【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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反骨心に火を点ける

 

 

 ジャパンカップ。秋シニア三冠の一角であり、有記念と同額という日本最高の賞金額を誇り、多数の海外招待選手を迎え入れる大レース。

 ぼくにとってのこのレースはそれと同時に、菊花賞・春の天皇賞のマックイーンに対するリベンジであり、ダービーでのアイネス先輩に対するリベンジであり――選抜レースの時のテイオーに対するリベンジでもある。

 もちろん、負ける可能性は高い。完全に中距離にチューニングされた能力をしたウマ娘に対して、ぼくが優位に立てる理由があまり無いからだ。

 だからと言って勝ちを諦める気は無いが。

 

 いつになく緊張が心に湧き上がる中、控室はいつも通りの弛緩した雰囲気に満ちていた。

 まいどまいどぼくの方から緊張感という緊張感を壊して回っていたため、自業自得ではあるんだけど……「まあこいつなら大丈夫だろう」という信用なのか投げやりなのか曖昧な感情を向けられているのがよく分かる。

 

「まーこいつならほっといても大丈夫だろ」

 

 言っちゃったよ。

 

「放任~」

「ストライプ君の場合、その気になれば自己マネジメントからメンタルコントロールまで全部自分でやってしまうんじゃないか?」

「そうでもありますが」

「何ならできねェンだよお前」

「皆と同じ速さで走ること」

「そういうマジなやつはやめろ」

 

 できないことは何かって聞いたのシャカール先輩じゃないっスか。

 まあ、実際のところできないことはいくらでもあるけど。できる風に見せかけるのだけは得意だ。

 ぼくはフラワーが淹れてくれたお茶を、不安を流すように一気にぐいっとあおった。

 これ何杯目だっけ。お腹たぽんたぽんになる前にやめなきゃいけないんだけど。

 

「ストライプがそこまで緊張してるの初めてじゃない? どしたの?」

 

 流石にヤバいと思って飴を口の中で転がし始めたところで、スカイ先輩も様子がおかしいと思ったらしい。

 今までのレース、一見すると緊張するような様子ほぼゼロで来てるから、やっぱり違和感があるんだろう。

 

「自分の手口全部晒した状態で走るなんて初めてですし」

 

 これまでも色々なことをしてきたし、読んだり読まれたりを繰り返してこそいるが、推測は推測に過ぎないしレースの度に新しいことをしているのだから読みが的中することはまず無い。病的とか偏執的とか言われるくらいに思惑や策略を明かしてこなかったというのもある。

 ぼくの思惑まで的中させるなんて、それこそ心を読みでもしない限りは不可能だ。ここまでに15戦、全てを的中させられるとすればもう人間業じゃない。

 いずれにせよ、あの動画はその点「答え合わせ」的な側面もあるため、ある意味皆が答えを用意した上でこちらを対策できていると言えよう。ちょっと対策が必要な内容が多岐にわたるけど。

 

「手札4枚晒した状態でポーカーできると思います?」

「晒したのもオヌシ自身だろう。哀れストライプ=サンは善意の情報提供により爆発四散」

「というか隠した1枚で駆け引き成立させる奴が何言ってやがンだ」

「ナカヤマさんと豪運や読み合いではなく口で対抗しようとする方は初めて見ました」

 

 言ってもぼく自身そこまで運の良い方じゃないし。大事なレースで外枠引くとか、デビューすることになった世代とか……運で戦えば負けるのは目に見えている。

 策略を仕掛けることはできても裏の読み合いって面ではそこまで得意な方じゃないし、むしろ読まれることだって多い。なら舌戦での駆け引き以外にできることが無い――という単純な消去法だ。

 ルール違反(イカサマ)はしない。(ハッタリ)だけで勝負するのがぼくの密かなプライドだ。

 変な話、意図してやったわけじゃないとはいえ、もう人生2周目(イカサマ)してるからこれ以上やりたくない。

 

「ど~せなるようにしかなりゃしねーんだ。普段通り姑息に行けよ姑息に」

言い方(way of saying)

「緊張して体が固くなったら勝ち目も少なくなりますよ」

 

