【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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BCターフ

 

 

 秋の天皇賞。

 その長い歴史と格式から、秋のシニア三冠の第一冠目及び中距離路線における国内シニア級最強決定戦とも呼ぶべきレースであり、多くのウマ娘から目標とされている。

 ジャパンカップも賞金額の高さから、中距離最強を目指すウマ娘にとっての目標とされることが多い。ただ、こちらは多くの国からウマ娘が招待されるため、国内という括りで見るなら秋の天皇賞の方が……と考える人は多いだろう。

 天覧試合となる可能性もあるため、格式の高さで言うとこちらの方が上とする向きもある。その辺りの捉え方は本当に「人による」としか言いようが無いので、ぼくから言及することは避けておく。

 

 さて、秋天の結果だけど、結論から言うとこれはフラッシュ先輩が差し切って勝利した。

 ダービーの時の上がり3ハロン32秒7の異次元の脚とまではいかないものの、33秒1という超豪脚。タキオン先輩もゴール直前まで一番手をキープしてたんだけど、油断した……というわけでもなく、こう、油断しなかったからこそ、背後に誰か迫っていないか確認したその一瞬の不意を突いたような形だった。

 ああいう隙の突き方もあるな……とは思うけど、そもそもぼくは同じ差し型でありながら上がり3ハロンで突き抜ける脚が無いので、参考にしてもどうしようもなかったりする。

 ちなみにトレーナーさんは秋天のために帰ってきてそのままアメリカに向かった。疲労が顔に出ていた。

 

 さて、話を現在に戻して――土曜日の午前6時。BCターフの開催日である。

 時差が時差だし、皆朝練で慣れてるのでそこについて何か言うひとはあまりいない。ただ、前回と違うのは、朝食を取りながら観戦しているひとが多いという点だろうか。かく言うぼくも、朝練を終えた後、軽くシャワーを浴びてカフェテリアに来たので、もうお腹がペコペコだ。

 用意したのは複数個のおにぎりと味噌汁、サラダ。あと……また別に取ってきたシチュー。こっちにはウガリというケニアにおける餅のようなもの(自作)を組み合わせてある。

 見事なまでに無国籍だけどまあそこはそれ、ぼくの内面を示しているということで。そもそも無国籍っぷりはぼくに限った話でもないし。周りを見れば和洋どころかそこに中華やエスニックな品を混ぜ込んだりしている人も少なくないのでまるで目立たない。

 何なら何にでもデスソースをかけるという特大のインパクトをぶちこんでくるエル先輩がいるので、目立つ目立たないとかいう次元の話じゃない。あ、グラス先輩の額に青筋が立っている。

 

「そういえば、BCターフのBCって何の略なんでしょう?」

 

 ……という空気を知ってか知らずか、スペ先輩がそんな疑問を投げかけた。

 原義的には、BCは「ブリーダーズカップ」を示す略語だ。ブリーダー……動物の繁殖、改良を担う業務に従事する人のことを指す言葉だけど、当然ながらこの世界においてその言葉は相応しくない。ウマ娘は一応ヒトの一形態だし。

 

Bueno(ブエノ)デース!」

「そうだったんですか!?」

「そうだったの!?」

「エールー? スペちゃんやウララちゃんに変な嘘教えないでくださいねー?」

「嘘だったんですか!?」

「嘘だったの!?」

「あっはは☆ スペちゃんはからかい甲斐があるねー」

「Bはアメリカの国鳥のBald eagle(ハクトウワシ)よ。だからBald eagle CupでBCね」

「そうだったんだ……」

「そうだったのか……」

「そうだったんだ……」

「そうだったんだー!」

 

 そうだったんだ……。

 知らなかったそんなの……。

 

「って、スカイさんとスナイパーさんは知っておきなさいよ! 授業で教わった範囲でしょう!?」

「面目なし」

「にゃはは~☆ ……あれ、ウララはいいの?」

「いつものことだもの……」

 

 また復習してもらわないと……と、キング先輩がうなだれるのが見えた。

 

「セイちゃんは……さては居眠りしていましたね?」

「ノーコメント」

 

 居眠りしてたんだろうなぁ……。

 ……いや、スナイパー=サンは何で知らなかったん?

