10月上旬、秋のG1戦線の合間を縫うように、秋晴れの空のもと聖蹄祭が開幕した。
流石はトレセン学園における秋のファン感謝祭と言ったところか。開場前から学園前には長蛇の列ができていて、整理券まで配られているほどの盛況ぶりだ。
客層も老若男女でほとんど偏りが無く、トゥインクルシリーズやドリームトロフィーの走者がどれだけ人気なのかが見て取れる。
さて、その大盛況の中ぼくはと言うと――ひたすらドリンクを作り続けていた。
「1番きなこ豆乳と冷緑茶、2番抹茶オレとゆずサイダーできました! 3番抹茶もうちょっとかかります!」
「お願いしマス!」
バリッバリの裏方作業である。
当然のことではある。デビュー時期すら未定の新人未満だ。役割分担としては効率的だし、ぼく自身もその方がいいと思ってはいる。けど……まさかここまで忙しいなんて。軽く計算誤っちゃった……。
現在、表に出ているのはリムジン先輩とタキオン先輩、スナイパー=サンとフラッシュ先輩という構成。他の四名は自由時間だ。
スナイパー=サンとフラッシュ先輩は和メイド服、リムジン先輩とタキオン先輩は大正ロマン風で揃えている。
フラッシュ先輩は勝負服をイメージした黒いもの。ただ、こちらは和風になっただけでかなり印象が変わってくる。具体的に言うと勝負服だと見えてた部分が隠されたのが一番のポイントだろうか。男性客は泣いていたが、これはこれで、と受け入れてもいた。
タキオン先輩は普段と印象をあまり変えたくないのか、これも勝負服と似て袖が長い。あの時口を挟んできたのは露出多めになるのが実は恥ずかしかったからではないかというのがぼくの中でもっぱらの噂だが、真偽は不明である。
リムジン先輩に関しては……実はこれ、でかすぎて和メイド服が用意できなかったという事情がある。オーダーメイドにするには時間とお金が足りず、なんとか見つけた和服にブーツを合わせることしかできなかったのだった。
スナイパー=サンはメンポ外そう?
「ストライプ、一段落したらこちらを少し手伝ってください」
「はい」
トレーナーさんたちはぼくと同じく裏方だ。スイーツ類の調理を担当している――とは言っても、メニューのほとんどはそこまで調理の手間を要しないもので、盛り付けが主だけど。
時々、抹茶パフェなどの注文もあるので、そういったものについてはぼくも手伝うことにしている。
……調理台に置いてあるお皿とか、微妙に手が届かなくて悔しいことがあるのだけど、そこは置いとこう。種族的特徴というやつだ。ぼくは悪くない。
「うう、まさかこんなに忙しいとは……」
「そこは予測しておいてほしかったですね」
「いや、まあ……そうですね……」
ぶっちゃけちょっと侮ってたのは否めない。
今くらいになるとしても一番繁盛する時間帯、例えば昼前から昼過ぎあたりになるとばかり思ってた。
ただこれは軽食屋じゃなくて茶屋。お菓子と飲み物を求めてやって来る以上、ピークタイムは普通の飲食店のそれからはやや外れる。
これは……試練だ。いずれぼくが自分で経営なり出店なりする際にどれだけ対応できるかという一種の試練だと受け取った。
いずれ人を使う側になるにしろ、こういう経験をしたという事実は重要だ。まあ、世の中には「自分もできたんだから他の人もできるよね?」と黒いことを言う経営者もいるわけだけど……ぼくはそうならないように願いたいところである。
「ストライプ、交代の時間だ」
「はれ、もうですか」
開場からしばらく経ってお昼時、休憩なども挟みはしたけど、なんとかひと区切りのようだ。
やってきたスナイパー=サンを見ると、どうにもお疲れの様子。丈が短めな群青色の和メイド服……に、更にメンポを装着しているのは本当にいかがなものか。精神安定のためには重要かもしれない。
大丈夫だろうかと心配していると、問題ないとばかりに手をビッと前に突き出してきた。
「コレは衆目にさらされたことによる精神的疲労だ。チャメシ・インシデント」
「それトゥインクルシリーズ走者的にどうなんです?」
「ミヤモト・マサシはこう言った。『環境に文句を言う奴に晴れ舞台は一生来ない』と。どうということはない」
「アッハイ」
どうやら自分自身にそう言い聞かせて耐えているらしい。心が強いのだか弱いのだかよく分からないひとである。
休憩はおよそ二時間。その間は他のひとに任せることになるから、お店が回るか不安だけど……トレーナーさんたちもちゃんとした大人だし、先輩たちも仕事となればきっちりこなすタイプ。まあ、杞憂で終わるだろう。
ちなみに、外出の時は店の制服とも言える和メイドの格好のままだ。色合いとしてはやや地味めな松葉色。裏方だからね。
これは宣伝効果を狙うと同時に、ぼくがチームベテルギウスの一員だと分かりやすくするためでもある。
ベテルギウスはその特性もあって、かなりの有名チームだ。その新入りとなれば記者や一般人の注目も集めやすい。今は外に出ることが滅多に無いから話が学園内だけに留まっているけど、聖蹄祭ともなれば話も外部に漏れるようになる。流石に今ここでファンが増えるようなことはまず無いだろうけど、「こういう子が加入しましたよ」と外向けに示すことで受け入れるための土壌ができ、ファンが増えるための土台を作ることはできる。
正直なことを言うと、まあ、その、ヒラヒラしてて服が可愛らしすぎるので、恥ずかしい思いは少しあるけど、仕事と考えればなんてことはない。
