後半に三人称があります。
陽光が差す秋の空に、歓声が響いている。
どこか他人事のような心地だ。勝った、と言うよりも「成った」という思いの方が強く、ようやく次のステージに進んだ――あるいは、超一流の怪物たちにようやく追いついたという感覚が胸中を占めていた。
数秒ほど遅れて、勝ったという実感がやってくる。
もう後続が来てもいい頃合いだ。起き上がって、勝者としてウイニングランをしないと……と思った直後、ぼくの体は横から伸ばされた数名の手によって持ち上げられていた。
「んぇ?」
犯人は、どうやらアイネス先輩を含む掲示板入りメンバー。そこに加えて、後から更に他のウマ娘までが混ざってくる。
先頭に立ってるアイネス先輩はにっこりこちらに笑いかけると、周りに何やら目配せをして……ぼくを胴上げし始めた。
「ウワーッ!?」
「わーっしょい!」
「わっしょーい」
「Wasshoi?」
じょ……状況が飲み込めない!
いったいなぜ突然こんなことを!? そう思いながらなすがままになっていると、そのまま裏手に連れ出されてしまった。
「横わっしょい!」
「ぐえーっ!?」
そして掟破りの落下……はせず、ぼくが載せられたのは、先に何やら察したためそこで待機していたらしいタキオン先輩とスカーレットが用意した担架の上だった。
え……何コレ。
「何コレ」
思ったことそのまま口から出ちゃった。
困惑しきりのぼくにアイネス先輩がずずいと前に出て圧をかけてくる。
「ストライプちゃん。検査、行くの」
「な……なぜ……?」
「あなた、後ろから見ていましたけれど……ちょっと動きそうにない方向に脚が動いていましたわよ」
「マジ?」
疲労困憊そのものとしか言いようのないような表情ながら、テイオーが頷いてそれに答えた。
なるほど、どうやらマジらしい。
「脳内物質のおかげで痛みが和らいでいるのだろうね。少し時間が経ったけど、これはどうだい?」
「ア゜ッッッ」
「ダメと」
可動域を確認し始めたところでエラい痛みが足首を襲った。
「骨折?」
「いや……多分捻挫……」
骨折の時の感覚は分かっているし、折れたような音はしていなかったので大丈夫だろう。
タキオン先輩は何やら変な可能性に行き着いたためか喜色満面だが、デイブレイクをはじめとして今回の出走者の面々は呆れ顔だ。そりゃそうだ。勝者がこの調子じゃあ締まらない。
ぼくも苦笑いしながら、医務室に
「重めの捻挫だね」
それから少しして、本来のスタッフと別にまるで医務室の主のように振る舞うタキオン先輩から下されたのは、そういうある種想定内の診断だった。
「またか」
「またですね」
「またやらかしたな」
「またですわね」
骨折じゃないからいいが――とでも言いたげに医務室にやってきた皆から生ぬるい視線が注がれた。
今回の負傷者はぼくくらいだから許可されてるとはいえ、大入り満員すぎるだろ医務室。
「原因はぶっつけ本番であんな負荷がかかる異常な加速をしたせいだろうね。クククッ、実に興味深い! もはや速度面で頭打ちに達していた君がここに来て最高速を上げられたというのは実に素晴らしいッッ!!」
「耳がっ!」
「おっとすまないウオッカ君。ともかくどうやったのか教えてくれたまえよー。頼むよー」
「これボクらが聞いても大丈夫なやつ?」
「問題ないのではありませんの? どうせ――」
「まず尻尾を回します」
「何だって?」
「――この子が喋るということは『喋っても問題ない』ということでしょうから」
ちょっと自信過剰な言い方になるかもしれないが、同じことは誰にもできないという自負がある。
あれは気付いた時にはもう尻尾を回して走っていたくらいのレベルで「尻尾の回転」による重心の制御ができる、という前提条件が無ければ成立しない技だからだ。
……いややろうと思えば割とできるのかもしれないけど、どっちにしろ普通のウマ娘は根本的な身体能力を伸ばした方が圧倒的に効率が良い。これは伸び悩んだせいで小技に傾倒しなければならなかったからこそといいうのが大きいし。
ともかくそんな説明をしてみると……驚くことに、タキオン先輩はへこたれてる様子は特に無いようだった。
「……いや! だが道が見えたのは確かに収穫だよ。うん。キモは重心の制御と遠心力……そして肉体とパワーベクトルの完璧な制御だ」
「課題多くね?」
「多いよぉ!!」
若干ヤケになってませんかタキオン先輩。
まあ普通のウマ娘がその辺に徹底的に力入れて鍛えることはそうそう無いししょうがない。
逆に言えば鍛えられればあるいは、という道が見えたのがひとつの収穫なのだろう。
「……あーあ! それにしても残念だなぁ。先にそんなことができるって聞いてれば、ボクが勝ててたかもしれないのに」*1
「あなたストライプの罠にかかった時点でスタミナが枯渇するのがほとんど決まっていたじゃないですの」*2
「って言っても、そんなに着差は変わらないし、皆にチャンスがあったと思うの」*3
「彼女たちはなんと?」*4
「着差は変わらないから誰が勝ってもおかしくなかったって」*5
実際のところ、主観ではあるけどもっとデイブレイクとテイオーにスタミナがあって、距離を取られていたら勝負は分からなかったように思う。5名が4バ身差に収まっていたし。
デイブレイクに関しては……元々中距離が主戦場だし、2000に適応しすぎたと考えるべきか。手の内とこっちの考え方は知られているし、次2000でやったらこっちが負ける可能性は高い。
テイオーについても、翌年以降勝負する機会があるから……その時はどうなるか分からないや。
「それで、ウイニングライブは出られますの?」
「固定すれば多少は動けるし、それでなんとか」
天皇賞の頃に一回骨折したから、動きを制限された状態での動き方はなんとなく掴めてる。固定して立ち位置に気をつければ、ライブ一曲分ならなんとかなるだろう。
アンコールを受けたら……受けたらどうしよう……ぼく消えっから! ってことにできない? ダメ?
