時は遡りフットボールフロンティア開催前。
物語のスポットライトは校舎の正面にデカデカと雷看板を掲げる私立中学校「雷門」、そのサッカー部へと当てられる。
「さて、今日はこれで――「さよならーー!!」……転ばないように。」
とある日の放課後。
ホームルーム終了の鐘が鳴ると同時に1人の少年が教室から一目散に飛び出していく。
だが誰もその様子に心配や驚きの表情も浮かべることはない。
何故ならそれが当然、或いは日常茶飯事のことだからである。
「……ふぅ~今日もいい天気だ。絶好のサッカー日和だな!」
額にオレンジのバンダナをつけこげ茶の髪を持つその少年は正面玄関を飛び出し空を見上げ
深く息を整える。
空は雲一つなく晴れ渡り、心地よい風がバンダナから出る髪を小さく揺らしている。
グッと背伸びをし全身でその陽気を感じ取るとすぐさま駆け出していく。
既に外は下校する生徒や部活の準備をする生徒らで賑わっており、流れに負けないよう彼らの隙間を縫うように掻き分け進んでいく。
そうしてたどり着いたのは大きさは飼育小屋程度で壁は鉄板でペンキなどで何の色塗もされていないような無骨な色合い、所々さび付いているのが見受けられオンボロな小屋だった。
「また汚くなってるな……掃除しないと。」
少年はその小屋の外装を眺めながら扉の横に立てかけられている木の板へと手を掛ける。
表札にしては簡素なその板に書かれてるのは『サッカー部』という文字。
兎小屋にでも見間違えられそうなとても私立学校の中にあると思えないその建造物こそが我らが雷門中サッカー部の部室なのである。
扉を開き、準備のため中へと入る。そこでは少年より先にたどり着いていた数名が先に着替え始めていた。
部室内には錆びついた鉄のにおいが微かに香っており手入れこそしているものの相当年季の入った建物であることが伺える。
その嗅ぎなれた匂いを感じながら少年は鞄を降ろすと中からユニフォームを取り出し部活の装いへと着替え、手には分厚いグローブを嵌めた。
「さぁ! 練習だ皆!」
ボールを両手で持ち着替え終えたであろう部員の方を向くと少年は元気良く声をかける。
だがそこにいたのはユニフォームに着替えながらも携帯ゲームに夢中になる者や寝そべる者、そもそも着替えてすらおらず漫画や菓子を楽しむ者しかいなかった。
「どうしたみんな!もうずっと練習やってないんだぞ?」
「それで?グラウンドは借りられたのかよ、円堂。」
「それは……これからラグビー部に交渉するんだ!」
「だと思った。7人程度しかいないこの部活に貸してくれるわけないじゃないか。」
「そうでやんす、どうせ笑い者になるだけでやんすよ。」
「~っ俺たちはサッカー部なんだ!」
目の前のだらけ切った部員たちの姿に苛立ちを覚え、円堂は部室の壁を勢いよく叩きつける。
その壁にはとあるポスターが、全国のサッカープレイヤーが目指す夢の舞台が描かれていた。
「――フットボールフロンティア。今年こそみんなでこの大会に出ようぜ! なぁ染岡、半田!」
「無理無理。」
「壁山、栗松に宍戸も!」
「7人じゃ試合には出られないでやんすよっと。ムズイでやんすね……」
「遅い、そこでシュート。」
「うるさいでやんす…!」
「お前らなぁ!!サッカーやりたくて入部したんだろ! サッカー部がサッカーやらなくてどうするんだよ!!」
漫画やゲームにふけり目も合わせようとしない彼らに対し、円堂はそれでも声をかける。
けれどその声にも全く動じず、やる気の欠片も見せない彼らを見て怒りがこみ上げ部室の扉を勢いよく閉め飛び出していった。
「何一人で熱くなってんだ、円堂は。」
「頑張ったってどうしようもないさ。もうすぐ廃部ってい噂もあるしな。」
「「「廃部っーー!?」」」
円堂の言葉に対し大したリアクションも見せなかった彼らも”廃部”というワードに驚きの声を上げる。
噂とは言え部室内が阿鼻叫喚の嵐になっている中、円堂はそんなこといざ知らず一人校内のわずかな芝ある脇道のような場所でボールを蹴っていた。
「あいつらもいつかは……「円堂くーーん!」」
きっとみんなでサッカーできる日が来る、そう円堂は思いなおしていると少し遠くから声をかけられる。
