「流石にそろそろ限界だからご飯を作ってくれたまえよトレーナーくぅん!!」
「き、来よった……」
その日、ぼくたちは思い出した。
超光速のプリンセスの壊滅的な生活能力を――。
チャンピオンステークスを翌週に控えた日の週末、何かがぷっつり切れたかのようにタキオン先輩が突如渡英。居場所なんかは特に伝えていなかったのだが、その天才性でもって即座に推測を立てて特定する探偵顔負けの推理力を発揮。姿を現したと思ったら開口一番のコレである。
まるでヒモのような発言だが、これで日本トレセン学園における薬学・医学・生化学分野における第一人者で高給取りなのだから手に負えない。普通に外食行きなさいよ。
……ともかく、タキオン先輩は今、学生という立場ではないためカフェテリアの学食無償提供は行われていない。では普段どうしているかと言うと、トレーナーさんがお弁当作ってくるのに便乗するのを除けば主にぼくが週何回か引いてる屋台メシだったり、フラワーにお弁当を貰ったり……だ。
流石に飛び級生にお弁当ねだるのはアレなので頻度はそうでもないが、普段のタキオン先輩の胃袋担当が2名離脱したため、その食生活は数日で崩壊した。
そして更に、遠征スケジュールの関係上1月ほど放置せざるを得なかったその果てがこの有様である。
なんか微妙に半泣きなあたり微妙なイギリス料理に当たったのだろう。見てて少し不憫だからなんとかしたいと思うことは思うのだが……。
「材料がないから無理です」
「えーっ!?」
冷静に考えてほしい。ある程度長期滞在を前提としているとはいえ、生鮮食品を自分たちの食べる分以上買い込んでるなんてことがあるだろうか。
……と、軽くなだめようとすると、タキオン先輩は超光速の脚でその辺のスーパーで食材を買い漁り、「はーやーくー」と強烈に催促してきた。
仕方ないのでふたりして腕を振るうことになった。
ぼくもうしばらくしたらレース控えてんだけど。
まあ、頼られたからには何もしないというのもそれはそれで失礼だろう。買ってきてくれた食材は特に選別をしていないようだが、言い換えればごく普通にありふれた食材ということだ。どうとでもなろう。
というわけで、ざっと数品。トレーナーさんはこっちの食材で和風焼き魚定食を作ってみせるなど器用なことをしていたが、あっさり目の味付けなのもあって少し物足りないところだろう。
「あんかけチャーハンと牛肉のオイスターソース炒め、エッグタルトです」
「ふむふむ、ストライプ君は中華で攻めてくるのかい?」
「エッグタルトは中華ですか?」
「中華ですよ。香港料理で有名ですし」
というわけで、ぼくの方は味濃い目の中華だ。引退したとはいえタキオン先輩もウマ娘。平均的な食事量はそれこそ成人男性のそれを遥かに超える。満足感を得るにはうってつけだろう。
元々頭を回転させすぎて糖分が足りないとまで言ってあんな紅茶*1飲むくらいなんだからカロリーはいつでも欲しているはずだ。
「しかしあなた、中華料理の技法まで……」
「一時期中華料理漫画にドハマりしてたことがありまして……」
「ストライプ君もそういう健全に趣味を楽しむことがあるのかい?」
「ぼくを何だと思ってんですか」
「お金と策略のことしか頭に無いとばかり」
「ひっで」
お金稼ぎそのものが趣味みたいなものになってると言われると否定はできないが。
軽く笑うタキオン先輩はその次の瞬間、なにかに気付いたのかふと食べ進める手を止めた。
「ところでストライプ君、キミは意趣返しとか好きなタチかな……?」
「好きっちゃ好きですけど、なんです?」
「
しいて言えばシマウマソウルがそういう風に導いてるというか……ヒトソウル側はなんかティンと来たから中華にしようと思っただけっていうか……。
意図に気付いたトレーナーさんも苦笑いしている。
「……センシティブな問題はできるだけ避けてくださいね」
「ぼかぁ存在そのものがセンシティブの塊ですが」
「…………」
少数民族だし、肌の色もそうだし、髪の色もそうだし、出るとこ出たら色々巻き込んで色んなものを破滅させられそうだ。
面倒だしメリット何も無いからやんないけど。
