「どこまで分かった?」
併走を終えて、リムジン先輩たちにいくつかアドバイスや今後の指導計画を伝えた後、こちらにやってきたトレーナーさんはそんな風に僕に話を振ってきた。
曖昧な、だけどこれ以上ないくらい簡潔な言葉だ。ぼくは親指を持ち上げて答えた。
「半分くらいですかね……」
「なら自慢げにサムズアップをするな」
「お前時々ノリで生きてんな?」
本当に時々だろうか。かなりの割合でノリで生きてるようなことをしてないだろうかぼくは。
さて、それはともかくだ。
「ぼくも走法がちょっと特殊なので、リムジン先輩の体幹や踏み込みの強さが参考になりました。ただ、それが印象に残りすぎてしまって……多分他にも何かあると思うんですけど」
「そうか。それも確かに必要だが……一番見習ってほしかったのはその『何か』だな」
「何なんですか?」
「マルチタスクだ」
「マルチタスクって……2つ以上の作業を同時進行できるっていう、あの?」
「
はえー……なるほど、言われてみると、確かにあれはぼくじゃできなさそうだ。
あの姿勢、レースに集中しすぎると、多分足元が悪ければそのまま転倒する危険性がある。他の走者が足元をえぐり抜くような走法をしてデコボコになっていることもあるだろうし、雨でぬかるんでいたりバ場状態が悪ければそれだけで命取りになるだろう。そこのところ、スパートに入ると前以外見えなくなるぼくには無理だ。
体重移動や足運びも極めて繊細に管理しないといけないし、それこそマルチタスク――物事を並列に処理できる頭が必要……必よ……。
…………これ騎手ソウルの影響じゃな?
JWCにおけるハリウッドリムジンの騎手は双子のチキン兄弟。騎手が二人。考える頭も二人分。
リムジン先輩がマルチタスクに天賦の才を示したというのは、その辺が原因の一つなんじゃなかろうか。
とはいえ、マルチタスクは誰もが無意識下でやっていることではある。立ち上がりながら何か手に取る、なんてことも突き詰めればマルチタスクだ。それを技術として昇華できるかどうかが重要な点だろう。トレーナーさんの言わんとすることも、そういうことのはずだ。
「選抜レースの時のことを覚えているか?」
「まあ、はい」
「中盤から何も考えずに走っていたな」
「はい……」
完全に見抜かれてる。
サブトレさんに言われて知ったのかもしれないけど、多分、トレーナーさんはその辺が気にかかって、スカウトは見送りとしていたのだろう。
「作戦を組み立てるまではいい。それで疲れが見えたら、というのも分かる。この歳でそれができるなら大したものだ。だがストライプ、最後まで考えて走ることができないなら、野生の獣と変わらん。だから最後まで冷静さを保っていたトウカイテイオーに負けたんだ」
「……!」
……もしかして、ケニアのトレーナーさんに言われたそれって、ポジティブな意味でもありネガティブな意味でもあった?
今の年齢で作戦を組み立てて走ることができるなら大したものだ。しかし、最後に何も考えず野性に任せて突撃……で勝てるのは、ぼくに油断してかかってる無防備な相手だけ……と。
うわ恥ずかし。普通に褒め言葉として受け取ってた。いや褒めてるニュアンスもあるんだろうけど、それだけじゃないってこと何も察せてなかった。
「常に考えて走ることができるようになりなさい。でないとこれから先、トレーニングを積んだ彼女たちには勝てないぞ」
「分かりました。……頑張ります!」
……明日から!
