9月。トレーニングに集中しすぎたウオッカが宿題を忘れたり、爆速で終わらせたターボの宿題の内容が間違いだらけだったりで、最後の追い込みとして簡単な勉強会が開かれたりしたものの、どうにか無事二学期が始まった。
はてさて。
秋、と言えば10月はじめに開催されるスプリンターズステークスに端を発する秋のG1戦線が注目のイベントだろう。
ドーナッツ先輩の出走するコックスプレートも10月下旬、リムジン先輩のBCターフも11月はじめと、当然ながらベテルギウスメンバーも無関係ではいられない。フラッシュ先輩やタキオン先輩も秋天に向けて調整しているし、スナイパー=サンやスカイ先輩のデビューも近い。自然と、チーム内の空気はピリッと張り詰めていた。
まだデビュー予定の無いぼくは、普段のトレーニングメニューをこなしたら、今は皆のサポートに奔走している。
……まあ、今一番キツいのはトレーナーさんだろうけど。コックスプレートとBCターフの開催時期が近いせいで、アメリカに行ったりオーストラリアに行ったりを繰り返してるんだよね。
優先出走権を取ってるおかげでレース直行だから、前哨戦のために数ヶ月滞在する必要がある……とかいうわけではないことが幸いだろうか。もしそうなってたら、トレーナーさんとサブトレさんがそれぞれ海外に行くハメになるところだった。
で、そんなG1戦線と別に、トレセン学園では大きなイベントがある。トゥインクルシリーズ秋の大感謝祭こと、聖蹄祭だ。……一般的な学校で言えばだいたい学園祭にあたる。
ファン参加型のイベントが数多くあり、これが盛り上がる……らしい。アニメで見たことがある*1から、多分そういう雰囲気だろうと思う。
このイベント、チームやクラスで様々な出し物をすることになるのだけど、ぼくら中等部一年は基本的に出店は許可されてない。まだ一回目の参加ということで、ルールや雰囲気をちゃんと把握できていないからだ。
もっとも、チームに所属している場合はその限りではない。ベテルギウスも歴史があるチームだけに、こういったイベントにはそれなりに参加してきたらしく、今年も参加する……のだけど……。
(うん、スカイ先輩たちがいない)
夏休み明け登校初日。今日は打ち合わせということで、昼食が終わったらチーム室に行こう、と話していたのだけど、一向に来る気配がない。
スカイ先輩だけなら中庭あたりでぽや~っとしている可能性が高いかな、とも思うけど、スナイパー=サンが一緒にいるし、連れてきてくれるはずなんだけど……。
「う~ん……」
探しに行ってみようか。食堂は広いけど、ちょっと本腰を入れて探せばすぐ見つかるだろうし。
ああ、それにしても
食堂の方を探しに行くと、ほどなくしてスカイ先輩たちの姿は見つかった。
周囲にはキングヘイロー先輩やグラス先輩の姿もある。それに加えて、見慣れないひとが……いや、ある意味でものすごく見慣れた姿なのだけど、少なくともぼく自身は見たことの無いひとがいる。
黒鹿毛に加えて一本の綺麗な流星。温和でどこか朗らかな雰囲気を漂わせたウマ娘――スペシャルウィーク。……先輩。
ついに来たか、という思いと同時に、え、今? という困惑が湧き出す。
アニメ第一期で主人公に抜擢されていたこともあって、ある程度彼女についての詳細な経歴は知っている。けど、編入してくるのってこの時期だっけ?
……まあ、媒体によってかなりバラつきがあるはずだし、この世界だと今だった、というだけなんだろう。
考えは置いといて、とりあえず声をかけることにした。
「スカイ先輩」
「あれっ、ストライプ? なになにどうしたの? ははぁ、まさかセイちゃんに会いたくなっちゃったとか?」
「ですね。時間になっても来ないので」
「え? あ、やばっ」
「ウカツ!」
「あなたもですよ」
「うっ」
なんかビックリした顔してるけど、スナイパー=サンがしっかり時間見てたらこんなこと言わずに済んだんですが。
「あらあら~。言われてみたらもうこんな時間ですね。つい話し込んでしまいました」
「あのっ、そちらの方は?」
「うちのチームの後輩だよ~」
「サバンナストライプです。すみません、お話中にお邪魔してしまって」
「あ、いえ! こちらこそすみません。私、スペシャルウィークって言います。よろしくお願いしますね!」
「はい」
なんだろう。なんというか雰囲気が素朴で牧歌的で安心する。
この辺は田舎出身だからだろうか。そこ言うとぼくの出身も大概田舎なんだけど、これは……スレてないのが大きいんだろう。
純朴さかぁ……もう随分前に無くした気がするなぼかぁ。
「じゃ、すみません。先輩方。スカイ先輩たち借りていきます」
「
「またね~」
お互いに手を振って別れ、食堂を出る。そこから部室棟までの道を行く中で、ふとスカイ先輩が呟いた。
「ストライプには強敵出現! かもね~」
「え、何でぼくです?」
「んん? だってあの子、この時期に編入してきたってことは、チームとか入ってないでしょ? 選抜レースにも出てないから、トレーナーさんがついてもだいぶ後になりそうだよね。それから体を作っていくことになるわけだし。私達よりデビューは遅れそうだから、当たるとしたらストライプかなぁ、って」
「なるほど」
ああ、そうか。順序立てて考えればそうなるのか。
トレセン学園の編入試験は厳しい。入学試験よりも基準は相当上と言っていいだろう。それをくぐり抜けてきている以上、スペシャルウィーク先輩の素の実力は推して知るべし。
でも、トレーナーさんに指導を受けてきたわけじゃないから、体の絞り方とかは知らないだろうしまずは基礎的な部分から作っていく必要がある。その期間におおむね一年を見込めば……当たるとしたらぼくらの世代、というわけか。
……そうなんだよなぁ。アニメみたいに劇的な展開がいつも待ってるわけじゃないし、何かの拍子に歯車が噛み合わなくなる可能性もある。
それこそ、かなり先に生まれたおかげで、JWCで競い合った相手と戦う機会を逸したギンシャリボーイという例もあるわけだし。気をつけとこう。
・・・≠・・・
さて、チームベテルギウスの出し物というのは、実のところ毎回不定となっている。
データを重視するチームらしく過去のレースデータをまとめて掲示するということもあったようだし、飲食系の出店をしていたこともある。アトラクション系もあったと聞くし、割と手広くやっているようだ。
で、今年はどうするのか、というテーマだけど……。
「和メイド茶屋はどうでしょう」
「なんて?」
「なんつった?」
「大丈夫かお前」
「
「落ち着けストライプ」
ぼくの意見は残暑の厳しさにやられて頭がおかしくなった戯言と断じられた。
なかなかこの対応ひどくない?
