イギリス、トレセン学園。その歴史はトゥインクルシリーズの歴史とほぼ等しく、100年以上の長きに渡って競技の最前線を牽引し続けている。
その歴史の長さ、レースの格式の高さから世界的に入学希望者は多く、様々な人種、国籍のウマ娘が所属している。
「ジェームズ某のような潜入作戦でも?」
「しません」
超法規的措置が容認されるのは世界の危機くらいでのものだ。スポーツで適用されるわけがない。
例えばそう……世界大戦の危機とか、宇宙ウマ娘中山2500m星人が地球に襲来したとかそういう状況でも無い限り、無断での潜入はただの不法侵入でしかない。
「となると、フランスの時のような手を?」
「同じ手を二度使うわけにはいきませんよ。あと、妹がいるんでモロバレです」
「ああ、そういえば」
なのでヘタな変装はそのまま社会的死に繋がると言っていい。毎回モンジューの時みたいにすんなり話が通じるとは限らないんだから。
「では何を?」
「んー……」
ぼくも移動時間に色々考えてきたが、妹の存在という一点が気がかりで立てた作戦ことごとくボツにせざるを得なかった。
となれば、ことここに至れば結論は一つしか浮かばない。
「今回のテーマは『正面突破』です」
・・・≠・・・
正面突破という言葉とぼくの性質があまりにも通じ合わないことはもはや知っての通りだろう。
しかし策とは常に正攻法を彩るためのものだ。正攻法では不足している部分をカバーする、ないしは正攻法が通る確率を上げるために策を講じる、という状態が一番望ましい。
そして普段策を講じるウマ娘であることを全面に押し出した上で、ごく普通にトレーニングを見学に行くという正攻法を用いた結果が、この騒然となったイギリストレセン学園の構内である。
「何企みやがったクソ姉貴!!」
「むはははは」
そして混乱はぼくの周囲にも起きていた。
拳を振り上げ追ってくるのは、同じ縞毛の、ぼくよりもう少し小さな体格をしたウマ娘――妹である。
実家では取っ組み合いのケンカもよくあることだったが、今は流石にお互いアスリートの身。オマケにぼくはイギリスから見れば海外選手なのでヘタに手なんて出そうもんなら最悪国際問題にすらなりかねない。というわけで振り上げた拳の降ろしどころが無く、「何もできないけどとりあえず威嚇して追っかける」という珍妙な状態になってしまっているのだった。
「す……ストライプ、そちらは? まさか……」
「妹のサバンナモノトーンです」
「分かる言葉で喋れオラァ!」
「先程からその……Fワードや四文字言葉を連発しているようですが……」
「見ての通り凶暴なもので――ちょっと黙れトレーナーと話してる最中だぞ」
「…………!!!!!」
「――程度や方向性の違いこそあるけど、縞毛ってこんなもんではあるんですよ、本来」
軽く説明を加えると、目に見えてトレーナーさんが戦慄するのが分かった。
ぼくと接してきた時間が長いこともあって、縞毛のイメージが「サバンナストライプ」以外に特に無かったのも原因だろう。しかし、縞毛というのはその大半が気性難だ。
臆病で繊細だが、怒りっぽく衝動的で我が強い。「縞毛はレースに向かない」とされるワケは単純な能力面の問題だけでなくこういうところにもある。
……ここまでの情報だと精神性がもうどうしようもないアレな風に見えてしまうが、あくまで傾向であって全員が全員そうだというわけじゃあない。陰気だったり陽気だったり、大人しかったり活発だったり、根本的な性格はそれこそ千差万別だ。
ぼくみたいなのもいるし*1普通のヒトやウマ娘とそう変わりないと言っていいだろう。ただちょっと……野生の部分が強すぎて持て余してる子が多いだけで……。
良いところもある。とにかく身内と認定した相手には優しく、「身内」の範囲も広い点だ。大元になってるシマウマも、ヌーやダチョウといった別種の草食動物と行動を共にしているとされている。
まあ、今のぼくは他校の所属。それもチャンピオンステークスに殴り込みをかけにきたわけで、モノちゃんから見れば「敵」のカテゴリそのものだ。縄張り意識も強いからなこの子。
……こう考えるとアレだな、ひと昔ふた昔前の不良マンガみたいな生態してるな、縞毛……。
手持ち無沙汰になったモノちゃんは逆立ちしてめっちゃこっちに威嚇してきていた。ウケる。
「それで結局何しに来たんだよ、毒でも仕込む気か?」
「モノちゃんの様子見るついでに偵察に来ただけだが?」
「嘘をつけ!!」
トレーナーさんは苦笑いしている。だって今回奇をてらう気は無いって既に伝えてあるんだもの。
裏とか無くマジで妹の様子見てチャンピオンステークスで当たる相手の様子を見ておしまい。その後も別に何かするわけでもなく直帰する。
先のカドラン賞の件と日本での風評から、こちらでもいわれない悪評が立つことは想像に難くない。そこに噂の人物が来れば……勝手にドカンだ。
「こちらも正規の手続きを踏んでいます。あまり道を塞がれると困るのですが……」
「あ゛ぁン!? ……そっスね!」
流石に目上の相手ということもあってモノちゃんもトレーナーさんに対しては萎縮しているようだ。
耳を思いっきり絞っている*2が、前に「目上の相手への態度はちゃんとしておかないとトレーナーがつかないしレースにもまともに出られないぞ」と忠告したことを気にしているのだろう。対応はぼくに対するそれよりも遥かにマイルドだ。
しかしモノちゃん、可愛げが足んねえぞ! トレーナーさん! モノちゃんの可愛げ足りねえよな!
