タイムを縮めるというのは、並大抵のことではない。
子供の頃、何も下地が無い時分であれば、少し走行技術を学ぶだけで爆発的に脚が速くなることだろう。けど、ある程度育って技術を確立してしまうと、今度は更にその先、いかに技術を「使いこなす」か、「極めるか」が大事になってくる。
もちろん、才能とか単純なフィジカル面の問題もあるけど、それは時間と割り切りによってしか解決できないので考慮からは外しておく。
さて。
ぼくは現在、基本的にストライド走法を用いているが、これは一歩一歩の幅を広く取ることでよりスピードを出しやすくする走り方だ。対してピッチ走法というものがあり、こちらは脚の回転数を多くすることで負担を軽減する走法。どちらがより良いというものではなく、どちらが自分に合っているかという点が重要で、ストライド走法だから絶対に速い、ピッチ走法だから遅い……ということは無い。
で、そのストライド走法なのだけど、いかに突き詰めていくかと言うと……これがまたちょっと難しいもので。
「はい、ピッチ上げて! ピッチピッチ!」
「ぬあああああ……!」
「うひょおおお!」
「あの! デジタル先輩の視線が! 怖いんですけど!」
「お気になさらず~!」
「レース中に他のウマ娘の視線に惑わされてペースが保てますか? 人気と実力が高まればそれだけマークも強まります。これもトレーニングですよ!」
「ひぃぃ……」
朝の砂浜。この日は色んな意味で過酷なトレーニングを行うことになっていた。
……ストライド走法で更に速度を早める方法、それは歩幅を維持したまま足の回転数を上げることだ。
どうしてデジタル先輩を真横に置く必要があるんですか? と最初は聞いたのだけど、サブトレさんはこれを「やればわかる」として横に置いた。そうして分かったのだけど、デジタル先輩のトレーニングめちゃめちゃ参考になるんだよね……なんか悔しいことに……。
お互い芝・ダート等々環境を選ばない適性持ちだし、脚質も似てる。マイラーとステイヤーという差異こそあるけど、力の入れ方とか脚の上げ方とか、先輩だけあって圧倒的に巧い。
実際、走った結果は先日の通り大敗。最短で内ラチ*1削る勢いで行ってたのに、大外からぶち抜いてくんだよこのひと……どういう末脚してるんだよ……。
というかね、デジタル先輩の視線をも利用したメンタルトレーニングを兼ねるってコレ、考案したのサブトレさんでしょ絶対。チーフトレーナーさんだともっとスタンダードなトレーニングをするだろうし。
でも実際コレ精神力が養われてるのが分かるのでなんとも言いづらい。
ふと見ると、視界の端の方でウオッカとスカーレットが競い合って走るのが見えた。頑張ってるなぁ……と思っていると、その後ろから後を追うようにしてダチョウに乗った
今日もトレセン学園は平和である。
「……はい、少し息を入れましょう」
「っ、くあ……」
「ふぅ……」
一旦やめ、の指示に従って速度を落としながら徐々に止まっていく。急に止まると筋を痛めることもあるからだ。
数度息をつくと、それでぼくの体力は勝手に戻った。脚はガクガクだけど。
「デジタルは良い具合ですね」
「うへへえ……いいモノを目にできていい体験もできましたので、それはもう好調です……」
1000mというごく短い距離とはいえ、会長たちの激走を間近で目にした今のデジたんは精神的に無敵だった。
一方のぼくはと言うと、少し、燻った思いがある。
惨敗……は、なって当然。けど、だからって納得できるわけじゃない。勝ちたかった。それは本能的な衝動だ。
トレーニングを続行しよう、と頭の中の獣の部分が訴えかけてくるが、ぼくはそれをなんとかしてなだめすかした。
ハードトレーニングはどんとこいだけど、オーバーワークは厳禁だ。それを避けるためにこのチームに入ったのだから、そこはしっかりと割り切らないといけない。
「ストライプ」
「はい」
「……思ったよりも堪えたような様子はありませんね?」
「負けて当然ですしねぇ」
プロに対してアマチュアが挑みかかったようなものだ。
……いや、トゥインクルシリーズやドリームトロフィーリーグのことを考えると「ようなもの」というかそのものじゃん。本来なら
「あなたくらいの年頃だともう少しムキになってトレーニングをしたがるものですが……」
「それで効果が上がるならしますけど」
「オーバーワークになるので許可しません」
「ですよねぇ」
そのためにトレーナーさんたちが頭を捻ってトレーニングメニューを考えてくれているのだし、ぼくはそこから逸れる気は無い。
体を壊せばそれだけデビューも遅れるし、度合いによっては治療費などもかさむ。前世じゃ別に大して運動もしていなかったぼくが変に独学でトレーニングを始めてもロクなことになりはしない。
そんなぼくの態度や返答の何が琴線に触れたのか、サブトレさんはにっこりと笑みを見せた。
「な……なんです?」
「いいえ。どうかその調子でお願いしますね。今はじっくり時間をかけて体を作っていく時期です。焦らずに頑張りましょう」
「あ、はい」
……読めん。
ううん、他のひとはまだ表情でなんとなく何考えてるか察するくらいはできるんだけど、サブトレさんはなんかこう、読めないことが多い。
