色々とおかしなことも起きはしたけど、それはそれとして楽しかった初めての夏合宿も終わり8月下旬。今日は三ヶ月に一度行われる選抜レースの日だ。
もっとも、ぼくは出場するメリットがあまり無いので基本的には見学だ。実際のレースの空気を味わうという観点では大事なことだけど、だからと言って手の内をさらすのはよろしくない。バレたらそれはそれで策に使わせてもらうけど、切れる手札が一つ減るだけでぼくとしては相当痛いんだよね。
あとそれとは別に、ぼくの走りだと勝つにしろ負けるにしろほかのひとの邪魔になってしまう可能性が高い。前の選抜レースでも見せた通り、あれはほかのひとの足を潰して勝つ走りだ。走者の強みを見せることができない選抜レース……だなんて、開催意義に反するようなことをするわけにはいかない。
「夏の暑さにレモネードいかがですかー」
「またトラちゃんが変なことしてる……」
「変なことじゃないよ。経済活動だよ」
「わざと難しいこと言って煙に巻こうとしてない?」
「そんなことないあるよ」
ぼくは今日も今日とてお金稼ぎである。
今日の商品はレモネード。シロップから用意してきたので炭酸やちょっとした変わり種くらいならいける。
一杯200円と前回のアイスより値段は高騰したけど、専門店やお祭り価格のそれに比べるとまあ安い方なんじゃないかと思ってる。実際売れ行きも悪くない。
「マヤノはどうしたの? 選抜レースは?」
「む~! 聞いてよトラちゃん! 教官さんが今日も選抜レース出ちゃダメって言うんだよ!」
「あ~……」
マヤノは言っては何だけど、サボり癖がひどい子である。
トレーニング嫌いというか、とにかく「わかった」らそれ以上やろうとしないので、反復が苦手だ。
だから基本的に代わり映えのしない、教官さんから受けるタイプのトレーニングに出ることをしない。おかげで、最初の選抜以降レースに出場することを禁止されているという話だった。
「そんなにレース出たいならトレーニング参加すればいいのに」
「ヤダ!」
「そっかー……」
こればっかりはぼくから何か言っても仕方ない。同じウマ娘の立場からだとどうしても意固地になる部分もあるし、時によっては皮肉のように受け取られてしまうこともありうる。
もっとちゃんと……そう、例えるなら理解のある専属トレーナーの資質があるようなひとじゃないと。
「こればっかりは仕方ないね。一杯どう?」
「もらうけど……これ、どうやって作ってるの?」
「手絞りで」
「そっちじゃないよ~!」
ウマ娘のパワーは素晴らしいぞ。じゃなくって。
「普通にレモンを買ったんだよ。夏の間にお金はちょっと増えたし」
「あっ、あれ結局うまく行ったんだ……」
「ふふふー」
トレセン学園に限った話じゃないけど、ウマ娘が多い場所で食品系の店を構えればまず大きくハズレることは無い。*1
寮の前にはちみつドリンクのキッチンカーがやってくるのも、需要を見込んでのことだ。主に毎朝のように買っていくテイオー。今更だけど一杯1000円以上をよくあんなに買えるな……とも思うけど、それだけ味は良いので理解できないわけじゃない。他の生徒もたまに買ってるのを見かける。ぼくは買おうにも懐が辛いのでそうもいかない。
ともかく、このはちみつドリンクがよく売れている理由は、
レモネードは……まあ、時によってはカフェテリアにもあるけど、頻度はそんなに高くない。というかメニューに並んでない時を選んでやっているとも言える。
「ね、ところでマヤノ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「うん? どうしたの、突然」
「
「ううん、見てないよ?」
「そっかー……」
さて。今日お店を出してる目的は三つ。
内ふたつはもちろん、いつも通りのお金稼ぎと情報収集。もうひとつは――サボったスカイ先輩の捜索だ。
トレーナーさんの言葉を借りるなら、「ついにやったか」というところ。元々サボり癖があったスカイ先輩は、初めての後輩がチームに入ってきたおかげでしばらくは奮起していたようなのだけど、夏合宿を終えて緊張の糸が切れてしまったのだろうという話だった。
チーム内の反応はおおむね三通り。フラッシュ先輩のように即探しに行くか、どうせすぐ帰ってくるだろうとタキオン先輩のように静観するか、トレーナーさんのようにそれはそれとしてメニューを組み直したりなどして対応するか。例外的にドーナッツ先輩は爆笑していた。
ぼくも探しに行こうとはしたのだけど、スマホを持っておらず手軽に連絡ができないため、行き違いになる可能性が高いのでやんわりと拒否された。仕方ないのでこうして正門付近に場所を固定して、スカイ先輩が帰ってこないか待ち構えているというわけだ。
もっとも、レモネードの売上と反比例してこっちの成果はまるで上がらない。場所を動けるわけじゃないから当然っちゃ当然なんだけどね。
「教えてくれたからオマケして100円にまけるねー」
「わっ、ありがとー☆」
「どーいたしましてー。よそで見つけたら教えてね」
