スペ先輩の説得は割と難航した。というのも、アニメと違ってスズカ先輩がこの場にいないためだ。
既に書類上、移籍は済んでいるという話なのでそれを見せればいいとも言えるのだけど……そもそも、ここまで大きな関わりを持っていなかったトレーナーさんが、スペ先輩がスズカ先輩に対して憧れを抱いていることを推察するのは難しい。それに「スズカ先輩がスピカに移籍する」ということは話題にも出してないから、そこをいきなり突いていくのも不自然極まりない。
ただ、この場にいる全員栗東寮だから、夕食時などにスペ先輩がスズカ先輩を慕って追いかけている姿はこの二ヶ月余りの間に何度も見かけている。導線を引いて話題を引き出すのはそう難しいことではない。
「スペ先輩ってやっぱり、スズカ先輩と同じリギルに入りたいですか?」
「そうですっ。そのために選抜レースにも出たんですけど……流石に痴漢の人は……」
「あぁ?」
「痴漢ン?」
「ち、違う違う違う! 勘違いだって! あくまでトレーナーの見地からだな……」
「ぼくの脚も触りましたもんねぇ」
「
「ぐああああああああ!」
やっべ、この話するの忘れてた。
……まあ、このトレーナーさん無駄に頑丈だからなんとかなるだろう、多分。
そして案の定数秒経てば復活して起き上がってきた。無敵かよ。
「なんだ、サイレンススズカと同じチームに入りたいのか? だったらなおのことスピカに入ればいい」
「どういうことだよトレーナー?」
「前から移籍の話をしてたろ? それがスズカだ。もう書類上はこっちに移ってきてる」
「そうだったの!?」
「ほー。だからおハナさんが今回の選抜レースでスカウトをするなんて噂が立ってたんですね」
ちょうどひとり分のキャパが空いたというのはそういうことだ。スペ先輩は……うん、絶句してる。こんな偶然があるなんて、という驚きにも思えるし、
しばらく唸って考え込むような素振りを見せて、ようやくスペ先輩は口を開いた。
「わかりました……チームに入ります!」
「よぉし! これでようやくチームが始動できるな!」
「5人必要だったからな」
チームに必要な人数は5人。これは規則として定められており、例外は特殊な事例――例えば「突然脱退者が相次いだせいで規定の人数を割った」*1とか、「必要があって最低人数を割るチームに移籍したが、既に出走登録を行っていた」というようなケースだろうか。
香港カップの時期的に、スズカ先輩はそろそろ出走登録は終えているはず。特殊な事例の後者に該当はしそうだけど、やっぱり例外的措置だから早めにチームメンバーを揃えるに越したことはない。
「それじゃあトレーナー、アタシ1月のシードリングカップに出るから、出走登録お願いできる?」
「えっ、スカーレットも出るの?」
「も? ……ってことは」
「ぼくも……」
「そ、そう……」
お互いに一瞬「うげえ」と言いそうなオーラが漏れていた。
そっか、スカーレットも出るんだ、シードリングカップ……まあ、トリプルティアラの三冠目、秋華賞と同じ距離だし、叩き台としては申し分無い。
スプラウト記念の方が距離的には適正だけど……と思ったけど、あっちはあっちで出走条件が厳しい。今日までチームとして成立してなかったスピカのメンバーだと、選外でも仕方ないか。
その分、シードリングカップは割かしその辺りの条件が緩いから、出てきてもおかしなことは無い。
問題は、スカーレットのフィジカル面の強さだ。
本来、スカーレットに一番適しているのはマイルから中距離。しかし、「ダイワスカーレット」は有馬記念を走り切るだけの能力があり、その魂を継いでいるスカーレットにも同じことが言える。
適性外のはずの長距離を走破できた理由は、有識者によれば「生まれ持った能力だけで距離不安を克服した」のだとか。その分前に前に行きたがる癖があり、「逃げ」しかできないとまで称された。だから折り合いがついて先行策が自在にこなせるようになれば、もっと強かったとかなんとか……。
まァこれがキツい。何がキツいって弱点が無い。ただ強いから強いっていう理屈のない強さはいっそ暴力的ですらある。流石は生涯に一着と二着以外取ったことの無いミス・パーフェクトのウマソウル。対処の手がグッと少なくなってしまった。
「あのぅ……ウオッカさん? スカーレットさん? ……は、何で今一瞬嫌そうな顔を?」
