カドラン賞。19世紀半ばに成立した、フランスの超長距離レースだ。
成立当初は2500mの中長距離レースだったが、早いうちに4000mに延長。その後は延長と短縮を繰り返し、現在では世界のステイヤーが目標とする格式高いG1レースとしての地位を確立している。
凱旋門賞ウィークエンド1日目、大勢の観客で賑わうロンシャンレース場で、ぼくはようやくその時を迎えることになった。
コンディションは良好。芝の状態も……脚に馴染むという意味では悪くない。他の日本のウマ娘なら違和感は拭えないだろうが。
(4000は……流石に初めてだな)
いや日本の環境で走ったことあるひとがいるなら逆に驚きだが。
あれだけの距離だ。走ろうと視野に入れることも稀だろう。
長距離路線は基本的に結果論として「長距離を選ぶ他なかった」ウマ娘が集う。ぼくもその類型と言えるが、長距離路線が合っていると理解したのが極めて早いうちで、鍛え方もそれに応じたものになっている。最初から4000mを視野に入れていたという点で、ぼくは他のウマ娘と比べて若干の優位性があると言えるだろう。
自信はある。ただ……。
(……自信がある時に限って勝ててないんだよなぁ)
菊花賞は絶対の自信があってかつそれで負けたし、春の天皇賞は結局引き分け。長距離が得意と言いつつコレである。こればっかりは毎回
このカドラン賞が成長の一助になってくれるといいんだが……と思いはするものの、実戦経験が必ずしも成長に繋がるものとは限らない。こればかりは行き当たりばったりだろう。
ま、慣れたことだ。
計画を立てながら行動しているとはいえ、実戦は常に不確定要素の塊だ。いざやってみないことには何も分からない。ぼくはある意味で常に出たとこ勝負だ。どんなに策士だの何だのと言われていようと、その辺は何にも変わらない。ぼくがやってることの本質は、常に出たとこ勝負で行き当たりばったりの博打だ。策士よりも博徒の方がより正確だろう。
「やあ、どうも。今日は良いレースにしましょう」
「ええ、こちらこそ」
だから、大事なのは博打の成功率を上げるために最大限手を尽くすことだ。
「手を尽くす」という対象になるのは、今挨拶をした鹿毛のウマ娘、モンジューイチオシのヴィクトリアプラージュ――ではない。
彼女も強い、それは実際その通りだ。理解できる。だがそれ以上にやるべきことがあった。
「どうも」
「……何か用?」
次いで話しかけたのは、最内の枠番に割り振られた黒鹿毛のウマ娘だ。
他にも何名か候補はいるが、一番分かりやすく釣られてくれそうなのは彼女だろう。こちらを睨んでくる瞳からは、敵意よりもフラストレーションや腹立たしさの方をより強く感じ取れる。
ラビット。海外レースでは頻繁に用いられる、ペースメーカーの役割を負った逃げウマ娘だ。
是非について語る気は無い。文化的、歴史的な背景が違うし何よりルールとしてこちらでは認められている。
ただ、何度も言うようだが、ラビット役になったウマ娘が必ずしも全員本心からやってるわけじゃない。チームが勝つためとはいえ、個人としては負けるために出走しているようなものだからだ。栄光を影で支えるという見方をされることも中にはあるだろうけど、多くは勝ったウマ娘だけに目を向ける。
勿論、能力的、実績的に、真にチームのエースとも呼ぶべきウマ娘よりも劣ってしまうからラビット役を割り振られるという事情はあるだろう。けど、レースに「絶対」は無い。状況が整えば、展開が向けば、あるいは天候に恵まれれば、調子が、バ場が……様々な要因が絡んで格下と目されていたウマ娘が下剋上を果たすというのは大して珍しいことでもない。
「挨拶に来ました。今日は頑張りましょう。展開が向くといいですね!」
「……ええ」
言葉で揺さぶりをかける。
知らない風を装って、互いの健闘を祈る言葉に毒を忍ばせる。「展開が向けば勝てるかもしれない」という、ほんの僅かな疑念だ。
そんなのは誰しも持っている感情だろうけど、今からチームを勝たせるために自分は負けようとしているウマ娘ともなれば、努めてそうした感情を頭から排除しようとしているはずだ。
日常のふとした瞬間、嫌なことや状況にそぐわないこと、過去の恥ずかしい思い出がふっと思い出されたり、本心に反する内容の想像があふれて止まらないということがある。ぼくが狙っているのは、そうした状態の再現だ。
勝ちたいという本能が強いウマ娘ほど効力は強い。本心というものは、奥底にしまい込もうとすればするほど、些細なきっかけで噴き出してしまうものだ。
同じように他の参加者と挨拶を交わす中、ラビットと思しき相手に小さく揺さぶりをかけていく。
ま、効くかどうかは半々だろう。誰にも通じないまであるし。その時は自分の走りをするだけのことだ。
「ストライプ!」
「はいはーい」
スタートまでの間に、脚を慣らすのと暇つぶしのために軽くジャンプしていたところ、トレーナーさんから声がかかる。見ていて違和感があったとかそういうわけではないと思いたいが……。
「なんです?」
「あなたの作戦や思惑を先に聞いておこうと思いまして。勝つにしろ負けるにしろあなたのことですから確実に記者対応に追われるようなことをしでかすのが目に見えています」
