勝利者インタビューがウイニングライブの後に行われるという予定変更を経て翌日。予定通り、ぼくとトレーナーさん、あとタキオン先輩はロンドン、ヒースロー空港にたどり着いていた。
盛大なお見送り――なんてものがあるわけは当然無い。
正直言うとちょっと期待してしまった部分はある。いっそこのままドイツに行ってバイエルン大賞*1でも破壊して来ようかと思った程度には。やらないけど。
とはいえ来るひとはいないわけではなかった。
「やあ! 私だよ」
「帰れ」
ランフィニである。
最近このひとぼくからのぞんざいな扱いを楽しんでるんじゃないかと思ってきた。
もっとも、やってきたのは彼女だけじゃない。呆れた表情を見せているデイブレイクもいるし――当のランフィニの後ろに隠れるようにして、白黒の尻尾を揺らす小さな影もある。
「おっと、帰っちゃっていいのかな? キミの妹も一緒に連れて帰るけど?」
「ハイあまり意地の悪いことを言わない。……今回は色々と勉強させていただきました。そう遠からずまた会うことにはなるでしょうが……またいずれ」
「はい。また」
この口ぶりからすると、デイブレイクはどうやらジャパンカップに出るようだ。確かにそれなら、近くまた会う機会はあるだろう。
ではランフィニはどうなのか……と視線を向けると、彼女は手を振って否定を示した。
「私は行かないよ。年内休養で来年から始動」
「ふーん」
「で、キミは次何に出るんだい?」
「ジャパンカップ」
これはチャンピオンステークスに勝った時点で半ば自分の中で決まっていた。というのも――チャンピオンステークスで優勝したウマ娘がジャパンカップに出た場合、報奨金が出るためだ。*2
最近強さの方にフォーカス当ててるけど別にぼくはお金稼ぎをやめたわけでも比重を減らしたわけでもない。世界最強の座は欲しい。それはそれとしてお金も欲しい! というだけだ。
トレーナーさんは苦虫を噛み潰したような表情をしている。そりゃトレーナーの立場からすれば今年全休でもいいくらいだわな。ぼくは全然いけるんだけど。
「では、もう一戦……ですね」
「ええ、次も勝たせてもらいます」
「キミその前に国内の強豪に勝てるのかい?」
「横から冷水浴びせるのやめてくださいタキオン先輩」
そこんとこかなり危惧してるんだからマジで。国外での能力こそ証明されたけど、国内中距離はまだ試してないし……。
いや、多分できないことはない。……はず、なんだ。多分。実際走れてはいる。ただちょっと中距離だと強すぎる相手がいるだけなんだ。
「おい」
「ん?」
モノちゃん?
今まで沈黙を保っていたモノちゃんが突然口を開く。親指で別の場所を指さしてるのは、場所を変えようという提案だろうか。
トレーナーさんたちからは、目線や首肯で「行ってこい」と促されている。
「トイレか?」
「違わい!」
昔はトイレ行くのについてきてくれってぴーぴー泣いてたくせに。
モノちゃんに連れられて近くのベンチに腰掛けるが、何か言いたそうに口をもごもごさせるばかりで喋る気配がない。
フライトの時間もあるんだけどなぁ、と焦りが出てくると、モノちゃんもようやく意を決してこちらに指を突きつけてきた。
「……何で普通に走って強ぇーのに普通には走んないんだよ」
「は?」
スワヒリ語……他人に聞かれたくないからか、あるいは単にふたりだけだからだろうか。こっちは対応するには全然問題は無いけど……。
「ちょこまか汚ぇ真似してさ、評判も悪くして、何でそんなことすんだよ」
「まず汚いかどうかってのは認識の差が……」
「そうじゃなくって!」
「……?」
「納得いかねーの! アタシらの中でいっちばん強くてナイロビでスカウトされたりする姉貴が
「……は、はぁぁぁ……!?」
……いや、確かに下の子と比べるとモノちゃんは特にトゲトゲしかったけど、あれって原因こんなことなの!?
「あ……あのなぁ、一地方、一国……って単位で多少強くても、世界って単位で見れば凡庸になって……」
「ンなこと分かってるけど納得できないの!!」
「支離滅裂なことを言うな」
こ……こいつ……まさかぼくの強さの認識が、昔家族でかけっこした時のままになってるんじゃないか……!?
年齢差もあるし知識の差もあるしでぶっちぎってて当然だろあの時期は!
