照りつける太陽。雲ひとつ無い空。澄み渡る海。そして灼熱の砂浜。今日も今日とて合宿日和である。
トレセン学園の合宿所は、全校生徒のほとんどを受け入れなければならないという性質上、相応に広大な敷地面積を誇る。
主な練習場所として設定されているのはよく整備された砂浜だ。しかし、まあ、なんというか。夏、しかも合宿中という状況なので、ひとによっては開放的な気分になったり、高揚して他のウマ娘に模擬レースでの勝負を持ちかけるケースが相当増える。
合宿中にどれだけ成長したかも知りたいし、成果を表現する場が欲しい。……しかし、砂浜でだけでレースをしようとすると周りのひとの迷惑にもなる。
そういう時のために用いられるのが、砂浜の一角に設けられた簡易的なコースだ。性質上ダートコースしか無いが、普段見られない組み合わせでの対決なども見られるということでなかなかに盛況だったりもする。
そんな場所で、今日のぼくはというと。
「あれぇ……?」
――コースに設けられたゲートの中で待機していた。
右を見る。会長がいる。
左を見る。地方から来た怪物と永世三強のもう一角と
……模擬レースを目前としていながら、ぼくの意識は空の彼方へと飛んでいきそうになっていた。
どうしてこんなことになってしまったのか。その原因は、昨晩に遡る。
・・・≠・・・
偵察の映像を見終えた後、ぼくは個別にトレーナーさんに呼び出されることとなった。
はて、何か問題があっただろうかと思いつつ応じると、トレーナーさんは渋い顔をして告げた。
「ストライプ、お前もう少し立ち回り方なんとかならんか?」
「もっと巧く立ち回れということでしょうか」
「いや、そうじゃない。巧く立ち回ろうとしてお前は少し……姑息……こっすい……根性が悪い……いや、小賢しい印象の方が強くてな」
「……言い方なんとかなりません?」
「ならんな……」
ならんのですか。
というか姑息とかこっすいって、ぼくそんな印象持たれてたのか。
え、何気にヒドくない?
「チームのために働いてくれたのはありがたい。だが、こういう立ち回り方ばかり覚えてしまうと、将来的に自分自身の首を絞めることになりかねん。分かるか?」
「それは……まあ……はい」
「分かるのか」
「分かります。正面から誠実に向き合っていかないといけない問題に直面した時、ついやっちゃいけない方向から解決しようとしちゃって、悪い結果を引き起こしかねないってことですよね」
「何でお前そこまで分かっててやってしまうんだ」
「へへぇ……」
「笑って誤魔化そうとするな」
「すみません」
正直半分くらい無意識的にやっちゃってる部分があると言えばある。
だって中身は半分くらいお金への執着をみなぎらせた心の汚れた大人だもの。
「そうやって茶化そうとするのも悪い癖だな」
「マジすみません」
「……それと今回の件、事後承諾で東条に伝えたがな」
「東条? あ、おハナさん? 先に許可は取りましたよ。どのタイミングで撮るかとまでは濁しましたけど」
「お前本当にそういうところだぞ」
「はい」
ぐうの音も出ないや。ふはは。
ただなぁ、トレーナーさんの言ってることも理解できるけど、
うーん……まあ、反省と改善ができないほどダメになった覚えは無いし、残り半分はちゃんとウマ娘……いやシマウマ娘……ロバ娘? だし、純粋な、というか素直な子供らしい部分もある……はず、多分。恐らく。ちょっと自信無くなってきた。
ともかくそっちに期待しよう。
「それでだ。その件でルドルフから言伝があってな」
「え、会長?」
「『代金を支払ってもらうから、明日コースに来るように』だと」
……はえ?
・・・≠・・・
そしてご覧の有様というわけだ。
婉曲な言い回しだったけど、要は併走をしてもらうということだったらしい。真に受けて売上を持って土下座しに行ったら大層動揺された。そりゃそうだ。
しかしながら、「あの」皇帝との併走だ。すさまじい勢いで噂が広まり、どこのウシの骨とも知れない一年生が併走できるなら自分も、と手を挙げたウマ娘は数知れず。気づけば「一度会長と走ってみたかった」とオグリ先輩が参戦し、ダートと聞いて我慢できずに駆けつけたイナリワン先輩が加わり、更に夢の対決をひと目見ようとデジタルパイセンが飛び込み参加しに来た。
他の参加者も軒並みダート強豪の先輩方ばかりだ。ぼくの胃は縮み上がるばかりである。
なんかひとり場違いな萎びれたロバがいるんですけど。ウケる。
ちなみに、ここまで集まったらぼく要らないんでない? という抗議は却下された。まさかね! 昨日の今日で「正面から誠実に向き合っていかないといけない問題に直面した時」が降って湧いてくるとは思わないじゃん!