渋々といった様子で案内された先のトレーニング場では、既に数名のウマ娘がトレーニングに励んでいた。しかし……。
「モノちゃんのチームにいるはずじゃないの? 今年のチャンピオンステークスに出走するひと」
「ちゃっかり調べ上げてるじゃねえかよクソ姉貴……」
そりゃ調べりゃ出てくるし。
先日、テレビで出ていたデイブレイクとはまた別のウマ娘だ。確か、名前はランフィニ――。
「呼んだかい?」
「ダメですよ」
――噂をすれば影が差す、と言うべきか。長身のウマ娘が、トレーナーさんの帽子を取って行こう……として、光速の反応速度に負けて手を払われていた。
あんたアラサーもいいところだろうに何だその現役選手顔負けの神速。本当に
「っとと、ジョークジョーク」
「先輩、お客さんにそれはまずいっス」
「ちょっとした挨拶じゃないか。それにホラ、その方がかっこいいだろう?」
イギリス所属なのにイタリア人みたいな伊達っぷり発揮しようとするじゃんこのひと。
イタズラとかする前に訴訟リスクも考慮してほしいところなんだけど。
トレーナーさんも注意に留めているから問題は起きないだろうけど……と思っていると、ランフィニは涼やかな笑みでこちらに手を差し出した。
「改めて自己紹介させてもらおうかな、イギリストレセン学園所属のランフィニだよ。チャンピオンステークスではよろしく、サバンナストライ
「……ええ、こちらこそ」
がっしり握手を交わしながら、これは果たして天然で名前を間違っているのか挑発のつもりなのかと思いを巡らす。
いや、冷静に考えるとどっちでもそう変わりないなこれ。本当にただただ間違ってるだけなら今この場で訂正を入れても変な空気になるだけだし、挑発のつもりなら反応した時点で負けだ。
あとモノちゃんが動揺しているから確実に天然だなこれは。
……逆にトレーナーさんは若干ピキッと来てるようだ。イタズラで帽子を取られそうになった挙げ句に(一応)チームのエースの名前まで間違えられたとなればイラッとくらいするだろう。
しかし直後、トレーニングに戻ったランフィニの走りを見てその苛立ちは即座に霧散する。
「速い……」
欧州の重いバ場にあって、その脚は鮮烈なほどに鋭かった。
そういった驚きを顕にしている様子に、モノちゃんは鼻の下をこすって得意げにする。
「どうだ! 見たか姉貴!」
「んー、うん」
「何だその気の抜けた返事!?」
別にぼくは速さを見にきたわけじゃあないし。
大事なのは速さそのものより対応力などを含めた総合力だ。突出した速さは武器になりうるし、実際それだけで勝ててるウマ娘もいるが洋芝、それも重めのバ場となれば単なる速さだけで勝負が決まる環境じゃあない。
基本的に速さを求められる血筋じゃないぼくらが「速さ」に憧れるのは痛いほど理解できるけど、速さ「だけ」に目を向けるのも違う。
「だったら教えてやる! ランフィニ先輩の自己ベストは2分台! 最高のコンディションならチャンピオンステークスのレコードを更新することだってワケねえんだ!」
「ふーん」
「XXXX!!!!」*3
「口が悪いぞモノちゃん」
「あなたたちもしかして姉妹仲悪いんですか?」
「そこまでではないと思いますよ」
ちゃんと会話は成立しているし、どちらかと言うとモノちゃんの「敵」カテゴリに入ってるから機嫌が悪いんだろう。あと単純に口が悪い。縞毛の中では口の悪さはこの子に限った話でも無いけど。
「それってベストコンディションかつ学園内のよく整備されたコースでの話でしょ。チャンピオンステークスの前にはいくつかレースがある。バ場はどうしてもレースの度に荒れるし、ひとりで走ってるわけじゃあない。個人として出したベストレコードが必ずしも同じように適用されるとは考えない方がいい」
「……うっせ!」
ついに答えに窮し始めたようだ。憎まれ口に近いものだが、ある意味、これもちゃんとこっちの話を理解しているからこそと言えるのかもしれない。
地頭はいいんだ。地頭は。気性がそれを妨げてるだけで……。
