【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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 三人称視点があります。



適応力の怪物

 

 

 G1レースを5勝。内3戦が2000mで、芝、ダート、洋芝という求められる適性が全く異なる三種のコースを制覇した適応力の怪物――サバンナストライプ。

 民族風の文様が施された外套を翻しながら姿を現した彼女の放つ重圧に、出走者の多くは息を呑んだ。

 普段、いかにも弱者ですよ、挑戦者ですよ、という風を装っていても実績と能力は決して嘘をつかない。G1レース5勝という結果は小さくも確かな自信を植え付け、140cmにも満たない小さな体をひと回りもふた回りも大きく見せていた。

 

「1番人気はトウカイテイオーだが、本質的にはサバンナストライプこそが1番人気と言って間違いない」

「どうした急に」

 

 本人の予想に反して、ストライプは事前投票で2番人気を獲得していた。

 ストライプ自身はテイオーの人気をこそ評価することだろうが、俯瞰して見る側はまた異なる印象を持つ。

 

「シンボリルドルフに次ぐ無敗の三冠を手にしたトウカイテイオーは良くも悪くも広い層にファンを持つ。それこそかつてのオグリキャップのようなもので、投票が集まるのは極めて自然なことだ」

「シンボリルドルフのジャパンカップは4番人気じゃ……」

「あっちはミスターシービーという、よりアイドル的人気を博していたスターがいたのも大きい」

「なるほど」

「この半年、主戦場を海外に置いていたせいで日本のファンに情報があまり入らない中で、2番人気をもぎ取ったというのは純粋な実力……」

「天皇賞春秋連覇のメジロマックイーンや、同じ2400mレコードホルダーのアイネスフウジンを押しのけて2番人気という時点で規格外というわけか」

Exactement(そのとおりですわ).」

「「誰今の」」

 

 ファンの考察に、次いで白毛のウマ娘(ピンクフェロモン)は肯定の意を示した。

 肌寒さを覚える11月終わりの空の下、使用人を連れてレース場に訪れるその姿はある種異様なものがあったが、前例*1はある。それ以上彼らが疑問点に触れることは無かった。

 

「まったく、普段の雰囲気はどこへやら、ですわね」

「だよねぇ」

 

 片手だけの手袋をしっかりと嵌め直し歩いてくるその姿からは、平時の和やかさや楽天的な様子など微塵も感じられない。

 速さが足りないことを誰よりも早く自覚し、常に見つめ続けてきたからこそ、サバンナストライプは誰を相手にしても油断をしない。その結果がほぼ100%に近い連対率だ。

 総合力で勝っている相手に対しては絶対に番狂わせを許さず、自分は格上に対して常にワンチャンスを狙える位置取りを譲らない。格下から見た彼女は絶対に同じレースで見たくない悪魔のような存在でもあった。

 だからと言って格上でも同格でも戦いたい相手では決して無いが。

 

「あはは、これはちょっと気圧されちゃいそうなの」

「気圧されてる感ゼロですわ」

「気をラク~にしていかないと。ストライプちゃんのことだから絶対何か仕掛けてくるし」

「ボクはそれ墓穴だと思うなぁ」

 

 サバンナストライプというウマ娘は、困難と見ればできるだけ避けて通ろうとする風に見せかけて、どうにか突破する方法を探そうとするタイプのウマ娘だ。勝負事に対する底意地の悪さと捻くれ方は超一流と言う他無く、プレッシャーが与えられていないと知ればまた異なるアプローチで攻めてくることだろう。

 

「皆さん、対策は済ませて来ましたか?」

「なんて言ってるの?」

「対策は済ませたか、だって」

「ウフフフ……」

 

 デイブレイクの疑問に、マックイーンは微笑で曖昧に返した。

 同じレースに出る以上、対策をしないわけがない。一方で、対策を「済ませている」とは口が裂けても言える状態ではない。

 主な理由は、ジャパンカップ前に突如仕掛けられた解説動画という名の時限爆弾だ。判断材料や選択肢を相手に与え、情報量の洪水で正常な判断力を押し流す。それだけでも厄介極まるが、ストライプはそこから更に複数の選択肢を提示する。すなわち、隠した本命の手札で刺すか、()()()開示した手札で裏の裏をかくか――もはや何も考えもしない力押しをしに来るか。

 動画も全てが一度に投稿されているわけではなく、日をまたいで複数が公開されているため、猶予は一ヶ月未満。その間に全ての対策を済ませるなど不可能だ。

 更に、策というものは組み合わせても効果を発揮する。何をしてくるかわかっているのに何をしてくるかわからない、などという矛盾した状態が破綻なく成立しているのは間違いなくこれまでの彼女が培ってきた「こいつなら何でもやる」という――あるいは単純に、胡散臭さ極まる風評の賜物だろう。

 今この瞬間、出走者の中で最遅最小のシマシマウマ娘は、紛れもなく彼女たちにとって最大最強のライバルだった。

 

 

 ・・・≠・・・

 

 

 なんかみんなの視線がやたら痛くて重いんすけどこれどういうこと?