……将来的に勝負服、着ることになるかもしれないけど、そっちはどうなるだろう。いや、G1に出走できるかもまだ不透明なんだから、考えても仕方ないか。
(それにしても、うーむ)
困った。食事をしに行こうと思ったんだけど、どこも割と値が張る。
学生出店のお店は値段的にはそれほど高くないんだけど、やっぱりみんな
外部のひとを招いているからがっつり系の食べ物ならそっちの屋台やキッチンカーを利用するのが筋だけど、イベント価格だから軽く千円はする。他称も自称もケチなぼくにはなかなか手を出し辛いというのが本音だ。
「あら? ……あれ、ストライプじゃない?」
「ん? おー……? うおっ、見たこと無い格好してる」
「あれ」
悩んでいたところで声が聞こえてきたので振り向くと、そこには大量の食べ物や景品を抱えたウオッカとスカーレットがいた。
楽しんでいるようで何よりである。手を挙げて応じると、ふたりは小走りでこちらに駆け寄ってきてくれた。
「どうしたの? その服」
「ベテルギウスの出したお店の制服。どう?」
「似合……う、わよ?」
「なんかちょっと犯罪的だな」
「ウオッカ!」
でもそれは正直ぼくも思ってた
140に満たない身長で和メイド。ある意味ではお遊戯感があって微笑ましいが、ある意味では男性の趣味的にややガチな雰囲気が醸し出されている。
中身がアレなので実質的には訳あり商品として大安売りに出される類ではあるが、実年齢は確かに12歳(そろそろ13歳)なので少し微妙なところ。
「ええ、ストライプは……忙しそうね?」
「今はそうでもないよ。休憩中だから」
「ぽやっとあっちの方見てたけど、何してんだ?」
「どこもそれなりに値が張るなぁって」
「そうかぁ?」
う~ん……ま、今は考えるのやめよ。
お金は大事だけど、結局は使うためのものだし。
「んー、ま、いっか。何か買ってくる」
「珍しいわね。高いって言ってるのに買いに行くなんて」
「お祭りだからねぇ」
そう告げて、ぼくはキッチンカーでハンバーガーのセットを、屋台でお好み焼きなどを購入して近くの飲食スペースにふたりと一緒に向かった。
ハンバーガーは手作りの分厚いやつ。お好み焼きについては……議論が勃発するので何風と表現するのは避けておく。飲み物は安心・安定・安全の水。ケニアの水質事情についてはノーコメント。
「あら。スイーツは買わなかったの?」
「うん。最近試食で山ほど食べてるから、塩っ辛いものの方が欲しくて」
「「あー」」
「おかげで味は保証できるものができたよ。サービス券あげるから来てね」
「あ、ありがとう……?」
「へー、ドリンク無料だってよ」
無料にできるものがドリンクしか無かったとも言う。
一段落してハンバーガーにかぶりつく……が、具に到達しない。ぬぅ、一口が小さい。
「ストライプって、いつもお金と商売のこと話してるけど、レースは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。人前で話さないだけだから」
「そういうトコやけに徹底してるよな」
「作戦が外に漏れたら大変だからねー。で、その辺ふたりはどう? まずチームの方からだけど」
「ふふん、それがね。新しくチームに入ってくれるひとがいた……らしいの。これで4人よ!」
「あとひとりチームに入ってくれりゃあ、出走できる条件が整うんだけどなぁ」
「そうなんだ。おめでとう。それで……『らしい』って?」
「まだそのひと、よそのチームに所属してるらしいから……引き抜きするのにも手順が必要とかで、進展があるまでアタシたちに何があったか教えてくれないのよ」
「ほー」
引き抜きねえ。
そうなると、時期的にこれは……スズカ先輩の件、だろうか。
彼女の才能が花開くのは後に行われるバレンタインステークスでのことだけど、大逃げの素質を見出されたのはそれより前……前年の香港カップでのことだ。
開催は年末だからまだ先の話ではあるけど、時期的にはおおむね一致している。書類の上でもチーム運営の上でも手続きは実際必要になってくるだろうし、トレーナーさんたちはその件で現在進行系で動いているのだろう。
そもそもを言ってしまうと、そんな簡単に事後承諾で話が進められるとは思えないし……アニメはわかりやすさと演出を重視して描くものな上に一期一話というキャラ性も固まっていない時期だから、この世界と違いが出るのはしょうがない。むしろ違って当然である。
「これじゃスプラウト記念*1なんかも出られねーんだよなぁ」
「そうだねぇ……」
同情はするけど、こればっかりはぼくにはどうにもこうにもしようがない。
チームの運営方針はトレーナーさん次第だ。まだどこにも所属していない子に名義だけチームに置いてもらう、ということもできるにはできるが、そもそもそんなことをするメリットがウマ娘側に無いので机上の空論もいいところ。結局のところ、相性の合うウマ娘がチームに入ってきてくれるのを期待する他無いだろう。
……まあ、そこのところは大丈夫だろう、多分。ゴルシパイセン*2がいる以上そのうちマックイーンも引き込まれそうだし。
「今は体を作る時期と割り切るのが一番じゃあないかな。まだまだ先も長いしね」
「気が長ぇーよー……」
そこは……人生経験の差ということで。