選択肢というものは、常に多ければ多いほど良いというわけではない。
適切に情報を処理できる状況や頭ならともかく、コンマ1秒の判断が勝敗を分けるレース中ともなれば判断力は平時の半分未満にまで落ちると言っても過言じゃない。
スタミナは一歩ごとに確実に減っていく。周囲のウマ娘の出方、位置取り、仕掛けのタイミング……処理しなければいけない情報は多く、それだけ脳に疲労も蓄積する。そんな中で、正しい選択肢を常に選び取らないといけないという思考は常に重圧となってへばりつく。プレッシャーは大きいし、当然、焦りに苛まれもする。
――というわけで、ラビットの皆様には選択肢を用意させてもらいました。
下がってもいい。上がってきてもいい。競りかけてもいい。ラビットの本分に従ってもいい……それにしたって、自分がペースを握るか他人にペースを握らせるかの違いはある。チームのエースに花を持たせるために下がるのも仕方ないだろう。
もちろん、
もはや状況は定石から完全に外れてしまっている。「セオリーを無視して大逃げする
トゥインクルシリーズにおける現役期間は短い。あと何度同じG1レースを走れることか。対戦相手まで同じ確率ともなれば、気が遠くなるほど低いと考えていい。今回を逃せば、同じことがもう一度起きる可能性はほぼ無いだろう。
逃げ道もある。ラビットは
自分が先頭に改めて立つことだろうか? ペースを崩さず様子見に徹することか? いっそ前に出ないで下がっていくことか?
少なからず、こういった事態の前例はあるのかもしれないが、今この場でとっさに類例を思い出して対策を練るなんて不可能だ。個人として今この場で判断を下すしか道はない。
(効果覿面だなあ)
結果はすぐに出た。先頭集団としてスタートを切ろうとしていたウマ娘のうち、ひとりは前に出ようとせずに様子見、ひとりは迷いと躊躇いで勢いを失って硬直。そしてもうひとりは――前に出た。
現状は、カドラン賞としてはあまりに特異な状況だ。前に出るべきじゃないタイミングで強引に前へ出た上に例年に無い早いペースで走っているわけのわからないシマシマがいるのだから。
予定外のことをしても
――だから、勝ちに行く走りをしてもいいんだ。
きっと、そう思うウマ娘は必ずいる。
人というものは外からの誘惑に対しては防衛本能のはたらきもあって、思ったよりも自制心が働くものだ。
しかし一方で、自分の心の声というものに対しては極めて抗い難い。言い訳ができる状況ならなおさらだ。そしてひとりでもタガが外れてしまえば、自分もそうしていいのだと連鎖的にそれに追随する者も現れる。
『1000mを通過して1分と少しのハイペース。先頭からサバンナストライプ、カーボン、アランダスピス――』
カドラン賞のゴールタイムは安定しない。4分20秒前後が多いとはいえ、距離が距離なので割とすぐに時計は重くなる。近年でも5分超えというケースがあった。*1よって1000mを1分強は異常なオーバーペースと言ってもいい。
ぼくもその辺は自分の体をもって実感している。ロンシャンじゃないとはいえ、シーズン外で借りられたレース場も同じフランスのため芝質がよく似ている。無茶苦茶やるのを前提にしてるんだから、当然予行演習として大逃げペースでの4000mは試したわけだ。結果――体力より先に脚の方がもたなくなると判断した。日本の高速バ場とはワケが違う。適応しきれず勝てないと感じたら、流すような走りに切り替えて怪我を防ぐ、という判断すら求められるのは伊達じゃない。正直もうちょっと整備した方がいいとも思う。
「ストライプさんは大丈夫なのでしょうか。あれだけのハイペースだと、体の方が先にどうにかなってしまいそうですが……」
「そうですね。いくらなんでもあのペースが続けば脚が壊れます」
おや、流石にトレーナー陣は冷静だ。じゃないとトレーナーなんてできないとも言うが。
俯瞰的に見ることができているからという側面もある。レース中のウマ娘なんて視野狭窄の極みにあると言っても過言じゃないレベルだし、当然ながら「このペースだと潰れる」と判断できない場合がある。まだ1000mしか走っていないから、疲労の具合がイマイチ体で理解できない段階だからだ。
まずいと理解しているらしいフランスのトレーナーたちは怒号を上げているが、果たして届くかどうか。意図的に周囲の情報を取り込もうとしているぼくはともかく、普通に走っているウマ娘は、集中するために周りの音をノイズとして流すものだ。声援も、極限状況では逆に集中を妨げ普段とは別の行動に走らせるといった邪魔なものにだってなりうる。
たとえ聞こえたとしても、トレーナーの意図する方向で結実するとは考えづらい。コースと観客席からは文字通り観ているものが違う。それこそ、最初にぼくがやったように余計な選択肢を提示して混乱するという結果になりかねないだろう。だから、多くのウマ娘はレース中に取り入れる情報は最小限に抑えるし、作戦は予め決めておく。
もしかしたら相手側トレーナーの方がぼくの作戦への貢献度は高いかもしれない。
「やってくれるじゃないシマシマの……!」
「どーも」
後ろから聞こえる声に反応して視線をずらすと、あの黒鹿毛のウマ娘が猛追してきていた。忌々しげな言葉とは裏腹に彼女の口元はかすかに獰猛に持ち上げられている。
気合乗ってるなぁ。
「『手品』はこれで終わり!?」
「まさか、
「ふんっ、あんたのせいでレースは無茶苦茶だ! これは責任を持って
喉の奥で小さく音が鳴る。やっぱり建前って大事だなぁ!
