その後はしばらくスカーレットたちと話して、他のクラスやチームの出し物を楽しむことにした。
今日の自由時間は限られている。射的に挑戦したり、謎解きゲームとして学園中に散りばめられたクイズを楽しんでみたり食べ歩きをしてみたりと、やろうと思ったことはだいたいできたように思える。
唯一、オバケ屋敷だけはふたりに強硬に反対されたので参加はできなかったのだけど……夏合宿の時の肝試しがよっぽど堪えたらしい。
気持ちは……分かるような分からないような。ウオッカたちの反応の方が正しいというのは分かってるんだけど、ちょっと過剰じゃないかなと思わなくもない。
ほどなく自由時間も終わったため、ふたりと別れてチーム用店舗……の、裏口へ向かう。混乱を避けるための措置だ。
今の段階でぼくに注目するひともそう多くはないと思うけど、関係者と思われると流石にね。正面から入って邪魔してもいけないし。
「ただいま戻りました。ホールの方に行きますね」
「お願いします」
一時休憩中のサブトレさんたちに断りを入れてホールに入ると、出る前とはまた違った雰囲気の光景に移り変わっていた。具体的に言うと女性客がちょっと多くなってる。
先程の四人とは少し変わり、スカイ先輩、デジタル先輩、ドーナッツ先輩が和メイド。シャカール先輩が大正ロマン風という構成になっている。
……ちなみに、男装案は結局なかったことになった。というのも、貸衣装を発注するのに、一着だけ違うジャンルのものを紛れさせると少しだけお高くつくからである。あと単純にリギルと被る。
幸いだったのは、シャカール先輩が大正ロマン風だけで納得してくれたことだろう。露出とかヒラヒラ感という点で言えばこっちも抑え気味だったのが効いたかもしれない。これはこれでギャップが出てイイ、という反応も見受けられた。
とりあえず、ぼくの仕事は……。
「お写真撮りましょうかー?」
「あ、いいんですか?」
聖蹄祭においては、禁止区域以外ならある程度自由に撮影ができる。
入場チケットそれ自体が撮影許可証になっているので、校内に入ってきて飲食をしていたり出し物を楽しんでいる時点で規則上は問題ない。あとは各個人の良識の範疇だ。
「だったらコレ、お願いします!」
「はい、じゃあ……」
カメラ起動状態のスマホを受け取って先輩たちの方に向ける……が。
(あれ、何か違う)
思ったように撮影できない。
なんか位置が悪い。位置……いや、あれ、高さというか角度だ。……あ、高さ? 身長か。
く、くそっ、今まで写真とか撮ったことあまり無かったからまるで考えが及ばなかった。とりあえず試しに背伸びする……が、焼け石に水。手を掲げて……画面が見えないせいで撮影どころじゃない。ジャンプ、は論外。
どうしよう、と思い始めたその時、不意にドーナッツ先輩が幅の広い頑丈な箱を持ってきた。
「……乗りな」
「はい……」
それは――見事なまでに丁度いい高さの踏み台だった。
およそ40cmほどで、ぼくが踏んでようやく成人男性の平均より多少高いくらいになる。
サムズアップを向けてくるドーナッツ先輩の目にはぼくと同種の哀しみが漂っていた。
「縞毛のウマ娘の身長は最高でも150cm前後と言われている」
「どうした急に」
「環境や食生活などは関係なくこれが限界らしい。遺伝的に定められた、ある意味で人種的特徴と言えるかもしれない」
「そういえば、相対的に歩幅が狭いからレースでは不利、と聞いたことがあるな……」
「ああ。だからトゥインクルシリーズの盛んな日本に留学しているということは滅多に無い。だがこうしてベテルギウスに所属していることを考えると」
「それだけ実力を見込まれてるということなんですよぉ~! チェックして……推してあげてください、是非……ふへへ」
「「あ、はい」」
写真を撮るその傍らで、客席の方からそんなやり取りが聞こえてきた。
デジたんパイセンにとってはあれくらいは基礎知識の範疇なのだろうか……さっきからあのひとらと話し込んでたし、多分相通ずるものがあるんだろうな……。
というか何気にぼく、先輩の推しの範疇に入れられている? ……正直、嬉しいと言うべきか怖いと言うべきか少し迷う。
「……どうぞ」
「あ、ありがとう……」
想定よりもはるかに長く時間がかかってしまったにもかかわらず、お客さんは特に文句を言うこと無く受け取ってくれた。
……………………いやあ、子供の見た目だし、実際、年齢も子供だし。こう、多少の失敗には寛容になってくれて……お……お得だな!
