【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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中距離は一旦捨てよう

 

 6月中旬。宝塚記念を間近に控えた時期だが、身近なウマ娘で出走することになっているのはマックイーンとライアン先輩だけなので、今のところチームや個人としてはそれほど関係があるわけではない。

 特にぼくは、もう痛みはまるっきり消えたとはいえまだリハビリ期間だ。医師の指導のもとトレーニングは再開しつつあるが……まあ、本格的なものはしばらくできないだろう。

 そんな初夏のある日のこと。ぼくはカフェテリアにネイチャから呼び出しを受けていた。

 ここ最近呼び出し多いな。

 

「それで、用件は――だいたい察しはつくけど」

「つくんだ」

「この時期だしね」

 

 若駒ステークスで好成績を残したネイチャだが、その後トレーニングのしすぎで骨膜炎(シンスプリント)を発症。皐月賞とダービーに出走はできなかった。

 しかしながら、実力そのものの高さは証明されている。夏のトレーニング次第では、いわゆる「夏の上がりウマ娘」*1として菊花賞に出走できる程度の地力はあるんじゃないかな……とも思う。

 さて。

 

「……で、何で皆来るかな」

「その方が効率が良いかと思いまして」

 

 今回も、やってきたのはネイチャにターボ、イクノにタンホイザのチームカノープス(何やかやで全員入部した)の誇る主力四名だ。

 まあ主力というか将来性に期待してる面が多いとは思うけど……そこは一旦置いとこう。

 

「ネイチャはテイオー対策でいいんだよね」

「……うん、菊花賞でぶつかる……ようにするから」

「ターボは?」

「菊花賞でテイオーに勝ちたい!!」

「そうだね。まずは勝ち上がりを優先しようか。イクノは?」

「トウカイテイオーに勝ちたいですね」

「シニア級でしょイクノ!? まだやる機会無いじゃん……タンホイザは?」

「トウカイテイオーに勝つよぉ!」

「デビュー前じゃん!!」

 

 ダメだ。なんか変なギャグ空間的なものに巻き込まれてる。

 いや言ってること自体は別におかしなことでもないんだけど……それこそ、テイオーに勝つくらいの意気込みでいるということなら気持ちも理解できる。ぼくだっていざやるなら常に勝つつもりでいるから、気持ちは同じだし。

 しかし、デビュー前のタンホイザはまずメイクデビューを制するところから考えるべきではある。

 四人ともノリで発言してるでしょ今。

 

「で……テイオーか……」

「すっごい悩んでるね」

「悩むよー」

 

 ネイチャとターボに関して言うなら、次やるのは菊花賞。以降は中長距離の路線でぶつかるだろう。

 イクノとタンホイザがテイオーと当たる可能性があるとしたら、シニア級の……春三冠と秋三冠。少なくとも短距離からマイルで当たることはまず無い。

 対してイクノの適正距離は、ここまでの勝ちレースから考えるとおおむね短距離~中距離……いや適性広いな。

 となると必然的に中距離戦を想定しないといけないわけだけど、テイオー相手に中距離戦はあまりにも分が悪い。引きずり出せる最短距離で想定できるのは、恐らく1800mが限度……大阪杯のステップで中山記念、秋の天皇賞のステップで毎日王冠があるから想定できないわけではないが……どっちもステップ競走としては2000m以上のレースが他にある。わざわざそっちを選ぶ理由が無いんだよな。

 2000か……2000なあ……。

 ……よし、中距離は一旦捨てよう!

 

「とりあえず長距離想定でいい?」

「アタシはそれでいいけど、イクノもそれでオッケー?」

「構いませんよ」

「じゃあ長距離を前提に考えるけど……多分、テイオー自身の適正距離は……3000までは無いと思う」

「無い……かなぁ?」

「ダービー見る限り、多少の余裕はあると思う。けど、それでも多分もうちょっと距離を伸ばしたら無理が出る」

 

 十全に能力を発揮できる限度は、2800くらいだろうか。あくまで他のウマ娘も色々見てきた上で、比較するとおおよそこのくらいだろうという推定だけど。

 クラシック級はフィジカルで勝ちきれる範囲だと思う。ただ、それ以降は厳しい部分があるだろう。

 

「その点で言うなら今のところ一番勝ちの目があるのは……多分ターボ」

「えっ!?」

「おぉー。ターボすごい」

「ターボすごい!?」

 

 実際すごい。

 大逃げを貫徹できるひとは少ない。それで勝てるひともだ。スズカ先輩は間違いなく異質だが、ターボも一歩踏み込めばそこにたどり着く資質が確かにある。

 普通のウマ娘なら、周りからの勧めや指摘でスタンスを変えることもある。それが勝ちに繋がる可能性があるなら尚更だ。本能的に勝ちを求める傾向にあるウマ娘は基本、トレーナーさんに「こうした方が勝てる」とアドバイスを受けると素直に受け入れる傾向がある。