「うん! ……あーあ、マヤもレースに出てキラキラになりたいなぁ。あっ、そうだ。トラちゃん、こっそりレース……」
「ぼくが怒られちゃうからダメでーす」
「ケチー!」
「ケチでーす」
世間一般で言うケチな性格なのは間違いない。
とりあえずケチなぼくはそのままマヤノを見送り、再度監視とレモネード販売に戻った。
……しかし、途中から看板に「手絞り」って加えるだけで男性客の数が何割か増えたというのは、サンプリングしていいものか悪いものか。
いやそういう気持ちは分からんでもないよ。けどさ、一応これでも料理用の手袋して絞ってるからさ、そう期待するようなことは無いと思うんだけども……。
話が逸れた。
ともかく現在ぼくがスカイ先輩を探す手段は無いに等しい。行き先の予測はできるけど、じゃあどこに行ったかと言うとこれが全然わからん。
例えばお昼寝スポット。中庭とかなら知ってるけど他の場所は知らない。釣りスポット。広すぎる。日本全国津々浦々どんだけ海と川とがあるのやら。府中周辺と言ってもこれがまた広い。多摩川に行ったやら海の方まで駆けていったやらそれとも上流まで行ったやら……。
……考えるのやめよ。付き合いの長いトレーナーさんたちのほうが分かるだろうし。
「炭酸入り一本ください」
「はーい」
選抜レースの方に頭を戻そう。マヤノはさっきの話の通り。ウオッカとスカーレットは既にチームに所属することになったし、ぼくも同じく。となると今回出場するとしたら、テイオーとマックイーン、マーベラスとターボ、ネイチャだろう。諸先輩方も時によっては出場することもありうるので、こちらも要チェック。
ちなみに今回、選抜レースの偵察に行くことについてはトレーナーさんから咎められることは無かった。基本的に公開されない合宿と違い、こちらはイベントとしてそれなりに広く外部のひとを受け入れているからだろう。……盗撮まがい*2なことをしていたのが一番良くなかったと言えるけども、あの件。
「はちみつください」
「はーい。300円です」
「レモネード2つ」
「はいはーい」
……しかし、思いの外忙しい。結構列もできてきたし、今はこっちに注力すべきかな。
「すみませーん、炭酸みっつ」
「はいはいー」
「ストライプ、俺にもレモネードコーラひとつ」
「ほいほい」
トレーナーさんや校内外のウマ娘はもとより、友達や学外から見物に来たひとまで。イベントとなるとみんなどうも財布の紐が緩くなるらしい。
所定の量のシロップを注いで、同じく事前に決めていた量の水なり炭酸水なりを注いで渡す。工程としてはこんなものなので、列がそれなりに長くなっても回転率は悪くない。
どんどんどんどんと捌いていくと、中にはマヤノのようにぼくが出店をやってるなんて知らないひとも出てくるわけで……。
「やー大漁大漁。あっ、すみませーん。炭酸入り……の……」
「あっ」
早朝から出かけているらしいスカイ先輩がぼくがこんなことしてると知らないというのも、ありうる話ではある。
たまに見る私服のオーバーオールに変装用らしき帽子。それにクーラーボックスと釣り道具。この状態では動きづらいことであろう。
ぼくはそのままスカイ先輩の手を取った。
「確保ーっ!」
「捕まったーっ!!」
……というわけで、無事確保。
・・・≠・・・
結局スカイ先輩は近くの川で釣りをしていたらしい。
本人の言い分を聞くと、どうも今日は釣れる気がしたんだそうな。後ろからドーナッツ先輩が「ウソだぞこいつ絶対下調べバリバリにしてるし仕込みもしてきてるぞ」と笑いながらからかっていた。
ともかく。確保には成功したということで今日のトレーニングも再開……の、はずだったんだけど。
「併走ですか? ぼくと、スカイ先輩が?」
「何で?」
「正確には、私とスカイさんとストライプさんの三人ですね」
ぼくたちはふたりして首を傾げることになってしまっていた。
ターフに正座させられているスカイ先輩の横にちょいと座りながら、トレーナーさんの言葉を待つ。
「走れば分かりま――」
「利紗」
「すみません……」
「お前たちふたりは、走りの質こそ異なるがよく似通った戦術を使う。今後レースでそういった相手と当たらないとは限らん。ここである程度、自分と同じように搦手を使ってくる相手と走ったらどうなるか、というのを体感してもらおうと思ってな」
「今の段階だとフィジカルの問題でスカイ先輩の圧勝ですよ……」
「いやいや、それはどうかなぁ。セイちゃんは同級生の中じゃとーってもか弱いウマ娘なのですよ?」
「始まる前から牽制をするな」
「「はい……」」
……というわけで、併走である。
条件設定としては、芝2000mでぼくが内枠、スカイ先輩が外枠でフラッシュ先輩がそこに挟まる形。
主体になってるのがぼくとスカイ先輩なので、ぼくらはそれぞれの得意分野として、作戦は差しと逃げ。フラッシュ先輩はこれもその中間ということで、先行策の形で付き合ってくれることになった。
ゴール役はリムジン先輩。スターターはサブトレさんがやってくれることになった。
「では、位置について! よーい……」
――スタート!
