夜。チームベテルギウス第二のトレーニングとも言える、チーム内ミーティングの時間が訪れる。
冷房の効いた薄暗い部屋の中、プロジェクターから映し出されるのはチーム、個人問わず集められた有力なウマ娘たちの練習風景だ。
「はうっ」
デジタル先輩は死んだ。
どうやら水着姿のトレーニング風景が相当キいたらしい。このひと基本的によそのチームの練習場所への出入りは遠慮させられてるからな……いきなりだと刺激が強かったのだろう。
と、ここでタキオン先輩が軽く手を挙げた。
「この映像を撮ってきたのはモルモット君かい?」
「いえ、ストライプです」
「ふぅン? よく撮れていると思うけどね、しかしリギルのようなチームは練習風景を外部のチームに撮影されるのを好まないはずだよ」
どうやったんだい? という疑問と一緒に部屋の中のメンバーの視線がこちらに向かう。
ぼくはこの昼間ずっと抱えていたクーラーボックスを指差して答えた。
「アイス売りに来たって言ったらすんなり入れてくれました」
「詐欺師かスパイの手口じゃねェか」
「そこまで巧妙じゃないですよ。どっちも本心ですし」
「なおタチが悪いわ」
ぼくが今日、アイスを売って歩いていたのは、お金のためもあるけど偵察のためでもあった。
どっちがより比重が上か、ということもない。どっちも同じだけ重要だ。
ぼくはお金が欲しいと常日頃から……というほど頻度は高くないけど、そこそこ事あるごとに公言している。そんなだから急に売り子を始めても、奇異の視線で見られはするがそこに異論を挟む人はそうそういない。
というわけで、ぼくは今日、アイスの販売と同時に無事に偵察を終えてきたのであった。
ふと見るとトレーナーさんは「こいつ野放しにしてて大丈夫か?」みたいなしかめっ面をしていた。大丈夫大丈夫。大・丈・夫が枕詞につくゲームの最速攻略本よりは大丈夫。
「……知っての通り、この冬からスカイとスナイパーがデビューすることになる。ストライプには同じ時期にジュニア級でデビューするウマ娘を主に偵察してきてもらった。今からどれだけ伸びていくかも含めて予測していくから、しっかり頭に入れておくように」
「えぇ~」
「えぇーじゃない」
スカイ先輩はかなりの面倒くさがり……のように見えるひとだ。少なくともそういう資質があり、他人に見せている姿は実際にそういったものではある。
けど、負けん気はもしかしたらチーム内でも1、2を争うほどかもしれない。今もこうやって文句言うようなポーズを取っておきながら、視線はスクリーンから離れていない。
「では、まずリギルから見ていきましょう」
サブトレさんはこんな時でもマイペースに司会進行をしている。なんだかんだ「見ない」なんてことはしないとみんなを信頼しているからか、あるいは話についてこないなら振り落とすというスパルタか……いずれにしても、すぐに皆スクリーンに向き直った。
まず最初に映し出されたのは三名。「女帝」エアグルーヴ副会長と、タイキシャトル先輩、それと――サイレンススズカ先輩だ。
「今年クラシック級のサイレンススズカとタイキシャトル、シニアのエアグルーヴ。いずれも重賞で当たる可能性があります」
「ん~……スズカ、は……あいつ素質はスゲーんだけどなぁ」
ドーナッツ先輩は行儀悪く机に足を載せ……ることができずに、椅子の上で片膝を立てた状態で呟く。
メイクデビューで1着を取り鮮烈にデビューしたものの、弥生賞では……なんというかちょっと、うん……トラブルが起きて8着。ダービートライアルのOP戦、プリンシパルステークスでは1着を取るものの、その後のダービーでは9着。「素質は感じられるがイマイチ勝ちきれない」という評価をされることが多いのが、今のサイレンススズカ先輩だ。この合宿中も彼女の走りはどこか窮屈そうで、見るからに精彩を欠いていた。
……いや、これはサイレンススズカというウマ娘の走りを、俯瞰的な視点から一度見たことがあるからこそ言えることか。知らなきゃ評価としてはドーナッツ先輩くらいのところに落ち着く。
良くも悪くもチームリギルは完璧な管理体制の下でトレーニングとレースを行うチームだ。スズカさんはちょっと……割と……結構……いやかなり? ……だいぶ他人とズレたところがあるウマ娘だから、方針に順応できずスランプに陥っているのだろう。
「この中でチームに大きく関わってくる可能性があるのは、タイキ君かな?」
「ですネ。副会長さんは、シニア級なのでそろそろドリームトロフィーへの移籍を視野に入れてると思いマス」
「今年は秋のマイルチャンピオンシップに出場予定が無いが……となれば、来年以降、スナイパーと当たる可能性が高くなるな」
「ショッギョ・ムッジョ……」