 それでも揺るがず、これと定めたものを武器として磨き続けるのは、良くも悪くもひとつの強さだ。

 

「今のスタミナとしてはマイルが適正なんだろうけど、2000でも勝ってるから中距離以上でもダメってわけじゃない。あとは、駆け引きができるなら……」

「いきなり難しい注文が来たね」

「さもなきゃ3000逃げ切るだけのスタミナを身につけるか」

「もっと難しいよぉ……」

「そうだね。でも菊花賞ってそういう舞台だから」

 

 ただでさえ一流どころが集まるG1、中でも菊花賞は「最も強いウマ娘が勝つ」とまで言われる通り、フィジカル面に自信を持つ強豪が集う。

 それこそ、夏の間に成長して勝ち上がってきたような隠れた逸材もそうだし、ダービーを経て菊花賞に出ることを決めたようなひとも、長距離に対応できるという自信があるはずだ。それを突き崩すのは容易なことじゃない。

 大逃げは、大逃げというだけでレース展開を壊せる可能性を秘めているが、展開が壊れるだけで勝ちに繋がるわけではない。むしろ、大逃げした本人は早々に沈むまでありうる。

 単なるスタミナのみならず、思考力や精神力、何より天候などの運が――運こそが!*2揃ってはじめてレースになると言っても過言ではない。

 

「場数を踏むのはいかがですか? 実戦の場でこそつかめるものもあります」

「イクノらしい意見だけど、それもちょっと難しいんだよね。何せ長距離レース滅多に無いから。それに――」

「ストライプ、なんか否定ばっかりでつまんない!」

「こらターボ」

「ううん、ごもっともな意見だよ」

 

 可能、不可能を明確化してから実践に移るというのはぼくの基本スタンスだ――が、わざわざ思考の流れを他人に明かしたりしないので行動が唐突に映ったりする――けど、こういう作業が肌に合わない人がいるのは当然のこと。

 うちのチームだと、トレーナーさんとかシャカール先輩とか、議論を始めるとすぐ乗ってくれる人が多いから忘れがちではあるんだよね。

 

「じゃあ、ターボもこう言ってることだし、早速実践に移ろうか」

「実践って……何するの?」

「ぼくもそろそろ走っときたいから併せを少し」

「ストライプと勝負!?」

「勝負じゃないでしょ」

「勝負でもいいよ。むしろそのつもりの方が、もっと菊花賞実戦を想定したトレーニングになるだろうしね」

 

 勘を養うというのはそういうものだ。

 デビュー前のタンホイザはそこまですると脚を壊すからほどほどにするとして、リハビリとしてなら、クラシック級のネイチャとターボ、シニア級だが長距離は適性外のイクノが相手でちょうどいい感じかな。

 それじゃあ――。

 

「皆には今から3000mの距離感覚を肌で覚えてもらうよ」

 

 ネイチャの顔が露骨に青くなった。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 2時間後。コースの上は死屍累々の惨状だった。

 ターボは途中で逆噴射。ネイチャはゴールと同時に倒れ込み、イクノはバテバテでラチにもたれかかっている。タンホイザは2000m目標ということで1000m時点で途中参加だが、ターボと一緒に目を回している。

 とりあえず全員リヤカーに乗せてコース外に連れ出した。

 チームでコースを占有している時間帯ではない今、他の子も順番待ちしている。用事が終わったら退散がトレセン生のマナーだ。

 

「動き理解した?」

「理解できるかっ!」

 

 今のぼくはここ一ヶ月のブランクがある上にまだ大してリハビリも進んでない。維持のためにある程度のトレーニングは欠かしてないけど、実質、現状はクラシック級の頃のような能力だと思う。

 まあ2、3回走っただけでは3000mを走る時の動きが分からないというのも仕方ないと言えば仕方ない。

 

「じゃ、もう一走」

「待って。本当に待って。せめてあと30分……」

 

 そこから皆が喋れる程度に回復するまで、10分ほどの時間を要した。

 

「めっちゃ潰す気で走るじゃんストライプ……」

「そうでもな……ん……ないよ?」

「あ、今言い淀んだ!」

 

 まあ……うん……実際足技は使ってたし、否定しきれない状態に追い込んではいる。

 ただ、これに対応できないなら本当に負ける可能性は高くなってしまう。

 

「今はちょっとした策を交えながら走るのがトレンドでしょ? 例えばテイオー自身はフィジカル一本で勝負しに来るとしても、他の走者のうち何人かは確実にペース崩そうとしてくるよ」

「……自分たちだけが策を使うわけじゃないってワケね」

 

 テイオーは強い。よって三冠の阻止を目的として皆対策を練ってくるのは間違いないが、忘れちゃいけないのは対策しているのは自分たちだけではないということだ。

 トゥインクルシリーズは一対一(マッチレース)ではない。複数名のウマ娘の思惑や信念が絡んで初めて「レース」になるんだ。

 例えば、ぼくは常套手段として、ターボのようなウマ娘を後ろからつついてペースを上げさせることが多い。しかし、ぼくがそう考えるなら、同じように考えて他人のペースを上げようと画策するウマ娘は必ずいるだろう。そうやって複数人が策を弄すれば、勘付かれて逆にペースを下げることが……。

 …………ターボがペースを下げる……?