さて、食事も終えて機嫌も良くなり、普段の調子を取り戻したタキオン先輩は、(勝手に)ベッドに腰掛け指を一つ立てた。
袖で見えねえ。
「さて、トレーナー君。私がわざわざイギリスまで来たのはただ食事のためだけではない」
「違うんですか?」
「もちろん違うとも!」
「限界に達して決壊したのは事実じゃないっすか」
「そういう本当のやつはやめてくれたまえよストライプ君」
少し喉を潤すためにか、タキオン先輩は紅茶(の色をした実質的に砂糖の塊)を口にした。
アレ逆に喉が渇くと思う。
「私が動くことがあるとすれば、検証か実験のときさ。カドラン賞はともかくチャンピオンステークスは私の研究テーマにはぴったりでね」
まあ、はっきり言ってぼくの脚はタキオン先輩の興味の対象外だろうな。そもそもカドラン賞自体も「速さ」を競う場でもないし。フランスに来る様子が無かったのも頷ける。
本来なら凱旋門賞の方は見に来ようと思ってはいたようだが、スプリンターズステークスが同じ週にあるからそっちを優先して泣く泣く諦めたそうな。
「ストライプのせいでレースが破壊される可能性が高いのですが……」
「へへっ」
「何を誇らしげにしているんだストライプ君」
変な話だが、「お前のせいでレースが壊れた」なんて言われたらそれはそれでこうなる。
だってレースのペース破壊すること狙ってるんだもの。他の人にとっての想定外はぼくにとっては狙い通りだ。
「そういった極限状態の中で発揮される速さもあるから、これはこれで好都合だけどね。おっと、こういう話し方をするとキミには悪いかな?」
「別にいいですよ、踏み台上等じゃないですか。簡単に踏んでいけるとは限りませんけど」
ある種、ぼくの存在というのはトゥインクルシリーズ内では大きな壁のように扱われている。すなわち、「サバンナストライプを倒せるかどうかが一流と超一流の境目」だそうな。
ぼく自身も徐々に成長していってるから一概にどうと言い切れはしないし、あくまでそういう噂があるという程度の話だ。
そういう風にレースを見ても別に構わないし、ぼくの能力が一種のバロメーターになっていてもそれは構わない。競うというのはそういうことだ。
でもぼくは天邪鬼なので踏み台になるにしても生半可なことでは踏まれないような仕掛けくらいは用意しておく。
試練というものはね、ちょっと*4厳しいくらいの方が成長を促せるんだよむはははは。
「ストライプは……試験官や問題作成には向いていないかもしれませんね……」
「ぼくに限らず闘争心の強いひとはだいたいそうですよ」
最初はいい。しかし、だんだんエキサイトしていくとウマ娘なんかは受験生との「戦い」に感じてきてしまう。これは良くない。
問題を解かれると悔しがったり、問題を「解かれたくない」という感覚が出てきてしまうようなひとは致命的なほどに試験官なんかには向いていないことだろう。
試験の目的というのはそれに相応しいひとの選別だ。受験者との戦いなどはもちろんありえないし、本当に受かるべきひとが受からないんじゃ話にもならない。公平、公正な視点が求められる以上、競走ウマ娘はこの分野においてまず向いていないことだろう。
「まあ、何の見どころも無いではいけませんし、タキオン先輩にはそれなりに『面白いもの』を見せられたらいいなとは思いますけど」
「ふぅン? ま、無理だけはしないように頼むよ」
こういうとき、怪我のことを気遣ってくれるのはありがたい……と思いつつ、あざまー、などと気の抜けた言葉を返す。
ぼくは
『もしもーし、おう何やヤブからスティックに』
「お疲れ様ですタマ先輩。ちょい時間あります? 聞きたいことがあるんですけど」
『ほな1分10万円やで』
「カード払いで」
「『ワハハハハ』」
まあぶっちゃけ払ってもいいくらいの情報なんだけど。
『ほんで何や?』
「っとですね、昔のレースのこと覚えてます?」
『当たり前やろ。どのレースか言うてみい』
「――オグリ先輩との有馬記念の時のことなんですけど」
○サバンナモノトーンのヒミツ①
姉の性格は嫌いだが姉の実績と努力をバカにされることだけは許せない。