無理をした、という自覚はあった。
ただ、普段の調子が調子なだけにあまり深刻に捉えていなかったのはある。
――結論から言うと、ぼくはウイニングランの直後に血を吐いて倒れた。
……見たままを言葉にするとメチャ深刻なようだが、少し待ってほしい。これ、ただ逆流する鼻血に耐えきれずオエッと来たところに頭痛が来てそのままダバァしただけなんだ。
ただ、何せビジュアルが悪い。モノちゃんは卒倒するし一緒に走ってたウマ娘たちはビックリ通り越して顔を青くして皆して医務室に運び込もうとするし。結局、勝利者インタビューどころではなくなってしまった。
モノちゃんは「無駄な心配させんな!」とブチギレて帰るし、タキオン先輩は笑いすぎ、トレーナーさんには大いに呆れられた。
英国淑女たちからは無事だったことの安心と共に口々に皮肉を聞かされたが、今回は心配かけたぼくが悪いので素直に受け入れておく。
勝利者インタビューも別の機会に延期となり、日本の関係者以外が退室した頃。ようやくと言った様子でトレーナーさんが切り出した。
「『アレ』は……等速ストライドですか?」
「
「いつもならここで冗談を飛ばしてくるところだがね」
頭痛で今はそれどころじゃない。我ながらなかなか変な話だ、調子が悪い時の方が真面目になるとは。
史実のどっかの金色の旅程かな。*1
「2000mの間
「クククッ! それよりも等速ストライドだよトレーナー君! ウマ娘の技術の中でも一つの到達点とすら言えるものを、全く違うタイプのストライプ君が模倣したんだ。精度こそ及ばないが、感覚を覚えているうちにまずは原理を言ってみてくれたまえよ。再現性があれば一個の『技術』として陳腐化、改良が可能になるかもしれない! さあ、さぁ!」
メチャクチャ距離詰めてくるこのひと。
しかも興奮してまくしたてるから頭にかなり響く。ウボァ。
トレーナーさんが止めてくれてはいるが、この分だと説明するまで放してくれなさそうだ。ゆっくり先程の状況を思い出す。
「まず
「ああ!」
「頭に叩き込んでるコースデータと実際のコースとを目視で照らし合わせて補正……」
「うん……うん?」
「あとは体の方をミリ単位で制御してコースの方に合わせるだけです」
「頭がどうかしているのかい?」
他の誰に言われても大概は納得するけどタキオン先輩に言われるのだけは納得いかねえ!
「ありますか? 再現性」
「無いとは言わない。だが現実的じゃあないね。そんなやり方だと私なら2秒で息が上がるよ。ストライプ君と同レベルの異次元のスタミナ能力があって初めてスタート地点といったところさ」
トレーナーさんの疑問に、誤って無糖コーヒーでも口に含んだような表情でタキオン先輩が応じる。どうやら相当な異常事態らしい。
もしかしてぼくの
「何にせよ、その疑似・等速ストライドは今後使用禁止ですね」
「……でしょうね」
否定する要素は無かった。オーバートップスピードの無減速クロスステップは、まだ技術的に改善の余地があるからともかく、頭の中(物理)の問題は技術でどうこうなるものではない。
「距離にして1ハロン使ったかどうか、だというのに鼻血が出たり頭痛がしたりというのは看過できません。もっと早いタイミングでそうなってしまえば、自滅も同然です」
「濃密すぎる情報を処理するためにか、脳に血流が集中したのだろうね。頭痛は血管が急速に拡張したせい――偏頭痛でよくあるアレだよ」
「あー……ストレスとかホルモンバランスの崩れとかでなるやつ……」
「鼻血もそれと似たようなものかな。初めての経験で、まだ体が慣れていなかったのが幸いというところだろう」
「慣れてなかったのが幸い……ですか?」
「慣れたらそれだけ血管が拡張するのが早まるじゃないか。ひとがものを考えるためには酸素や糖分――血流が必要だからね。慣れれば慣れるほど血管は早く拡張し、頭痛は早く訪れるようになる」
あるいは、体の方がそれに適応しきってしまえば違うのかもしれないが、ここまでの負担は慣れるだけでもいつになることやらわからない。
その間レースに出ないというわけにもいかないし、ずっと鼻血垂れ流し状態になるのも論外だ。次使ったらいつ頭痛が襲ってくるのか分からないというのも怖い。今回は1ハロンもたないくらいだったけど、じゃあ次はそれより若干短い距離で……となるとは限らない。もしかしたら50m、10m走る間にすぐ頭痛や鼻血が来るかもしれない。賭けとして使うにも分が悪いという段階を超えている。
呼吸はアスリートにとっての生命線だ。口呼吸すればいいという問題ではなく、片方の呼吸方法が不自由になったらそれだけで確実にパフォーマンスはガタ落ちになる。