 事例として不適切だな。スカーレットを例に上げよ……いやスカーレットが引くか……?

 アイネス先輩とパーマー先輩は根性で逃げ切り狙い……マルゼン先輩は根本的な速度違いだから結果論……ファル子先輩はスズカ先輩と同タイプだから引く余地がない……

 どうしよう。知ってる逃げウマ娘がペースを上げる姿しか思い浮かばない。スカイ先輩なら退くのも含めて作戦を読み切るだろうが……。

 

 ……ともかく、一般論として、複数人がペースアップを画策していると勘付けば、逃げウマ娘はそれに対応してある程度速度を調整してくるのが普通だ。

 が、言葉で伝えるだけでは「そういうものなのか」で終わってしまう。実感の伴わない知識というのはハリボテ同然だろう。なので、ここで一度「ペースが上がって脚が潰れる」という確かな経験を積んでもらう。本番のレースのように本気で潰す気は無いにしろ、その半歩手前くらいは味わってもらわないとトレーニングの意味がない。

 

「だからペースを崩されるのも潰されるのも一度経験してもらいたい。こういうことがあった、って経験があればそれだけで視野が広がるからね」

「だからって本気でやるかなフツー!」

「本気だと思う?」

「…………本気じゃないの?」

「本気でやってもいいよ」

「ゴメン、今はいい」

 

 「今は」ってことはいずれ本気のぼくとやる気はあるということになる。

 楽しみだ。

 

「いやぁ、それにしてもトラちゃんの求める水準は高いなぁ。もっと頑張らないと」

「まあ……目標が高いならそれに合わせないとだしね。ただでさえ、長距離の経験値って点だとチームスピカに勝てるチームはそれほど多くないんだし」

「そんなにだっけ?」

「マックイーンとゴルシ先輩が菊花賞と春の天皇賞を勝ってるし、スペ先輩は天皇賞春秋連覇でしょ。ステイヤーが強いよあのチーム」

 

 既に長距離戦を制しているウマ娘には、それ相応のノウハウが蓄積されている。そうした先達がいるチームは、後に続く世代に併走などを通じてノウハウを継承していくことができることだろう。

 ベテルギウスでも、ぼくはスカイ先輩から色々教わっているし、ぼくはハヤヒデ先輩に色々と教えている。そうやって、チームとしてある種の継承のラインが構築されているのが理想ではあるが……その点で考えると、カノープスは少し長距離に弱いかもしれない。

 

「カノープスの場合……どっちかって言うと南坂トレーナー、マイルと中距離寄りの指導が多いでしょ?」

「なぜ知っているんですか?」

「うち主要なチームはデータ揃えてるから。あと、ぼくトレーナー寮の前に屋台出してることがあるからそれで話聞くことがあって」

「時々夜にいなくなってるのそれか!」

 

 ちなみに売れ筋はお茶漬けと甘い卵焼きをセットにした夜食定食(300円)だ。次いでにゅうめん*3がよく出る。

 条例の兼ね合いもあるので、万一のことも考えてぼくは基本22時までには退散するが、それでも有益な話を聞く機会は多い。

 さりげない日常会話からでも情報を得られることがあるし、週一程度の頻度でしか寮の夜間外出許可が出ないが、何かと重宝している。

 近年のレース傾向から考えても、長距離路線をあまり重要視していないと語るトレーナーは多い。長距離レース自体が縮小傾向なのもある。時代の流れというものだろう。対して短距離路線が苦手なトレーナーも中にはいる。チームスピカのトレーナーさんなどがそうだ。あっちはあっちで特異な才能が必要な面もあるので、致し方ない部分はあるだろうが。

 

「――というわけで、まずはチームスピカに負けない程度の長距離の場数を踏まないとね」

「お、お手柔らかに……」

 

 ここで「やらない」という選択肢が無いネイチャがぼくは大好きです。

 

 

 

*1
何らかの要因で急速に力をつけた結果、怒涛の勢いで昇給してG1などの重賞で結果を残したものを言う。

*2
トラウマ。

*3
暖かい出汁で煮たそうめん。

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