サブトレさんの宣言と同時に、スカイ先輩は即座に飛び出した。
流石、速い。一足でトップスピードに乗る、とまではいかないけど、外枠にいたはずなのにサッと切れ味良く内に内に寄せてきた。
「――――」
となるとぼくは外から抜いていくべき、なんだろうけどそのことはスカイ先輩も分かってるだろう。フラッシュ先輩の走りを上手く誘導して前に行かせないようにしてくる可能性は高い。
……けど、そのこと自体は逃げている以上分かりきってるはずだ。読まれていること自体、既に読んでると考えていい。
では裏の裏をかくか……となるとこれもまた微妙なところで、表面的なアクションこそ一つだけであっても、二重三重に策を練ってより多くの事態に対応できるよう備えるというのは当然のこと。ある程度は余裕も持たせているだろうし、こちらが行動するとまず間違いなく対応してくる……。
「っ」
「――……」
一瞬のフェイント、と同時にわずかに視線が動くのを感じた。
迷っている、と判断するには充分な証拠だ。いやしかしそれもブラフ?
ぼくの基本的な仕掛け位置は1000mから。けど、もっと前からトップスピードに乗ることは可能ではある。スカイ先輩はそのことを把握しているはず……いやでも、お互いステイヤーなんだからやろうと思えばスカイ先輩も行けるか?
しかしスカイ先輩の立場からすればぼくにスタミナ勝負を挑むのは得策ではない。やるなら速度勝負だ。だとすると早め早めの仕掛けにした方があちらとしてもやり辛くなるはず……。
「――ふっ」
「……」
わずかにスカイ先輩の足元が揺らぐ。フェイントなのはすぐに見破れた。
けど問題はそれをしてくるってことだ。こちらのこともよく見えている。いやまさかそれもブラフ?
いけない、ドツボにハマりかけている。表情には出さずに済んでるけどコレ、精神的にキツい。
どこまでがブラフでどこまでが真実なんだ……!? いやそれ以前に、仕掛けどころ……仕掛けどころを見失うな……!
「…………ッッ」
「――――っ!」
いや。しかし。だけど。でも。されど。
浮かんでは消えたり自ら否定したり採用に踏み切れなかったりそもそも現状に合わなかったり。
無数の考えが閃いて実行に移しては潰されて、逆にこっちもあちらの考えを読み切って潰して……。
――とりあえず結論から言ってしまうと、最終的にはフィジカル差で押し切られてスカイ先輩に負けた。
が、そのスカイ先輩も、ペースを乱すことなく走ったフラッシュ先輩に先にゴールされることになった。
ぼくもスカイ先輩もデビュー前、ぼくはそのスカイ先輩より更に一年後輩だから、この結果は当然と言えば当然ではあるんだけど……。
「うぇあおっほ……ほぁえ」
「うにゃあああああ……」
「お二人共、大丈夫ですか……?」
併走を終えたぼくとスカイ先輩は、疲労困憊に陥ることとなった。
お互いに汗はだっくだく。頭を回しすぎてオーバーヒートしそうだ。体を起こせそうにない。
ターフに転がって軽く悶えていると、上から声がかかった。
「どうだ、スカイ、ストライプ。自分と良く似た戦法の相手と競った感想は」
「「めんどくさい!」」
「だろうな」
「だろうな」て。
いやしかしホント、すごいよ。お互いの一挙手一投足でどんどん精神が削れていくんだもの。
フェイントをかけていること一つ取ってもそれがブラフなのか本当にフェイントを入れているのか、果てはそのまま行くか。一つの動作に当然のように複数の意味が込められていて、非常にやり辛い。
しかしこうして同じ反応をするってことは、多分スカイ先輩の方も同じことを考えていたんだろう。
「相手のペースを乱してやろうと考えているヤツは、自分のペースが乱されると脆い。加えて今回のフラッシュのように……乱されないウマ娘も必ず出て来る。いずれ必ず直面する問題だ。覚えておきなさい」
「はい」
「はーい……」
同じように搦手を使うような相手か……あんまり思い浮かばないけど、やっぱりいることはいるんだろう。
そういう手段を用いるとなれば、主にはぼくらのように足りない能力を埋めるために、ということになるのだろうけど……こんなに面倒なら、将来的に競り合いたくは無いね、正直。