【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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偵察や潜入が趣味なのでは

 

 

 運命的な何かを感じると思ったら同郷(JWC産駒)だった。

 衝撃でその日の記憶が全部飛んだ(すっぽんぽーんした)が、よく思い返せばなるほど、それらしい部分は多かった。

 フランスだし、白毛だし、三冠も夢じゃないくらいのポテンシャルを秘めているし、暑がりで汗っかきでちょっと走ったら上着脱ぐし。見抜けなかった、この視力11.0*1の眼をもってしても!*2

 

「不思議な気分だなぁ」

「たしかに」

 

 ぽつりとこぼしたつぶやきがミークに拾われたが、多分お互いが思ってることはだいぶ食い違ってると思う。

 ピンクフェロモン判明から一夜明けて、充分に休息が取れたところでトレーニングの強度は徐々に戻ってきた。ピンクフェロモンは今日もやってきている。

 少しだけ視線を移せば、汗だくになりながらも熱心に基礎トレに励む姿があった。異常上昇する体温と戦いながらになるため、休憩の頻度こそ多いがやはり素晴らしい身体能力があることが分かる。大人げない話だけど、少し嫉妬してしまうくらいにパワーもスピードも優れている。ただ思うままに走るだけでも、「それなり」では済まないほどの結果が得られることだろう。

 人の言うことも素直に聞き入れて咀嚼し、血肉に変える度量と素直さもある。

 これ本当にあのピンクフェロモン? この子がムンムンしてすっぽんぽーん! になるの? いや確かに(高熱にうなされて)ムンムンしてるし(暑くて)すっぽんぽんになりかねんとは思うけど。

 

(少し冷静に考えよう)

 

 そもそも論として、鞍上ソウルの発現には個人差がある上にそこまで強く表出するものではない。

 ぼくはとりわけ強く出てる方だとは思うが、それ以外の面々に関してはそんなでもなかったりするのだ。影響が強いのは国籍くらいのものだろうか。

 トレーナーさんはちょっと例外的に語るべきじゃない*3が、今のとこ、ぼくが見た中で人格に大きな影響を受けているひとはさほど多くないと思う。ドーナッツ先輩が悪童なくらいだが、それだって元々「ピーピードーナッツ」が素で八艘飛びしてるのを踏まえて考えると、そこまで含めて元来の性格だと思える。

 

 ピンクフェロモンに話を戻そう。彼女――もっと言うとモデルになった「ピンクフェロモン」についてだが、実のところ映像からイメージするほどトンチキなキワモノというわけではない。全裸(すっぽんぽーん)にはなるが。

 しかし二足歩行(スシウォーク)するわけでもなく、斜行上等な掟破りの地元走り(だこううんてん)するわけでもないしバイクにも乗らない。胴も伸びないし跳躍しないし勿論カワリミ・ジツを自在に使いこなすわけでもない。

 じゃあ何が特異(アブノーマル)なのかと言うと、鞍上のゾラ姉妹だ。やたら長いムチを振り回すし*4鞍の上で立ち上がるし他の騎手をコントロールするし、ビジュアル的に倫理的に問題があるとすればどっちかと言うと馬の方じゃなくて騎手の方だ。

 ちなみにこの辺「サバンナストライプ」にも同じことが言える。サンコンさんがなんか色々やってるだけで、あの(シマ)ウマ自身は何も特殊な能力を使わずに普通に差し切っているからだ。

 本質的にロバであるぼくとはまた別枠だが、本人(馬)は真面目に走っているだけという点で、実はぼくらは似た者同士であると言える。

 

 閑話休題。

 

 さて、ぼくらがトレーニングに精を出している一方、ピンクフェロモンのトレーニングも見よう見まねながらもなかなか堂に入ったものになっていた。

 我らが日本トレセンが誇る才媛2名はと言うと、反応はそれぞれ対照的だった。

 桐生院トレーナーは微笑ましげな表情で見守っている一方で、利紗トレーナーは瞳を爛々と輝かせている。いやあれ物理的に輝いてるな。さてはタキオン先輩の薬飲んでるな、海外の環境だとどう効くかの実験がてらに。

 ともかく、これはアレだ。自分を超えるかもしれない逸材を見つけた元選手の目だ。

 

「ストライプ、トレーニング内容は頭に入っていますね?」

「うい、どうぞ」

「話が早くて助かります」

 

 ウッキウキやんあの日本トゥインクルシリーズ界のレジェンド。

 そういやぼくを勧誘に来たのもトレーナーさんだったな。運命的な何かを感じたのもあるかもしれないけど、元チーフと比べて採用基準が攻め攻めで能力が一方向に特化してるウマ娘に惹かれやすいんだろう。視点がどうやっても元選手だから、総合力の怪物としか言いようのない自分自身(ギンシャリボーイ)に勝つには能力的に特化してる方がいいという観点だろう。

 ミークに目を向けると……少し不満顔だ。何か不満に思う要素あったっけ?