聞き慣れたその声にボールを蹴る足を止め、顔を上げると一人の少女が円堂の方へと駆け寄ってきていた。
「おお木野。」
「ごめん、グラウンド借りられなくって。」
「仕方ないさ。」
「みんなは?」
「いつもと同じ。」
「練習しろって言ってこようか?」
「大丈夫だ。あいつらだって本当はサッカー大好きなんだから!」
木野が部室へと進んでいこうとするのを円堂は静止し、部室のほうを見て笑みを浮かべる。
それは何か馬鹿にしたようなものではなく必ずやる気になってくれる、心の底から彼らのことを信じている…そんな笑みだった。
「じゃあまた河川敷行くんだ。小学生のチーム相手で練習になってる?」
「…あいつら結構やるんだぜ! 木野も見ればわかるって!」
いつもならすぐ言葉を返す円堂が小さくため息を吐いてから返したことに木野は何か引っかかりを感じながらも円堂に連れられ河川敷へと向かった。
雷門中の傍の河川敷には小さくはあるもののゴールやラインなどはしっかりとしたサッカーコートが存在する。
大会など公式で使うものより小さいため高校生は勿論中学生などは普通学校にある試合と同じ大きさのグラウンドを使用するため、この場所の競争率は低くグラウンドを滅多に使用できない円堂にとっては絶好の場所なのである。
「やぁぁぁ!」
「良い調子だ! 次!」
「行くぜ円堂ーー!!」
「まだまだ!!」
小学生が放つシュートを円堂は余裕の表情で止めていく。
その光景を見て木野は微笑みながらも心の中では不安を抱えていた。
一喜一憂する彼らに円堂が適度アドバイスを与えていくその光景は傍から見れば微笑ましいものだろう。
だが彼にとって…円堂守にとってこの時間は果たして意味あるものなのだろうか。
彼らの動きはキレがありスピードもある、小学生の中でもハイレベルだろう。
だがあくまでそれは小学生という括りの中での話であり、中学にもなれば肉体面も要求される技術も段違いなのだ。
無論キーパーとしてチームメイトを見る目というのは養われるかもしれないがそれ以外は……そんな風に木野が考えている時だった。
「今度こそ決めてやる! くらえ俺の必殺シューート!!」
灰色のバンダナを被った少年がゴールめがけて思い切り力を込め蹴り出す。
円堂はそのシュートに今までと同じように構えるがそのシュートはゴールを大きく外れ、路上に歩く二人の男の前をかすめながら通り過ぎていった。
学ランを改造した長身の男とリーゼントのような髪型をした背の低めの男の二人は苛立ちを見せながらズカズカとコートの方へと向かってくる。
「誰だァ!? こいつ蹴ったのは!!」
「大丈夫ですか?すいませんでした……その、ボールを返してもらえ――「らァ!!」っ!?」
「円堂君!?」
円堂はすぐさまその不良たちの下へと駆け寄り頭を下げるも不良の蹴りが無防備の円堂の腹に叩き込まれる。
長身の不良はボールを椅子のようにして座りこむと腹を抱え地に伏せる円堂を見て笑い始めた。
「こいつ雷門中ですよ。部員すら足らない弱小サッカー部の!」
「ははっ、ガキ相手に玉蹴りかぁ? さぞ楽しいだろうなぁ!」
「こいつと練習だなんて子どもたちが可哀そうだ……お手本見せてあげたらどうです?」
「いいねぇ! やってやろうじゃねぇの。」
長身の不良は笑いながら立ち上がり円堂を見下すと先ほどまで座っていたボールに唾を吐きかける。
それに対し驚きの顔を浮かべる円堂を再度見て嘲笑うと数歩後ろへと下がりボールを蹴りだそうとする。
「あ~らよっ……」
長身の不良は軽く助走をつけると片足を後ろへと大きくあげ、蹴りの姿勢へと移行する。
例え素人だろうとあの長身の男が蹴れば相当な威力になるはずだ。
飛ばされるのは川かそれとも誰かの身体か、どちらにせよ厄介なことになりかねない。
せめて誰かに当たるのだけは避けないと……円堂は痛みで悲鳴を上げる身体に鞭を打ってでも必死に動こうとする。
だが間に合わない。もう奴は蹴りの姿勢に入っている。
もう神頼みしかないのか……円堂は自らの力の無さに歯を食いしばり目を閉じた。
次に聞こえるのはボールの蹴られる音、そして何かにぶつかる音。
