ウィナーズサークルは、異様とも言える雰囲気に包まれていた。
当たり前と言えば当たり前だろう。大本命であるヴィクトリアプラージュを制し、オマケにレース結果は完勝の3バ身差以上。しかもこれをやらかしたのは、イロモノ枠としか言いようの無い意味のわからないシマシマのウマ娘である。
唖然としているひともいるし、不満を隠しきれてないひともいる。記者なんかは勝利者インタビューの準備に追われてる上に予定外のウマ娘が勝ったことも相まって、記事の差し替えを迫られてんやわんやだ。
応援のためにフランスまで来てくれたらしい日本のファンは純粋に祝福してくれているようだけど、それ以外は健闘を称える気持ちと自国所属のウマ娘が勝ってほしかったという悔しさと、あとなんやコイツゥ!? という驚きがないまぜになった極めて複雑な感情を向けてきている。歓迎の色はあまり無い、というのが正直なところだろう。
まあ、観客の大半からするとぼくなんてよく知らん国に所属してるよく知らん国出身のわけのわからない毛色をした小さいの、くらいのもんだ。
別にぼくは大して気にもしてないんだけど、面白いことにぼくより先にトレーナーさんの方が半ギレになりかけている。入れ込みやすい性格だからなあのひと。フラワーのメイクデビューの時もまるで自分のことのように喜んでたし。
直後に元チーフにたしなめられてもいたけども。よりにもよってチームトレーナーがあんまり心を揺らしすぎるな、だそうな。勝ちも負けも数多く目にしないといけない立場だし、ごもっともだと思う。
さて……。
「それでは、勝利者インタビューに移ります」
グダグダ考えているうちに準備が終わったらしい。
うーん……んー……このアウェー感どうしよっかな……。
お国柄とか歴史とか考えると……あー……どうだろ。なんとかなるかな。なるか。
「本日は見事な勝利でした。縞毛ウマ娘のフランスG1初制覇、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「普通の返答してますよ」
「あれ???」
ははーん。さてはトレーナーさんぼくがこういう場でカマすと思ってたんだな?
……思ってそうだな。日本だとネタに走ることも無いではないしな。まあそれが許される環境だからだけど。
日本は良くも悪くも何事に対しても寛容な部分がある。出身自体は違うとはいえ、ぼく自身も日本のトレセン所属だ。よく自分のことを知られていることもあって、ある程度のことは「オメーはよぉ!」で済ますことができる土台があるわけだ。
一方、海外におけるぼくは何の活動実績も地盤も持ってないよわよわざこざこのシマシマだ。*1余計なことをしでかせばぼくだけじゃなく他の縞毛の立場も悪くなってしまうだろう。個人としても、それは避けなければならないことだ。
「今回のレース、少し……定石外れのレース展開でしたね。どういった意図があったのでしょうか?」
来た。早いなこの質問。想定はしていたが……。
日本だと、こういう時はできるだけ手の内を隠す。この先のレースもあるし、こちらの手札を晒すことにも抵抗があるからだ。
が……うん、そうだな。
「何よりも重視したのは、ペースを崩すことです」
――全部明かすのが筋だろう。
「自分は血筋として、他のウマ娘よりもスピードに劣っています。しかし、スタミナ面では誰にも負けないと――自負しています」
ぼくは基本的に日本で活動することになっている。今後も海外レースに殴り込みに行くことはあるだろうが、シーズンの大半は日本で過ごすことになるはずだ。
そのため、作戦をひとつ明かしても日本と比して大きな問題はない。まして今回は4000mの超長距離レースで、かつぼくの膨大なスタミナがあってこそのバリッバリの力技だ。
対策があるなら教えてほしいし対策してみてほしい。
ともかく、作戦を明かすにしてもそれなりに意図はある。ちゃんとルールに則った上で心理戦を仕掛けただけ、徹底的に思考を回せば誰にでもできること、というアピールだ。批判も多少はあるだろうが、作戦勝ち以上にスタミナで押し切ったことは見れば分かる。双方の相乗作用ということも理解してくれることだろう。
……というか単に作戦練っただけであんまり大きい批判受けちゃこっちもたまらない。天候やバ場状態、人間心理を考慮に入れて作戦を組むなんて誰でもやってることのはずだ。ぼくの場合、情報戦も心理戦も何もかもを武器として取り入れるくらい徹底して突き詰めていっただけで。
「欧州のレースではラビットがペースメーカーとなってレースを動かすことが多いでしょう? それは構造的に、ラビットにある意味『依存』していると言えます。ラビットのペースを崩せば、レース全体のペースも崩れることになるわけです」
「それができれば苦労しないんですが」
外からちゃちゃ入れるのやめてくださいトレーナーさん。
勿論、必ずしも全部が全部そうできるというわけじゃない。差しでも正確な体内時計で完璧なレース運びができるというひともいるだろうし、状況に合わせて立ち位置を変えられる器用なひとも少なくない。