こうなると「いざとなったら」とかそういうレベルの話じゃなくて、完全に「禁止」だ。
タキオン先輩がこの話始めてずっと真顔なのも深刻さを物語っている。
「八艘飛びやミスディレクションみたいなぼくだけの技ができたとか思ったんですけどね……」
「『煽り』でいいじゃないですか」
「『煽り』でいいだろう?」
「語感悪すぎ問題」
煽りの名手って字面だけ見たらネット掲示板のタチ悪い荒らしじゃねえかよぉ……。
……いや……レースは荒らしてるけど……。
「スペ先輩の日本総大将とかスカイ先輩のトリックスターみたいなカッコいい異名とかも無いし……」
「二代目トリックスターとは言われているじゃないですか?」
「『二代目』はやでーす」
「グラス君の二代目も継承する気かいキミは」
「だって未だに異名が詐欺師とか扇動者とかじゃないですか……世界を股にかける詐欺師! とか世界的犯罪組織のボスとかじゃないですかもうヤですよマジモンだと思われて税関で声かけられるの……」
「今見たらキミ、よそから急にやって来てレースを破壊して1着をかっさらうというのを繰り返したせいでテロリストという異名がつけられつつあるようだよ」
「うおぉ……」
ぼくは軽く泣いた。
また入国審査が厳しくなってしまう。
・・・≠・・・
「あっ、テロリストが来たぞ」
「出るとこ出て大問題にすんぞ」
「ジョークジョーク、ブリティッシュジョーク。怒った顔は妹に似てるね」
数時間後、頭痛も鼻血もおさまってウイニングライブの打ち合わせを終えた後、部屋の外で待ち構えていたらしいランフィニからそんなことを言われた。
これがレース中の挑発なら高い効果を発揮したことだろう。
「海外遠征に行ったらその調子で『ブリティッシュ』を僭称するのはやめなさい。国そのものの品位が疑われます」
「やあ3着のひと」
「お黙りなさいG1未勝利」
「ぐぇ」
次いで姿を見せたデイブレイクは、そんなランフィニを一刀両断してみせた。反撃のマウント取りも返す刀で一蹴。
ぼくならここから「でも私の方が速い」みたいな返しをしてしまいそうだけど、そうなったら野良レースがこの場で勃発しかねないかもしれない。
「……改めて、一着おめでとうございます。まさか、本当に先行策を取ってくるとは思いませんでした」
「そう思わせるところまでが作戦です。裏をかくことができて、ホッとしました」
「待った」
「なんすか」
「砕けた態度を向けてくれて嬉しいよ。いやそれはいいんだけど。そう思わせる?」
「色々あるけど……」
ぼくは長距離で純粋な力押しができるレースを除けば、できるだけ策を弄してレースを組み立ててきた。相手がこちらに対応してきた場合でも、その想定を外したり手を尽くしたり――時には負けたり――してきたこともあり、「サバンナストライプは奇策を使ってくる」という印象を刻むことに成功しているだろう。
では、こんなウマ娘が奇をてらわない先行策で押し切るなんて、見ている側は考えるだろうか。
ランフィニにも「先行策」と伝えたにも関わらず、その可能性を真っ先に排除したことを考えるとぼくが
だからこそ、あえて正直に作戦を話したとも言えるのだけど。
そう伝えると、ランフィニは顔を強張らせた。
「な、なるほど……つまり、ここまでの
「まあこんな手二度と使えないけど」
トレーナーさんに言った通り、今回のテーマは「正面突破」だった――というお話。
本当に誰も信用しやしないの。ウケる。いやウケとる場合か。
見せ札は大きければ大きいほど、強ければ強いほどいい。深く印象が刻まれればそれだけ本命をグサリと刺しにいけるのだから。
こんなこと二度とできないだろうけど、出し惜しみして本格化終わって使う機会ありませんでした、とかになると本末転倒だ。ギャグにもなりゃしない。
イギリス最高峰のレースともなれば、手札の切りどころとしては最良だろう。
「じゃあついでにもうひとつ、最終直線のあの自爆テぐああああああああああ」
「最終直線の異様な
すげえ。まるで今まで何度も同じようにやってきたかのようなアームロックが綺麗に極まってる。
「セクレタリアトの真似……の、未完成版です。あんな状態になってしまうので、二度と使いませんけど」
「……原理を聞いても?」
「いいですけど」
あっさりと原理を教えたぼくに、ふたりは怪訝な表情をした。
しかし話を聞いていくとその理由が見えてきたのか、ふたりして「こりゃダメだ」とでも言いたげな表情で呆れていた。
後日真似したらしいランフィニがモノちゃんに発見されてなぜかぼくが怒られたのはヒミツだ。