マーベラスが4凸になったので初投稿です。
それから、しばらくトレーニングを見学してから、ぼくはコースにいる皆より先に寮に戻ることにした。
先輩たちと話をするのは今は避けておく。「見学はしたけどやっぱり入りません」となるとちょっと気まずいし。
……けど。
(魅力的なのは間違いないんだよなぁ)
やっぱり、あの環境は得難いものだ。
ベテランのチーフトレーナーに実績と実力を兼ね備えた先輩たち。データ主義でトレーニングも効率的。
サブトレさんも即断即決を旨としていてやや強引なところがあるくらいで、優しいひとではあるし。
内心、だいぶ傾いている。けど、他のチームと比較検討したわけでもないし……。
「――――ん」
公平を期すためには、やっぱり他のチームの見学に行くのも大事なことではあるよね。
けど、スカウトを直に受けたベテルギウスならともかく、所属メンバーの走りを見せる=手の内を晒すことになりかねないのに、練習の見学を……というのは、許可を出すものだろうか?
流石にそこまで気にすることもないかもしれないけど……うーん。
「――――ちゃん」
体作りをするなら早いに越したことはないし、早めに結論も出しておきたい。
けど、だからって焦りすぎるとろくなことがない。それこそ、場合によってはもっとぼくに合った環境がある可能性も否定できないし……。
「トラちゃん!」
「ぅえ?」
そこでようやくぼくは我に返った。
中空にさまよわせていた視線を元に戻すと、マヤノとテイオーとマーベラスが怪訝そうな顔をしながらぼくのお皿からチキン南蛮を取って食べていっている。
待ってほしい。気付いたらお皿が空になってる。全部取って食べたの? ぼくが上の空になってる間に?
「どうして」
「流石に手元にあるもの取ったら気付くでしょって思ったのに、ストライプ全然気付かないし……だんだん面白くなっちゃって……」
「食べ放題のトレセン学園じゃなかったらさすがに泣いてたよ……」
「食べ放題のトレセン学園じゃなかったらこんなことしないよー」
「何か悩み事?」
考え事? どころか一足飛びに悩み事があると察するマヤノがすっごい。
「選抜レースの後からこんな感じだからー……ズバリ! スカウトの話だねっ☆」
「うん」
「あっはは、まさかそんな早ウェェェェェ!?」
「マーベラス!」
「やっぱりそうなんだ! いいないいなー、あーあ、マヤも早く素敵なトレーナーさんにスカウトしてもらえないかなぁー」
ぼくが言葉を話す前に結論にたどり着くのやめてくれないかな、マヤノ。状況証拠から過程を経ずに即結論に至ってるんだろうけど、ちょっと怖い。
それにしてもテイオーの反応には安心感がある。ぼく自身も早すぎない? というのは思ってるし。
「ボク聞いてないよ!」
「言ってないし……」
「ひとに聞かせるようなことでもないしねぇ」
「そう言うテイオーの方がよっぽどスカウト来たんじゃない?」
「まあね~。でも、あんまりこう、ビビッ! って来るひといなくってさぁ」
「フィーリングかあ」
テイオーが大事にしないといけないのは確かにそこだろう。
テイオーのことをよく見て、ともすると繊細とすら言える肉体にちゃんと向き合える人じゃないといけないと思う。
「まあこのボクならたとえどんなトレーナーでも楽勝だろうけどね~」
「「「ナイナイ」」」
「えぇ-っ!?」
「だってテイオーちゃん、危うくトラちゃんに負けかけてたよね?」
「うぐっ」
「出会いを大事にしないのはノットマーベラス」
「選抜レース直後も脚ガックガクだったし」
「うぐぐっ」
そうしたのはぼくだけどね。
だからあんまり好きじゃないんだよなぁ、友達とレースするの。走り方はともかく、戦法が他のウマ娘の脚を潰すようになるもの主体で、特にテイオーのように繊細な脚だと、最悪の場合ケガをさせてしまいかねないから。
確かにテイオーはそれを才能とフィジカルで粉砕してのけたけど、同じようなことをし続けたとしたら、それこそ本来のタイミングよりも遥かに先に脚が壊れるだろう。
だからこそ、ちゃんと息を合わせて歩んでくれて、脚のケアも怠らないトレーナーさんが必要になる。そこをしっかり考えるのが、テイオーにとってはまずスタート地点と言えるのではないだろうか。
「ちゃんとしたトレーナーさんがついてないと、テイオーそのうち体壊すよ」
「……参考にするよ。それで、何悩んでるのさ」
「他のチームのこととか全然知らないから、このままオッケー出していいものか迷ってて」
「専属トレーナーさんじゃなくってチームなんだ。どこのチーム?」
「チームベテルギウスってとこ」
「ベテルギウスって……どういうチームだっけマベちん」
「リギルのおハナさんがトレセン学園に来る前まで最強って言われてたチームだね★」
「えっ、そんなすごいチームだったの……」
「十数年前の話だから分からないけど、三冠ウマ娘が所属してたって話を聞いたことがあるよ」
えっ、本当に凄いチームじゃないか。
会長やミスターシービーは今でも現役でドリームトロフィーで走ってるし……となると、時空の歪み方から考えるとセントライトやシンザン?
