小鳥のさえずりが聞こえるような穏やかな朝。
時刻は8時半前、都市部からは離れ人通りも多くない雷門の町であるが雷門中、正確にはとある教室が普段よりひと際賑わいを見せていた。
「今日も晴れ渡ってて良い天気だ! 最高のサッカー日和に……ってなんだか教室が騒がしいな。」
その盛り上がりは窓の外の景色を円堂は眺めながら教室の扉の前に立った円堂の耳にも入ってくる。
円堂は不思議に思いながらも扉を開くと目に入ったのは『雷門中へようこそ』など何者かに向けた歓迎の言葉が書き連ねられた黒板や普段以上に会話を弾ませている友人らの姿がだった。
「どうしたんだみんな? やけに盛り上がってるじゃないか。」
「知らないのか円堂? 今日は転校生が来るんだってよ! しかも二人も!」
「イケメンだと良いなぁ……爽やかな男の子!」
「ばっかお前、可愛い子に決まってるだろ?」
「イケメン!」
「可愛い子!」
「「ム、ムムム!?」」
「そんな睨みつけ合わないでも……どっちでも良いじゃないか。良い奴ならさ!」
「「良くない!!」」
「そ、そう…」
目の前で繰り広げられる男子陣営と女子陣営の不毛な争いに円堂は苦笑しながらも”転校生”という言葉にどこか引っかかりを感じていた。
(翼が昨日言ってた手続き……まさか「はい皆さん席に座ってくださーい。」――ってやべ! もうチャイム鳴ってたか!」
教室に円堂のクラスの担任、冬海が入ってきたことで生徒らは既にホームルームの時間が始まっていることに気付き急いで席に着く。
そんな生徒らの様子をいつもと変わらぬ気だるそうな顔を浮かべながら眺め、皆が席に着いたのを確認すると教壇に立ち改めて生徒らの方へと顔を向けた。
「え~皆の様子を見るにわかっていると思いますが今日は転校生がこのクラスへと入ってきます。さぁ入って。」
冬海が教室の扉の方を向きそう言葉をかけ、教室中の視線がそこに集中する。
皆の期待が集まるその扉は少しの間を置いて開かれ生徒が二人教室へと足を踏み入れた。
現れたのは二人の男子生徒。性別が明らかになったことでクラスの盛り上がりは極端なものになるなか白髪の男と黒髪の男は教壇へと登り生徒らの方へ向く。
その転校生は円堂の予感していた通りの人物だった。
「はい静かに。転校生はこの二人。じゃあ簡単に自己紹介を」
「大空翼です! よろしく!」
「……豪炎寺修也だ」
「おおおおおお!!!」
爽やかイケメンとクール系イケメンの登場に女子らが盛り上がり男子がブーイングを見せる中円堂のひと際大きい声がその盛り上がりを飲み込みクラス中が唖然とする。
その静まり返った空気の中、円堂の存在に気付いた翼が心底嬉しそうな笑みを浮かべ円堂は教壇に立つ二人の下へと駆け寄る。
「翼! 手続きってこのことだったんだな!」
「うん! まさか円堂君と同じクラスになれるなんて嬉しいよ!」
「俺もだよ! そんでお前は豪炎寺って言うんだな。俺は円堂守! ポジションは「ウォッホン!!」
わざとらしく発せられた咳払いに円堂が冬海の方へ眼を向けると無言で手元の時計を指さしていた。
ホームルームの時間を大幅にとってしまったことに気付いた円堂はひきつった笑みを浮かべるとすぐに頭をさげ自分の席に駆け足で戻っていった。
「ではこれから彼らの簡単な手続きがありますからホームルームはこれで。連絡事項は後程学級委員が職員室まで聞きに来るように。」
「えぇー」
「円堂~」
「ははは……すまん。」
「ああそうだ円堂君。昼休みに校長室に来てください。大事な話がありますので」
「え?……はい、わかりました。」
ホームルーム解散の合図に教室はざわめきを取り戻し各自次の授業の準備を始めていく。
学級委員らの悲痛の声に円堂は手を合わせて謝る中、今まで行ったこともない校長室に呼ばれたことに疑問を感じながらその後の授業を受けるのだった。
時は経ち昼休み。
円堂は翼や豪炎寺と話たい気持ちを必死に抑えながら校長室へと向かった。
休み時間の間に木野や半田らと話したがこのタイミングで大事な話ともなると廃部の話ではないかというのが二人の意見だった。
「し、失礼しま~す。」
これから待つ話の恐ろしさに唾をごくりと飲むと目の前にある学校内でもひと際豪華な扉をそっと開き中へと入る。
客用のソファにテーブル、たくさんの書籍が並ぶ本棚。そしてその先にある校長の机には校長と冬海、そして一人の生徒が立っていた。
「あ…あの話ってなんですか?」
「急な話になりますが心して聞いてください。」
「は、はい……」
「今週、我が校雷門中サッカー部は……」
「練習試合をすることとなりました。」
