【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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ナチュラル強者発言

 

 

「そういえばあなた、無減速クロスステップ(アレ)については情報開示をしていないんですね?」

 

 後日。小技のレパートリーを増やすためのトレーニングをしている最中、唐突にトレーナーさんからそんなことを問われた。

 策について広める、全部話す――という前提で伝えたせいだろう。

 

「作戦を開示するのと技術を開示するのは別問題でしょう?」

「わぁ詭弁」

 

 ウフフ。

 でも実際語ってもしょうがないんだこの辺。

 作戦も――まあ個々人の資質に左右される部分が大きいが、走行技術はそれに輪をかけて資質と才能が求められる分野だ。

 無減速クロスステップ(スシウォーク)は努力である程度模倣できるが、ぼくがマスターしたのはほんの最近のこと。ゼロからのスタートで概ね3年かかってる。

 何度も言うようだが、普通のウマ娘ならその3年を使って基礎能力を徹底して伸ばしたほうが絶対に良い。あくまで能力的にほぼ頭打ちだったから技に手を広げに行ったんだ。下手に技について広めて、本来そのウマ娘のあるべき成長を妨げるのは本意ではない。

 もちろん、戦略面でこれに関してあまり語りたくない、という思惑もある。どういう方向で推測を立ててもいい。どれも正解だ。そもそも独力で無減速クロスステップ(それ)の情報を得たんならギンシャリボーイと同じ技だということはすぐに気付けるだろう。

 動画の主目的は「作戦について考え方を広める」ことで、走行技術の開示じゃない。

 

「本家本元レベルまで鍛え上げていつでもどこでも使えるようになればともかく、領域(ゾーン)突入の前後くらいの集中力がないと使えないですからね、今は。話さなくて済むなら話しません」

「抜け出す隙間くらいは、まあアタシらの体格なら見つけられるだろうが、斜行や接触の危険があっからな」

 

 ドーナッツ先輩の補足に頷いて返す。

 ぼくらも実戦で使えるように鍛えたけど、完成度は……まあ、八割くらい?

 ギンシャリボーイのそれと比べたら、まだ粗さはどうしても残る。

 

「私は囲まれたことが無いのでわかりませんが――」

「出たよナチュラル強者発言」

「これはもうリアルニンジャであろう」

「どうなってんですかねホント」

 

 無減速クロスステップの生みの親は、等速ストライドの生みの親と同レベルに技を()()にしている。

 領域(ゾーン)に入るとか入らないとかの問題ですらなくて、息をするように使えるわけなので囲まれないし、囲まれそうになった瞬間にはすぐに抜け出せてしまう。

 当時一緒に走ってたウマ娘からすればとんでもない理不尽の化身だろう。だから同期から一緒に走るの辛いって言われるんすよ。

 ぼくも辛さで言えばあんま他人のこと言えないけど。

 

「――あなたもひとのこと言えないでしょう。囲んでくるなら分かりやすいからむしろカモだとでも思っていそうですよ」

「分かりやすいしめっちゃ対処しやすいとは思いますよ」

「こやつヤバい」

「いや囲んでくるのどう対処すんだよ」

「横につけてくるのに合わせて前に出るか下がるかすればいいじゃないですか」

「そういやこいつほぼ自在脚質だったわ」

「ストライプの言う通りですよ。多少はなんとでも」

「トレーナー=サンは少し黙っていてくれ。今大事な話をしているんだ」

「酷くないですか?」

 

 追い込みはそんなに得意じゃないので「ほぼ」である。

 トレーナーさんは……少し離れた所に行っていじけてしまった。あんたもういい年だろ。

 いや、確かにこのひといると、現役時代無敵でした私の方が強いという話になるから雑談に入られると若干困るけど……。

 

「んでだよ、お前アタシらの技結局使えんのか?」

「いや無理っす」

「お前ーっ!」

「ぐえーっ」

 

 思わず肩に軽いチョップが入ったが、正直こればっかりはマジで無理。

 だって八艘飛びはドーナッツ先輩の人並み外れた緻密な計算能力の賜物だし、スナイパー=サンのミスディレクションはこれまた天性の観察力からなるものだ。考え方やその「さわり」くらいまでは理解できるけど、技術で模倣するのはまず無理だ。