会長はぼくを殺そうとしている!!! と一瞬疑心暗鬼になりかけたけど、あの会長がそんなことをする理由が無いため真面目に善意から「別にそんなこと気にしなくていいんだぞ」と励ましてくれてるのが分かった。その善意が痛い。
諦めよう。そして玉砕しよう。見ていてくれクラスの友人たち、そして故郷の家族たち。せめて派手に散ってくれるわ!
「位置について! よーい!」
スターターの声と共に、気温と裏腹に冷えた感覚が全身に流れ込む。
そして、ゲートが開くその瞬間――。
「スタート!」
「!」
「なにっ!」
その冷えた感覚全てを振り払うように、ぼくは最初から全力のスパートをかけた。
砂浜特設コース、ダート1000m。策は――無い。スタミナとパワー任せの全力の逃げで押し込んでやる!
――そして一分後。
「ヴォエ」
普通に沈んで普通に最下位だった。
当たり前と言えば当たり前、妥当とかいう以前の問題である。
ダートに沈みながらぼくは無力感でそのまま動けなくなっていた。
「おーい生きとるかー」
む、この関西弁は。
「死んでますわ」
「生きとるやないけ」
さすがのレスポンスの早さである。ついと視線を上に向けると、やはりそこにはジャージ姿のタマ先輩がいた。
「心は死んでます……」
「まあまあ。デビュー前なのに会長やらイナリ相手に大差つけられへんかったんやったら上出来やろ。ほら起き」
「うぁーい」
大差つけられなかったのは、距離のおかげだと思う。もう600m長かったら確実に大差だよコレ。
引き上げられるのに合わせてずりずりとコースから退場する。会長は……どうやら次の相手との併走を始めるようだった。勤勉だな、という以前にあれだけすごい加速でぶちぬいて行ったのに連戦なんてして脚は大丈夫なのだろうか? と思ってしまう。
しかし、表情にも顔色にも変化は見られない。どうやら本当に何も堪えていないようだ。次はテイオーが駆け寄って参加しに行っているのが見えた。
対して、さっきのレースに出ていたイナリ先輩がこちらに手を振りながら駆けてくる。
「おー、タマ! そのちっこいの、知り合いかい?」
「前
「何でもかんでもトラ認定やめとけってんでい」
「さっきはどうもです……」
「おう! 悪くねぇ走りだったな!」
「オグリはどこ行ったんや?」
「オグリ? 食い物探しに行ったんじゃないかい?」
「せやろな」
でしょうね。
もしくは自分のトレーナーさんとこ行ったか。どちらにせよ何か食べるもの探しに行ったのは確かだろう。
頷きあいながら移動していくそのさなか、ふと思い出したようにイナリ先輩が問いかけてきた。
「そういえばあんた、大逃げなんて珍しいことするじゃないか。逃げ切れはしなかったけど、あれは……ヤケかい?」
「じゃないですよー。それ以外に勝つ見込みがなかったからやっただけです」
「言われてみりゃあペースが全く落ちなかったねぇ」
「アンタ逃げが得意やったんか?」
「差しの方が得意です」
「何やそれ。けったいなことするやっちゃなー」
そうは言うけど実情、ぼくが勝つセンがあるとすればそれしか無かったんだよね。
会長は一人だけ速すぎて「結果的に逃げになる」ようなことがあるけど基本的には先行、または差し型、オグリ先輩もイナリ先輩もデジタル先輩もおおむね似たような形でレースを進めるタイプだ。バ群を形成して前に出られなくなってくれることが現状、ぼくに残された唯一の勝ち筋だったのだけど……そう上手くはいかなかった。
マルチタスクはまだ成功してない。だから今回は最初から何も考えずひたすら全力で走っていたかたちだ。もうちょっと考えられていたら、何か変わったのかと言われると甚だ疑問ではあるけども。
「ま、相手はドリームトロフィーでしのぎを削っとる会長たちや。負けても今は仕方ないくらいでええんやないか?」
「そうなんですけどねぇ。最初から負けるつもりで挑むウマ娘はいないでしょう」
「おう、よく言った! そのくらいの気概があってこそってなもんでい!」
「せやな。気持ちで負けたらアカンで!」
すみません、レース始まる前までは意識飛ぶほど気持ちで負けてました。