 戦績が戦績だから、世間での評判はともかく同じランナーなら注目受けるってことは分かる。今回はマックイーンやデイブレイクといった直接対決を経たウマ娘も多いし……それにしたってなんか圧迫感強くない? デイブレイクはともかくマックイーンもテイオーもアイネス先輩もぼくに勝ってるんだからそこまで圧を発しなくてもいいじゃん。他の皆も何かぼくに恨みでもあんの……?*2

 なんか変な汗出てきた。

 トレーナーさんも「貫禄が出てきましたね」じゃないんだよ。今手汗びっちゃびちゃで貫禄もクソも無いんだけど。それともあれか? 貫禄が出た(ふとった)か? いや体重は……昔と比べれば増えたけどそれでも今の身長に対する適正程度のはずだが……。

 

「そのくらい表情が引き締まっていたほうが素敵ですよ」

「イタリア流でも学んできたんです?」

 

 デイブレイクの発言に少し面食らう。そういうこと言うのランフィニの方じゃん。

 それにしたって表情って……そんなにぼく普段締まりの無い表情してる?

 

「マックイーン、ぼく普段どういう表情してるの?」

「余裕たっぷりで微笑んでいますけれど」

「…………」

 

 まあそりゃ人によっちゃ腹立つわ。真剣勝負の場でヘラヘラしてるように見えるんだもの。

 普段から営業スマイルを心がけてるせいだろうか。緊張感が極限まで高まらないと抜けてくれない。職業病……って言い方も変だけど、もう完全に癖だこれは。

 

「普段も余裕ゼロなんだけどなぁ」

「っていう手口?」

「…………」

 

 だーれも信じてくれないでやんの。

 これもある意味では余裕に見えてしまう笑顔と同じく、長い時間をかけて培ってきたものか。いやホント……流石にテイオーたちはそろそろぼくの発言が嘘か本当か見分けられるようになってくれないかな…………いや、これもしかして逆にからかわれてるのか? アイネス先輩とかクスクス笑ってるし。

 

「あなたはもう少し自分が強豪なのだという自覚をもってくださいまし」

「普段テロリストとか煽動家とか言われて強豪の自覚を持てると思う?」

「風評を巧みに利用してるウマ娘が風評に流されてどうするのです」

 

 風評っていうものは世間一般に広まっているからこその風評だ。主観だけでもある程度は自分のことは分かるが、それでも主観的な要素だけではトレーニングにあたっては少し足りない。

 本来はここで不足している客観的な視点を補うためにトレーナーさんがいるんだけど、この辺はぼくが単にその辺も突き詰めていきたいタチなだけだ。チームという枠組みの更に外からの視点から、自分自身を見つめ直す……それで流されてちゃ世話ないけど。

 まあ、ぼくの場合は低めに流れていくくらいでいいだろう。変に褒められたり持ち上げられたりすると増長しそうで良くない。

 

「『まだ足りない』って思ってた方が、油断もしにくいでしょ」

「――ふふ。そうですわね」

 

 マックイーンからの圧が強まったんスけど。

 もしかして余計なこと言ったかなこれ。

 

『全ウマ娘コースにやってきました。まもなくゲートインです』

 

 長めの返し(ウォームアップ)が終わった頃、アナウンスと共に出走ウマ娘がゲートに招かれる。

 ぼくも、頬を軽く叩いて気を引き締めながらそれに応じ――ず、一旦体をほぐすためにゲート前で柔軟と腿上げを繰り返す。

 集中力が高まり、「いい感じ」になってきたところでゲートイン。これでデイブレイクはだいたいぼくの狙いは見えるだろう。多分、他の皆も現地では見たこと無いけどだいたいの想像はつくはずだ。

 

『最後のひとりがゲートに入りました。態勢整って――』

 

 ゲートが開く。ただでさえ強い逃げウマ娘であるアイネス先輩が出走している今、機先を制するにはコンマ1秒か、更にそれよりも短い刹那の間での見極めが必要になってくる。

 ()()()()()()で脳は最高のパフォーマンスを発揮し、同時にこの「領域」に至っているウマ娘に言いしれない大きな圧迫感を与えていく。

 

『――スタートしました』

 

 その中で、ぼくは()()()()()()()()()()いの一番にゲートからロケットスタートした。

 

「「「「「は?」」」」」

 

 客席で観戦していたらしい、領域(ゾーン)到達経験のあるウマ娘たちから呆けたような声が漏れるのを聞いた。

 今回のレースのスタートを飾るのは、領域(ゾーン)突入の超集中状態によるチャンピオンステークスの再現……などでは当然なく。

 

 ――他の走者に無駄な警戒を促し、精神力を削るための領域(ゾーン)を利用したフェイントである。

 

 

*1
シンボリ・メジロ・サトノetc……

*2
ある。

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