タイキシャトル先輩、この前のOP戦で2着になるまで全勝だっけ。
そのOP戦も、1400mで短距離だったため微妙に距離が合わなかった、というのが敗因なので、マイル戦での負けはゼロ。ステイヤーであるスカイ先輩がマイル戦に出る可能性は低いので、必然的に当たるとすればリムジン先輩かスナイパー先輩ということになる。リムジン先輩はBCシリーズの挑戦が控えているため、冬はアメリカで調整する手はずになっているから今年当たることはまず無い。つまりスナイパー先輩は犠牲になるのだ。
「続いては……グラスワンダーですね」
「グラスちゃんかぁ」
「グラスか……」
スカイ先輩が少し頭を上げ、スナイパー=サンが苦い顔になった。
同級生だから実力はよく知ってるよ、と言いたいのだろうか。スナイパー=サンは……。
「グラス先輩と仲良くないんですか?」
「んーん。スナイパーのはちょっと一方的な苦手意識」
「グラスがワタシの
グラス先輩は大の日本通だ。その気合の入り方はもう筋金入りと言っても過言でなく、エルコンドルパサー先輩が納豆にデスソースをかけているのを見て「伝統に唾吐く行為は許せません」と豪語するほどだ。だったらスナイパー=サンも……と考えるのは自然だけど、だが少し待ってほしい。
確かに忍者という観点からするとスナイパー=サンのはちょっと勘違いしているかと思われるだろうが、彼女のこれは忍者と言うよりニンジャだし、ニンジャ殺すべしな方の模倣だ。
日本文化に対してじゃなくて、いわゆるMANGA文化に対するフォロワーなので、きちんと元ネタがあると判別できる分にはとやかく言わないのではなかろうか。
「グラスワンダーはここまで模擬レースや選抜レースで結果を残してきている。反応と瞬発力が優れているようだな。合宿明けすぐにでもデビューできるほど仕上げているようだ」
「狙いを定めるなら朝日杯かホープフルステークスが定石ですね」
「ぬぅ……」
スナイパー=サンがメンポの上からでも分かるほど顔をしかめた。そんなに嫌かグラス先輩と競るの。
……いや冷静に考えたらあんまり走りたくないな。レースの時のグラス先輩怖すぎるもの。雰囲気もだし迫力もだし、単純にスペック面で見てもそうだし。大和撫子っていうか薩摩隼人だよあのひと。
こうして考えるとスナイパー=サンの苦手なひとって身内が多いんだな。同じチームのドーナッツ先輩に、同じクラスのグラス先輩もそうだし……。
……ともかく、そのまま映像は進んでいく。
次は会長たち……には行かずに、そのままエルコンドルパサー先輩やキングヘイロー先輩のトレーニング風景になった。
会長は既に散々ドリームトロフィーのレースで走っているから、合宿中の映像を見るより実際のレースの映像を見た方が早いと思ったんだろう。ぼくもそう思う。どこまで行ってもぼくの撮影技術は素人だもの。
「あれ? ウララも撮ってたんだ」
「え、あ、はい」
どちらかと言うと映り込んでるの方が正確だろうか。
度々キング先輩のところに来るので結果的に一緒に撮れている……というか。
「情報はどれほどあっても充分ということは無い。この子は見たところダートが得意なようだな?」
「あはは……ダートが得意っていうか……なんて言うのかな、ウララの場合」
「実情……ダートも、得意かと言うと別問題だと思われる……ショッギョ・ムッジョ」
そうなんだよなぁ……ウララ先輩が得意だと言うのは、「比較的」であって、本来ダートも得意かと言うと微妙なところだ。
モデルとなったハルウララはダートでしか走ったことがない……が、ここで問題になるのはそのダートでの勝ちも無いというところだ。
ダートが得意というのはゲーム的な都合の部分が大きいし、芝は……地方所属だったため、そもそもレースで走ったことが無いから分からない。単純に得意苦手でくくれないんだよね。
もっとも、それは言わば「原型」の話なので今は一概にどうとは語りづらい。
「今はまだ本格化していないだけで、そういうウマ娘が突然伸びてくることはあります。ダートで走ることもありうるリムジンやデジタル、ストライプと競うこともあるでしょう。充分に注意してください」
「ハイ」
「わかりました」
そこなんだよなぁ。ダートに限定しなくとも、突然何やらどこかで覚醒して伝説のスーパーウマ娘になる可能性も無くはない。
先程映像に出たスズカ先輩なんかはその代表例だ。大逃げに目覚めたら、それこそ並のウマ娘じゃ手がつけられないことになる。
……ぼくもどこかで突然覚醒したりしないかなぁ。
無理か。
そういうのは日々の地道な努力の積み重ねあってこそだろうしね。
トレーナー(俺は相当ヤバいウマ娘をチームに入れてしまったのでは……?)