 

「それに、ど・う・し・て! スナイパーさんも知らない風なの!?」

「じゅ、授業中ニンポを開発しておった……」

 

 想定外の方向だよ。

 

「ところでそこの『そうだったんだ』とでも言いたげなストライプ君?」

「心を読まないでくださいタキオン先輩」

「読んではいないよ。ただ普段の言動からサンプリングして予測をしただけさ。で、君が食べているそれは何だい?」

「トウモロコシの粉をそばがきみたいに練ったケニア風のお餅です」

 

 ウガリ、という名前を出してもピンと来ることは無いだろうから簡単に伝える。

 味……は、別に素晴らしくおいしいとかそういうわけではない。トウモロコシの香ばしさをちょい感じる……かなぁ……? くらい。

 要するに主食だから、扱い的にはご飯のそれとそんなに変わらないと言っていい。付け合わせの方が重要なところあるし。あ、でも、白米は白米だけで食べるのが至高というひともいるし……うーん……何とも言い辛い。

 

「ふぅン。穀類の炭水化物というわけだね。そういう意味ではおにぎりとそう変わらないと思うのだけど」

「故郷だと『強くなりたいならこれを食べろ』ってずーっと言われ続けてきたので、習慣ですね」

「炭水化物という意味ではそれほど変わらないと思うけどねぇ。ま、こういうのは実践しなければ分からないものか。少し試させてくれないかな?」

「端的に言うと?」

「少し分けてくれたまえ」

「いいですよ」

「素直だねぇ」

 

 ちなみにこのウガリ、半分くらい魂が日本人なぼくに合うように自作したもののため、本場のものとは違う。

 でもそんなもんだ。現代の中華料理だって、ほとんどは日本人の味覚に合うようにアレンジしてある。中華の鉄人が言ってた。

 料理の歴史というのはそのままローカライズの歴史と言っていい。シチューがなぜか肉じゃがになったりナポリ関係ないのになぜかナポリタンなる日本発祥の料理が誕生したり、逆に外国の各地で寿司がSUSHIとして独自の進化を遂げたり……。

 ケニアにいた時、お小遣いやりくりしてなんとか和食を食べに行くことに成功したことはあるのだけど、その時はローカライズされまくってて逆に哀しい思いをしたけど、今となってはそれも良い思い出だ。……良い思い出かなぁ。

 

「おいストライプ、アタシにもくれ」

「欲しいなら後で持ってきますよ?」

「ばっか、他人(ひと)が食ってて美味そうだと思ったから食いたいのに後でってんじゃ興醒めだろ」

「ドーナッツ……お前コックスプレート終わってからちょっと態度がデカくなってねェか」

「カッカッカ、そりゃあアタシがオーストラリアで一番のウマ娘ってことになったからなァ」

 

 うわははは、とわざとらしく笑うドーナッツ先輩に若干イラッとしたらしく、シャカール先輩の眉が吊り上がった。

 ちなみに、今日ぼくがついているのは普通にチームの先輩方がいるテーブルだ。コックスプレートと違って早朝なので、チーム未所属の一年生はまだ起きて……るな、意外と。特にネイチャとマーベラス。今日もマーベラス! って言って起きたんだろう。絶好調のようだ。

 逆にマヤノは多分まだ寝てる。テイオーは、朝練かな? BCターフがあることは知ってるだろうし、見ないという選択肢は無いだろうから……録画くらいはしてるだろう。

 

「皆さん、そろそろ始まるようですよ」

「あ、もうですか」

 

 ちなみにデジたん先輩は始まる前から興奮しすぎて鼻出血したので保健室で視聴中である。

 さて、レースの様子は……と。

 

『さあ、各ウマ娘一斉にスタート。おっとハリウッドリムジン4番手、前めにつけています』

「あれ、珍しい」

「先行策?」

 

 リムジン先輩の脚質は差し。それもまくり気味なもので、上がり3ハロンの急激な加速はフラッシュ先輩のそれを彷彿とさせるほどだ。

 しかし、それだけの速度を出す代償として脚への負担が非常に大きく、ケンタッキーダービーに勝利した時には実際に骨折していた。

 先行策の場合、前に前に出ていく関係上、差しのときよりも継続して負荷がかかり続けることになる。だからこそ比較的短いマイルを主戦場として、その上、差しという形である程度負荷がかかるのを短時間に抑えていたんだけど……。

 

「BCターフって、12ハロン(2400m)ですよね……?」

 

