フランス語でやり取りをしている場面ではフォントを変更して対応しています。予めご了承下さい。
『何を負けていますの!?!?!?』
「耳が痛い!」
二重の意味で。
フォワ賞を終えた翌朝のこと。鬼電に耐えかねて取った電話からは、マックイーンのそんな怒号が発せられることになった。
同室で眠っていたトレーナーさんが何だ何だと起きかけるが、ぼくが一旦移動して、そのまま眠ってもらうことにした。耳出てるし。時刻は午前6時前。多分こちらが起きている時間を見計らおう……として先走ったのだろう。
フォワ賞は、ぼくは残念ながら2着に終わった。あれだけ激戦を繰り広げたマックイーンとしては、ライバルがここで負けるという事実が腹に据えかねたに違いない。ぼくもマックイーンがG2で負けたら多分煽りに行くと思う。気にするなという意味も含めて。
しかし、海外初挑戦で2着なら上出来じゃないだろうか。そりゃあタイキ先輩とか海外で即1着取ってるし、エル先輩……は厳密には海外初戦は2着だったけど、長く海外に滞在して環境に慣らすという意味では成功してたのでこれも上出来の範疇。ただ、ぼくはそういう総合力の暴力で攻められるほどのものは無い。……少なくとも2400mでは。
カドラン賞の前哨戦として扱われることの多いグラディアトゥール賞*1に出なかったのは、この環境下でどれだけやれるかの確認の意味合いもある。やっぱり中距離が走れるとだいぶ違うし。
もっとも、環境の違いや様子見の色合いが強いことから
「一応言い訳させてもらっていい?」
『聞きましょう』
「自慢じゃないけど――自慢に聞こえるかもしれないけど、ぼくって結構知名度高いよね。国内外問わず」
『ええ、世界初の縞毛G1ウマ娘ですものね』
「うん。でも戦法に興味があるひとは思ったより少ないんだよ」
『……そうなんですの?』
「マックイーンもさ、海外で有名なウマ娘のことは知ってるだろうけど、脚質とかは知らないな……ってこと無い?」
『言われてみれば……』
例えばぼくも今すぐモンジューとかディジュール*2の脚質とか聞かれても、一度調べてみないと分からないと思う。
……まあ、海外、特に欧州の強いウマ娘なら十中八九先行から差しなんだけど。
「だからぼくのことは皆『海外で有名なヤツ』程度の扱いで、作戦に対する警戒が無いんだよ。おかげで全部空回り」
『でしたら、あなたの実力は半減もいいところでしょうね……』
「オマケに今回は誘いをかけるために逃げたんだけどこれがまあ良くなかった」
『誰も乗ってこなかったとか?』
「うん。全然誰も全く乗ってこないからただのペース走にしかならなかった」
加えてバ場も日本よりスピードが出ない。それ自体はいいんだけど、海外選手の情報ってあんまり無いせいか色々読み違えるんだよね。末脚とか。
「完全にラビット代わりになっちゃってるんだよね」
『ラビット……ええと、確か、レースのペースを作るために出走する逃げウマ娘……でしたわよね』
「複雑そうだね」
『日本では馴染みのない風習ですもの。何より、勝つために走るのではない……という点が』
「まあ、その辺はね。海外と日本じゃルールも考え方も色々違うし……」
言って、少し考える。――本当にそうだろうか。
ルールが違うのはその通りなんだ。その辺はざっと見たから分かってる。
けど、個々人の気持ちはどうだろう。中にはそりゃあ走ることに対して意義を感じられないひともいるだろうが、トゥインクルシリーズに出ているからには走ることが嫌いなひとがいるとは、あまり思いたくない。
……他のウマ娘を勝たせるためだけに走るのは……ぼくは正直無理だ。だから欧州のトレセン学園は選ばなかった側面もあるし。
ともかく。
「今回は規則正しいペースで走り続けちゃうのがまずかった。完全にペースメーカー状態で、あっちの環境だと差すのに絶好のターゲットになっちゃったんだよ。G2でラビット出てきてないし……」