「へ?」
冬海の言葉に思わず円堂は気の抜けた声を出す。
てっきり廃部の話だと思っていたのだから致し方無いことだろう。
またも咳払いによって現実へと引き戻された円堂は試合が出来るという現実に嬉しさを噛みしめていた。
「試合…!試合が出来るんだ……! 試合はどことやるんですか!?」
「浮き沈みが激しいですね君は……。相手は『帝国学園』です。」
「『帝国』!? 最強と言われるあの『帝国学園』ですか!?」
「そうとも!この40年間無敗の日本一のチームだよ!」
「どうでしょう?すごいでしょう?」
「そりゃもちろん凄いし嬉しいんですけど……」
雷門中サッカー部の部員は11人に満たない。
現状のままではそもそもゲームが成り立たないのだ。
円堂がそのことを校長らに伝えると後ろに立つ生徒がこちらに振り返り口を開いた。
「足りないのなら集めればいいじゃない。」
「え?」
「集められない場合、或いは試合に勝てなかった場合サッカー部は廃部。これは決定事項よ。」
「なにィ…!」
「円堂君! 彼女は理事長の娘。理事長から学校を任されている以上彼女の言葉は理事長の言葉と同じだ。」
「そういうこと。わかったかしら?」
「む、ムムム……!!」
「えぇぇぇ!!??帝国と試合!!??」
「試合って嘘でやんしょ……」
「無理絶好無理。」
「この部室ともおさらばっスね…」
所変わって雷門サッカー部部室。
帝国との試合を告げられた部員らはそれぞれ絶望や諦念の表情を浮かべたりと試合前から重たい空気が漂っていた。
「やるぞ皆! 絶対廃部になんかさせてたまるか!」
「そうは言っても円堂。試合のための人数がそもそも足らねぇじゃねぇか。当てでもあるのかよ。」
「あるさ! 二人も!!」
「それじゃ足らねぇよ……」
胸を張って言う円堂に染岡は頭を抱え呆れながらそう呟く。
当ての二人を足しても部員は9人。残り二人の枠を埋めるべく雷門中サッカー部(主に円堂)の奔走が始まった。
「どうだサッカー部! 楽しいぜ!」
「サッカー部まだあったのか……」
「どうよサッカー!」
「弱小サッカー部に入るなんてダサいダサい……」
「風丸はどうだ? お前だったら最速のプレイヤーになれるよ。」
「サッカーねぇ……」
「河川敷で練習してるから気が向いたらいつでも来てくれよな!」
朝、昼、放課後。暇さえあれば部員募集の看板を掲げ校内を走り回り誰是かまわず声をかける。
他の部活にまで声をかけたにも関わらず誰一人として入部してくれた人はいない。
唯一「最後の一人だったらいいよ。」とか言うメガネをかけた男子がいたがあまり当てにしない方が良い……そう思うと余計に厳しい現状にため息を吐くしかなかった。
「はぁ……誰も入ってくれないなぁ。」
「円堂君! 誰か希望してくれた人いた?」
「ううん……そっちはどうだ?」
「こっちもダメ。サッカーに興味はあっても帝国相手だと……って人が多いみたい。」
「そっか……」
放課後の教室で夕焼けが差す中、円堂は肩を落とし窓にもたれかかる。
わかっていた答えだが一人もいないというのは円堂にとってもかなりダメージだった。
「それでどう? 頼みの綱の二人は。」
「そっちもダメだ。豪炎寺は校舎内で全然会わないし会っても逃げられちゃうんだよなぁ。」
「それじゃあ……翼君は?」
木野の言葉に円堂はここ数日で起きたことを思い出す。
翼はサッカーが大好きということは既にわかりきったことであり、サッカー部に間違いなく入ってくれると考えていた。
周りもそのことを妨げようとする者はいなかったはず……だが初日の体育、そのたった一授業で彼の存在は一躍有名になってしまったのだ。
その日は様々なスポーツを行うといういわばレクリエーションのようなものだったのだが翼はどのスポーツにおいても著しい活躍を残してしまったのだ。
その実力は正に即戦力級。それでいてまだ部活には所属していないともなればどの部活からも引く手数多なのだ。
スカウトは止むところを知らず、休み時間声を掛けようにもチャイムと同時にまさに授業を受けて無いんじゃないかと言うほどのスピードで翼の周りは人であふれかえってしまうため初日以来まともに話せていないのである。
「翼はきっとサッカー部には入ってくれると思う。けどそれまでに部活が廃部になっちゃ意味が無い。なんとしてでも試合に出て帝国に勝つんだ!」
「…そうだね!出来るよ、きっと。」
「そのためにも今から特訓だ!鉄塔行ってくるよ!」
部員は不足、技術の差もきっとある。
けどそれでも勝たなきゃいけない。
木野にそう告げ校舎から飛び出した円堂はあかね色の空の下を駆けていった。