……いや、うん。踏み台に登れば対応できるから問題なくなったとはいえ、やっぱり手間取った事実はちょっと堪えるし気にもなる。次はこんなことが無いようにしよう……。
「あのー、すみません」
「あ、はい、ご注文ですか?」
「いえ、写真を……」
「写真ですね。どなたと撮りますか?」
さ、気持ちを切り替えよう。場の盛り上げは先輩たちに任せて、ぼくは注文を取って写真を取って配膳をしよう。
そう思った矢先のことだった。
「キミとで……」
「はぇ?」
「
「
オゥ……クレイジー。
珍しいことをする人もいるものだ。いやこれはあれかな? いわゆる青田買い。まだデビューしてなかったりデビュー直後だったりするウマ娘をいち早く推すというあの……。
うわすっご。初めて見た。いやコレぼく自身が経験してることだから、見たというか初めて経験したと言うのが正しいんだろうけど、本当にこういうことあるんだ……。
い、いや。いやいやいやいや。こんなこと許されていいのか!? とばかりにトレーナーさんたちの方を見ると、いいからやれ、とはっきりゴーサインを出された。
「たっぷり30秒以上フリーズしてンな」
「あー、セイちゃんわかる気がするなー。あの予想外のことが起きると真っ白になるの」
「今は顔真っ赤だけどな。カッカッカ」
それから、なんとか平常心を取り戻し*3て撮影もこなすことができた。
その後も十数人に一人くらいの割合でぼくと写真を撮りたいという人が出て来たりしたが、同じように青田買いと思えばこれもまた納得はいく。
平常心を保ちながら*4次々とこなしていって、ぼくはこの年度の聖蹄祭を疲弊しながらもなんとか終えたのだった……。
・・・≠・・・
聖蹄祭を終えて少しばかりの時間が経った。あの後からぼくは度々スカイ先輩やドーナッツ先輩にイジられることにはなったけど、ぼくは毅然とした態度でこれを躱した。
さて、時期はドーナッツ先輩とリムジン先輩がコックスプレートとBCターフの調整のため、それぞれの実家に一時帰国した頃。
トレーナーさんが先にドーナッツ先輩のいるオーストラリアへと飛んだ後、トレーニング中にサブトレさんがこんなことを言い出した。
「ストライプ、今度のシードリングカップに出てみませんか?」
「なんですかそれ?」
言葉の響きからすると、
「スプラウト記念と同じく、ジュニア級未満のウマ娘が出走できるエキシビションレースです。中・長距離路線を目指す子にとっては登竜門的なレースですよ」
「そんなレースがあるんですね」
「はい。距離は芝2000で、ホープフルステークスと同じです。スプラウト記念と比べるとやや知名度は落ちますが……」
「ダービーに対する菊花賞みたいな……」
「そういうことを言うのはやめなさい」
いや、まあ分からないでもない。
中距離路線はともかく、長距離路線はやや人気薄だ。
2400mを超える長距離G1レースは年3回のみしか行われないというのも原因のひとつだろうか。その内有馬記念はほとんど中距離レースとして見られているし、菊花賞は花形とはいえクラシック級でしか出走できない。シニア級で出走できるのは春の天皇賞のみ。短距離戦も少なくはあるけど、年2回開催されるレースは、どちらもクラシック・シニア問わず出走可能。マイル戦は年に7回も開催されるし、王道と称される中距離はもっと多い。
世界的な流れもあるとはいえ、怪我を誘発させやすいというのも大きな要因としてある。欧州では長距離路線の整備も徐々に行われていると聞くけど、日本は今後どうなるか……。
いっそ何かこう、ステイヤーズステークスとかG1化したりしない? ついでに東京大賞典も3000mに戻さない? 無理か。無理だな。そんなぼくにだけ都合の良いこと無いわ。
「って言われても、出てもあんまりメリットありそうに思えないんですよねぇ」
「賞金も出ますよ」
「出ます!」
「スゴイ現金なヤツだ……」
実際のところ、ぼくは元からお金目当てなんだから、策を晒すデメリットがあってもお金が入るという明確なメリットがあればそりゃ出走する。
ジュニア級未満という条件に限定されていれば、実力もある程度拮抗しているだろうし勝つ目はある。
それに別に本番のレースほど高額の賞金じゃなくてもいいんだ。数万、数十万でもあれば先行投資や設備投資には十分。夢が広がるね。むほほ。
「時期はいつですか?」
「年始ですね。帰省の予定などはありましたか?」
「帰るお金がありません」
「…………」
すごく微妙な顔をされた。多分ぼくも同じことを言われていたら同じ顔をしていただろう。
けど事実だから仕方ないんだよなぁ……定期的に連絡はしているから、そこまで心配もされていないだろうけど。
とはいえそもそも、帰るお金があったとして今の段階で帰るものかどうか。レースである程度結果を出してからにしたいというのが本音だ。
「というわけで登録よろしくおねがいします」
「え、ええ……」
あ、そういえばこれ、エキシビションとはいえやっぱりウイニングライブもあるんだろうか。賞金が発生しているってことは、多分あるんだろうな。
振り付けと曲含めよく確認しとこ。