 まずいのは、これが日本ダービーと同じ2400mで行われる競争ということだ。

 マイル戦や、場合によってはケンタッキーダービーなどと同じ2000くらいならまだもたせられると思うけど、長距離に片足突っ込んでる2400は負担が未知数だ。差しならまだしも……。

 

「こ、これ脚大丈夫なんですか?」

「分からない」

「分からないって……」

 

 タキオン先輩がそう言うなら疑いようも無いけども……。

 

「考えうる対策は全部試した。私も脚の強度に不安を抱えていた時期があってね、それを改善するために様々な実験を行ったものだよ。リムジン君にはそのノウハウを伝えている、が……」

「論理的に考えろ。体格が違いすぎンだよ。頭一つ以上デカいリムジンじゃ骨密度も筋密度も違う。同じようにやったって同じ結果なんて出ねえ」

「あっ……」

「今日の一番人気は逃げで有名だ。差しに行くならあの位置しかねェのかもな……」

 

 レース運びは順調、だけど、いっそ順調すぎるくらいだ。

 理想的な位置取りに完璧なコーナリング。残り800mとなったところでいつもの「沈む」走法へと移行し、スパートがかかる……。

 

『さあ4コーナー回って直線! ハリウッドリムジン、すごい脚で上がってくる! 9番シャムロックとの差がグングン縮まっていく!』

 

 リムジン先輩のパワーと圧倒的なフィジカルが爆発し、凄まじい末脚を見せる。

 国内外を見てもリムジン先輩の末脚は上位に位置すると言っていい。戦場を選ばない適応能力をも併せ持つ以上、差し切る体勢に入られたらその時点でまずい。

 今日の一番人気である9番のウマ娘はこれを目にして――しかし、わずかに微笑んだように見えた。

 

『――ああっと、9番の脚に再び火が灯る! 脚を残していたっ!』

「二の矢かよ!」

「ラップタイムがなんか遅ぇと思ったら!」

 

 逃げを戦法として選ぶウマ娘の性質は、おおむね4つほどに分かれる。

 スズカ先輩のようにそれが性に合っているからというパターン、スタミナを活かす戦術として用いるパターン。あとはマルゼンスキー先輩のように、他と隔絶した能力を持っているから結果として逃げの形になるだけというパターンもあるか。そして最後に……スカイ先輩のように、レース展開をコントロールするために逃げを選んだパターン。

 あの9番のウマ娘はそれだ。幻惑してレース展開を遅くすることで、最後に逃げ切るための脚を残していた。これじゃあ間に合わない!

 

「いや――ここで彼女はもうひと伸びできる」

 

 そうタキオン先輩が苦い表情で呟いた、次の瞬間だった。

 まるで銃撃でも叩き込んだかのようにリムジン先輩の足元の芝が抉れ、その速度が更にハネ上がった。

 

 ――二段階加速!?

 

『伸びる、伸びる、まだ伸びる! まるでニトロ噴射のような加速! 今! ハリウッドリムジン、差し切った! そして……四バ身離してゴール・インッ!!』

「うっそぉ……」

 

 非現実的とも言える光景に、思わず息を呑む。

 差しで四バ身も離したこともそうだし、脚部不安を抱えた状態での掟破りの二段階加速。勝利への執念に対する畏敬の念は当然としても、あれだけのことができるだけの天賦の才に軽く引く。

 映像越しでは分かりづらいけど、減速しながらゆっくり身を起こしたリムジン先輩の額には、大粒の脂汗が浮かんでいる。少なくとも、どこか痛めていることは確実だ。

 しかし、それでも彼女は観客の方を向いて笑顔で手を振り、ウイニングランを完遂してみせた。

 

「……ん、待てよ? なあシャカール、あれどうなんだ? レーティング」

「あァ? ……今日の一番人気相手に四バ身離してるワケだから……おぉ?」

 

 あと、下手するとリムジン先輩が今年の世界ランキング上位に躍り出る可能性が浮上した。

 そういえばJWC基準で考えてもアメリカ最強刺客とか呼ばれてたから、そのくらいのレーティング順位あってもおかしくないんだよね、原作ハリウッドリムジン……。

 

 ……ところで、観戦が終わった後で部屋に戻ってから、テイオーが録画するのをすっかり忘れていたことが判明したりするが、それはまた別の話である。

 

 






BCシリーズのBCの意味についてはオリジナル設定なので、今後アプリなどで明かされてもこっちの時空だとこうなんだと捉えていただけるとありがたいです。
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