『なるほど、それだけ不利な要素が……あるにしても、あなたの走りなら他を置き去りにするのは難しくなかったでしょう?』
「1着がモンジューだった」
『な、なるほど……』
イカれた速度で上がってくんのあのひと。
既にG1を6勝してるのは伊達じゃあなかった。この上、エル先輩やスペ先輩とバリバリに張り合ってた時はあれでクラシック級……つまりぼくの同期だって言うんだから驚きだ。
ともかく、見た感じマックイーンも随分冷静になったらしい。モンジューの強さはよく理解していると見える。まあ、スペ先輩と同じチームだし、ジャパンカップで見たしね。そりゃそうだ。
『モンジューさんと走ってみていかがでした?』
「クソ
『もっと具体的に』
「流石に去年の凱旋門賞ウマ娘だね。キレも凄いし涼しい顔してあのその辺の原っぱみたいなロンシャン駆け抜けてんの、もう圧倒的だよ」
『なるほど……?』
「つまりはいつも通りってこと」
もし次やるなら全力で対策打って勝機引きずり出す。戦力差があるなんていつものことなんだから。
10回に1回しか勝てない相手でもその1回を本番で持ってくればいい。
ちなみに、ウイニングライブの打ち合わせなんかの時にモンジュー本人とは話したけど、レース中のビリッと来るような威圧感や獰猛さ、激しい走りとは裏腹に、レースを離れると涼やかで気さくなひとだった。連絡先も交換したりして。ふへへのへ。
『調子が変わらないようで安心いたしましたわ』
「だいいち、怪我明けの第一戦でモンジュー相手に2着なら上出来じゃない?」
『日本にいるファンは勝つのを期待していたようですけれど』
「言っとくけどぼくだって勝てるもんなら勝ちたかったわい」
『でしょうね。それで、カドラン賞に向けての調整は?』
「そっちはバッチリ。布石も打ったしね。次は
少なくとも今回のフォワ賞でぼくがモンジューと張り合えるだけの能力があることは示せた。確実にこちらに注目が向くことだろう。
そうなればようやく心理戦に入る目が出る。そしていざ心理戦に入ってしまえばこちらのもの。ひとりハメられれば連鎖的に全員ハメることができるし、勝率も大きく上がる。
カドラン賞本番は、グラディアトゥール賞を勝ち上がってきたウマ娘が出てくる。フランス三冠は、現在のところ日本で言う菊花賞のような長距離レースが無い*3ため、カドラン賞やその関連レースに出走して初めて重賞を勝ち抜くことになるような隠れた強豪も必ずいることだろう。
本当の情報戦はここからだ。
不安半分、高揚半分でぼくは軽く笑ってみせた。
・・・≠・・・
フォワ賞を終えた直後ということと、凱旋門賞やカドラン賞に出走するに当たっての事前インタビューなどが控えていることも鑑みて、今日のトレーニングは軽く流して終わった。
流石にトレーナーさんもモンジューにエンカウントしたのはもはや事故のようなものと割り切ってくれたのか、先のレースについて大きく触れてくることは無かった。次やれば勝つ可能性が多少なりともあるとお互い理解しているのもあるし、今すぐ当たるわけじゃない相手の対策を練るのもどうだろうと考えているのもある。
ともあれ、今日はそんな感じで適度に流すに留まったのだけど、その最中にふと視線を感じた。
視線を送られるのは珍しいことでもない。ぼくもミークも毛色からして珍しい上にG1をいくつか制覇している身だ。この程度ならよくあることなのだが、視線の主を探してみれば、珍しいことにミークと同じ白毛のウマ娘だった。
目測、だいたいぼくと同じくらいだから(自分を基準にすると露骨に背の低さが際立つから嫌だけど)小学生だろうか。普段ののんびりしていて穏やかなミークとは対照的に、ツリ目でどことなく鋭さを感じる雰囲気を纏っている。剣呑……というのは少し違うか。どことなく、焦りのような苛立ちのようなものを感じる。