「待ちなさい!」
次いで、追ってきたのは芦毛のウマ娘だ。面白いことに待ちなさいと言っている割にはグイグイグイグイ近づいてくる。
このひとたち建前ひとつでメチャメチャ来るやん。
「この格式高いレースであなたたちのような狼藉者に身勝手はさせられません!
「できるならどうぞ!」
まあとっくにその握るべきペースはぶっ壊れてるんだけど。
それでも、主導権を握ることができれば息を入れるタイミングは先頭を行く走者が任意で決められる。仕掛けのタイミングもまた然り。前に出ることは必ずしも正解ばかりではないが、逃げ同士の競り合いならまず前に出なければ始まらない。
まあいずれにしろ完全に勝つための思考だ。そのように誘導したとはいえ、何か思うところがあったのは間違いないだろう。
もう少し視線を後ろにやると、差し・追い込みのウマ娘の反応は、想定外の事態を起こされた困惑と苛立ち、それから、こんなペースがもつわけがないという呆れが入り混じったものだった。
更に、観客席方。桐生院トレーナーなどは心配の色が濃い。
「ストライプさんのスタミナを考えれば逃げも有効なのは分かりますが、もっと有効なのは恐らく、途中で先頭に立ちに行くまくりの方……ですよね?」
「ええ、まあ……」
脚への負荷やリスクを考慮すると、途中まで脚をためて中盤から逃げに回るまくりも有効なのは確かだ。奇襲性もあるし、普段からよくやってる戦法なので確実性も高い。
が――――。
「……あの子、多分ラビット含めた全員と全力でレースがしたいだけなんだと思います」
「へぇぁっ!?」
「……本質的にエンジョイ勢」
一石二鳥じゃん?
レースの構造自体を破壊してしまえば、こっちが有利になると同時に本来勝ちに行くことの無いラビットも本気の走りができる余地が生じる。あ、レースコントロールの実例も示せるから一石三鳥か?
先に述べたような有用性も踏まえた上で、実のところぼくの場合逃げでもまくりでも勝率に大きな差があるわけではない。しいて言えば、最も大事なのは作戦を選んだ場合にノれるかどうかだ。
何でもかんでも勢いに身を任せればいいというわけではないにせよ、適度な自信は自分を大きく見せてくれる武器になるし、流れや勢い、テンションの高さは細かな粗を気にせずに踏み越えていけるパワーになりうる。ハッタリをカマすにも自信満々な方が相手は信じやすい。
レースはノリの良い方が勝つ! ……ってのは流石に違うけど。単純な基礎能力の差とかもあるし。
その点、欲張ると決めたぼくの精神コンディションは最高潮に近い。正直に言おう。
最高に楽しい!