 テイオーが体操選手顔負けの柔軟性があるので自慢にはならないが、ぼくも割と体は柔らかい方だ。というかそうじゃないと無減速クロスステップの複雑極まる脚の動きなんてできない。まあトレーニングで死ぬほど柔軟運動を課せられてたのも原因のひとつなんだけど……。

 ぼくはひとつため息をついた。なるようにしかならないのはそのとおりだ。

 

「そうですね、じゃあ、気負わないことを頑張ります。それじゃあぼくはそろそろ行くんで……」

「気負わないことを頑張るんじゃねェ」

「まだ時間あるよ?」

「トイレ行くんですよ言わせないでください恥ずかしい」

「トイレって言わなかった方が良かったんじゃないかい?」

「…………」

「今更黙っても遅いだろ」

 

 ぼくはバックステップで部屋から退散した。

 揺れるとマズいことになるのですぐに通常の歩行に戻った。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 今日のぼくの枠番は大外、8枠18番。

 東京レース場2400mというダービーと同条件なだけに、外枠という要素も含めてリベンジマッチの色は濃い。ダービーよりも更に外枠だけど。

 

(ほんっと、運がない)

 

 ()()()()()、ぼくの反骨心に火を点けるには最良の枠順だ。

 テイオーがダービーで大外枠を引いてなお勝利したことから東京レース場でのジンクスはほぼ無いものと考えていいが、人々に根付いた印象というものは変えがたい。ぼくが勝つと思っているひとはそう多くはないだろう。ぼく個人のファンにしても、勝ってほしいと考えてはいても不利だと考えているのは間違いない。

 それを覆せたら、どれほど楽しいことか。

 パドックで脱ぎ捨てた外套を軽く手元で振り回す。なんだか、気分がアガってきた。

 

『ほぼ同条件だったダービーではレコードタイムの圧巻の一着。奇跡の復活を成し遂げたアイネスフウジンは1枠1番での出走です』

 

 本バ場の方からアナウンスの声と、同時に歓声が聞こえてくる。

 各選手の返しと同時に行われる選手紹介だ。枠番が最後のぼくは当然最後になるのだけど、こう聞くとフツフツと闘争心が湧き上がってくる。

 

『メジロマックイーンは3枠5番、天皇賞春秋連覇。果たしてメジロの至宝はジャパンカップを制し秋の三冠に王手をかけることはできるのか』

 

 ひとり、またひとりと紹介が進む毎に否応なしに観客のボルテージが上がっていく。

 普段のぼくなら、ここで若干のジェラシーを感じながら、ぼくが最後の選手ですみませんねへへぇ……なんて言ってウケを取りに行くところなのだろうが、そういう気分でもなかった。

 

『デイブレイク、昨年のチャンピオンステークス勝者です。本年は惜しくも敗れましたが、日本の芝はどうか。海外から期待が寄せられています』

 

 昨年の有記念と比べても引けを取らないと感じるほどの豪華な陣容だ。思わず萎縮してしまいそうになるが、気合で堪える。

 今日、ここでこの程度の出走者相手に萎縮していては、いつまで経っても有記念になんて出走できなくなる。慣れと、それから負けん気だ。最強になりたいと言うからにはいずれ越えなければならない壁はあまりにも多くある。

 

『――トウカイテイオー、夢の三冠ウマ娘がジャパンカップに出走です。かつてのシンボリルドルフはここで惜しくも3着に敗れましたが、果たして「皇帝」超えを成し遂げることはできるのか!』

 

 今日一番の大歓声が上がった。やっぱり、うん。テイオーの存在は今のトゥインクルシリーズで最も華々しいと言って間違いない。

 ――そのテイオーに、ぼくが勝ちたい。

 嘘偽り無い本心だ。きっと困難極まることだろうけども……未だに具体的な対策を構築しきれてないけれども、だから絶対に勝てないなんてことはありえない。同じウマ娘だ。「困難」であっても「不可能」ではない。

 ぼくは本バ場に向けて踏み出した。脱いでいた外套を音を立てて広げながら着用し直し、日の差すもとへと躍り出る。

 

『そして、最後のひとりがやって来ました。カドラン賞を制したスーパーステイヤーにして、デイブレイクを破り欧州最高峰の中距離レースを制した「チャンピオン」――――サバンナストライプ!』

 

 ――今再び、歓声が体を貫いた。

 

 

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