ゴルシウィークが始まったので初投稿です。
「ストライプ、今日のトレーニングが終わったらシューズを買いに行きましょう」
「うぁい?」
チーム合同トレーニング参加二日目。体格が似ているということでデジタル先輩と組んでストレッチをすることになったその最中、途中からやけに荒くなっていく息に小さな不安を覚えていると、ふとサブトレさんからそんな申し出がされた。
本日の髪は黒……黒すぎねえかコレ。
吸光率99%超えの例の塗料みたいだ……。
「それは嬉しいんですけど、デジタル先輩が過呼吸になりそうなのはどうしたら」
「その辺に寝かせておいてください」
いいんですかそんな雑な扱いで。
普段外から見つめるだけで十分に興奮できているデジたんパイセンにとっては、刺激が強かったのかもしれない……のだけど、チームに所属する以上ストレッチといい他のトレーニングといい、ウマ娘と触れ合う機会というのはありふれている。そのたびにこんなんになってるようだし、もうよくあることなのだろう。完全に慣れきっている。
タキオン先輩の脚の調子によっては参加できない日もあるし、そういう時は大概サブトレさんとでもストレッチしていたと考えるのが自然かな。
消防士のそれのようにして担いで運び上げると、それに合わせてデジタル先輩はヒョエェェ~……と小さな悲鳴を上げたが、しかしなにか「違う、そうじゃない」とばかりに複雑そうな顔をしていた。
実際お姫様抱っことかおんぶとか、オーソドックスなのだと喜びそうだからあえて避けたのだけど。
「シューズの話に戻りますが」
「いいんですか戻って」
「いつものことです」
なら仕方ないのか……?
なら仕方ないか……。
「普段は裸足で走っていたということですので、早めにちゃんとしたシューズを履いた状態での走行に慣れていただく必要もあります。こういうことは早いに越したことはありませんから、早めに行きましょうね」
「わかりました。ありがとうございます」
「サイズは!? 靴のサイズは!?」
「……デジタルのためではありませんが、足のサイズなどはいかがですか?」
「……21.5cmです」
身長としてはマヤノよりも更に小さいぼくだが、足のサイズだけはちょっと大きめだ。まあ、誤差程度だけど。
シマウマもロバもサラブレッドに比べると体が全体的に小さいんだけど、脚は野生下で生きるシマウマやロバの方が太い。
競争のためにある種先鋭化した進化を遂げているサラブレッドは、脚が細くできており非常に繊細だ。このサイズ差は多分その辺の差異だろう。
その後は入念にアップをして、合同トレーニングに入る。
最初にやるのは基礎トレ基礎トレまた基礎トレだ。しっかり負荷をかけることを意識しながらやらないといけないため、これが相当キツい。
動きを見てちゃんと負荷がかかってないと判断した場合、これをトレーナーさんたちは矯正してくれる。……が、そうなるとやっぱり相当体力が削られるので辛い。
けど、これを乗り越えた果てにトゥインクルシリーズへのデビュー、ひいてはお金! そしてお金! 更にJWCの開催がかかっている。
何事も大事なのは目的意識だ。トレーニングは地道な反復作業だけど……あー……まあ好きな人も中にはいるだろうしトレーニング大好き! なひとがいることを一概に否定できないし実例も知っているのだけど。ともかく、そういう地道な反復作業というのはあまり人に好まれるものじゃない。ぼくもそんなに好きではない。
そこで、モチベーションを保つために重要なのが、しっかりした目的意識を持つことになる。
ぼくのようにお金! お金! お金! でもいいし、テイオーのように無敗の三冠ウマ娘を目指すでもいい。何なら痩せたいでもいい。それによってモチベーションが上がるなら何でも自由だ。
やる気を保てなければ、トレーニングはどれだけしても苦痛にしかならない。そして、苦痛に感じ始めたらだいぶ危険信号だ。トレーニングに身が入らず、ちゃんと負荷をかけることができない……鍛えても鍛えても結果に何ら反映されないことにもなりうる。
(お金、おっ金、おっ金ぇ……)
……まあ常に目標を念頭に置くって言ったって頭の中でずっと目標について呟いてく必要は無いんだけど。
いや探せばいそうだな、目標について叫んでるひと。Wなウマ娘とか。あのひとは今日もダービーへの思いを叫んでいるのだろうか。
ともかく、そうこうして基礎トレが終わった頃。
「やはりこうなったか」
「やはりこうなったかじゃねえよブッ倒れてンのに案外余裕だな」
今までに受けたことのない種類の負荷によって、ぼくはもう全身疲労で動けなくなっていた。
筋肉は痙攣するわ、単純に力使い尽くしてスタミナ云々の問題じゃないわで立ち上がれない。
まあこうなるとは思ってたんだ、ついこないだの自主トレメニューで。あれが標準ってわけじゃないだろうけど基準にはなってるだろうし、自分である程度加減ができる自主トレと違って、ちゃんとトレーナーさんたちが見てくれている合同トレーニングだ。多分筋力がもたないだろうと予測は立てていた。
