ニシノ神が来たおかげで登場の目処がつく可能性が出たので初投稿です。
日も暮れてきたし、そろそろ解散かな――そう思い始めてきたところ、サブトレさんがふとクリアファイルを取り出してこちらに寄越してきた。
「これは?」
「暫定的な自主トレ計画です。全体トレーニングが無い日は、当面こちらを参考にトレーニングしてください」
「あ、はい……ほぇ?」
もう計画ができたのか。早いなぁ。そう考えてファイルを開く。と――そこに記されていたのは、およそこれまでにぼくが想定し、経験していたものの数倍はキツいメニューだった。
…………え、マジ? ちょっと待って。厳格に管理して怪我をさせない方針じゃないの?
「さ、サブトレさん……これ、このメニューの量はいったい……?」
「はい。今のあなたに可能で、かつ怪我をせず
「ひょえっ」
いきなり限界値突き詰めてくるの!?
いや、まあ、確かに……無理ってほどでもないような……それでもこの量はどうなのっていうか……えぇ……。
困惑と驚愕で固まっていると、諸先輩方が上から覗き込むようにしてファイルの中身を読み始めた。
「ああ……ま、暫定的なモンだからな、このくらいはやらすだろ」
「このメニューがどの程度の負担になっているかを調べるという目的もあるはずです」
「おいリムジン、アタシにも見せろ。肩車だ肩車」
「んっしょ」
「ふぉぉ……これはかなり期待されてる感じの内容……! ア゜ッいけない近づきすぎ」
「どうしてメニューを渡されただけで大集合するんですか?」
何がそこまで琴線に触れたのか、皆一様に興味深そうに覗き込んでくる。
後輩のトレーニングメニューってそんなに気になるもの?
「細かいこと気にすると尻尾の毛ぇ抜けるぞ。いやもっと細かいこと気にしてるシャカールもいるし大丈夫か。ヌハハ」
「だから余計な一言を増やすんじゃねェドーナッツ!」
「ふふ。後輩が増えるとみんなこうやって見にきマス。ワタシたちも、最初はすっごく疲れてたので、アドバイスもできたらと思いましテ」
「アドバイスですか? いただけるならありがたいですけど」
「……今は特に無いですネ」
「そですか」
でしょうね。
まだやってすらないんだから何とも言えるはずもなし。仮にアドバイスするにしても様子を見に来た翌日以降ということになるだろう。
なんだか毎回変な不安に駆られてるなぁ……という思いがそのまま微妙な表情として出力される。と、そこでトレーナーさんがサブトレさんの頭に軽く手刀を落とした。
「あいた」
「馬鹿者。指示をしたら意図を説明しろといつも言っているだろう」
「すみません」
「トレーナーさん……あ、え、意図?」
頷くと、トレーナーさんは軽くしゃがんでこちらに目線を合わせてきた。
「ストライプ。このメニューは『あえて』限界の瀬戸際を攻めるようなメニューにしている」
「はぁ」
「理由はさっきフラッシュが言ったように、どの程度肉体的精神的に負担が生じるかを調べるためだ。全部完璧にこなす必要は無い。痛みや違和感があるようならすぐに報告しなさい」
「は、はい」
なるほど、限界ギリギリを攻めていくってそういうことか。要はこのメニューも完全に叩き台なわけだ。
最悪、それこそ途中まででギブアップしても構わないし、むしろそれが前提になっていると。
「あとは……このメニューは辛かった、苦痛だった、というようなものがあれば、それも言ってくれて構わない」
「辛いとか苦しいとかは、当然あるものじゃないですか?」
「かと言ってそのままじゃ気乗りがせんだろう。身が入らなければ半端な取り組み方をしてトレーニングにならんことも多いし、最悪怪我をする。それなら別のメニューに切り替えたほうが効率が良い」
見ると、サブトレさんが一瞬スカイ先輩に視線を向けるのが見えた。
自分からやろうと思えるようなトレーニングをするのが一番効率がいい、と。
しかし、だとするとなぜスナイパー=サンが嫌がるドーナッツ先輩との併走を推し進めているのだろうか。疑問が少し増えてしまった。
……いいや、気になったなら聞いちゃえ。
「……何でスナイパーさんに限っては本人が嫌がってるドーナッツ先輩との併走を?」
「ドーナッツが自分と走らせろというのもあるし、適性が奇跡的に合致していてな……それに、レースによってはマスクを着けて走ることができない場合もある。今から慣れておかんと話にもならん」
「適性……と、ドリームトロフィーの一部のレースとか、そうでしたっけ」
出場できるウマ娘自体が限られるけど、ウインタードリームトロフィーはそれぞれ色違いの汎用衣装だった覚えがある。
シャドーロールやメガネはいいけどメンポはダメよ、ということがあるとは考えづらいが、時によってはドレスコード必須な場所に行くということにもなったり、完全に指定された勝負服で走らないといけないケースもあるだろう。その時に「メンポが無いので走りません」というのは……やっぱりちょっと問題か。ファンあってのトゥインクルシリーズだし、ドリームトロフィーリーグだ。走る機会が減ることはそのままファンの減少に繋がりかねない。
そりゃまあ、中には口元隠してるからイイんだろうが! という紳士淑女諸氏もいるだろうが、冷静に考えてほしい。それは割と
「めったにあることじゃないが、URAの表彰の時に勝負服を贈られるウマ娘もいる。中にはマスクとデザインが合わんこともあるだろう」
ああ、なるほど。アニメ2期のテイオーたちみたいに、ということか。
そうなるとURAへの義理立てもあるし、対外的な問題もあってどうしてもその勝負服をしばらく着る必要が出てくる。
だから荒療治も時には必要と。ドーナッツ先輩の気質のせいでちょっと荒すぎるし悪化する可能性もあるけど……そこはちゃんとデータを見てこれが効果的だと判明しているものと思おう。
それから、トレーナーさんに軽く激励の言葉を贈られて、今日の全体トレーニングは終わりを迎えた。
スナイパー=サンとドーナッツ先輩の適性の噛み合いってなんだろう……と聞こうとはしたものの、結局聞ける機会は無かった。
何だったんだろ、適性って。
・・・≠・・・
それから後日。
「うぐぅぅぉぉぉぉぉ……」
「つんつん」
「ぐああああああああああああ」
寮に戻ったぼくは自室で激烈な筋肉痛に呻いていた。
想定外の激痛だ! これはひどい。普段使ってなかった筋肉が悲鳴を上げている! ミークにつっつかれた場所が痙攣して死にそうだ!
