「先生と呼ばせてください」
「なんて?」
翌日。ロンシャンにやってきたぼくにピンクフェロモンから痛烈なジャブが浴びせられた。
思わず日本語で返答するくらいには衝撃的な発言だ。先生? とは? 何の……?
「え、何て?」
「それとも『師匠』の方がよろしいでしょうか」
「ちょっと待って話が見えない」
「あら、とんだご無礼を。失礼致しました」
丁寧に頭を下げるピンクフェロモンだが、やはり全然話が見えない。一方でトレーナーさんは何か知ってる……何か勘付いた? のか、困ったように苦笑いを浮かべていた。
改めて、ひとつ咳払いをしてピンクフェロモンはこちらに話を切り出した。
「カドラン賞、拝見させていただきました。まずは一着おめでとうございます」
「あ、うん。ありがとう」
「レースコントロールとはどういうものかということもしっかり教えていただきました。ですが」
ですが?
「レース中の考え方やレースに至るまでの行動、方法論……まだまだ教えていただきたいことが多いのです。これから日本トレセン学園への入学を目指して留学しますので、後輩となりました暁にはどうぞよろしくお願いいたします!」
目の前に宇宙が広がった。
……何が……起きている……?
そりゃあ、先達として良い格好しようと思ってカッコつけたのは事実だけど……あの話は「この先お互いそれぞれの道で頑張ろうね」的な〆だったのでは……?
「では、来日の暁にはチームベテルギウスをよろしくお願いしますね」
「そのようにさせていただきます」
ぼくが話の中心にいるのにぼくに関わりないところで話がトントン拍子に進んでいる。
というかトレーナーさんはあーわかるわかる、みたいな顔してるくせに何で話を加速させてるんだ。
「ストライプ」
「う……はい?」
「あなたはあまり……熱烈なファンというものに縁がないと思っているようですが、欧州のG1を制したとなれば今後もこういうファンは増えますよ」
個人としては国内に専念してはいたものの、チームとしては海外挑戦に重きを置いてるせいか、その発言には言い知れない説得力があった。
しかし、なるほど。玄人好みの――というと聞こえは良いが、ひと目見ただけでは強みが分かり辛い地味な――走りでも、実績が伴えばそれは「なんかよく分からないけど勝ってる変なの」とは言い切れない。
まして、前走では手の内を明かしている。不可解な走りでもそこに明確な理論が伴っていると知られれば「理解できない」――ではなく、意図的に「理解させない」という強みを持った走りだ。そういうものだと多少でも理解できるなら、そこには共感や関心が生じるもの。ファンが増えると言うのも、そういう面がある……だろうか。
……まあ、それはそういうものとして。
「それはそれですよ。ぼくはぼくの走りをするだけです。今更王道の走り……やらないと勝てないならやりますけど」
「ええ、あなたはそういうスタンスでいいんです。やりたいようにやるのが、結果的に人に夢を見せることに繋がりますから」
色んな意味で縛られてた過去がありそうなひとが言うと重みが違うんですけど。
まあ、ぼくが夢を語るなんて似合わないのはそうだ。縞毛の先達として道を示すことができてもそこまで。走りたいように走って、夢を見るならご勝手に……くらいでいいだろう。ぼくが率先して夢だ何だと言い出すと胡散臭いし。絶対変なもの売り込みに来るとか思われる。
「流石にイギリスまで応援に行くことはできませんが、次走も応援しております」
「……ありがとう。でも、次は……流石に勝てるか分からないけど」
「あら。次も勝つ、とは言っていただけないのですか?」
「2000はちょっとね……」
中距離も中距離、ド中距離だ。モンジューのような強いウマ娘が出てくるなら相当キツい展開になることだろう。
そしてチャンピオンステークスという絶好の大舞台でそんなウマ娘が出て来ないわけがない。つまり絶対に超絶キツい。もう分からんねこれはワハハ。
「でも、確かに2000は個人的に短い距離だけど、だからこそ世界の強豪と渡り合うことができれば今後も中距離で戦う算段がつけられる」
「モンジューさんでは試金石として不適切でしたか?」
