姫歌さんが立派に司令塔をこなせているし無理に変更する理由も無いわ
この時期に可変式から海漓さんの得意とする固定式に変更すると対応する為に訓練をやり直す必要になるし…負担も大きくなるのが理由よ」
「勿論、今回の時のように私達含めその場に誰も司令塔出来る子が居ないっていう状況になったらその時は海漓ちゃんの判断で司令塔をやって貰って構わないわ。
ただ今のグランエプレでは申し訳ないけれど海漓ちゃんに司令塔は任せられないの」
高嶺がそれを補足し叶星が最後に補足をする
二人の言う事は全て正しい
グランエプレを考えた上での判断だ
新宿の件でグランエプレは注目されている
その中で唐突な変更の数々は混乱を招く事も分かっている
「(結局の所、私に司令塔をやらせない為の理由探しだよ…)
グランエプレの隊長は貴方です
貴方の決めた事なら不満はありませんよ」
言いたい事は沢山あるが、反抗しても議論は平行線になるだろう。
叶星に喰らいつかないのは司令塔をやりたい意志がその程度等と言われるかもしれないが、自身は一年生で叶星と高嶺は二年生
更に叶星はレギオンの隊長を務めるのだ
普段はともかく、レギオンでの意思決定の際は学年やレギオンでの立場の差など弁える所は弁えなければならない
言い方が悪いかもしれないが現状の海漓にとって叶星や高嶺、サブリーダーの姫歌は上の立場だ
レギオンに関わる事ではどれだけ不満が有ろうと彼女達の方針には従わなければならない
グランエプレの方針『戦果を求めない』『御台場式のフォーメーションを導入する』に海漓が何も文句を言わないのだって隊長である叶星がそうすると決めたからだ
ずっとおかしいと感じているが、それが方針ならば従うしかない
話を戻すが、叶星の判断の理由には様々な事情が有るのも分かっているが、結局の所自分のような人間に大切な人や後輩の背中を任せたくはないのだろう
そもそも上級生二人は自分達をレギオンの仲間や戦力として計算しているのかすら怪しい所がある。
にも関わらず姫歌、灯莉、紅巴の三人は二人を尊敬どころか心酔するレベルで慕っている
下手な衝突はレギオンの崩壊に繋がる。
内乱でレギオンの崩壊など馬鹿らしいし神庭のようなガーデン主導でリリィを任命するトップレギオン制でそのような事が起きたらグランエプレの人選に関わった秋日達生徒会にも飛び火する
それは避けなくてはならない
秋日は約束の件がある
藤乃は不穏な発言があった気もするが先の騒動では助けられた
鈴夢は関わる機会が余り無いが同学年のリリィ
自分達の下らない争いに巻き込みたくはない
「今回の件で自分もって言う希望があったかもしれないけど叶えて上げられなくてゴメンね
フォーメーションとかポジションって全体との兼ね合いもあって簡単に変更出来ないから…」
「(変更って良くある話なんだけど…御台場って違う?)」
叶星は申し訳なさそうに話すが海漓もこの部分だけは疑問に思う
御台場がどういうカリキュラムを組んでいるかは分からないし、中等部時代どのように叶星達が育てられたのかは分からない。
しかし、成長や経験を重ねる事で今よりも高い適性があると判明したポジション、役割が有るのならばそちらに変更させるのはよくある話ではないのか?
