【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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 英語での会話に関して、フランス語と別のフォントに変えて示しております。



過去最高に頼もしく見えています

 

 

 凱旋門賞ウィークエンドの全日程(とオマケの出走者親睦会)を終えた翌日、ぼくとトレーナーさんは早速イギリスへと向かうことになった。

 日程の問題もあるため桐生院トレーナーとミークとはここで解散。次は日本で会おう、ということで今日までのお互いの健闘をたたえた。

 さて、一路パリからロンドンへ。言葉にすると国を跨いでの移動ということでかなりの時間がかかりそうに感じられるが、その実鉄道一本、二時間と少しで到着するというお隣感覚での移動だ。東京から京都に行くまでとそれほど時間的には変わらない。

 そうしてイギリスに到着して数時間。

 ――早くもトレーナーさんは滞在先のホテルでフラストレーションを全身で大いに表していた。

 

「スシ……」

 

 いかん。言語能力がどこぞの有名ゲームの魚類(ドラゴン)程度にまで減退している。

 

 ことの発端はというと、イギリスに到着したのがちょうど昼頃だったので昼食に、という話になったことだった。

 イギリスといえば言わずと知れたメシマズの国である。もちろん、全部が全部そうだというわけじゃないが、長い年月をかけて培われてきた価値観は容易には変わらない。まだ多くの人にとって食事というのはあくまで栄養補給であり、「楽しむもの」という認識は根付いていないのだ。

 ここ2、30年の料理番組の隆盛やウマチューブの発展、多くの外国人が国にやってきたオリンピックの開催によって徐々に意識改革が行われているとは聞くが、産業革命時代から醸成されてきた感覚がひっくり返るのは果たしていつになることか……。

 そんななので、店売りの食品というのは当たり外れが大きい。試しにとその辺の屋台で買ってみたサンドイッチを食べたところ、トレーナーさんはひっくり返ってしまった。

 「口の中パッサパサですよパッサパサ!」と憤慨し、味の薄さに仰天し、更に日本ではまず具材として入るはずのないフライドポテトに目を白黒させた。

 ちなみにイギリスにおいて味が薄いのは標準的(デフォ)だ。これは客側がソースなどで好みの味付けにするためだと聞く。そんななので、そのまま食べれば当然味はうっすい。

 ともかく、長くフランスという食の面で恵まれていた国に滞在していたぼくらはイギリスに来ていきなり一発目に重めの洗礼を食らったのだった。

 

 屋台じゃなくてレストランなら大丈夫! と思ったら、そこもイマイチ口に合わず、元から割と深かったダメージが更に加速。宿泊先に来て意気消沈してのこれである。

 どうやら長いことお寿司を食べてなかったのも含めて、元からそれなりにフラストレーションが溜まっていたのもあるようだ。昨今、いわゆる「SUSHI」は日本食の代表としてごくポピュラーなものになりつつあるが、やはりその国に合わせて魔改造されているため必ずしも日本人の口に合うとは限らない。

 探せば本格的なお店もある。ただ、開店しているとも限らないし、値段もお高い。

 なのでとりあえず自作することにした。

 

「スズキとサーモンです」

「今あなたが過去最高に頼もしく見えています」

「言い方よ」

 

 今まで頼もしかったことが無かったとでも言うのかと言いかけたがそもそもぼくは頼れる系ではなかった。

 レースの作戦も基本的に表に出さないから何をしでかすのかという目で見られてもいるしそっち方面では完全に着外である。

 ちょっと複雑な感情を抱いていると、トレーナーさんはひょいと寿司を口に運んだ。

 

「意外なほど丁寧に仕込みをしていますね。2000円前後のセット寿司と考えれば確実に及第点はあるでしょう」

「基準が高い……」

 

 スズキもサーモンも、イギリスではごくポピュラーな素材だ。特にサーモンは本場北欧に近いこともあって高い鮮度のものが楽しめる。

 スズキは、その臭みのせいで人によってかなり好みが分かれる魚だ。この辺は本場だからなにか違うということも無いが、だからこそ仕込みが大事な魚ということでもある。こちらは氷水で洗うなどして先にある程度の仕込みを済ませた上で、薬味などに気を使って違和感無く食べられるようにしている。

 

「サーモンは江戸前にはありませんので、いわゆる高級店のお寿司としては選外ですね。しかしスズキはしっかりと臭みを抜いていてなかなか……」

「今サーモンも豊洲とか銀座のお寿司屋で使ってるみたいですけど」

「よく市場をリサーチしていますね……いや何で寿司方面の市場をリサーチしているんですかあなたは?」

「今後のことを考えて?」

 

 しかしメチャクチャ語るなこのひと。寿司漫画から出てきた評論家か何かか。

 ……いやそのくらいには舌肥えてそうだな。現役時代の貯金もあるだろうし、打ち上げはだいたいお寿司屋だし平日でも発作的にランチ寿司に行ったりしてると聞くし、休日は豊洲に行ったりするとも聞く。

 このままほっとくと朝まで語りそうだなしかし。苦笑いしながらテレビのチャンネルを変えると、ちょうど目当てのチャンピオンズステークスの特集が映った。出演者は……。

 

(前年度勝者、デイブレイク――)

 