『2000mを超えて先頭は依然変わらず。勢いも変わらない! なんと現在タイムは2分と少し!』
スッ、と小さな息が聞こえた。真後ろに回ってきた黒鹿毛のウマ娘の息遣いだ。
残り2000m弱。体力の消耗、脚の痛み……大半のウマ娘はここで「まだ」半分と考える。ぼくも正直思う。特に厄介なのがこの大きなパワーが必要なバ場だ。とにかく脚への負担が半端ではなく、疲労もそうだが脚が折れるのではないかと思うと迂闊に脚を踏み出すことはできない。ほんのわずかとはいえ、息が入ればそれだけ脚は鈍る。
ぼくはそこに合わせて、自分の速度も相手から分かり辛い程度に落とした。
レース中のウマ娘は根本的に視野が狭く、相対速度でものを考えがちだ。疲労で無意識的にとはいえ、息を入れて速度を落としたところでこちらも合わせて速度を落とせば、相手の方からは速度を落としたということが分かり辛い。
一方で、後ろからなら先頭集団の様子がよく見えるため、速度が落ちた場合にそれと気取られる可能性は高い。が、それも大した問題ではなかったりする。なぜなら、ぼくはあちらにとっては「スタートから大暴走をカマした大マヌケ」なので、速度が落ちるのは当然のことだからだ。
この状況でわざわざ前に出てくるのは、よっぽど焦った先行脚質か、マックイーンレベルのスタミナ持ち、もしくはフランスではあまりデータが無いはずのぼくのことをある程度でも知っているウマ娘くらいのもの――――。
「
「ヴィッ――――……」
ヴィクトリアプラージュ!?
バカな、欧州のウマ娘がここで前に出る判断をするのか!?
位置は逃げ三人のやや後ろ。少し無理に出てきたせいか、玉のような汗が浮かんでは風に弾ける。
会場がどよめくのが分かる。ここでまさか大本命がかかって前に出てくるなんて誰が予想できようか。
(――いや)
予想してそうなひとはいるけども、観客席で今ニヤッとしたモンジューとか!
かと言ってあの口ぶりだと入れ知恵したってワケじゃなさそうだし……同期のふたりだからか知らないけど観察眼まで似るかね普通!
それに別にこれはかかってるわけじゃない。戦術的に「前に出る」ことを選んだんだ。
あー、もう厄介極まるこれ。楽しい。
「まずいですね、恐らくストライプの顔色を観られました」
「顔色、ですか?」
「2000m走って平然としていられるウマ娘なんて何人もいません。私の知る中でもせいぜいマンハッタンカフェやスーパークリークくらい*2でしょう。ですがあの子はロンシャンのバ場状態でなお汗ひとつかいていない……」
「暴走なんかじゃないと見破られている……!?」
「十中八九。ただ……」
暴走、と表現するのならば今のヴィクトリアプラージュの方が暴走に近い。本来、終盤まで抑えて走ることが求められているはずなのに一気に前に上がってきたんだ。発汗量からも見て分かるくらいには消耗しているはず。
だが、彼女も一流のステイヤーだ。そんなことを考慮せずに前に出てくるなんてことはありえない。レース途中から先行に切り替えてでも走りきれる自信があるからこそ、あんな一見無謀とも言える真似ができる――はずだ。
脚の回転を緩める。精神論では肉体的限界はどうにもならない。まずはひと息入れて脚の負荷を軽減するべきだ。
ふたりに前に行かれるのは……この際仕方がない。予定通りにいかないならこちらも柔軟にやらないと。
先頭も主導権もくれてやる。今必要なのは途中で脚を壊さずに最後まで走り切るためのひと息だ。
『ここで先頭変わってカーボン。第3コーナーを回る!』
ここは極めて分かりやすいコーナーだ。揃って内ラチ沿いを通り、コーナーの頂点へ。ここから残り800m地点に至るまでは緩やかな坂になるため、転倒の危険と体力の消耗を考慮するなら、通常は脚を緩めるのが得策だ。
こういうところで勝負をかけるのがぼくのいつものやり口だが、今回は負荷の強さを考えるとそうもいかない。これが2400mとかせめて3100mだったら行けるんだけど……勝負はもう少し先。
『まもなく4コーナー、ロンシャンの名物フォルスストレート。仕掛けどころをよく考えなければ――ここで縞毛のサバンナストライプが仕掛けた!?』
既に一度このコースは走っている。その上で、ぼくの最高速を考慮した上で仕掛けどころはここだと判断した。
近年、フォルスストレートはその問題点がよく情報共有されていることから、仕掛けの位置を間違えるウマ娘はいないとまで言われている。