そりゃ幼年期の記憶は衝撃と共に心に残りやすい部分はあるけど……。
「あのな、そりゃぼくも理想の走りのひとつやふたつあるさ」
「あんの?」
「ある」
スズカ先輩の逃げ、会長さんの先行策、「ナタの切れ味」に等速ストライド、ギンシャリボーイ。理想は常に頭にある……が、理想は理想だ。
ぼくの脚では模倣はできても、再現はできない。そこが限界。それでは勝てないんだ。どんな状況にも対応できてどんな相手にも勝てる走法なんてものは存在しないのだから。
「でもレースは甘くない。どんな走りをしてもねじ伏せてきそうなくらい強いひともいる。だから必死で、自分の理想をどう活かすのか、どんな状況でそれを表現するのが最適なのかを考え続ける」
いつでも理想的な走りができるとは限らない。できたとしても、勝てるとは決まってない。
だから丁寧にシチュエーションを整える。出るレース自体を選別し、心理戦を交えて相手の行動を誘導し、自分の理想の走りこそがその状況に最適になるようにする。そこで初めて「やりたいこと」ができるようになるんだ。
「ぼくだって正攻法で勝てるならその方がいいよ」
「え!?」
「姉を何だと思ってるんだ」
「他人を陥れることが大好きなやべえ奴」
「ほう」
「あ」
「お前の仕送り3ヶ月間減らすわ」
「うわーん!」
バカめ。よりにもよって学費や生活費を出している相手に墓穴を掘ったな!
そもそもぼくはお金稼ぎも勝つことも好きだし、そのための努力もあまり苦にしないタイプだが、好きなのはあくまでレースにおける駆け引きであってひとを騙すことじゃない。
関わった相手を破滅させたりするわけでもないし何だよ陥れるのが好きって。風評被害も甚だしいわい。
「……まあ、何がしたいにしても、レースはひとりでやるものじゃないんだ。やりたいことがしたくても通らないことはいくらでもある。タイムとか、筋力とか、目に見える形だけじゃなくて『やりたいこと』を貫くための試行錯誤にも、少しだけ目を向けてほしい。モノちゃんだって、ランナーとしてのタイプはぼくとそう変わらないんだから」
ぼくに敵愾心を抱くことは別にいい。けど、そのために目を曇らせて自分の適性を見失ってほしくはない。
そういうニュアンスを込めて告げると、モノちゃんは「ん」とだけ返して元の場所に戻っていった。
伝わったかな。伝わってるといいけど。まあ、どちらでもいいか。妹の人生に干渉しすぎるのも良くない。できるのはアドバイスだけだ。
ともかく、これで今回の遠征は全日程が終了。
ぼくたちはようやく日本へ向かうことになるのだった。
・・・≠・・・
日本に帰国して三時間ほど。想定を大きく超える盛大なお出迎えなどはあったものの、大きなトラブルも無く寮にたどり着いたぼくは、そのまま簀巻きで正座させられることになった。
「まさか帰ってきて早々に日本の風情を感じることになるとは思ってもみなかったよ」
「言ってる場合か」
お出迎えに来たと思ったら即簀巻きにすんの。主にスカーレットとウオッカが。
そのまま寮のぼくの部屋にポイよ。足の下、負担にならないようにするためにか座布団敷いてあるけど。
石抱きじゃないだけマシとも思えないではない。
「ストライプちゃーん☆ 説明」
正面でカワイく立ってるカレンだが、威圧感漏れてる。
ちゃんと何を説明してほしいのか言ってくれた方がいいのだけど、推測はできてるでしょ? という無言のプレッシャーを感じる。
「等速ストライドを感覚じゃなくて理論で真似しようとしたら、過負荷に耐えられなくて鼻血出ました。なのであれは吐血でも喀血でもなく鼻血です。現場からは以上です」
「おバカ!」
どうやら重大事じゃなかったらなかったで心配させた罪ということで怒られはするらしい。反省。
石抱きの石の代わりにテイオーのぱかプチがスカーレットの手で載せられた。
まだ
先に一度試しとけよなー、とウオッカに言われたけど、そもそも
「まったくもう……勝ったんだから素直にお祝いさせてくれないかしら」
「勝ったとして素直にお祝いになるケース少なくない?」
「今回は倒れなければ皆素直にお祝いしてたと思いますわ……」
「そうかなぁ……」
「トラちゃん、ちゃんとお祝いされることが少なすぎて疑心暗鬼になってない……?」
……それは若干そうかも知れない。
○オマケ
Q.ストライプが海外で勝利したけどスカウトしなかった人たちはどういう気持ち?
・新人トレーナー等
1回目の選抜レースで素質を見抜けるのはおかしいのではないだろうか。
・中堅トレーナー他
うちで面倒を見ようと思ったら間違いなく持て余して実力を発揮できなかった。
結果的に老舗チームでノウハウが構築されているベテルギウスに所属することになったのは正解だった。
・ベテラントレーナー(元チーフ)
あれを一発で見抜いたうちの娘すごくない?