 ――そんなことを言って返すと、ふたりは得意げに鼻の下を擦ってみせた。

 ぼくが真似できないことに怒ったくせによぉ…………いや、まあ……自分の技が自分独自のもので他の誰にも真似できないっていう話は惹かれるものがあるけど……。

 

「勝率高めるっつー話どうなってんだよ、あーっ!?」

「まあ……どうにもならないもんはならないっていうか」

「オヌシ諦めが良すぎぬか」

「トライアンドエラーを繰り返すためには、無理と思ったことはパッと諦めることも必要なんですよ」

 

 物事は繰り返すことで成功率を上げられるが、本番に間に合わなければ意味がない。きっちり取捨選択して物事に間に合わせるのが大事……なんだけど、必ずしも見切りが早いのが良いわけじゃない。前のぼくみたく自分の限界を決めつけて上限を勝手に設けてしまうことだってあるわけだし。

 でもどっちにしたって不可能なもんは不可能である。

 

「ぶっちゃけ聞くぞ、勝率今何パーだ?」

「一割強」

「ほぼほぼダメじゃねーの!?」

「10回やって1回勝てるなら通し放題ですよ」

「うむ。100回やって10回スリケンが当たるのなら1000回投げれば100回当たるのだ」

「ニュアンス違くねーか」

「勝てるか分かんない理由は……まあ色々あるんですけど」

 

 今年のジャパンカップに出走する顔ぶれは有記念並の豪華さで、単純にこのウマ娘を対策すればいいという話はひとつも無い。

 ペースを上げるのはマックイーンやアイネス先輩にとっては望むところだし、スローペースにしたら今度はデイブレイクやテイオーの方が本領を発揮する舞台が整ってしまう。

 ざっくり一割強(12~13%)とは言ったが、実のところ勝ちのビジョンは頭にまるで浮かんでこない。

 

(苦手意識で大なり小なりバイアスかかってる部分はあるだろうけど……)

 

 結局、大して技の習得などはできないまま、今日はトレーニングを終えることになった。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 後日。その日の自主練のノルマを終えたぼくは、学園近くのカフェにやってきていた。

 悪い方向に行き詰まりそうな考えを一度リセットするには、少し環境を変えるのがいい。制服からジャケットに着替え、帽子で髪を隠してサングラスでもかければだいたい変装完了。知り合いや勘の良いひと、よっぽどぼくのことを知ってるファンでもない限り分からないだろう。

 仮に分かったとしてもトレセン学園周辺ということもあって、学園所属のウマ娘は普通にその辺で見かけるため、こういう状況での接し方というかマナーをある程度弁えているひとは多い。

 さて、ともかくもう頭が疲れたので糖分が欲しい。たっぷり欲しい。

 

「エスプレッソ砂糖ミルク多め、あとフレンチトーストはちみつたっぷり」

「メチャクチャ普通にスルーされてるの」

 

 ちなみにこのお店、アイネス先輩のバイト先のひとつである。

 外からふと見かけたので立ち寄っただけで他意はないのだが、変に警戒をさせてしまっているようで入店から度々様子を見に来られてしまっている。

 逆に何もしないことで相手の警戒をスカして無駄に疲れさせる手もあるけど、今は別にそのつもりも無い。

 タブレットを取り出して動画を再生する。マックイーンたち……ではなく、最近の注目ウマ娘がメインだ。例えば阪神ジュベナイルフィリーズへの出走を決めたフラワー、デビュー直後から身体的に抜群の完成度を誇るミホノブルボン、あと先日の2戦目で惜しくも敗れたものの「普通に強い」タンホイザ、などなど。

 ジュニア級の走りを見て学ぶところがあるのかと言われることがあるが、育成理論それ自体が日進月歩で常に変わり続けてるし、作戦だってぼくが考えつかないようなことをするウマ娘は必ずいる。

 ぼくの頭なんて、必要に駆られた上にある種の「ずる」をしてゲタを履かせてるだけなんだから、本当の意味で頭脳面の天才とも呼ぶべき相手が現れればまず頭脳戦では勝てない。

 だから、たとえ新人であってもレースを見れば必ずそこには学びがある……というのがぼくの持論だ。

 

「お待たせしましたなのー……あ、ジュニア級の子たちのレース?」

「先輩たちのレースは飽きるほど見たので気分転換です」

「飽きるほどって……」

 