そう思えてしまった、考えてしまった。
だが
「うわぁ!?」
聞こえたのはボールの蹴られた音ではなく不良の間の抜けた声。
予期した音と違う音がしたことに円堂はすぐさま瞼を開ける。
そこにあったのは地に背を向け空を仰ぐ不良とその彼を見下ろす一人の少年の姿があった。
「てめぇ何しや――「泣いてるよ。」……はぁ!?」
少年は自身よりも背の高い不良に対し臆することなく地に落ちたボールを拾う。
円堂には彼のボールに向ける目は悲哀に満ちていたものに見えた。
「ボールが……泣いてるよ。」
「何言ってんだお前はよォ!」
長身の不良は声を挙げながら立ち上がりボールを持つ少年へと殴りかかっていく。
その光景に思わず木野や小学生たちが目を閉じる。
だが円堂だけは見逃さなかった。
少年が持っていたボールを地に降ろし、向かってくる不良を鮮やかにかわしながらもその頭上にボールを蹴り上げて突破する――ヒールリフトを。
「てんめぇ……!!」
長身の不良は頭上をボールが過ぎ去っていったことに気付いたのか怒りをあらわにし、ポケットへと手を突っ込む。
そこから取り出されたのは夕日に照らされ赤く光る小刀だった。
「ちょっ……流石にそれはまずいですよ!」
「はっ、はははは! ガキの癖に俺を怒らせるから悪いんだよ……」
ナイフは流石にまずいと感じたのかもう一人の不良が止めにかかる。
だが長身の不良は既にそんな声など聞こえないかのようにただナイフを持ちボールを持つ少年の下へと一歩、また一歩と進んでいく。
「まずい……君、逃げろ!」
「……」
「逃がすわけ…ねぇだろうが!!」
円堂がフラフラと立ち上がり必死に叫ぶもその少年は動かず、不良のことをじっと見つめている。
不良は狂ったピエロのように笑い、目を見開くとその凶刃で突き刺そうと駆け出す。
その間わずか4mほど。
彼がどんな交わしかたをしようと奴が持つのはナイフ…凶器だ。今度こそ駄目だ……!
その場にいる皆がそう思った、その時だった。
「パスだ!!」
急に叫ばれた聞き慣れない声。
常人なら判断が遅れるであろうこの状況でも少年はすぐさま声のほうへ、自身の背後へとボールを打ち出した。
それと同じくして何者かが河川敷の坂を颯爽と駆け降りてこちらへと向かってくる。
ふわりと宙に浮かび、誰もいないあらぬ方向へと飛んでいくように思えたそのボールはその男の脚へと吸い付くかのように近づくと渾身の蹴りが空中で放たれた。
その燃え盛るような気迫の見せるシュートはナイフの持った男の顔面に直撃し、怒涛の回転が顔を焦がしていき不良をそのままノックアウトさせた。
「て、てめぇら…覚えてろよぉぉ!!」
リーゼントのもう一人の不良は目の間で起きた光景に唖然としながらも強烈なシュートを繰り出した少年に人睨みされると長身の男を背負いその場から走り去っていった。
「…随分と危ない真似をしたもんだな。」
「君が大人とか連れてきてくれるまで時間稼ごうかな…なんて思ってたんだけど。助かったよ。」
その不良だけならず一同目の間で起きた一部始終に驚きを隠せない中、強烈な蹴りを見せた少年はもう一人の少年と軽く言葉を交わすとその場を立ち去っていこうとする。
「待ってくれ!! お前のキックすげぇな! どこの学校だ? お前もさっきのヒールリフト見たぜ! 良かったら一緒に練習しないか?」
「……」
「勿論…と言いたいところなんだけど色々手続きしなきゃいけなくてさ。また今度ね!」
「そっか……。お前、名前は?」
すかさず円堂は彼らを練習に誘うも一人は軽くこちらを一瞥したのみでその場を立ち去り、もう一人の少年は申し訳なさそうに手を合わせその場を立ち去ろうとする。
円堂は残念そうに肩を落とすもせめて名前だけでもと呼び止めるように声をかける。
もしかしたらまたすぐに会えるかもしれない、そう思って。
「俺は翼。大空翼さ!」
「俺は円堂。円堂守!また会えたらサッカーやろうな!」
翼は円堂の言葉に大きくうなずいて見せると背を向けてその場から走り去っていった。
河川敷で先ほどの喧騒が嘘のように静かな風が頬を撫で、日が先ほどより沈んだ空には輝く星が二つ浮かんでいた。