適材適所と言う言葉もある位だ。
叶星達のような才能のある者ならどうとでもなるのかもしれない
その為の環境は整備されているはずだしそれを十分に活かし努力もしているのだから
「海漓が司令塔でやりたい作戦って…その…クエレブレみたいに規律で縛って暴力的な戦いをするんでしょう流石に…それは嫌ね」
「自由に動けないと気分良く戦えないし僕もそれはやだなー
縛られるのとかもいやー」
「せっかく叶星さまが最新鋭のフォーメーションを用意してくださってここまで来てますし変える必要も無いかと…」
姫歌、灯莉、紅巴も言葉は違えど海漓の司令塔や指示するであろう作戦には難色を示す
ここまで反対意見が出ては討論する余地すらない
自然消滅だ
その後は今後の日程を伝えられた後、解散となる
「(昨今の流れもそっちになりつつあるから…まぁ中身を見る前に判断されても仕方が無いか)」
海漓は解散後一人廊下を歩きながらそんな事を考える
叶星の判断も妥当だろう
注目されてる中で陣形を作り直すことに対するリスクも十分考慮している
合宿で百合ヶ丘の動きを見たり昨今の戦術のトレンド、レギオン全員の性格を考えた上での結論かもしれない
リリィの思想と技量、ガーデンの校風等様々な背景がある為、一概に言い切る事は出来ないが全体的な流れとして年々リリィの戦いは華麗で美しく有るべきと言う流れになりつつある
可変フォーメーションも注目を集める最新鋭の戦術だ
「(別に固定でも自由にやれるんだけど…まぁ初っ端から可変やったのは不味かったか)」
固定=自由に出来ないとでも思ってしまっているのだろうか
固定を経験させずにいきなり可変フォーメーションをやってしまった弊害かもしれない
暴力的な、というのは即席レギオンでクエレブレと共闘と言う形になった際面白いぐらいに噛み合ってしまったのが影響したのだろう
あの件で自身が司令塔でやりたい戦術はリリィを縛り暴力的な戦いをやらせると思われてしまったのだ
まぁ彼女としても司令塔をやるなら戦う時のルールや役割など縛る部分は縛らせて貰う為全てを否定出来ないのが辛いのだが…
「(あの二人も御台場のエリート私とは価値観が違いすぎる)」
叶星と高嶺だって元御台場のエリートだ。
高嶺だって海漓が合宿前に聞いた事情を考慮しても十分に強い
もしかしたら可変フォーメーションもそんな高嶺を考慮した結果なのかも知れない
皆が好きな事をやってるから自分も…とは行かないのが難しい所だ
日常生活はともかく、戦闘で全員がルールも役割も無く好き放題やってしまっては只の無法地帯。
それでも今まで上手く行っていたのは今回まで厳しい戦いが無かった事に加え上級生の実力のおかげだ。
舞弓から言われた便利屋と言うのは実は的を得ているのかもしれない
海漓がレギオンにとって都合のいい便利屋になる事がグランエプレを上手く回す為に必要な事ならそれが自身に与えられた役割と言う事になる。
他人に役割を求めたい人間が自身のレギオンの役割に不満を言ってしまえば元も子もない
「(隠れてやるしかない…かな)」
隠れて司令塔としての勉強をやるしか方法はない
中等部時代に勉強のやり方や考え方は教わっていた
現状だとそれらを発揮する機会はほぼ無いし、自身の理論を語る相手も身近にいない。
かなり厳しい事になるがやるしかない
最悪、遊糸に頼んで教えてもらうしか手がない。戦術や指揮に関しては叶星よりも上だ
事情を話せば力になってくれるだろう…それに漬け込んで確実に何か奢らさせるが必要経費だ
やらないと言う選択肢は残念ながら無い
藤乃が何を考えていたのかは分からないが、それでも自分を信じあの場で司令塔を任せてくれたのだ
自身が司令塔として藤乃と共に戦う機会は来ないかもしれないがそれでもTZや司令塔としての姿を見せずにこのまま過ごす訳にはいかない
中等部の時だって今年から予定通り高等部に進学していたならば今頃は遊糸や他の先輩、教導官にダメ出しされながらも司令塔として活動していた筈
その時期が少し後になっただけでやる事は変わらないのだ
東京の戦い方や慣れない可変フォーメーションにノインヴェルト戦術の対応
サブスキルの習得などやる事が多岐にわたり司令塔が後回しになったが挽回出来る筈
そんな風に考え彼女は日々を過ごす
日々の訓練に隠れての司令塔としての勉強などやる事は今まで以上に多くなる
そうしている内に温泉へ行く日が来る
のだが
「すいません叶星さん…風邪ひきました…温泉、無理です…ゲホッ」
「えええっ!?」
何事にも限界というのがあるし彼女の場合新宿の疲れが気付かないレベルで身体に残っていたのかもしれない
そんな中で気合い入れて頑張ったのだ
反動はある
温泉行く当日に熱を出す、という幼い子供が行事の日によくやる事をまさかの高校生になってやらかしたのだ
形はどうあれ休めドアホと言うサインだろう
少し締まらないが新宿の件は一先ずは幕を閉じた
次からは問題の2章です
舞台話どう繋いでいこうか…