 

「どうしたのミーク?」

「同じ白毛だから、トレーナーにもスカウトしてほしかった……」

「あー……ははは……」

 

 愛想笑いでお茶を濁す。同じ白毛がほとんどいないという気持ちはわかるけど、よそのチームの所属であるぼくが何か言うのは違うだろうし。

 ただ、桐生院トレーナーは今現在マンツーマンでの指導を主にしており、チームとしての指導ノウハウが十全にあるとは言い難い。まずはミークを育てきってからと考えるのはごく自然なことだろう。

 対して、うちのトレーナーは早くからチームトレーナーとして教育を受けている。前提から違うんだから仕方がない。

 

「後輩が入ってくるのは嬉しい……?」

「んー……どうだろ。入ってきてくれたら嬉しいけど、まず日本に来るとは考え辛いし」

 

 いくら運命的な何かを感じ取ったとしても、わざわざ日本に来るだろうか?

 レースの格式は欧州の方が上だ。賞金目的でもないとわざわざ日本に留学に来る必要も無いし。

 アメリカから日本にやってくるウマ娘は少なくないが、これはあちらが土ダートが主流だからという明確な理由がある。合わない土よりは砂や芝で走りたいと考えることはごく自然なはずだ。転居などの理由もあるので一概に言えることではないが……いずれにしても、ピンクフェロモンにはそうした理由が無いはずだ。

 身なりや言動から鑑みるに、どうにも彼女は裕福そうな家の生まれに見える。でなければ、思い立って即レース場の使用許可を取りに行くなんてしないだろう。レース場を借りるというのは思った以上にお金が要るし、手続きも子供ひとりでできるようなものではない。それだけ経済的な余裕があるのなら転居するとは到底思えない。

 ぼくらも白毛に対する偏見は払拭したけど、結局のとこそれだけだ。彼女の中での位置付けは「尊敬する諸先輩方のひとり」くらいのものだろう。モンジューに食らいついたことを評価されてこそいるけど、評価の主体はあくまでモンジューだ。基準点になっているウマ娘の方がはるかに比重が大きいのは間違いない。

 

 実際、トレーナーさんは丁重にお断りを食らっていた。例えばこれで現役時代のギンシャリボーイ(トレーナーさん)の走りを見ていい具合に憧れで脳が焼かれてたりしたらわからなかったけど……。

 

(全員が全員日本にいる必要も無いし)

 

 繋がりは持てたので問題ないだろう。もし将来ぼくがJWCを開催できたとしたらその時は招待するくらいのスタンスでいれば問題ないはずだ。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 フランスは移民が多いことでよく知られており、その割合は世界でも有数のものだという。

 政治的なアレコレはあるにはあるが、面倒なのでそこは触れないでおく。ともかくこうした環境ではぼくの外見というものはそこまで奇異には映らないようで、視線こそ送られてはいるがいつもほど注目を受けるわけではないのが印象的だった。

 

(変装が楽でいいや)

 

 自由時間を貰ったある日の午後、ぼくはフランストレセン学園の方に訪れていた。

 頭にウィッグを装着。耳にメンコを装着し尻尾を偽装して、あとはその辺で買った普段着に着替えるだけで潜入の準備は完了だ。

 フランスに縞毛は決して多くないため髪色を見られれば特定が容易いのだけど、ここを青鹿毛のウィッグなどに変えてしまえばそれだけで印象は薄れていく。ま、知り合いでもいない限りそうそうバレはしないだろう。

 カドラン賞は、世界から招致された強豪が出走しているが、そちらはぼくらと同じく外部のコースを借りなければならないわけなので、探せばすぐに見つかるのが良いところだ。

 問題は、フランス所属のウマ娘。こちらはデータが無いわけじゃないんだけど、実際のレースはほとんど見ることができていない。データに無い急激な成長は映像越しでは判別がし辛く、こればかりは自分の足でしっかりと偵察しておきたかった。

 偵察や潜入が趣味なのではと言われると否定しきれない自分もいる。

 

「ボディチェックよろしいですか?」

「どうぞ」

 