それでもG1レースでラビットがいるというのは、欧州のレースにおける根幹だ。日本よりも遥かに長い歴史の中で醸成された一種の「常識」のため、意識から外すことは極めて難しい。
「ヴィクトリアプラージュには途中で気付かれて追いかけられましたし、こちらも少々無理をしています。ラビットの皆さんも、もう少し状況が違っていれば……展開は違っていたかもしれません」
「なるほど、事前に作戦を練った結果ということですね」
「はい。日本に所属しているウマ娘として、数多くの偉大な逃げウマ娘を先輩に持つひとりとして、『逃げ』の強さを見せられたのなら嬉しいです」
同時に、こちらでの「逃げ」、つまりラビットの地位が多少なりとも向上するのならそれがベストだ。
視界の端で、赤い「R」の文字が踊る。レコード勝ち――少なからずぼくの実力が証明された今、それに猛追して掲示板入りを果たしたラビットのウマ娘の実力も、決して引けを取らないものだということが証明されている。
彼女たちも、コースに上がった以上は勝ちに行っていい……と、ぼくは思う。
完全なエゴだけどさ。
後で聞いたことだけど、このインタビューの反響そのものは世界的に見ても悪くなかったそうな。
「では、次のレースの展望などはいかがでしょうか?」
「はい! 次走は――イギリス、チャンピオンステークスです!」
後で聞いたことだけど、この発言に限っては調子に乗んなとボコボコに炎上したそうな。
・・・≠・・・
『4000走ったのに中一週でイギリスまで渡航してG1出るなんてバカじゃないの!?』
「そ……そこまで言うこと無いじゃん……?」
その日の深夜、ぼくはテイオーからそんな辛辣な電話を受けることになった。
『4000だよ4000! 負荷半端じゃないじゃん! 折れるよ!?』
「なんかテイオーにそれ言われたくなかったな」
『どういう意味~!?』
いや、まあ……色々知ってるし……タキオン先輩然り、手を尽くさないと折れる可能性自体はまあまあ高かったわけだから。
言ってることは理解できるし妥当な話とも思うんだけど……。
「オグリ先輩のローテ*2よりマシだし……」
『オグリは勝てなかったじゃん!』
「ワールドレコードとクビ差なんだから展開次第で勝ってたでしょアレ」
つまりぼくが次勝っても何もおかしいことは無い。*3
「それより先に祝福してほしかったな~」
『LANEで我慢してよ、日本までストライプの話めっちゃ届いてるんだから。っていうか脚大丈夫なの?』
「んー……まあ、普通?」
ウイニングライブも終えて軽くストレッチもしているが、熱を持っているくらいで大きな痛みは無い。ロンシャンのアホみたいに重いバ場を走った程度の負荷は確実にあるが、逆に言えばそれだけだ。数日休めば疲れも抜けるだろう。
この辺、馬だと輸送と検疫の問題があって中一週は物理的に不可能だが、ウマ娘は人間の一種だから検疫は必要無いし飛行機でひとっ飛びだ。そのまま人型の利点を享受していると言えるだろう。
『でもさぁ、2000だよ? ストライプにとっては相当短いよね? 記念出走ってわけじゃないんだからさー』
「それマックイーンにも言われたけど別に勝算ゼロってワケじゃないんだよね」
4000から2000、距離はもう文字通り半分だ。
ぼくのここまでの勝ちは……レコード勝ちを叩き出した今回のカドラン賞に、出遅れからの大差勝ちのステイヤーズステークス、同着の天皇賞(春)が結果としてはよく目立つことだろう。
が、実のところ最も勝率が高いのは2000だ。皐月賞までの大半のOP戦は2000で走って全勝だったし、皐月賞もジャパンダートダービーも策を弄して何やかや勝てた。ぶっちゃけ現時点では全勝だ。
2000という距離は、短くはあっても負け確実というわけじゃない。海外の無駄に重いバ場なら尚更だ。もっとも、勝ち確実とも言えないが……ステイヤーが短い距離に挑む、というのは一般的に無謀な挑戦だろう。欧州G1を制した直後でちょうど「調子に乗っている」という印象が根強いぼくは
この際だ。炎上も利用させてもらうとしよう。
「
『え~……あんな世界的な舞台で試すって何試すのさ』
「ヒミツ」
『え~!?』
明かしてもいいけど、明かしたところでどうなるって話でもないし、下手をすると変な印象を根付かせてしまって今後のテイオーのレースに差し支える可能性がある。
特にテイオーは……いや、言うべきことでもないだろう。それこそ秘密にしておくべきことだ。こればっかりはテイオー自身が気付かないとどうしようもない。
「まあ見ててよ。分かれば分かるから」
『なんか日本語おかしくない?』
「アイアムケニアン」
『普段日本語の使い方完璧な癖に!?』
見て分からないなら、それは仕方ない。まだそういう状態じゃなかったと考えられる。見て分かるなら、きっと理解してくれる。
レースはいつでもそれまでの積み重ねの集大成だ。次のレースもカドラン賞までに学んだ全部を出して勝ちに行く。
必要な技能についてだいたい「コツ」は掴んだ。あとはレース本番に精神状態をピークに持って行くことができれば……。
「しばらくフランス語使ってたから日本語ヘタになったかもね」
『無茶苦茶言ってるよ』
「次も勝って、なんならもう一回炎上しちゃおうかな」
『無茶苦茶言ってるよ!?』