あのモンジューが困惑している。
その事実になんとなく満足しそうになりかけたが、そもそもそういう思考自体が現実逃避の産物だと気付いてぼくは軽く半笑いを浮かべた。
もう笑うしかねえとも言う。
「どうして分かったんです?」
顔を覗き込んできた時も半ば確信を持っていたようだった。が、だからと言って付き合いが長いわけではない。彼女にバレた理由はよく分からないというのは正直なところだ。
一応、悪あがきとして応答はフランス語で行う。日本語を使ってると、周囲から見て違和感が強くなるだろうからもっと大勢にバレかねない。
そんなこちらの意図を理解してくれたのか、モンジューはすぐにフランス語での会話に切り替えてくれた。
「動きに拙さが無さすぎるし足取りに迷いも無い。なら、ただの
「はい」
「だからスペシャルウィークたちに確認を取ったら、『サバンナストライプはそういうことをする』と言われたんだ」
「はい……」
冷静に見極めて冷静に判断して冷静に正解を引き当てていらっしゃる。
そうだね。日本のウマ娘ならぼくのことよく知ってるね。だからって教えなくてもいいじゃんスペ先輩たち……。
「それで――その格好は……」
「好きでやってると思いますか?」
……いや、まあ、偵察のためにある程度装ってる部分はあるが。
あるが……それはそれとして、この身長だとそもそも女児向けの服くらいしか選びようが無いというのもある。日本における規格だと、レディースでもSSサイズは概ね145cm以上を目安としているからだ。
海外でもちゃんと合うサイズとなるとジュニアサイズくらいしか無い。なので不自然にならないようにするにはそれなりの格好をしなければならないのだった。さもなくばオーダーメイド。
とりあえずここではいつもの交渉カード「明言せずに相手に考えさせる」を発動。仕方なくやってるという雰囲気を出せば、あとは認知バイアスがかかって勝手にある程度こちらに都合の良い解釈をしてくれるという寸法よ。
ちなみにこの手は使いすぎると知り合い相手には通じなくなるので注意しよう。(n敗)
「それで? 偵察の方は上手くいったかな?」
「ええ、必要なものは見せてもらいました」
さて。こうなると少し方針を変更した方がいいかもしれないな。
偵察していると知られていない状態なら普通に偵察するだけで終えられたが、バレてしまったからには方針を切り替えるのがベターだろう。バレることを前提に布石を敷くのは、ぼくにとってはよくあることだ。
「そろそろティータイムですし、お茶でもしながら話でもどうですか?」
「そちらにもそういう風習はあるということ?」
「故郷では『いつでもティータイム』という言葉があるくらいなので」*1
――というわけで、ぼくらはふたりでフランストレセン学園のカフェテリアへ向かうことになった。
しかし、カフェテリア……と日本に合わせて言いはするが、その実態はどちらかと言うとレストランのそれに近い。流石、世界三大料理の一つに数えられるフランス料理の発祥地というものだ。
あ、いや、レストランじゃなくてこの場合は
モンジューはファンファーレというフレーバーティーを――絶対これレースのファンファーレを思い出して好きなんだろう――選んだ。ぼくは基本そんなに考えず、郷に入っては郷に従え的に*2適当なフレーバーティーを砂糖多めで頼んだ。
「偵察した感想はどうだった?」
「色々な違いが見えてきたのと……やっぱり皆さん強いですね。勝ち筋を作るのに苦労しそうです」
「あなたがそういうことを言う時は注意しろと教わっている」
そういうこと教えなくてもいいんですよマジで諸先輩方。ぼくの強みのひとつはちょっと情報伝達を密にされるだけで死ぬか弱さなんだぞ。
「いや事実そこまで速くないんですよ。見ての通り」
「私の目には青鹿毛のウマ娘しか見えないが?」
「ご存知の通り」
意地の悪いことを。
……変装してること忘れて発言したぼくにも責任の一端はあるけれども。
ともかく縞毛が速度を出せないことは一般的によく知られた事実だ。
「けれど勝っている。それもG1を3勝……」
「正確には2勝1分。次が本当の3勝目になる予定です」
「さっきの発言と違ってやけに強気のようだ」
「負ける気で挑むひとは誰もいないでしょう。それに、強さは必ずしも勝利の絶対条件ではない。伊達に史上最遅の皐月……あー……2000ギニーの勝者、なんて言われていませんよ」
「ほう?」
モンジューの目の色が変わった。
流石、言ってる意味も即理解するか。史上最遅と言われるほど遅いウマ娘が勝つほどレベルが低い、ではなく、
「お好きでしょう? こういう革命劇」
フランスは、その歴史から革命の国などと呼ばれることもある。現代でもストライキやデモが頻発している原因には、そういう背景があるからじゃないかと噂されることもあるが……そこまで詳しくないので明言はしないでおく。
しかし、まあそんな国に生まれ育ったこともあってかモンジューの根本にある反骨心も小さくはないらしい。気に入った、とでも言いたげに彼女は小さく笑った。
「――話は変わるが、今回あなたが最も注目しているのは誰?」
「結論が出せるほどの判断材料はまだありませんが」
「では私から一名、グラディアトゥール賞を勝った
「それは……まあ、確実に有力候補だとは思いますけど」
「何を隠そう、彼女は同期でね」
なるほど、贔屓目アリアリでガチで推しを示してるだけだわコレ。