十数年前くらい、となるとタイミングを考えれば妥当なのはあの
「ストライプの気持ちも分かるけど、あっちから声をかけてくれたってことはこれはもうマーベラスな必然だよっ☆ 前向きに考えていいかも★」
「う、うん」
「あ、検索してみたらそのひとのレースの動画あるかも! 参考にしてみたら?」
「ナイスマヤノ」
「ナイスマヤノ!」
「ネイチャちゃんと合体してるみたいだからやめてよー」
ネイチャの抜群の安定感とマヤノの洞察力をフュージョンしたら強くない?
そんな益体もないことを考えつつ、マヤノのスマホに表示された動画を皆で覗き込む。
「あった、これだね! 2XXX年菊花賞出場のギンシャリボーイ!」
「なんて?」
「ギンシャリボーイ!」
「ぎんしゃりぼーい」
待って?
そっちの方なの? 三冠ウマ娘ってそっち?
確かにあれも大概無敵の戦績持ってるけどぼくらより十数年先に生まれてトゥインクルシリーズ制覇してたの?
混乱をよそに動画は始まり、ワクワクした様子の三人と裏腹にぼくの心は徐々にげんなりとしていく。
だいぶ前の動画だから仕方ないけど、映像はやや粗い。食堂だから音声も大きな音を出すわけにいかないし、と思って目を凝らして見ると、パドックの中で悠然と立つ鹿毛の少女が目に入った。
髪に混じる綺麗な直線の流星――どことなくテイオーや会長に似てる――が印象的だ。勝負服は、黄色を基調として赤いシャクナゲの模様が散らされた和装で、幸いなことによく目立つ。目印としては申し分無い。
「あ、始まったよ」
誰と感情を共有できるでもないまま、レースが始まる。
菊花賞は京都レース場で行われる芝3000mの長距離レースだ。ぼくたちは四人とも長距離は苦手じゃないので、これも勉強にと思うことにしよう。映像粗いけど。
出走表を見てみるけど、これはすごい。当然と言えば当然なんだけど、レジェンド級ばかりだ。
「カイチョーより前のレコードって誰だっけ?」
「ホリスキーの3分5秒4だね★」
「マヤノ、動画説明文とかにこの時のレコードって書いてない?」
「あるよー。3分10秒7だって」
タイムそのものは当時の視点からでも平均的だ。
レースの展開は、ギンシャリボーイは先行集団の中で好位置をキープするもの。先頭集団はやや脚を抑え気味で、1000mの参考タイムは1分2秒強。当時で考えてもそれほど速くない程度のタイム。
しかし……こうして見ると、ギンシャリボーイの全体的なバランスの良さを思い知らされる。
体格、パワー、コース選び、スタミナ、スピード、あらゆる能力がハイスペックにまとまっている。先行策は先頭集団の直後につけていかなければならない分精神的にも肉体的にも消耗が激しいのだが、一向に息を切らした様子も無く、薄笑みすら浮かべて余裕の走りを見せている。
一周目を終え二周目へ。3コーナーまで大きな動きは見せていなかったが、ギンシャリボーイはそこで先頭集団の背後にピタリとつけた。それから4コーナーまでもまだ動きは見せない。ジリジリとした緊張感の中、最終直線に入ったその時――ギンシャリボーイはまるでワープしたように、前にいたはずの走者の更に前を走っていた。
「え?」
「ちょ、ちょっと戻して! スロー再生で!」
「う、うん」
映像が巻き戻り、先程の状況をスローで見せてくる。