「ひどない?」
やらかすのが前提みたいなこと言うじゃん。やらかすけど。
確かに皐月賞やステイヤーズステークスで勝ってもそれはそれで色々問題が浮上して、マスコミ対応を任せざるを得なかったことはあったけど……うん、まあ、全面的にぼくが悪いんだが……。
悪いついでにもうちょっと悪いこと仕込んどこ。こっちに耳だけ向けて話聞いてるっぽいウマ娘もいるし。
「今日は差します」
「ストライプさんにしては、意外なほど素直な作戦ですね?」
「……長丁場のレースですから、そのくらいがいいのは確かです。しかし、言ってしまってもいいのですか?」
「日本語ですし分かりませんって」
「そうですか。だったら流れに乗るよりも前目、先行策と差しの中間あたりに位置取るのがよいでしょう」
「……ぐっどらっく」
その方が無減速クロスステップも上手く活用できるはずです、とトレーナーさんは自身の経験から語った。多分分かっていながら語ってはいるんだろうけど。
ミークは何か読み取ったのか、激励の言葉を送った後は口をへの字にしながら首を傾げている。付き合い長いからなぁ。言わずとも分かる部分はあるんだろう。
フランス語や多国籍の言語が飛び交う中に、いくつか混じる日本語の声援に軽く手を振り返しながら、ゲートへ向かう。ん~……結構な啖呵切っちゃったし、いるといいんだけど。
ああ、いた。客席に、ミークとはまた異なる白い輝きがある。ピンクフェロモンだ。流石に今日は家族と来ているらしい。
……ん、いや、あれ家族か? 家族だろうけど……なんか多くない? マックイーンと一緒にいる時に見かけるじいやさんっぽい人もいるし……確かに良いところのお嬢様だとは思ってたけど、執事を雇うレベルって想定以上の名家なのでは?
よし考えるのやめよう。マックイーンもテイオーもそんな感じだし、いるよ、そのくらいの太い家の生まれのウマ娘……うん……。
「まもなくレースが始まります。1枠1番から――」
場内実況も入ったか。ゲートに入るとしよう。
「――3枠5番サバンナストライプ。日本でG1を3勝しています」
2勝1分だと叫びそうになったが抑え込む。一般的に同着というのは勝ちと同じだからだ。
さて、今回ぼくはかなりの内枠だ。ただ、ロンシャンとなるとこれがあまり意味をなさない。スタートからしばらく、フォルスストレートを走ることになるので位置取りの調整はもうここで済ませてしまえるからだ。
勿論、ロスを生まないという意味では十分な意味があるが……皆抑え気味で走る関係上、日本のレース場ほど顕著な差は生じないだろう。
選手紹介も終わったしスタートも近い。精神を集中させよう。
今回のレースはG1の中でほぼ最長距離の4000m。百年以上の歴史の中ではレース途中での脱落者なども記録されており、それだけ過酷なレースであることがよく分かる。
フランス出身者の方がその辺もよく知っているだろう。ある意味では「だからこそ」レース展開を握らせるペースメーカー、ラビットを出走させる意義が生じる。
実はカドラン賞、過去には一着ですら6分半以上という極めて緩いペースによる長時間のレースになったこともある。当時は一定のペースで走るという習慣があまりなく、残り200m程度になってようやく全力で走り出すというレース運びが主流であったためだが、ラビットはそういったあまりにも緩慢なレース展開を防ぐ目的もあると言っていいだろう。近代ですらそういうことはあるし……。
ともかく、そういう状況なので皆ゲートの中では緊張感は強くなく、むしろどう中盤まで流すか、体力を温存するか、という点に着目しているように見受けられる。
「カドラン賞、全ウマ娘今一斉にスタート!」
だからぼくは――
「「「「は?」」」」
グリップがよく効く芝に一瞬脚を取られかけるが、パワーでねじ伏せ一気に前に出る。
客席にいる桐生院トレーナーが一瞬悲鳴を上げかけたのが聞こえた。一方でトレーナーさんやミークは苦笑いだ。
そもそもである。
日本語だからフランス出身者の多いここではどうせ分からない――そんなことはありえないんだ。
日本語が通じるフランス人という知り合いがいる以上、それを前提にして当然だ。加えてぼく自身もマルチリンガルなんだから、他国の言葉に精通してるウマ娘は決して少なくない。だからそこを利用させてもらった。ひとの話を盗み聞きしてそれを作戦に組み入れる方が悪いということで勘弁してほしい。
もっとも、トレーナーさんの記者対応しないといけないという懸念自体は間違ってないのだけど。今回はタイミング的にも都合が良かったのでそこに乗っからせてもらった形になる。まあ、あっちはぼくの言ってることがアテにならんということなんてとっくに知ってることだろう。
「はっはっは。Au revoir!」*1
「あのペテン師がぁ!!」
「早い! しかしあのペース……」
「っっっ……!!!」
ラビットというペースメーカーはカドラン賞に必須の存在だ。
だからこそ、ペースメーカーという明確な標的を崩せば、ペースをこちらが握りやすい。
ぼくにとっては、恐らく最も騙しの手を使いやすいのが