「ふっふっふ……すみませんシャカール先輩、ぼくはここまでのようです……」
「みたいだな。まあ気に病むなよ、皆そんなもんだったからな」
「そうなんですか……」
死に際ネタがスルーされてちょっと悲しい。
それより、みんなこんな感じだったのか。意外……というか、あんまり想像できなかったな。今の姿の印象が強いせいだろうか。
「動けるようになったら座って見学しとけ」
「わかりました」
「コースにいると踏んじゃうので、外に連れていってきマス」
……まあ、当然疲れたからってコース上でいつまでもへばってるわけにはいかない。
ぼくはそのままアイシング用のスプレーを手渡され、リムジン先輩に連れて行かれたのだけど……彼女のおんぶは思った以上に快適だった。
リムジン種、しゅごい。
十分から二十分ほどして、ようやく筋肉の疲れが取れて緩慢ながら動けるようになってきた。
スプレーを当ててアイシングをして、ゆっくりストレッチをする。見学をするならするでクールダウンはしっかりしないといけない。
それから更に少しして、技術的なトレーニングが始まる。腕の振りや足運びなどは……個人差が大きいから何とも言えないや。安易に応用できるからと言ってしようとしても、体格差があるので合わないことも多い。この辺は基礎トレだけでへばってしまうような状態を脱してから、改めてトレーナーさんたちに見てもらうのが良いか。
「調子はどうだ、ストライプ」
「全身がねじ切れそうです」
「喋る余裕があるなら大したものだ」
そんなことを考えていたところ、併走までの小休憩の間にトレーナーさんがぼくの様子を見に来た。
「明日以降は自分の体と相談して、超回復を意識してトレーニングをするように」
「わかりました」
「……随分簡単に返事をするが、ちゃんと分かっているか?」
「? 分かってます。筋肉ごとに回復するまでに時間差があるという話ですよね。腹筋や前腕なら24時間で超回復しますけど……」
「ああ、いや……分かっているならいいが……もの分かりが良すぎるというのも厄介だな」
指導者としてはもの分かりが良い方が嬉しいものじゃないだろうか?
わからん……よし、聞くか。
「もの分かりが良いと何が厄介なんです?」
「本当に理解して返事をしているのかが判断できんからな」
「はい」
仰るとおりすぎて何も言えねえ。
本質的な問題がわかってないのになんとなく理解した気になって「わかりました」と言っちゃった経験はありますか? ぼくにはあります。
なので警戒するのはよく分かる。
しかしながら、今この場では少なからずトレーナーさんの言っていることを理解できているはずだ。はずだよね? なんだかちょっと不安になってきたぞ?
「……まあ、理解しているならいい。ただ、体調や体の痛みといったトレーナーから見て分からんこともある。そういう時はただ『分かった』だけで済まさないようにな」
「わかりました。全身痛いです」
「そういうことを言っとるんじゃない」
てへぺろ。
「……そろそろ併走を始めるが、ストライプ。
「へ?」
と、去り際に、トレーナーさんはそんなことを言い残していった。
……ぼくが参考にするなら、シャカール先輩やフラッシュ先輩、あるいはどちらかと言うと先行型ではあるけど、デジタル先輩じゃないのだろうか?
確かにハリウッドリムジンの脚質は差し型。そういう意味ではサバンナストライプと同じだ。しかしそれはピーピードーナッツも同じことが言える。
しかし彼女らは、身長体重共にぼくとはあまり似通っている部分が無い。それなら差し、追い込みを得意としていて平均的な体格のシャカール先輩たちの方が参考になる点が多いのではないだろうか……。
悩んでいると、やがて併走が始まった。
最初に走るのはスナイパー=サンとデジタル先輩、そしてトレーナーさんが直接言及してきたリムジン先輩だ。
距離は1600m。スタート直後、まずは飛び出すような形でスナイパー=サンが飛び出す。脚質自在の面目躍如と言ったところか。
「前にトレーナーさんはドーナッツ先輩とスナイパーさんの走りの適性が噛み合ってるって言ってたけど……」
今見る限り、そんな感じはしない。
はて、と首を傾げていると、そこでフラッシュ先輩が来てぼくの漏らした言葉に答えてくれた。
「今はスナイパーさんには練習のためにあえて逃げていただいています。普段はもう少し違う走り方をするんですよ」
「あ、そうなんですね」
そういえばこのチーム、ステイヤーや中距離路線のウマ娘が多くてマイラーってあんまりいないや。
逃げが得意でペースメイクができるスカイ先輩も、走れないことはないとはいえやっぱり本領は中・長距離だろうし。
ぼくの話が気にかかったのか、そこでドーナッツ先輩もやってきて隣にどかんと勢いよく座った。
「リムジンが出場する安田記念が近いからな、その予行でもあんだよ」
「リムジン先輩、マイラーなんですね」
「と思うだろ? あいつケンタッキーダービー*1で一着」
「ひえ……」
そこも踏襲してんの!?
