【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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 短距離レジェンドレースで大苦戦しているので初投稿です。



勝ちたい理由がひとつ増えた

 

 腹ごなしとアップを兼ねた運動をしばらく行って体を温め終えた頃になって、トレーナーさんたちはタキオン先輩たちを引き連れてコースの方にやってきた。

 タキオン先輩は軽めのメジャーなどを、セイウンスカイ先輩やアグネスデジタル先輩、エイシンフラッシュ先輩はサブトレさんと協力して大きな機材を運んできていた。

 あ、陸上競技とかで見るやつだ……と思いながらぼんやり見てたんだけど、よく考えるとああいう光計測器とかって結構なお値段するんじゃ……。

 こういうのってシャカール先輩詳しいかな。

 

「あれっておいくらくらいするんですか?」

「遠慮がねェな。だいたい三十万くらいだったはずだ」

 

 三十万! やっぱり結構なお値段だ。

 けど、このくらいなら努力すれば届かない程度の値段ではないかもしれない。重賞に勝てれば……うん、少しくらいならいけそう。

 うわあ、頑張ろう。ビッグになろう。

 

「何でいきなり値段なんて聞いたんだよ」

「いつか地元に寄付とかできたらと思って」

「『いつか』なんて話をする前にまず自分がデビューすることを考えな。お前がどれだけ地元で頭抜けた才能あったか知らねえけど、油断したら足元掬われるぜ」

「あっ、すみません」

「そこで何で殊勝になんだよ」

「ダメでしたか」

「いやダメとは言ってねえよ……そういうこと突然言い出すのはだいたい自信家なヤツが多いから論理的にそう言っただけで……ああクソ、調子狂うなァ」

 

 ぼくは基本スペックが他の人と比べると歪なので、この能力で上回ってるから勝てる、と一口に言うことはできない。

 レースとは総合力の勝負だ。稀に何か突き抜けた一芸で勝負できるひともいるが、ぼくはそういう方向の特化型ではない。現にテイオーに負けたし。

 他のひとから受けた指摘は真摯に受け止めて改善していかないと、これから先、夢を見ることすら叶わなくなる。

 

「集合!」

 

 と、そんな折のこと。各種機器の設置を終えたらしいトレーナーさんがぼくらを呼び寄せた。

 どこに集合した方がいいだろう、と思っているとサブトレさんがぼくを手招きして呼び寄せる。どうやら紹介をするのでトレーナーさんたちのいる方に立てばいいらしい。

 小走りでそちらに向かうと、そこで何やら変な寒気を覚えた。これはいったい――そう思っていると感じるのは奇っ怪な湿り気と温度を帯びた熱視線だった。

 

「ふぉぉぉぉ……珍しい縞毛のウマ娘ちゃん……!!」

 

 辿ってみれば名うての変態(ゆうしゃ)であった。

 アグネスデジタル。以前も異質なローテーションでなお勝利を上げた凄まじい適応力を持つとして例に挙げたウマ娘である。

 多分ぼくの目指す先として挙げられるウマ娘のひとりは、彼女だ。

 いや性格的な話ではなく。

 ダートも芝も、場合によっては海外でも特に遜色なく走れるぼくなら、デジタル先輩と同様のローテーションであろうと多分、問題なく耐えられる。

 あとはその上で勝てるかどうか、だ。他のウマ娘と並び立つためという不純なのだか純粋なのだか純粋に不純なのだか分からない動機とはいえ、ストイックに努力を続けられるその姿勢、そして努力をしっかりと結果に反映させる才覚は素晴らしいものだ。

 ちなみに、余談だけど元の分布域の問題もあってシマウマ娘は日本にはほとんどいない。ぼくのような留学生がいるかな、程度なのでデジたんパイセンの反応もむべなるかな。あれで推しの悲しい顔は見たくないという光のオタクなので実害は無い。

 一着取られる以外。

 世紀末覇王とそのライバルを前のアングルから見たくなっちまったんだ。仕方ないんだ。

 

「今日から新しくチームに加わることになる一年生だ。自己紹介を頼む」

 