「まず何でその発想になったんだお前は……」
「簡単に説明します」
言って、ぼくは持参した資料を配布した。シャカール先輩が「コイツ何でここまで気合入ってるんだ」とドン引きし、リムジン先輩とフラッシュ先輩が苦笑いしているのが見えるが気にしない。
「ここ数年の売上データをまとめました。リギル恒例となっているらしい執事喫茶が好評で、毎年上位を取っています」
「ま、あそこは規模もやる気も段違いだからねぇ」
「他のチームも健闘はしていますが、現状ですと並ぶのも一苦労です。しかし、元々のコンセプトもあって執事喫茶の客層は女性に偏っています。逆に言えば男性層への訴求力は比較的低い。この点を突いたチームは、リギルに並ぶほどの売上を見せているんです」
ごくわかりやすい例を出せば、メイド喫茶。実に安直だ。しかしそれがいいとばかりに男性客が大挙して押し寄せたという。
トゥインクルシリーズの走者というのは、言わばアスリートであると同時にアイドルだ。そういう需要が生じて当然だろう。
加えて執事喫茶。男性客に刺さりがちな男装女子というのは往々にして元が可愛い系の、ボーイッシュなもの。これはテイオーなどが該当するだろうか。背伸びしているとか、本来とは違う一面が見られるという点が強く出ている。対して女性に刺さりがちな男装女子というのはマニッシュなもの……フジキセキ寮長やナリタブライアン副会長、オペラオー先輩や、ウオッカなども該当するかな。こちらは元々の気質にやや男性的なものが混じっているパターンが多い。リギル所属のウマ娘の多くは後者のパターンだ。
「というわけでいかがですか!? 和メイド茶屋!」
「要は正反対の需要を狙うということか。言っとることは分かるが……」
「あまり、このチーム向きとは言い辛いですね……」
「国際色豊かすぎて和って雰囲気まるでねえわな」
「ぬーん」
言われてみればそうである。
ドイツ出身のフラッシュ先輩をはじめ、リムジン先輩、ドーナッツ先輩、スナイパー先輩、あとぼく自身も。トレーナーさんたちを除くチームの過半数が海外出身だから雰囲気が合わないというのもその通りではある。
「なら草案はもういくつか用意してきてるんですがいかがでしょうか!」
「少し気合が入りすぎてはいないかい?」
「金が絡むからか?」
「いえ、このイベントでお金懐に収めちゃうと横領になっちゃいますからそれは無いです」
「変なところで理性的なこと言うな……」
「いやぁ、ストライプだからどうかなぁ……何か別に目的とかありそうな気がするなぁ」
ふふふ。
……いやまあ、あるんですけどね。
飲食関係の出店にしようと思うと、それこそ仕入れの手間が必要になる。ここでぼくがその役割を一手に担うことで、仕入先とのツテを作るのだ。
そうすると将来何らかの飲食関係の店を出すという時、このツテを辿ることで仕入れの手間を省いたり、ある程度あちらの印象が良い状態で取引を行うことができるわけだ。
適当に笑って誤魔化してみるけど、多分見透かされてるだろうな。まあそれはいいが。
「トレーニングの時間もある、あまり時間は長くかけられん。ストライプ、今日のところは全ての意見を精査するわけにはいかん、と分かってはくれるか?」
「はい、すみません」
「すまんな。じゃあ次……」
と、その後もほどほどに意見は出てきたのだが、結局結論は出ないままトレーニングに移ることになった。
……もうちょっとブラッシュアップしないとダメか。ぬぬぅ。プレゼンテーションって難しい……。
○軽い補足
スペちゃんの編入時期ですが、作中でも言及のある通り媒体によってかなりバラつきがあります。
例えばアニメだとバレンタインステークス(OP戦)直後なので2月。
漫画「STARTING GATE!」だと明言されている範囲では5月。
アプリのイベント「キミの夢へと走り出せ!」については時期は確認できませんでしたが冬服なので晩秋~春となっています。
本作では9月としておりますが、いずれにも当てはまっていないのは世界線の違いということでご容赦ください。