そういえば原作のJWCだとBCクラシック*2とBCターフ*3で一着もぎ取ってるんだっけ……。
……あれ? 体が伸びることにばっかり着目しててうっかり頭から抜けてたけど、もしかしてリムジン先輩もぼくやデジタル先輩みたいに変態適性持ち?
よく考えると安田記念もBCチャレンジ*4だし、これ、今年の出場枠狙っていらっしゃる?
「ひえぇぇえ……」
「フハハハ! そーんなビビンなって」
「普通は、驚くと思いますが……」
「ま、そのダービーであいつ脚
「え!?」
「見てな」
レースは未だリムジン先輩が差しに行く様子は見えない。
最終コーナー。
ここでデジタル先輩が仕掛けた。内から外に回るような形で加速し、スナイパー=サンに肉薄する。
リムジン先輩は……コーナーではまだのようだ。デジタル先輩の横につけるような形で外へ。
と、そこで一瞬、彼女の瞳――どこか理性の光と獣性の炎が拮抗しているかのような、異様な光を持ったそれが目に入った。
仕掛けに行く。そう直感的に読み取ったその直後、残り400mを切ったところで彼女はまるで地面に沈み込むかのように、上体を思い切り倒した!
「あれは!?」
――外からハリウッドリムジンが伸びてきた!!
伸びる! ボディが長い! そうか、高い身長をそのまま横倒しにすれば横に長くなる!
けど、それはバランスの崩壊と同義だ。体を倒せば倒すほど、重力によって体は下に向かって「落ちる」わけなのだから、やがて転倒する可能性すらある。常識的に考えれば、あんな走法長くはもたない。
……その、はずなんだけど。
(倒れる気配が無い……!)
同時、ぼくは彼女の足元が凄まじい勢いで抉れていくのを見た。
重力に任せ倒れる下向きの力が、常識はずれのパワーで地面を踏むことでそのまま前へと進む推進力へと転化されていく。
強靭な体幹と、桁外れのパワー。それがあの体格でありながら、とんでもない前傾姿勢を取ってなお問題無く走り続けられる秘訣なんだ。
ただ、なんとなくだけどそれだけじゃない何かを、彼女の目からは感じた。あれは一体……。
……疑問そのものは解消されないまま、併走はリムジン先輩が差し切って終わった。
ドーナッツ先輩は好戦的な笑みを隠さないまま、こちらに言葉を振ってくる。
「何で折ったか分かっか?」
「……力が強すぎて、脚の方が耐えられなかった、ですか?」
「はい。身長が高い分、体重も……それなりのものになってしまうのです。長丁場になればなるほどリムジンさんの脚には強い負担がかかります。良くも悪くも、ケンタッキーダービーでそれが表面化しました」
「アイツ、マジでやるともっと爆発するみたいになるぜ」
ドーナッツ先輩の声音からは、そんな「本気」のリムジン先輩に勝ちたいという気持ちがありありと感じ取れた。
……トレーナーさんがリムジン先輩の走りを見ろと言った理由が分かった気がする。
常識とは離れた走法に尋常じゃないパワー、そして芝ダートどちらも走れる適応力という点でリムジン先輩はぼくと似通っている。特に走法については、あの強靭な体幹も含め見習う点が多い。
上体を起こすためにはスピードを緩めることができないため、たっぷり200m近く追加で走るハメになったリムジン先輩。
彼女が休憩に戻るのを見送って、ぼくは何か飛び出しそうになるほどの興奮を抑えるように、口元に手を当てた。
超回復理論については諸説ありますが、今のところは厚生労働省HPに掲載されている内容を踏襲しております。
また、BCチャレンジ等については2021年現在の情報を使用しております。アプリでも大阪杯がG1だったりするのでご容赦ください。