今日は無理っす。
かなり真面目に。
全身筋肉痛で動くに動けないわこれ。
その後、宝塚記念を控えたドーナッツ先輩――多分コックスプレート*1の優先出走権を賭けてる――の併走や模擬レースなども見学したが、こちらはあまり特徴的な走り方は見られなかった。
本人は、「アタシの走りは大勢いるところじゃねえと強みが分からねえよ」と自信ありげに語っていたので、見られるのはそれこそ宝塚記念ということになるだろうか。
……宝塚記念の出走条件、基本的にファン投票なんだけど、コレ当然のように受かる算段があるってことなんだよね。どんだけ実績積んでるんだろう……。
・・・≠・・・
さて。
忘れがちだがぼくの目的はお金を貯めること、ひいてはJWCを開催することである。
トゥインクルシリーズに参加する理由は、今の年齢でお金を稼ぐのに最も都合がいいからだ。ぼく自身走りたいという欲があるからそれを満たすためでもあるのだけど、それはそれとして。
極端なことを言うと、お金を稼ぐという目的さえ満たせるのなら、最終的にはレースを手段としなくてもいい。
では、その手段として何をするか。
「起業したいんです」
「エアグルーヴ、私はアルバイトの許可を取りに来たと聞いたのだが」
「私もそのつもりでした」
ある日、午前中の生徒会室。アルバイトの許可を取りに行ったぼくはそのまま勢いでそのようなことをぶちあげた。
完全にノリと勢いの産物である。ここまで言ったならもう言っちゃえ。そのくらいのものなので多分部屋を出たところでもう言っちゃったこと後悔することになるだろうし、実際今既に後悔しつつあるけどまあこのまま言ってしまおう。
「日本の法律上満15歳未満の中等部生がアルバイトをすることは難しい、ですよね」
「それも少し誤りかな。『児童の健康及び福祉に有害でなく、かつ、その労働が軽易なもの』という条文のもと許可が出ているアルバイトもある」
「そういった業種ではダメなのか? 今はトゥインクルシリーズのデビューに向けた大事な時期だ。あまり無関係な仕事にかまけていられてはな」
「それはそうなんです。ただ、これから何かとお金が入用で……」
例えばシューズと蹄鉄。踏みしめるパワーが強いとそれだけ磨り減るため、度々買い換える必要がある。それに関して、いつまでもチームの資金に頼るわけにはいかない。
それ以外にも、ぼくはまだスマホやパソコンなどの電化製品を揃えていないし契約のための料金なども必要だしで、今はとにかくお金が要る。新聞配達などは日給4000~5000円程度。加えてそもそも都内だと中等部は雇ってもらえないパターンが多い。
そこは会長やURAの関連業種などのツテで解消できる場合もあるけど、やっぱり安定するとは言い難い。
というところまでを説明すると、会長たちはひとつうなずいて続きを促した。
「なのでアルバイトを足がかりに、最終的には安定して収入を得られるようにしたいなぁと」
「随分と気の長い話だな……」
「事業計画はどんなものを予定しているのかな?」
「会長」
「いいじゃあないか。明確なビジョンがあるなら、私は
エアグルーヴのやる気が下がった。
そんなナレーションが不意に脳内にあふれてきた。
ぼくはそれをあえて無視して、一つ頷いた。
「第一に出店を用いた飲食業。こちらは現在日本で知名度が低く、同時に隙間産業的な需要を見込んだアフリカの料理を提供する予定です。ファン感謝祭や学外のレース場に申請を行い出店を行います。
第二に個人貿易業。もともとぼくにはアフリカで伝手がありますので仕入れは簡単です。エスニック的な用品に対する需要は少なくありませんから相応の収入が見込めます」
「会長、13歳にあるまじき明確すぎる内容なのですが」
「彼女はまだ12歳だよエアグルーヴ」
「尚更です」
お金がかかってるのだから当然ぼくとしてもレースにかける並みに本気だ。
現在過去前世現世全ての知力を総動員して計画を練り上げたし、必要な書類を含む資料を既に部屋の片隅に積み上げている。
口頭での説明もあくまで一部のものだ。必要なら寮に戻って資料を持ってくることもやぶさかでない。
「しかし……そこまで考えるのはいい。先ほども言ったがレースに影響は出ないものか?」
「どちらかと言うとそのレースに集中するためというのが一番の理由なんですけど……」
いつまでも仕送りに頼るわけにいかないし。
そもそも頼れるほどの額の仕送りがあるわけでもないし。
用具もそうだけど体づくりのための諸々の食べ物とかも要るし。
レースにはとにかくお金がかかるのである。
「分かった。そういうことであれば許可を出そう」
「……不安は残るが、仕方ありませんか」
「彼女は既にチームに所属しているから、レースに出走するための最低条件は整っている。レースに対する気概と言う面は問題ないだろうね。素行が悪いようであればチームのトレーナーの方から報告が来るだろうから、気を付けることだ」
「はい、十分気を付けます」
一瞬、会長の目が細められて急激に威圧感が襲った。
……多分、これ、昔そういう生徒がいたんだろうな。バイトにかまけてしまって、って。
ぼくも気を付けよう。そう改めて心に留めて、ぼくは許可証を受け取って生徒会室から退室した。