 守衛のウマ娘に身分証を見せ、ウィッグを取って本人証明をする。

 これだけでも驚かれたが、偵察目的だと言うと更に驚かれた。

 選手本人がそこまでやるか!? だそうな。ごもっともである。

 日本は主にぼくのせいで偵察や調査を「ここまでやってもいいのか」と基準がガバガバになってしまっているから、色々とゆるい(情報漏洩対策は緩くない)のだけど、対して欧州、特にイギリスやその影響が強いフランスなどでは、淑女のスポーツであり、正々堂々――基準やルールは日本とは異なる――と競うことや誇り、名誉といったものが尊ばれている状況がある。ぼくが好んで用いる手段に関してはどうしても首を傾げることになるひとが増えることだろう。

 あと、フランス……というか欧州は全体的に結構な数テロが起きてるので、迂闊に怪しげな行動をすると非常に危険だという点もある。

 

 ともかく、入り込むことにはなんとか成功した。

 見たところ、建築様式なんかは日本のトレセン学園とそう変わりないようだ。当たり前か。運営母体は各国提携して連携を怠らないようにしているのだし。それなりに特色というものは出るにしても、校舎の外見なんかに即反映されはしないだろう。

 すれ違う生徒の視線は、基本的に生温かい。初等教育(エコール)*5最中の学生が見学に来たと思っているのだろう。

 狙い通りだ。まさしくそういう立場を装って来た。

 状況的に仕方ないが、測定器具のようなものは今は手元にない。自分の目とメモだけが頼りだ。

 すれ違うひとと挨拶を交わしながら、コースを探す。本題はカドラン賞の対策だけど、凱旋門賞に出走するウマ娘もいるならそちらのデータも集めておきたい。ミークのためもあるし、今後ジャパンカップなどに出るなら、出走しに来日するかもしれないし。

 

(さてと、やってるかなー)

 

 うん、下調べした通り、ちょうど練習日だったようだ。チームのラビットらしきウマ娘を相手に差し切る練習をしているのが見受けられる。

 ……別にラビット自身も練度が低いわけじゃないんだよなぁ。だってそもそも、G1に出てこられる程度の戦績は積んでるわけだし。

 その辺も踏まえて作戦を立てないといけないのは、うん。確実に収穫だな。ちゃんと逃げられたらオープン戦くらいは勝てそうだし、G2クラスでもいいとこ行くはず。

 それだけに勿体ない。勝ちきれる能力もあるだろうに……本人が納得してるならぼくから何か言うのも違うかもしれないけど……。

 ああ、急にイギリス行こうとしてる妹のことが不安になり始めた。

 

(……今考えてもしょうがないか)

 

 ラビットのことも妹のことも、正直考えたところで今のぼくがどうもこうもしようがない。

 まずは偵察の本分を果たさないと。実際、差しに行ってるウマ娘の能力は素晴らしいものだ。結構長く走っていただろうに、最後まで伸び切るスタミナがあり、日本基準で考えると荒れ放題とも言えるあのバ場で押し切れるパワーもある。なかなか勝ちに恵まれなかったのは……中距離だともっと速いひとがいるからだろう。それこそモンジューとか。

 他のコースも見に行ってみれば、そちらも見事な走りを披露しているウマ娘の姿があった。

 いずれも感じるのは、パワー偏重ということか。やはりそういうバ場で走ることを前提としているだけあって、鍛える方向性も日本と全く異なる。例年感じることだけど、凱旋門賞はただ日本で強かったからどうにかなるというものでもなさそうだ。

 その点で考えると……ミークはどうなるかな。こちらはどちらかと言うと器用さであらゆる状況に対応しているという側面があるから、単にパワーが求められるとなると適応しきれるかどうか……。

 

「……少しいい?」

 

 ――日本語?

 不意に聞こえた声に思わず反応しそうになって止まる。が、よくよく聞けば聞き覚えがある声。

 あ、まさかと思うと同時、そのウマ娘がぼくの目の前に躍り出て怪訝そうに首をかしげた。

 

「――何をしているの? サバンナストライプ」

「……Bonjour(こんにちは)、モンジューさん」

 

 前年凱旋門賞の覇者。

 そして本年フォワ賞を制したことで当然ぼくとも()()()()()()()モンジューが、そこにいた。

 

 知り合いでもなきゃバレないとは言った。

 知り合いがいるという想定が漏れていた。

 

 

*1
諸説あり。

*2
視力は関係ない。

*3
実在騎手のため。

*4
現在海外競馬においてムチの連続使用は制限されているケースが多い。日本でも近年導入。第1回JWCのピンクフェロモンの勝ちパターン時は44回連続使用を確認。

*5
フランスにおける小学校。

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