 内心の戦慄を知らないトレーナーさんがこちらに水を向けた。

 もうそんなタイミングか。今度は失敗しないようにしよう。

 こほん、とひとつ咳払い。

 

「ケニアから来ました、サバンナストライプです。よろしくお願いします」

 

 よし、ちゃんと言えた。そう安心していると、小さく、しかし確かな拍手の音で歓迎の意が伝えられた。

 

「質問などはあるだろうが悪いがそれは後にしてもらう。まずはストライプの実力を見なければならん」

「計測は私とタキオンで行います。皆さんはチーフトレーナーと平常通りトレーニングに取り組んでください」

「「「はい!」」」

「はーい」

「おうよ!」

「おゥ」

「Да……」

 

 意気揚々と駆けていく皆とそれに引きずられていくスナイパー=サンを見送った後、ぼくはサブトレさんに促されるまま芝のコースに入った。

 軽く足を伸ばし、屈伸。それから跳躍して――と。

 

「っと」

「! ……」

「おや」

 

 思いの外跳びすぎた。

 チームに入ったということでちょっと緊張して力が入りすぎていたのかもしれない。図らずもシャカール先輩の言う通りになっていたか。

 

「ストライプ君、少し立ち止まってくれるかい?」

「あ、はい」

 

 言われるまま応じてそこで立ち止まると、タキオン先輩が近づいてきて僕の足元に視線を寄越した。

 足元、というか今跳び上がったせいで見えたシューズだろうか。

 

「ふゥん……このえらく擦り切れたシューズで今まで走っていたのかい?」

「うわ、お恥ずかしい。すみません、実家にこれしか無くって」

「無いのですか」

「お金が無いので」

 

 シューズは基本、どっかの国で寄付されてケニアに来たのをそのまま使ってる。蹄鉄はお小遣いを貯めてなんとか丈夫なものを買ったので使いまわし。

 ウマ娘用のシューズ、安くないんだよね。ちゃんとしたレース場での模擬レースや入試では靴履いてたけど、実家だともっぱらその辺の草や農作物を収穫した際に出る藁で編んだ草履を履いているし、場合によっては裸足の場合もある。

 

「どことなくオグリ君を彷彿とさせるねぇ」

「そうですね……後日、新しいシューズを購入しますのでそちらを使用してください」

「え、いいんですか?」

「チームのためですから」

「すみません、ありがとうございます」

「モルモット君、キミ、チームのためと言いつつ『ちゃんとしたシューズを履かせたらどうなるか』という興味本位な部分が無いかい?」

「どうでしょうね? フフフ」

 

 うわあ、頑張ろ…………これさっきも同じこと考えたな?

 いいか。何にしろ負けられない、勝ちたい理由がひとつ増えたということだ。ガンバルゾー!

 

「では計測を始めよう。1000m、2000m、3000mでそれぞれ走ってもらう」

「1000ですか?」

 

 距離適性を見極めるのなら、スプリンターズステークスに代表される1200mが適切なのではないかと思うのだが、そうでもないのだろうか。

 

「まずは、とりあえず、ということです。後々他の距離も測ってみますので、まずは1000m刻みで計測しましょう」

「わかりました」

 

 どちらにしろ、トレーニングや計測に関しては全くの素人のぼくが何か言うことでもないか。

 そうして都合三度、インターバルを挟みながら計測した結果――。

 

「何でしょうねこれ」

「何なのだろうねこれは」

「何なんすかねこれ」

 

 そのタイムは平坦だった。

 2000mのタイムがそのまま1000mのほぼ倍に。3000mのタイムは同じく1000mの約三倍になっている。

 ちなみにやっぱり尻尾は回っていた。疑問の半分はこちらにも向けられている。

 

「手を抜いたりということは?」

「そんなことできるほど器用でもないです」

 

 全力で走るぞ、と決めたら、シマウマ特有の気性の荒さが顔を出し、理性がプツンと行って完全に全力疾走することに意識が向いてしまう。

 だから普段は差しの形で脚を溜めることで、レース展開をかき乱す思考力を残すわけだ。 

 