コースに入ってきていることから、彼女もこのトレーニングコースの利用者なのは分かるのだが、ひとりでというのは珍しい。あの年頃の子供なら、友達と一緒に走るのが一番楽しい頃合いだろうからだ。保護者くらいは近くにいるのかもしれないが。
なんとなくその様子が気になり、珍しい毛色という共通点もあってぼくはその子にそれとなく声をかけていた。
「やあ。ずっとこっち見てたけど、なにか用?」
かがんで視線を合わせる――必要がないのが悲しい。
最初からかち合っている視線が交錯すると、急に声をかけられたことで焦ったのだろうか。女の子は大粒の汗を流してしばらくまばたきを返した。
少しして、意を決したように身を乗り出すと、二枚の薄い板状のものを差し出して話を切り出した。
「あの」
「はい」
「サインをくださいませ」
「うん。……うん?」
――どうやら、異国の地でできたファンらしい。
フランス語は日常会話程度にはできるようになっている。通訳代わりになりながらミークと一緒にサインをしてしばらく、ようやく緊張が落ち着いたのか、女の子は汗を拭きながら事情を語った。
曰く、先日のフォワ賞で、自分と同じく異質な毛色のウマ娘がふたり、あのモンジューとやりあって良いところまで競り合った挙げ句に2着3着の大健闘。この結果は、未だ白毛ウマ娘に対してレース向きではない、という偏見が強かった彼女の周囲の認識を改めさせたとのことだ。そうしてぜひともその張本人と会ってみたいと思った……らしい。
こういう方面のファン珍しくって情緒こわれる。うひょほほほ。
……インタビューはしばらく後なので、まだ十分時間はある。トレーナーさんたちにも時間になったら伝えるということで許可が貰えたので、今度はこちらから切り出してみることにした。
「何かぼくらに聞きたいことがあって来たんじゃないのかな?」
「いえ、そのような不躾なことは……」
「でも、ただサイン貰いに来たってだけにしては緊張しすぎじゃない?」
単にサインを貰いに来たミーハーで行動力にあふれている子というだけなら、あんなに汗はかかない。
それならレース場でもいいだろうし、機会は他にいくらでもある。その場に腰を落ち着けて答えを待っていると、女の子はためらいがちに口を開いた。
「……
「体質?」
「体温が非常に上がりやすく……そのせいで体力の消耗が激しくて」
ほーん。
なるほど、基礎代謝が異常に高いわけだ。やたら汗が出てるのも体温を下げるためか。結果、汗が出る量が多くて体力がガンガン削れてしまう……と。
「まず認識を改めよう。体温が上がりやすいということは、基礎代謝が良い……それだけ筋肉の密度が優れているってことなんだ。他のひとより、よくお腹がすくことない?」
「そんなこと! ……ま、まあ、多少は」
「それだけ体が栄養を必要としてるんだよ。よく食べてスタミナをつければ、それは途端に利点に変わる。他のひとよりも速く走れるようになる」
それこそオグリ先輩やスペ先輩みたいなものだ。あちらは根本的なエンジン……心臓の機能が優れているからという点もあるだろうけど、ウマ娘の中でも特によく食べるひとというのは、それだけ体がフルに働いて栄養を欲しているということだ。十全なパフォーマンスを維持するには当然それなりの食事を取らなければならない。
いわゆるミオスタチン関連筋肉肥大*4……とまでは言わないけど、近しい状態になっていることは容易に想像がつく。あとは根本的なスタミナをつけさえすれば、ともすると三冠すら夢じゃないほどの実力者になれるはずだ。
「君さえ良ければトレーニング見ようか?」
「本当ですか!?」
「空いてる時間にね。君、名前は?」
「はい。ピンクフェロモンと申します!」
「ほおおおおおおおおおおぉぉ」
「!?」
「!?」
想定外のところから来た衝撃でぼくの脳が打ち砕かれる音がした。
○ピンクフェロモン
出せないと言ったな?
アレは嘘だ。
(※どうにか落とし込み所を見つけ出せたので出演させました。そこまで話が続くわけではありませんが、想定はキタサン世代です。)