「そういうわけじゃないよ。ただ、フォワ賞は策を立てる余地が無かったから『自分のレースが通用するか』って基準にするには不適切なだけ」
だーれもぼくのこと警戒しないんだもの。
カドラン賞の前準備としては十分かもしれないけど、中距離において頭脳面、パワー……単なる身体能力ではなく「総合力」が通じるかを試す本番はここからだ。
最大限の警戒をさせた上で覆せるならよし。今後の活動に中距離路線も選択する余地が生じる。例えば、それこそ春三冠とか。
ダメならそれはそれでしゃーなし。今後は長距離メインで力押しを考えることにする。
菊花賞からこっち、フォワ賞除けばできる範囲で長距離に専念してきたし、そろそろ選択肢も広げたいんだよね。
カドラン賞は賞金がちょっと……アレだった*1し……。
「さ、話も済んだことですし、凱旋門賞の応援にしましょう。今回は特に――激しいレースになるでしょうから」
トレーナーさんに促され、ぼくらは観戦と応援に注力することにした。
今回のレース、当然ながら1番人気はフォワ賞1着かつ連覇がかかっているモンジュー。ミークはフォワ賞3着だったからか、あまり大きく人気は掴めず3番人気。
注目は――2番人気。今年のフランスダービーウマ娘のスプリームシンガー。前走はアイルランドに遠征してアイリッシュチャンピオンステークス*2に出走しており、こちらでも1着をもぎ取った強豪だ。
一見すると穏やかな雰囲気で、線も細く華奢に見えるが、その実フランスとアイルランドという全く異なる環境を踏み越えてきた豪脚*3の持ち主だ。ふたりに対抗しうるとしたら、彼女がそうだろう。
『全ウマ娘の枠入り完了。……スタートしました!』
ほどなく、今週の大一番――凱旋門賞が幕を開けた。
緊張に負けることなく、ミークは絶好のスタートを切る。
「うん――ミークは今日も自分の走りができていますね」
桐生院トレーナーの感心したような言葉につられて見ると、周りの力強い走りとは対照的な、ミークの……フワッとした軽い走りが目に入る。
海外のウマ娘たちと対照的ということは、つまりぼくと比べても対照的ということだ。足元が爆発するほど深く、強く、強引に踏み込んで、考えながらその時々で作戦も何もかもを適宜変えるのがぼく。
一方、ミークは基本的に最小限の接地で駆け抜けていく、王道の先行押し切り型。バ場の軽重を問わない(一見)ふわふわした走り方が特徴的だ。実はコレが意外と侮れない。というのも、見た目ふわっとしていていかにもズブいように感じられてしまうため、周囲が速度を誤認しやすいのだ。
ぼくは意図的にペースを上げ下げして相手を幻惑するが、ミークの場合あの走り方のせいで「あれ、なんか思ったより速いぞ」「あれ、なんだか思ったより遅いぞ」という認識とのギャップが頻発して勝手に相手が幻惑される。本人が独特のペースで走ることもあって、これが余計にキく。
ミークはある種教科書通りのオーソドックスな、良く言えば
加えて、幻惑されるのは速度だけではなく、体力もだ。
「行けるよミーク、頑張れー!」
「あと少しです……どうかこのまま……!!」
流石にぼくのカドラン賞の時みたいな大波乱が起きることは無く、フォルスストレートの中頃に差し掛かる。
ここでじりじりと前に上がっていったミークは、絶妙なタイミングで先頭に立った。――後ろとはまだ距離がある!
このまま行ければ……!
『ここでモンジュー、スプリームシンガーが上がってくる!!』
――そう思っていたタイミングのことだ。真の最終直線に入ったそのタイミングで、フランスの英雄ふたりが牙を剥く。
「……!!」
「はあああああああっ!」
「やあぁぁぁっ!!」
ここでミークの走りが変わった。ここまでに温存してきた体力全てを振り絞るラストスパートの一手だ。
だが、モンジューもスプリームシンガーも凄まじい差し脚だ! 海外のウマ娘は差し主体というだけあって切れ味が凄まじいとは頻繁に言われているが……フォワ賞でのモンジューの末脚よりも更に鋭い!
カドラン賞だと、超長距離で翻弄し回してとにかく差し脚を使わせないようにしてたけど……本気の中距離戦となるとこのレベルか……!