いつも笑みを絶やさない穏やかなひと……というのが表面的なところなんだけど、実情は、まあ、あれだ。自ら進んでタキオン先輩のモルモットになるわ、かーなーり強引な手段で勧誘するわ、なんていうか、失礼なことを言うがあんまりまともなひとではない。
ぼくの中では、学園の実権を握るため潜伏している革命家説と、URAから出向してきた秘密の監査員説が拮抗している。概ねその場のノリで適当に生み出した珍説だけど。
「そういえばストライプ、あなたは目標としては……『とにかくお金が欲しい』ということで良いのですか?」
「あー、まあ、ですね。レースを自費で開催できるくらい欲しいですねぇ」
「相当頑張らないといけませんね、それは。世界最強ステイヤーでも目指しますか?」
「滅茶苦茶言いますね」
「それだけお金が欲しいとなれば、相応の賞金を獲得しなければなりませんからね」
まあそりゃそうだ。しかし世界最強とは。流石に大きく出すぎだよ。
「あなたなら案外行けるかもしれませんよ」
「それは買いかぶり過ぎかと」
「そうですか? ストライプ向きの重賞はありますよ。カドラン賞*2とか」
「気軽に最長距離のレースを例に出すのはやめてくれません?」
「最長距離はゴールドカップ*3ですよ」
「14mは誤差みたいなもんじゃないですか……」
「あら。7cmの差で泣くことになったエアシャカールの前でも同じことが言えますか?」
「それもそうですね」
14mもあれば差し返すチャンスは訪れる。……こともあるわけだし。
それはいいとして、ぼくら世代の中で最強ステイヤーって言うとまあ、マックイーンの方だろう。スタミナ以前にスピードが段違いだ。
もっとも、最強がイコール無敵とは限らない。無敵だって不敗じゃいられない。
「はい、じゃあそろそろ休憩終わりです。トレーニングを再開しますよ」
「はい」
「はいぃ」
今のトレーニングはそのためのものだ。前にマックイーンより先にゴールにたどり着けたのはただの作戦勝ち。何度もあんなのは続かない。
頭だけ、スタミナだけではいつか、必ず前に行かれてしまう。
だったら、鍛えないと。
でも、デジタル先輩に凝視され続けるのはなんとかしてくれないかな……。
・・・≠・・・
なかなか心を削った午前中のトレーニングからしばらく経って、時刻は夜。ぼくらは合宿所にほど近い場所にある森のすぐ近辺にいた。
トレセン学園夏合宿、大肝試し大会……と銘打たれたそれは、生徒会や寮長さんたちが主催して毎年行われている恒例行事なのだとか。
ルールは単純。二人一組で森の中のお堂まで行って、そこに置いてある御札(生徒会謹製)を持ってくるというものだ。一年生は基本的に相部屋のウマ娘とペアになる。ぼくならミーク、ウオッカならスカーレット、という具合だ。ぼくの周囲、一年生同士のペア多くないかな。
さて、そんな中だけど。
「魔除けの仮面安いよー3000円だよー」
「買いますッッ!!」
「ウソでしょ……即決で買ってる……」
今日も平常運転である。
ちなみに仮面を買っていったフクキタル先輩は、専属トレーナーさんにアイアンクローをされながら連行されていった。返品はしないあたり律儀な方らしい。
「あの……ストライプ。その魔除けのお面って、本当に効果があるの?」
「あるよー」
「あるんだ……」
続いてこちらにやってきたのはスカーレットだった。いつもの強気さは少しばかりなりを潜め、この状況に対する怯えが見て取れる。
あちこち大きいというか恵まれた体格してるけど、こういうところは中学生だなぁと少しほっこりする。
「アフリカにいる知り合いのシャーマンが作った仮面だからね」
「知り合いのシャーマンとか途轍もないパワーワードで殴りつけてくるのやめてくれないかしら」
「事実なんだけど」
まあ普通に生きてたら聞くワードじゃないのは分かるよ。知り合いのシャーマン。自分の発言じゃなければぼくも何言ってるんだこいつはとでも思っただろう。
しかし冷静に考えてほしい。そもそもぼく自身もそうだけどほとんどのウマ娘はある意味異世界転生してきた存在だ。
あとなんかウマ仙人とか存在するらしいしマーベラスは
なので、オバケが実在する可能性は非常に高い。でもその上で、霊能力者みたいなひとがいる可能性も非常に高い。
だから多分この魔除けの仮面も事実ちょっと魔除けの効果みたいなのがあるかもしれない。
「レンタル10円だよ」
「安……じゃなくって。ちょっと。あっち見て」
「あっち?」
促されて見てみると、副会長がこちらを冷たい眼差しで見つめていた。
てへぺろ! とすると更に表情が険しくなった。
おかしい。美少女のてへぺろに心が動いた様子が無い。同じ美少女だからか。ちくしょうめ。
「少し控えたほうがいいと思うの」
「仕方ないなぁ……」
「何で不満げなのよ……」
「あとミークさんは何で当然みたいに手伝ってるの……」
「お友達なので……」
仕方があるまい。商売はここまでにしておこう。
ぼくは急いで合宿所に商品を置いてくることにした。
……さて、肝試しそのものなのだけど。
「ミークって肝試し得意?」
「あんまり得意じゃないですけど……苦手でもないかなと……」
「だろうね」
「そちらは……?」
「得意とも苦手とも言い辛いかなぁ……」
「……」
「……」
別にって顔してる。
ぼくも似たようなものだけど。
「適度に頑張ろっか」
「……むん」
「むん」
えいえいむんって言ったほうが良かっただろうか。
いや……多分ぼくが言っていいことじゃないなコレ……。