 大まかなクセが分かるくらいには。

 アイネス先輩の能力の中で際立っているのは、スピードもそうだがやはり勝負根性だ。なにせ抜かれそうになった時のスパートや抜かれた後の差し返しの時が一番速いのだから。

 もっとも、そのせいで脚に負担がかかりすぎていることから、クラシック期ほどレース間隔を詰められずにいるのだけど。ここに関してはクラシックが間隔詰めすぎな面もあると言えるだろう。スケジュール詰めすぎのぼくが言えるこっちゃないが。

 適当に切ったフレンチトーストを口に含む。痺れるほどの甘さが脳に効く……ような気がした。

 

「ストライプちゃん、普段からこんなことしてるの?」

「普段からっていうのはちょっと語弊があります。趣味と仕事にも時間使ってますよ」

「え……どうやって……?」

「こう…………こう……?」

 

 ……どうやってると改めて聞かれると、微妙に説明がし辛いな。

 睡眠時間が短くても問題ないとか、トレーニングの時間がある程度一定なおかげでスケジュールに余裕があるとか、色々言えることはあるけど……人間(もウマ娘も)、何だかんだいらんことしたり無意味にボーッとしたりして時間を無駄にすることが多い。心がけっていう意味ではそういう所は気をつけているのだけど。

 

「頑張って時間捻出してるんです」

「何で普段ロジカルなのにこういう時だけすっごいアバウトなの?」

「こればっかりは本当にひとによるんで……」

 

 そもそもぼく個人はいざとなればロジカルよりフィジカルで強行突破しようとする癖があるので、むしろこちらの方が素と言える。

 

「先輩も余った時間や無駄な時間があるなら、何かできること考えてみるのもいいかもですね」

「あはは……それはそれで、別のことの方に集中しちゃいそうなの」

 

 集中力高いんだよなぁこのひと。だから継続してバイトやれてるとも言えるんだけど。

 まあ、ここのところはそれこそ人によるし、いちいちぼくが言って何がどうなるって話でもない。マルチタスクだって、見方を変えると注意力が散漫になってると言える部分もあるし……今はひとつのことに集中するくらいがいいっていうのが定説だっけ?

 ……そうだ。今のうちに言っておこう。

 

「先輩」

「んー?」

「次は負けませんよ」

「……ストライプちゃんそういうこと言うタイプだっけ?」

「菊花賞越えてからこういうこと言うタイプになりました」

 

 ダービーのあの日、結局ぼくはアイネス先輩に負けた後、怪我を気にしてそれ以上何か言葉をかけるということはしなかった。

 その後も屈腱炎の診断を受けて復帰のための過酷なリハビリに耐える先輩に対し、無闇に言葉をかけることができなかったのもある。

 

「同じ東京2400mの舞台ですし。あの時はほんのちょっとの差で抜かれましたけど、ぼくも随分成長したつもりなので――リベンジマッチと、決意表明ってことで」

「ふふふ……その挑戦、受けて立つ! あたしだってあの時よりもずっと成長してるんだから、そう簡単に負けてはあげないの!」

 

 お互いにじっと目を見据え――ほどなくして他の店員さんから注意を受けたところでバチバチの睨み合いは終了。ぼくも注文したメニューを食べるのに戻った。

 果たしてこれ、気分転換と言えるのだろうか。結局レースのことに頭行ってるし、宣戦布告までしちゃったし。

 まあ、これはこれで……単に考え続けるというよりはマシだと思うことにしよう。そうしてタブレットに視線を落とすと、誤操作で全く違う動画を再生してしまった。チョクセンバンチョーの現役時代の動画だ。

 ここまでやや漠然と動画を見ていたこともあって、まあ気分転換だからいいだろう――と言い訳をしながら映し出されるジグザグ走行を眺める。

 このひとのトンチキっぷりは他と比べても一段上だが、しかしここまでできるなら楽しかっただろうな。ブッチギリの速さだし。ギンシャリボーイに迫るほどだったというのも頷ける。術理は……ぼくの知る中では最高にイカれてるけど。

 と、そこでふと、蛇行運転としか言いようのないその動きの中に、引っかかるものを見つけた。

 つい最近見た……というか、少なくとも自分がやった……動きに共通するものだ。

 

 ――ふと、ひとつ。おぼろげに次のレースで使えそうな考えが頭に浮かんだ。

 

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