「ん? と……ストライプのヤツと走るとスゲーやり辛いからじゃないですか?」
「やり辛い?」
「ええ……ストライプはとにかく色んな作戦を立てて走る子なんです。だから、思うような走りをさせてくれない」
「スカーレットと走ったこと無いよね?」
「ウオッカから散々聞かされたもの。分かるわよ」
ぼくは軽く肩をすくめた。なるほど、お互いちょっとヤな気分になるわけだ。
ぼくはスカーレットに強みを出し切られるとその時点で負け確実。
対するスカーレットはそもそもその強みを出し切れるか不安。
いやあ、また面倒なことになっちゃったぞ。
「そういうことならお手伝いも終わったし、そろそろトレーニングに戻らせてもらいますねー」
「ああ、邪魔して悪かったな!」
「いえいえ、楽しかったです。じゃ、スカーレットにウオッカに先輩方、また」
「ええ、またね」
「気をつけて戻れよ」
一礼して部屋を出ると、外はもうだいぶ暗くなっていた。こりゃ怒られるかなぁ。
ま、それもいいや。変なことして怒られるのもまた青春って感じで。
で、ベテルギウスのチーム部室に戻ったところ――まずサブトレさんが開口一番こう告げた。
「上手く情報は抜けましたか?」
怖いよ!
「サブトレさん、叱るでも指導するでもなく淡々とそういうこと聞いてくるのどうかと思います」
「ゴールドシップの素行は今更ですから、スカイたちのように故意のサボりでないなら私からは何も言いません」
「わかりました。今日の遅れてる分はしっかりやります」
「よろしい。で、何か新しいことはわかりましたか?」
「あの、サブトレさんはぼくのことスパイか何かだと思ってません? まあありますけど……」
「半分冗談だったのにあるんですか……」
と言っても、すぐに判明する程度のもので大した情報でもない。スピカにスペ先輩とスズカ先輩が加わってチームとして始動すること、次のシードリングカップにスカーレットが出走することくらいのものだ。
しかしそれを伝えると、サブトレさんは頭が痛そうにこめかみに軽く指を当てた。
「ストライプ、あなた本当にスパイとかじゃないですよね?」
「コレそんなに重要な情報ですか?」
「スピカはこれまで、トレーナーの一身上の都合によって活動を休止していましたが、彼のウマ娘を見る目は確かです。ウチやリギルと違って放任主義のケこそありますが、要所で的確な指導をするとおハナさんから伺っています。その分やや近視眼的なものの見方をしてしまうとも言っていましたが……」
うん、まあ、そのへんは学生のぼくが聞いても詮無いことだ。
苦笑いを返すと、サブトレさんは小さく咳払いして話を続けた。
「ともかく、その新しく加入したというふたりも含め全員の実力を調べる必要があります。このことが知れただけでも幸運ですよ」
「そですか……」
……困ったぞ。今回はそんなつもりじゃなかったと言ったのに、何でか結果的に情報漏洩の一手になってしまってる。
うーん……ううう……ん……まあ、早いか遅いかの違いでしかないか……ここはノーカンということにしてもらいたい。うん。
スペ先輩にしてもすぐデビューさせるなんて真似をするとは思えないし、スズカ先輩が大逃げに目覚めるのはバレンタインステークスから。情報を優先的に入手してもそんな大勢には変わり無さそうだ。
……うん、多分、誤差……になる、はず。
「じゃあ、ぼくトレーニング行きますんで……」
「ええ。必要十分程度に頑張ってください」
その日は軽い罪悪感でちょっとトレーニングに身が入らなかった。
久しぶりにアンケートを設置しました。よろしければご協力お願いします。
今回のアンケートはストライプデビュー後に関係しており、どの程度アニメ二期及びその周辺史実に合わせるかという点が変わります。
なお90年クラシックメインでも他の時代と混ざる部分はあります。
ストライプのデビューと同時期にアイネスフウジンとメジロライアンがデビューして……
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いる(史実90年クラシックメイン)
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いない(史実90年を中心に時代混ぜこぜ)