「今に見てろよ……姉貴がカドラン賞のレコード更新したってんなら、アタシにだってできるはずだ。ぶっちぎりの……4分切りくらいやってやる!」
「無茶苦茶言うねお前は……」
「何が無茶なんだよ」
「ロンシャンもアスコットと同じで芝質が重い。今のレコードを15秒以上も縮めようなんて非現実的だよ。脚が折れる」
チャンピオンステークス――2000mの2分切りならまだ分かる。現在のレコードは2分1秒04*4。引退を視野に入れたウマ娘が脚が折れる覚悟で本気で走れば……または、数十年間の間にトレーニング理論が更に先鋭化され、ウマ娘の肉体強度がより高くなれば十分ありうると言っていいかもしれない。
だが、ゴールドカップやカドラン賞の4分切りは不可能だ。現在のカドラン賞のレコードはぼくが出した4分16秒フラット*5。1000m1分ペースなんてはっきり言って馬鹿げた話だ。脚への負担も大きいし、最悪……いや、まず確実に折れる。冗談でもそんなことやりたくない。できたらそれはウマ娘じゃない。
1000m1分を切るのは日本の先鋭化した高速バ場やアメリカのカチカチの土ダートが主だ。それも、中距離からスプリントという比較的脚への負担が少ない環境でなくてはならない。
だいたい、レースは「競走」であってタイムアタックじゃないんだ。「相対的に」一番速いことが重要ではあるが、怪我してそれ以降走れなくなるリスクを負ってまで、周りをぶっちぎって圧倒的なバ身差でゴールなんてする意味が無い。よっぽどレコードを刻むことに関心があるって言うならまあ、その人の勝手ではあるけど……。
「……姉貴って夢がねえのな」
「ぼくほど夢たっぷりなウマ娘もいないけど」
「はあ……?」
後ろでぼくらのやり取りを聞きながらトレーナーさんは小さく笑った。
現実的に可能か不可能かを論ずる時にはできるだけ客観的にものを言うようにしてるけど、自分がどうか、という点ではまた別だ。
レース作って、世界から色んな「最強」を呼んで自分がそういったウマ娘を全員倒して最強になるなんて、なんならモノちゃんの大言壮語よりも更に非現実的で馬鹿げてるものだしね。
それからしばらく見学をして、ぼくらはすぐに帰路につくことにした。イギリスもフランスとそう変わらないくらいの治安だし、あまり遅くまで出歩くものではない。
その途中、ふとトレーナーさんが釈然としない様子でこちらに問いかけてきた。
「……本当に何もしてなかったですけど、あれで良かったんですか?」
「まあ、はい」
ぼくならもう少し何やら仕込みをしたり、もっと情報戦のためにわざとこっちから色んなアプローチをかけると思っていたんだろう。
しかし、結局やったのは本当にただの偵察だ。これではいつものぼくの様子を知るトレーナーさんから見ると違和感しか無いことだろう。
「いいんですよ。ただ偵察をしたってだけで、あちらはぼくのことを勝手に勘違いしてくれる」
「……と、言うと?」
「見たでしょ、妹のあの様子。ただ見に来ただけなのに、反骨心が強くって敵認識した相手を悪く言うことだって全然躊躇しない。あの子は、
普段イギリスで活動しておらず大した印象を与えられていないようなぼくが、イギリスに入学して他のウマ娘とも深く関わっている妹に悪く言われていたら他のひとはどう思うだろうか?
事実の有無は別にして、悪印象が根付くのは想像に難くない。実際に会ったことのあるウマ娘がほとんどいないからその悪評を訂正する術も無い。悪印象は勝手にイギリストレセン学園に蔓延していく。
――結果、実態とは別に印象が先行する。実態とは全く異なる「最悪のウマ娘・サバンナストライプ」という幻像が形作られるわけだ。
あとは日本と同じ、印象を逆手に取るなり印象通りに行動するなり、裏をかく手がいくらでも使える。
「……私は時々、あなたが敵じゃなくて本当に良かったと思いますよ」
「競技者である以上『敵』なんていませんよ」
「言葉のあやですよ……違うチームで戦わなくて良かった、ということです」
「そうですか?」
ぼく個人としてはできれば
……ま、今は胸の内に秘めておこうか。