……ともあれ、怪我人の周りにいつまでもいるべきじゃないと思ったのか、反省会や打ち合わせをするべきだと思ったか、大半の出走者はしばらくすると医務室から立ち去っていった。
残ったのは
バンデージで固めに足首を固定してもらっている最中、ふとした拍子に無言の瞬間が訪れる。
ここにいるのは、勝者と敗者。特に今回初めての敗北を味わったテイオーは、そろそろ実感が伴ってきている頃だろう。
だんだん気まずさが湧いてきてる。……そんなところで、椅子を引く音がした。
「――ストライプ!」
「はいストライプです」
「次はボクが勝つよ! 絶対!」
そして――身構えていたぼくに告げられたのは、そんな宣戦布告だった。
(……そうだよね)
テイオーの強さはスピードがあるとか柔軟性が高いとかそれだけではない。折れかけても折れない。折れられない。きっかけさえあればどんなに心がへし折れてても立ち上がれる。そんな不屈の心だ。
気まずさなんて感じる方が間違ってた。そうだ、これでこそだ。
名実ともにテイオーは現クラシック世代最強のウマ娘だ。しかし同時に、まだ肉体的には完成し切ってないということでもある。
これが本当の意味で完成したら……来年はどうなることか。
「楽しみにしてる」
今は、ただこの一言だけを返すことにした。
……あ、でもできれば2400でお願いしたいな……2000は無理。うん。
・・・≠・・・
夜も更けてきた頃、ジャパンカップのウイニングライブは本日のメインレースの面々を迎え最高潮に達していた。
歌唱曲は、サバンナストライプの強い希望により「BLOW my GALE」。曰く、仮にも、今一瞬のこととはいえ「最強」の座を手にしたのならばこの曲しか無い――そう発言していたことを
「浮かない顔をしているな」
関係者席からライブを見るその中、元チーフトレーナーがどこか遠くを見つめている様子の彼女に声をかける。
サバンナストライプのレースを目にしてから――正確にはそのゴール目前の姿を目にしてから――というもの、梨紗はどこか上の空だった。
ストライプは、名実共に現シニア世代で「最強」の座に就いたと言える。それを支えたのは紛れもなくギンシャリボーイが確立した無減速クロスステップから派生した技術だ。
それが喜ばしくないか、と問われればそうではない。そしてこれは、間違いなく「
「――私はあんなことができるとは夢にも思いませんでした」
「そうだな」
無減速クロスステップこそ、無敵の技術にして完成形。故にギンシャリボーイは無敗のままに現役を終えた。
――終えざるを得なかった。戦ってくれる相手がいなかったからだ。
食い下がってくるライバルもいた。しかし彼女は無理が祟り怪我で引退。そこでぷつりと何かの糸が切れ、気付けば引退していた。
「あの子と一緒に走っていれば、現役も続いていたのでしょうか」
「かもしれないな」
トレーナーの資格を取ったのは、自分を超える逸材を探していたためだと説明している。
それが間違っているわけではない。だが同時に、梨紗は自分に勝る素質を持ったウマ娘がいれば――という幻想を追い求めている自分を否定し切れていない。
だからこそ、「完成形」である無減速クロスステップを更に発展させて己のものとするその姿は、あまりに鮮烈だった。
燻っていた燃え殻に吹き込んだ風のせいで、胸の奥が煌々と燃えていた。
「選手だったことの無い俺がお前がどう思ってるのかは分からんがな……何か思うことがあるならやってみるのも手だぞ」
「今は立場というものもあるんですよ」
「タキオンを見ろ。立場もあるのに死ぬほど自由にやっとるだろう」
「いや、それは……」
「……短い人生だ。何をやったっていい。ストライプも大概自由に何でも、やりたいことをやっとるだろう?」
「…………」
言葉一つで迷いが晴れるのならば、既に梨紗はもっと自由にやれていることだろう。娘の意固地さに、重い息が漏れた。
しかし――行動で示している者が、今彼女の視線の先にいる。
どのようにするにしても、やがてその迷いも氷解するに違いない。金城はそんな淡い確信を得ていた。
※この後滅茶苦茶アンコールを受けてストライプは生まれたての鹿のような足取りで再登場した。