「行けぇー!! ミークぅぅー!!」
残り1ハロン。思わず声を張り上げる。そこで、一気に三人の集中力が最高潮に高まるのが感じ取れた。
雄叫びとともに、ほぼ同時に三人がゴールへと飛び込んでいく。
『ゴォォール!! これは判定か!』
……判定。思わず、祈るように握る手に力が込められる。
やがて、十数秒ほどの間を置いて告げられた勝者の名前は――。
『――――凱旋門賞! 一着となったのは……スプリームシンガー!!』
――クラシック級からの刺客、
次の瞬間、会場を大歓声が包んだ。
ミークは……アタマ差の2着。出走者の立場ではないというのに、思わず悔しさが胸を突く。前年の凱旋門賞のこともあって、日本のウマ娘の勝利にかかる期待は大きかった……という以上に、友人が勝つ姿を見届けることができなかったのが、残念だ。
それと同時に、新たな凱旋門賞ウマ娘の誕生は素直に祝福するべきだ。ぼくは大きく拍手を贈ることにした。
モンジューに継ぐ、新たなクラシック級凱旋門賞ウマ娘……新しい世代の代表者として、今後彼女も長く一線に立つことになる、はず。
・・・≠・・・
「トレーナーを凱旋門賞トレーナーにできなかった……」
「当初の想定よりだいぶ理想が高いな?」
レース後。控え室のミークを尋ねると、開口一番にそんなことを言われることになってしまった。
割とノリでフランスに来た部分があると思ったんだけど、そうか。桐生院トレーナーにとって初めての専属ウマ娘がミークだ。ずっと二人三脚で一緒にやってきたんだし、返せるものがあるならせめて名誉だけでも渡してあげたいと考えるのは自然なことだろう。
考えてみればぼくも似たようなものが無いとは言えない。元チーフが引退するのは唐突なことだったとはいえ、できれば最後にG1タイトルをあげられたら……と思う部分が無かったわけじゃあない。重賞大差勝ちは見せられたけど。
「いいんですよ、ミーク。もう既に何度も大きな夢を見せてくれたじゃないですか」
「うーん…………」
「それに、エルコンドルパサーさんは半バ身差で、ミークはアタマ差ですよ! 日本のトレセン所属のウマ娘として快挙じゃないですか! また何度でも挑みましょう!」
それはまあその通りだ。モンジューに先着してリベンジを果たしたことも確かな快挙と言っていいだろう。
……問題はその、ぼくが知ってる知識の上だと、こういう善戦が積み重なってだんだん日本全体が凱旋門賞に対して怨念じみた執着を向けるようになってしまうんだよな……素直にめでたしめでたしにしていいんだろうかコレ……。
と少しばかり悩んでいると、同席しているピンクフェロモンが口を開いた。
「ハッピーミークさん」
「……め、めるしー」
「急に対応できないならテキトーな単語言うのやめなよ……」
しかも本題切り出してないし。
仕方ない、通訳するか。
「本日はお疲れ様でした。結果そのものは少し残念でしたが、白毛ウマ娘の底力を見せていただきました」
「
「めるしー」
少しだけ空気が和んだ。
が、まだここまでの話も本題というわけではなかったのだろう。ピンクフェロモンはひとつ咳払いをして続けた。
「今回のレースを見せていただいたおかげで、決心がつきました。私は将来、凱旋門賞に挑みます」
「……え、長いよ。大丈夫?」
「体力は必須……」
「勿論、そのための努力は惜しみません。私は――おふたりに感銘を受けたウマ娘として、白毛の先達として拓いていただいた道を行きます」
なるほど、進路か。確かにピンクフェロモンはぼくに教えを受けたがってたけど、どういう方向のレースに出たいかは明確じゃあなかった。
クラシック路線……は、体力の都合上元から勧められるものではなかったけど、こう考えるとピンクフェロモンのような体質を持つウマ娘にとって、ミークの辿った道筋はそのままひとつの指針となりうる。
やはり同じ白毛ウマ娘として、ミークの姿はこれ以上無いくらい分かりやすい目標となるだろう。……ぼくのローテは極まったステイヤー用だろうから何の参考にもならないしね。
「道を……開拓したかな……?」
「ミークの自覚が無いだけで、これ以上無いくらい白毛ウマ娘の目標になってると思うよ」
今まではアイドル的な人気こそあれど、そこ止まりで決してランナーとしては主流ではなかったのが白毛だ。
もっとも、これは白毛の絶対数が少ないせいである。芦毛と同じで、「走らない」とされていたのはもはや迷信でしかない。
そのことを示したミークと同じ道を辿ろうと考えたのは、その場限りの衝動とは決して言い切れないだろう。
「む……でも、まだまだ凱旋門賞にチャレンジはできるから……」
「そうだね。何なら先に
「あら。でしたら私はそれ以上の偉業を成し遂げてみせます」
思わずふふっと息が漏れた。……この子のポテンシャルなら本当にやりかねない。
やめだやめ。考えるのやめた。凱旋門賞の呪いとかバカバカしい。
このふたりなら、いつかどっかで「呪い」なんて言われるようになる前にスッパリ勝って断ち切ってくれそうな思いがある。
――少なくとも、ぼくは友人としてそう信じたい。
5/10 タイトルが入っていなかったので修正
○ 支援絵の紹介
狩猟系ナメクジ様よりサバンナストライプのイメージイラストの支援絵を頂きましたので紹介させていただきます。
【挿絵表示】
前回と同様、AIを使用して生成した画像を加工して作成されたとのことです。
暖かいご支援、本当にありがとうございます。