正直分かる。ぼくも次の天皇賞(秋)、ステイヤーだから2000の短めな距離はどうか? と思いつつマックイーン推すだろうし。
いや何だかんだ中距離でも実力は十分発揮できるのは知ってるけど……推すってそういうことじゃないんだよ。実績の有無は関係なく応援するっていうか……話変わってるな。
「勿論、注意は向けさせてもらいますよ」
「そうか。フフフ……」
満足げだ……これも分からんでもないんだけど。
例えば同期の、G1でまだ結果を残せてないパーマー先輩が注目されてたりしたらぼくだって思わず満足げに後方で腕組みしてるかもしれないし。フフフ。
その後は至って和やかに話は進み、モンジュー直々に学園の案内を受けて解散となった。
……ぼくが偵察に行った、という話こそ広まったものの、高校生の分際で女児のようなスタイルでやってきた不審者がいるという話は広まらなかった。
武士の情け――地理的には騎士の情け?――というやつだろうか。ともかく足を向けて寝られなくなったことは事実だった。
朝、守衛さんとモンジューに向けフランストレセン学園方面を向いて平伏したせいで、起き出して来たトレーナーさんがめっちゃ不気味なものを見る目をしていた。
・・・≠・・・
「ッ、あぁぁっ!!」
「うん、いいね」
偵察からしばらく経って、数日後にカドラン賞を控えたある日のこと。ぼくらはピンクフェロモンとの併走に興じることとなった。
本人曰く、もう友人知人の大半には勝てたとのこと。ほんのひと月程度のことなのに凄まじい成長だ。
なので、この辺で一発へし折っておくことにした。
……まあ、正確には折ることを提案したのはトレーナーさんなのだが。
この年頃の子は基本的に自分の周囲の世界こそが全てだ。どうしても視野は狭く、友人に勝ちさえすれば何だか自分が最強になったような気になってしまう。結果、全能感が頭を支配し、いつかどこかで必ず手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。
その前に一発お見舞いするという寸法である。相手に指名されたのはぼくだが、理由は「なんか勝てそうだから」である。
何じゃそりゃと思うところだが、これにはしっかりした理由がある。(気を抜いた程度の状態なら)
スタートの技術が無い。加速力が足りない。コーナリングの精度が低い。動きに無駄が多すぎる。ただ速さだけでは勝てないから「競走」だ。ひやりとさせられる場面こそあるが、ここまで数度、ウォーミングアップ代わり程度の力加減でも、ここまでの併せで負けは一度も無い。
やがて限界が来たピンクフェロモンは、湯気を噴きながら大の字になってターフに倒れ込んだ。
服を脱がす……のは流石にどうかと思うので、大きな血管の通り道に氷嚢や冷却シートを当てて体を冷やしていく。合わせ技というわけじゃないが、ここに更に体を冷やす効能のある野菜や果物を使ったスムージーを一杯。むせながらもその場で完飲した彼女は、気落ちしたように言葉をこぼした。
「こんなに差があるなんて……!」
当たり前なんだよなぁ。
むしろこれで負けたら……いや、割と負けの目はあるな。ただ、それを引く条件が整わなかっただけで。
ともかく、トゥインクルシリーズの最前線で走ってる身としては負けるわけにはいかないのは確かだ。
「技術があるからね。まだ負けるわけにはいかないよ」
「まるで老人のような……」
「こらミークこら」
確かに技術でパワーをいなす系の老人達人キャラっぽい発言だったけども!
「どうやったらそこまでの技術を身につけられますか?」
「えー……経験?」
元も子もない話だがそういうものだと言うほかない。
ちゃんとした指導者のもとしっかりと学ぶことができればいずれ技術も身につくだろうし、結果ぼくを負かすだけの実力も得られる。同時にこんなこと、一朝一夕では無理だ。
そもそもを言えば、そのためのトレセン学園だ。今は体作りに専念して、技術はいずれしっかり学べばいい。
「では、その……競走相手をコントロールする技術は?」
「そこは……考え方の違い、かなぁ。文字通り……」
「どういうことなのです?」
「本当にコントロールするべきなのは、競走相手と言うよりもコース、レースそのものだよ」
個々人の性質を読むことはあるし、それで対策を打つこともある。けれど他のウマ娘の動きをコントロールしようとするだけでは勝てはしない。本当にコントロールするべきなのは、レースの流れそのもの。ウマ娘ひとりを動かしたところで、大きな流れが変えた行動を引き戻してしまうだけだからだ。
「主導権を握るんだ。レースの流れそのものを支配しよう」
言うと、何やらピンクフェロモンは雷にでも打たれたかのようにその場で固まってしまった。
何か変なこと言ったかな……それとも仰々しすぎたか? 小学生相当の年齢の子にするべき発言じゃなかったかな……。
「あの!」
「うん?」
「でしたらカドラン賞で見せていただけますか? レースを支配するということを!」
妙にグイグイ来るな。
……何かさっきの発言が琴線に触れたようだ。レースを支配するとはどういうことなのか見せてほしいって……G1の舞台でそこまでできるか不安なところが多いけど……。
さっきの仰々しい言葉が何か気に入った……? ようだし、ここは偉大な先人の言葉を借りてみるのも一興か。
「
ピンクフェロモンは、上気した顔のまま笑顔を見せた。