「タキオン、ハロンタイム*1はいかがですか?」

「極めて安定していると言っていい。坂やコーナーでの減速はあるがそれを差し引いても測ったのかというほどだよ」

「測ってないですよ」

「結論づけるとしたら、いかがかな? トレーナー君」

「生粋のステイヤーですね」

 

 ステイヤーですか。まあ想像はついていたけど。

 ……そう考えるともしかしてJWC第一回のサバンナストライプって、適性外のマイルに出場してゴリッゴリにやりあってるってことなのかな。すごいな。

 そう内心で褒めていると、頭の中でデカい椅子に座った縞柄UMA(シマウマ)がふんぞり返っているのが幻視された。

 

「最高速はまだ伸びる余地がありますが、パワーで強引にスタートから即トップスピードに乗って、あとは持ち前のスタミナでそれを3000m維持し続けた……このタイムはその証拠でしょう」

「ストライプ君、一度肺機能の検査に行ってみないかい? 費用はチームで持とう」

「勝手に決めないでくださいねタキオン」

「行っていいなら行きます」

「勝手に決めないでくださいねストライプ」

 

 正直、高山に住んでたウマ娘の肺機能が、どの程度他のウマ娘と違うか知りたいという気持ちはある。

 その辺はサブトレさんも気になるんじゃないだろうか。どうだろうか。データ主義のチーム的にその辺のデータは欲しいのではないだろうか。

 

「その話はまたいずれ。すみませんがもう二本、ダートのタイムを見せていただいてもいいですか?」

「わかりました。1000と2000ですか?」

「ええ」

 

 世界的に見てもダートの長距離戦は珍しい。かつて東京大賞典は3000mで行われていたというが、現在はおおむね2000mで行われる。

 最長距離は2500m。これは中山と新潟で行われている。諸外国も2400mを超えるダートコースはそうそう無いため、想定されるのはここまででいいということだろう。

 そうして再度、計測を行ったが――。

 

「何でしょうねこれ」

「何なのだろうねこれは」

「何なんすかねこれ」

 

 そのタイムはやはり平坦だった。

 また2000mのタイムがそのまま1000mのほぼ倍になっている。

 またまた尻尾は回っていた。

 ――しかし、今度は二人の声音はどこか興奮の色が含まれている。

 

「芝コースを走るウマ娘がダートコースで走ると、おおむね1F*2あたり0.5秒から1秒タイムが変わるという。しかしストライプ君の場合……」

「タイム差は0.4秒弱。足が取られやすい良バ場でこれです。適応力だけならデジタル以上かも……」

「デジタル先輩基準なんですね」

「他にそうそういないですからね、あれほど走れる子も。デジタルでもマイルでは5秒の差が生じますが……」

 

 単純計算で、同じ1600mならぼくの場合はダートと芝のタイム差はおよそ3秒になる。

 もっとも、ぼくは最高速で完全に劣る形になるため一概にこっちの方が速いとは言い切れないけど。

 

「これならデジタル君と似たトレーニングメニューが使えるかな?」

「実際、体格面でもよく似てはいるんですが……」

 

 と、サブトレさんは指をファインダー代わりにしてぼくの体を眺め始めた。

 なんだかこうまじまじと見られると照れるな……そもそもこんな形で体を見られるというのもあまり無いし……。

 ……ちょっと待てよ? デジたんパイセンと同じメニュー?

 つまり彼女と接触が増える可能性大?

 ……え、ちょっと怖いんですけど。大丈夫なのそれ。

 

「……手足の長さが違いますし、それに伴って走法も違いますから同じように当てはめるのは禁物ですね。チーフトレーナーに指示を仰ぎましょう」

 

 ……セーフ! セーフです!

 

*1
約200mごとの所要タイム

*2
F=ハロン。1F=200m。





 デジタルパイセンの参考タイム
・マイルCS(芝1600m)1:32.6
・マイルCS南部杯(ダ1600m)1:37.7

 なお実際に競り合うと現役とデビュー前の基礎能力の差で普通に負けます。


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