そこでようやくそのカラクリが分かった。
ギンシャリボーイは、
通常、ぼくらウマ娘に限った話じゃないけど、少しでも方向転換を行おうとすればその分ロスが生じるのでやや速度が遅くなる。斜行*1の危険もあるため、基本的には前が拓けていないとスパートをかけるのは難しい。
ウオッカが凄いとよく言われるのはこの辺りだ。自分の周りをほとんど囲まれた状態だったのに、僅かに隙間が開いた瞬間そこに体をねじ込んで、残り1ハロンのところから見事なごぼう抜きを見せ1着でゴール。勝負勘と度胸、スピード、それから加速力を生むパワー。全部が揃ってないとできない芸当と言えるだろう。
ギンシャリボーイはそれとはまた違うけど、これも恐ろしい。視野の広さと判断力、減速しない方向転換と異次元の末脚で、他のウマ娘が前にいようがいまいが関係なく抜き去っていく。
ブロックができないし囲めない。いつの間にか前にいる。常に一番いい位置を取られ続ける。
……まさか、これは……。
(スシウォーク――――!!)
名前こそついていなかったけど、間違いない。多分これは、今ぼくだけが知っていること……あの欽ちゃん走りをそのままウマ娘の技として昇華させた形に違いない。
嘘だろ。あのトンチキ技がマジのレースに持ち込むとこんなにも凶悪な技になるのか。
ギンシャリボーイはそのまま前の走者を全員躱し4バ身差の1着。その表情には未だ、余裕の色が見えた。
「…………」
「マーベラス……」
「これが三冠……」
それぞれに思うところはあるだろうけど、ぼくの考えはまた別の方に向いていた。
三冠ウマ娘、ギンシャリボーイ。彼女がぼくらと同じ時代に生まれてこなかったというのが、ひどく惜しいことに思えてならなかった。
JAPAN WORLD CUPの覇者。三回連続で出場しその全てで勝ち星をあげ名を挙げ、その立ち位置を確固たるものとした彼女は、ぼくらよりも遥かに早くこの世界に根を下ろすための
ただその結果、リムジンやスナイパーが生まれるのを待つことなく、引退してしまった。……JWCの主人公とも言えるギンシャリボーイがいないというのは、ある意味片手落ちだ。
でも、逆に……この時代、リムジンやスナイパー、ドーナッツやぼくの現役の期間が重なっていること自体は、間違いなく幸運だ。ぼくがそうだからという曖昧な根拠でこそあるけど、きっと彼女たちもJWCというレースに漠然と「何か」がひっかかるはず。今、ウマ娘になっているぼくらだからこそ見せられるレースもあるはず。
心が、ワクワクしていた。
「うん――決めた」
ただの名前でしかなかったものに、内実が備わってきている。
イロモノと思って避けようとした自分が恥ずかしい。印象だけで語ってどうするんだ。レースで語られて目が覚めた気分だ。
考えてみれば環境的にもここしかないくらいじゃないか。
まさに
「ぼく、スカウト受けるよ」
「判断が早い」
「今まで悩んでたのなんだったの……」
「気の迷いかなあ」
「マーベラス! 一期一会を大事にね★」
それじゃあまずは……チームの部室に行ってお返事からかな?
追加JWC産は1、2人程度と言ったな。
あれは嘘だ。(崖に落ちる音)
あとシーワールドの件についてはすみません、あれよく見たらアシカ科ですね。訂正しました。