 今年の一番人気、前年優勝者の芦毛ウマ娘、デイブレイク。他にも数名の有力なイギリス所属のウマ娘の姿がある。

 番組は、今回の有力ウマ娘の紹介PVから始まった。次いで、出走者へのインタビュー。現在の意気込みを語ってもらう程度の短いものだ。

 ほどなく、今年の出走者の寸評に入り……中ごろでぼくの話題になった。

 

『次はこの日本トレセン学園所属のサバンナストライプ。前走はカドラン賞で一着のスーパーステイヤーだ……何で2000mを走ろうと思ったんだろうね?』

 

 テレビから笑い声が漏れてきた。

 イギリスの番組若干ノリ軽いな。

 

「あなたの話のようですよ」

「どうか低く見てくれますよーに」

「どういう祈りですか……」

 

 無理か。日本のG1だけなら「でも欧州は前提が違うぜ!」という理屈のもと侮ってくれる可能性があったが、もう欧州G1勝ってたら侮るとかそういう段階じゃないよなぁ……。

 もうこうなるとどういう発言が飛び出すか分からないぞ。

 少し身構えていると、デイブレイクが少し考えてから口を開くのが見えた。

 

『縞毛ウマ娘の特性上「速い」わけではないでしょう。体格や毛色、尻尾を回す奇っ怪な走りで判断を乱されやすい選手だと思いますが……一つ確実なことを言えるとすれば、彼女は「強い」』

 

 流石にそろそろ尻尾(そこ)ツッコまれること無くなったと思ったのに今更来るかちくしょう!

 

『しかし、その強さは他者に依存した強さです。先のカドラン賞でも、その後のインタビューで語っていたことで考えても……彼女は他人のペースを崩し、乱すことを主眼に置いています』

「言われていますよ」

「気にしませんよ別に」

 

 事実だし。

 それでも実績出してるから、言いたいひとには言わせておけというところだ。

 

『よって、彼女の弱点は根本的にペースを乱せない相手と競り合うこと……勝利の秘訣は、自分のレースに徹することです』

「ふーん」

「気のないセリフですね……」

「できれば苦労しないですからね」

「あなたもそういう『それができれば苦労しない』ようなことしてるじゃないですか」

「難易度が違うでしょ……」

 

 スタミナで全部押し切れるという理想論が通じるなら苦労しねえ! とはよく言われるが、ぼくの場合スタミナ有り余ってるんだからできちゃうんだよ。

 それは身体能力に起因する理想論の体現だが、デイブレイクの掲げる理想論はまた違う。常に変わり続けるレース展開の中で自分のレースを貫き続けるというのは並大抵のことではない。

 そもそもレースを作るのは個人ではない。出走者全員という「群」だ。別に対象をデイブレイクひとりに絞る必要は無い。他を乱せば、自動的にレースのペースは徐々に乱れていく。ひとりでレースを作ることができるウマ娘がいるとすれば、それは最初から最後まで一定のペースで大逃げし続けるような異次元の走りができるようなひとだけだ。

 ただ――単に理想論だと切って捨てるには問題がある。他ならぬぼく自身が体質のおかげで長距離における理想論を実現できている以上、同じく体質なり訓練なりで理想論を体現できるウマ娘が現れても何も不思議じゃない。世界のトップクラスの舞台ともなれば尚更だ。

 

 なまじ、ぼく自身「理想」と呼ぶに相応しい――主に逃げウマ娘の――走りを見ているわけだし。スズカ先輩*1とかスカーレット*2とかマルゼン先輩*3とか……できないと考えるのは早計だ。

 この場合に考えるのはおおむね三通り。テレビ放送の場でリップサービスとして大きなことを言った可能性。本当にそれができるという可能性。そして、逆にこちらを罠にかけるためのブラフの可能性。

 ……「できる」上に引っ掛けに来てるという可能性もありうるが、ともかくあちらだって本気で勝ちに来てるんだ。あらゆる手段を使うのは当然と考えた方がいい。

 ぼくがカドラン賞で取った作戦とは逆。こっちの選択肢を狭めにきている。

 

(……手の内を見せすぎたか)

 

 いや、いずれ対策は取られていた。今回はそれがちょっと早かっただけだ。

 むしろ、これは「双方が」全力で2000mを走るにあたってどれだけ通用するかを知る絶好の機会だ。

 

「悪い笑顔をしていますね」

「そうですか?」

 

 むほほ。

 あっちからこっちの土俵に上がってきてくれるなんて、それこそ楽しいことこの上ない。

 単純な頭脳戦とは決して言い切れないが、それ自体はいつものこと。根本的なところで一般的なウマ娘の方が中距離では絶対有利なのだから、「ただの頭脳戦」になるわけがない。いかにあちらはこちらの強みを潰すかを考えることだろう。

 そのやり取りの狭間に、これまで積み上げてきたものが本質となって顕れる。

 

「トレーナーさん、明日はトレーニングの前か、後か……少し外に出ませんか?」

「構いませんが、どちらに?」

 

 この状況で行くとなると場所は決まってる。

 

「――イギリス、トレセン学園に」

 

 

*1
「最初から最後まで先頭ならずっと先頭の景色を楽しんでいられるわ」という大逃げ+溜め逃げタイプ。

*2
「最初から最後まで一番なら一着よ」というフィジカルゴリ押しが通じてしまうタイプ。

*3
「普通に走ってたら何故か先頭だったのよ」という周囲の能力との隔絶で結果的に逃げになるタイプ。

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