思えばこの辺は後ろ向きだな、我ながら。もうちょっとなんとかなるようにしよう。同期やクラスメイトも大概なんだし。
……あ、そういえば。
「タマ先輩たちもドリームトロフィーですよね」
「せやでぇ。相当稼ぎがエエで。なっはっは」
「金の話はするもんじゃねぇよタマ……」
「いいですよね賞金も奨励金も……ぼくも早くドリームトロフィーに行けるくらい実績作りたいなぁ」
「それで食いつく!?」
「金やで!?」
「お金ですよ?」
「仲良しか」
ぼくとタマ先輩は境遇などで少し似通ってる部分がある。
弟や妹が多かったり、実家が裕福でなかったりだ。お金に対する考え方捉え方は違うけど、お金が欲しいという思いは同じ。なんというか文字通りウマが合う。
学年が違うし、ぼくはトレーニングを普段チームの皆さんとやっているので接点こそ少ないけど、廊下で会えば結構話をするし昼食の時一緒の席になることもある。初対面があんなのとはいえ……いや、あんなのだからかな? ともあれ、接しやすく面倒見の良い――クリーク先輩に二人まとめて赤ちゃんにされかねないことを除けば――良い先輩だ。
なんか目線が姉感覚な気もするけど、ぼくタマ先輩より背低いからどうしてもそういうスタンスになってしまうのかもしれない。
「よっしゃ、あれだけの相手に引かんと競り合ったんや。時間もエエ頃やし、ストライプ、海の家で何か一品奢ってやろか!」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「あのドケチのタマがひとに奢る!?」
「アホ! ドリームトロフィーで走っとるウチらが後輩に夢見せんでどないすんねん! バイトの万倍稼いどるんやで。奢るくらいワケ無いわ!」
「粋なこと言うじゃねえかタマ! 何頼むんだい?」
「焼きそばと白飯大盛りや」
「てやんでい!! 焼きそばは単体で食うもんだろ!?」
「焼きそばはおかずやぁぁああ!!」
ちなみにこの〇〇はおかずか主食か論、ソースを使う料理については関西と関東のソースに対する意識の違いのせいで起きることが多い。
関東以北でソースと言うと、だいたい中濃……ウスターソースを指す。
対して関西より西や中部地方の一部地域においては、家に異なる種類のソースが複数あるのが標準的だ。伊達にソース文化圏などと呼ばれておらず、とんかつ専用ソースだけ見ても数十種類はくだらないくらいにバリエーションがあり、メーカーも多岐にわたる。あとは焼きそば専用とかお好み焼き用とか、カレーソースとかだしソースとか……塩気や粘度、酸味や甘味などの要素がそれぞれ異なるので、こだわる人はもうとことんこだわる。上京した際にひいきのメーカーのソースが無くて途方に暮れた、という話を聞いたこともある。
で、味付けの話に戻る。関東圏のソースはやや酸味が強い味わいなのだけど、関西のソースは甘みが強い。比較的ご飯に馴染みやすい味わいになるわけだ。
これで濃い目に味付けをするとご飯に合うため、ご飯、汁物と合わせた定食として供されることになる。結果、関西では「おかず」として広まり、あまりご飯と合うわけじゃない関東などでは炭水化物、「主食」として広まった……と考えるのが自然だろう。
うどんはおかずかどうかという点については諸説あるけど、雑炊の例もあるしだし汁がご飯と合うのは確かだと思う。ぼくとしてはうどんにはおにぎりを合わせたいけどね。
「アンタはどっちやストライプ!」
「アイムケニアン! アイムケニアン!」
とりあえず現状どっちにも属してないぼくに地域性の話を振るのはやめてほしい。
○二人称について
イナリワンがタマモクロスのことを呼ぶ際、うまよんでは「タマ先輩」と呼んでいることが確認できていますが、一方アプリでは「タマ」と呼び捨てにすることを確認しています。
これはアプリ始動前の設定の差異、表記揺れの一環と解釈し、アプリでの呼称として統一しました。
類例としてマックイーンが他人を呼ぶ際、アプリでは基本的に「さん」付けで呼んでいます。が、アニメではテイオーなど親しい間柄の相手は呼び捨てにしておりますので、本作ではそちらを採用しております。
6/1 微修正