「ちょっと、近所迷惑ですわよ」
「そうそう、あんまり騒ぐなよ」
そんな風に床でのたうち回るぼくをベッドに腰掛けて見下ろすのは、先日ぼくが貰ったトレーニングメニューを興味深そうに見るマックイーンとウオッカだ。
マックイーンは元々、メジロ家の令嬢として幼い頃からトレーニングに励んできた身。ウオッカも全体トレーニングがぬるいという理由でサボって、より高負荷高密度な自主トレを行っている程度にはトレーニングの質というものを求めている。チームに入ったよ、自主トレメニューを貰ったよ、という話を教室でした時、一番食いついてきたのはこのふたりだった。
「スタミナ自慢のストライプがこんなことになるなんてなぁ。これ、そんなキッツいのか?」
「スタミナは関係ないですわよ。負荷をかけるのはあくまで筋肉ですから」
「普段……鍛えていなかったんですか……?」
「そんなわけないでしょ……ぎゃひぃ」
「じゃ、何でだよ?」
「わがんにゃい」
疑問で体を傾けてこちらを見るウオッカに、ぼくが返せるのはちょい、いやだいぶ、まあ絶対的にテキトーな返答だけだった。
代わりにそれに答えたのはマックイーンだ。
「メニューを見る限り、普段使わない部位の筋肉もまんべんなく鍛えるようにしているようですわね」
「普段使わないのにか?」
「トレーニングにはいくつかの原理原則がありますわ。どれも重要ですけれど、見落としがちなのが『全面性の原則』……体の動きというのは連動しているものですから、一箇所だけを鍛えてもボディバランスが崩れて良くない、というものです」
「へぇ」*1
「ほー」*2
「ほぇぇ」*3
「どうして皆して感心してますの……? 基礎知識ですわよ……?」
「メジロ家の秘伝だったりしねえ……?」
「しませんわよ」
「しないんだ……」
いや漠然とは知ってるけども。とはいえそれだってちゃんとした理論として知ってるわけじゃあなかったのは確かだ。
家柄が家柄だし、専門家もすぐ身近にいるわけだから、そういった理論も既に聞き及んで完璧に記憶していたんだろう。さすがマックイーン。
「おっし、そういうことなら俺もこの内容、取り入れてみっか!」
「ウカツだなウオッカ=サン……何の準備も無しにただやってみるかではぼくの二の舞になるのがオチだぞ……グググ」
「何ですのその口調」
「へっ、やってみなきゃわかんねーだろ? どうせなら時間空いた時付き合ってくれよ、ストライプ」
「いいよー」
ぼくとしてもまずはやってみて検証し、データを蓄積するところから入らないといけない。一人じゃやりづらいものもあるし、渡りに船だ。
「マックイーンはどうするんだ?」
「全体の合同トレーニングが終わったら合流いたしますわ」
「ウオッカも出なきゃ」
「ライブの基礎、大事ですよ……」
「分かってるよ、けどまずカッコよく勝たなきゃ、ウイニングライブもできないだろ? ま、見てなって!」
本当に大丈夫かなぁ。
確かにウオッカは体格的にも恵まれているし、鋭い差し脚は一級品。入学したてのこの時期に、ほんの一月程度の練習で2000mの距離を走りきれてしまうほど才能に溢れている。その気になればメイクデビューもすぐに一着が取れるようになるだろう……と思う。まず一着を取らないと、という姿勢も理解できる。
けどなぁ。ううん。ウオッカだからなぁ。どこかでポロッとライブのこと頭から抜け落ちる可能性を否定できないんだよなぁ。
……まあ、今はウオッカもチームに入ってないし、そこまで急ぐことでもないか。
これは余談だけど、後日、やっぱりぼくらは揃って筋肉痛に苦しむハメになった。
ウオッカは部屋で悩ましい呻き声を上げてしまい、声が聞こえてしまったデジタル先輩がその場であらぬ方向に妄想を飛ばし死亡。*4
練習直後で先輩に同行していたぼくはそれに巻き込まれ、全身の筋肉痛が再燃し無事死亡した。
アイシングって大切だね。
筋肉痛で呻く横でうるさくされたダスカがマッサージを引き受けた結果、更に誤解を呼ぶことがあったかもしれないし無かったかもしれない。