が――フォルスストレートから仕掛けることが有効な場合は確実にある。ひとつは、加速力に劣るが最高速に優れ、長く脚を使える場合。最終直線が短ければ切れ味勝負になってしまうので、仕掛けは早い方がいい。そしてもうひとつが極めて特殊な例だ――というか下手するとぼくしかいない――が、最高速で劣るが、残りの直線で垂れることなくゴールまで最高速を維持できる場合。
つまり。
「じゃあ、ここからはただの体力勝負だ」
「――なんですって?」
――残り4ハロンの間全力全開を維持し続けるという、知性の欠片も無い力技ができるかどうか。
「よいっ、しょおッ!」
「なっ……!?」
外側に切り込む無減速クロスステップで、内ラチ沿いを走っていたふたりのウマ娘を抜き去る。
この技については海外にデータがあるかは少し怪しいところだ。本家本元のギンシャリボーイは基本国内に専念していたし、他の使い手としてドーナッツ先輩はオーストラリアで見せたきり。ぼくは天皇賞で披露したが、それも正しく海外に伝わっているかは疑問だ。
まあ、そもそも「やる」と分かったところでどうにもならないのがこの技だ。下手なことをすれば斜行、または進路妨害として降着までありうる。
最上は、それこそ最高の能力の持ち主がやる本家本元スシウォークなのだろうけど、他の走者が全力を出すに出せない今のタイミングならぼくも似たことができる、はずだ。
ふたりを抜き去り、先頭に躍り出たその瞬間に、パッと視界が拓け――集中力が極限に達する。
天皇賞以来、再び
『ここで更に一気に上がってきた。体力は底なしか! まもなく最終直線、仕掛け始めたヴィクトリアプラージュ猛烈な追い込み!』
周囲に熱気が迸り、重圧が増したのが分かる。
――恐らく、ヴィクトリアプラージュが
元からできたのか、あるいはこちらにひきずられてこの領域に到達したのか……いずれにしろ、間違いなく彼女の素質は証明されたと言っていい。
これはぼくの個人的見解だと前置きするが――
ひとつは潜在能力の発揮。分かりやすい言い方をすれば、リミッターが外れること。もっとも、これは爆発的な能力上昇というわけじゃなく、極限の集中力で本来の能力が発揮できるようになった、というのが正確か。
なんだその程度か、と思うひともいるだろうが、レース終盤に入って疲労がピークに達している上に、衆人環視というプレッシャーの中で「本来の能力」なんて発揮し切ることは不可能だ。結果的に、
もうひとつが、感覚の強化。脳内物質の働きによって周囲がスローモーションになったかのように感じられ、五感の全てが鋭敏になる。必要な情報が脳内で高速で処理できるようになるし、不要な情報はその場でシャットアウトされる。ゴールとコースと対戦相手しか見えなくなった、というような証言が多いのはそのためだ。
ウマ娘によって、この2つの傾向はどちらが強く出るかは変わる。例えばアイネス先輩やスペ先輩、オグリ先輩のようなタイプは……言わば潜在能力偏重型。ぼくやマックイーンの場合は情報処理能力偏重型というところだろう。
恐らく、ヴィクトリアプラージュは前者。これだけの強烈なプレッシャーや熱気は、ダービーで感じたそれとよく似ている。
『残り400を切った! 先頭は依然サバンナストライプ、ヴィクトリアプラージュはまだ来ない!』
「まだ! ここか……ッ!?」
闘志を燃やしてヴィクトリアプラージュが迫る、その最中。残り1ハロン半ばというところで、彼女はわずかに失速した。
――
それは、消耗する体力の大きさだ。超集中状態に入ったことで疲労をある程度無視して最善の動きができるようにはなるが、無視したからと言ってスタミナの総量が変わるわけじゃない。動きが良くなればなる分体力は確実に消耗するし、超長距離レースとなると、「使わない」というのも選択肢としてある。
体力勝負と表現したのは
『サバンナストライプ独走! 今、ゴール・インッ! その差は3バ身以上!』
研ぎ澄まされた感覚が色を戻す。熱い息を強く吐き出すと共に、ぼくはその場で大きく右手を掲げた。
ふと、視界の端に白い影が映った。ピンクフェロモンが客席からずいぶんと前に出てきているようだ。
危ないな、と思うと同時に、そういえばレース前の約束――とも言い難いような大口だけど――を果たせたのだと考えると感慨深い。
このまま放っておくとそのままコースまで来そうだ……っていうのは考えすぎか。
どっちにしろ、今この場で話すわけにはいかない。ウイニングランもあるし、ウィナーズサークルで取材も受ける必要がある。ぼくは機先を制するように、軽く指を突き出して一言を投げた。
「A tout a l'heure!」*3