翌週、スぺ先輩がメイクデビューで一着を取って帰ってきた。
なして?
「一週間で仕上げて上がり3ハロン34秒8で差し切り一着? トレーナーさんは正気か……?」
「それより見てよストライプ、『天を仰ぐ見事な棒立ち』だって」
「会長怒るだろうなぁ……」
「だよねー……」
週が開けた月曜日、ぼくらの教室は……ぼくらの教室「も」かな? その話題でもちきりだった。多分他の学年もそんな感じになってる。
編入生が突然零細チームにスカウトされたと思ったら、一週間後のレースで劇的な勝利! ……ウイニングライブが0点というオチまで含めて見事な語り草である。
すすす、とネイチャがスカーレットとウオッカに視線を寄越すと、ふたりは気恥ずかしそうに目を逸らした。
これはライブのトレーニングやってないっぽいな……。
「トラちゃんは大丈夫なのかなー?」
「
そう、シャカール先輩がうまぴょい伝説を完璧に踊って歌ってみせるくらい、少なくともライブに出て恥をかかない程度には全員仕上がっている。
ぼく自身については? ……ふ、普通……かな……?
いや、うん。これは仕方ないと思う。他のチームメンバーは既に一年以上チームに在籍しているけど、ぼくはまだ一年目でデビューがいつになるかも決まってないし。まず体を仕上げることが最優先。その上でメイクデビューに合わせて調整しているのだから、今の時点でちょっと半端な状態なのはある意味当然だろう。というか普通はそうする。 スペ先輩に課されたローテが頭おかしいだけだ。
と、そう思っていたところで上から声が降ってきた。
「なるほど、それが大言壮語でないことを祈りたいものだが」
「うわっ!?」
「カイチョー!?」
「お、おはようございます会長さん……」
よもやよもやのお人である。気付けば会長がぼくらの背後に迫っていた。
テイオーがいるからとはいえ、気軽に友達にやるみたいに片手を挙げられても困る。周りざわついてるし。
「どうして急に……」
「少し頼みがあってね。テイオー、いいかな?」
「うん、何でも言ってよ!」
「相手が会長さんだからってまた安請け合いするー」
と、そこでぼくはティンと来た。コレは……例の件だな。
アニメだとウオッカやスカーレットがデビューしてウイニングライブの練習不足が浮き彫りになってから話が出てきたわけだけど、こっちの世界だとまだデビューする予定は無いし……一回でもこんな風に記事にされたとなれば、トレセン学園の指導力不足が疑われることになる。見てる側は「トレーニング期間が一週間に満たない上にライブのトレーニングはそもそもしてない」なんて事情を汲み取ってなんてくれないからね。いや、汲み取ってたら汲み取ってたでトレーナーは何やってんだ、という話になるか。
「スペシャルウィークの件は聞いているね?」
「うん、まあこれだけ大きく取り上げられてればね……」
「そうだな……。そこでなんだが、テイオー。彼女にレッスンをつけてあげられないだろうか?」
「ボクが?」
「良ければサバンナストライプ、君にもお願いしたい」
「あー。順位で振り付け変わりますから……」
1着2着3着で変わり、更にバックダンサーの場合もまた異なり、時によっては掲示板入りの4着5着も振り付けが変わる。ウイニングライブ狂気の仕様である。
これを教えようと思うと一人二人では当然手が足りない。そしてチームスピカはその性質上、あまりウイニングライブに力を入れていないようなので、このまま放置しておくと目も当てられないような惨状になりかねない。
「トレーナーさんに許可を取ってからなら問題ありません」
「それは重畳」
「ボクも問題無いよカイチョー!」
「ああ、テイオーも力戦奮闘してほしい」
「あっ。でもそうなるとアシスタントがあと何人か欲しいかな……ねえマヤノ、マヤノー!」
ああ、会長に力戦奮闘なんて言われたからテイオーがかなり張り切ってしまった。
会長も苦笑いしているからこれは想定外なようだけど、これはこの後どうなるか不安だなあ……。
・・・≠・・・
それから夕方になって、コーチ役を申し出たぼくらは会長たちに指定されたカラオケボックスに集合していた。
「いくらなんでも6人は多すぎるでしょ」
「あっはは……だよねえ……」
……集合しすぎていた。
最初にテイオーがマヤノを呼び、そのマヤノがじゃあマベちんも一緒にと言い、更にマーベラスがネイチャを呼び、隣にいたターボが仲間外れを嫌がりついてきて……当初の人数の三倍だ。既にカラオケ大会状態になっている。
マックイーンは……呼ばれなかったと言うよりは断られたと言った方がいいかな。元々メジロ家で専門のコーチのもと指導を受けているらしく、ダンスも歌もできるのでわざわざ集まって復習することのメリットがあまり無い。加えて、ひとに教えられるほど達者ではない……というのが本人の弁。なんだかんだこの場にいたら頼もしかっただけに残念だ。
というかターボ師匠、普段の印象と裏腹にやたら上手いな……曲そのものがハイテンションになっていってるけど。
「はー! 歌った! はい次ストライプ!!」
「んー」
マイクを渡される。それと同時に、テイオーのスマホが音を立てた。どうやらそろそろスペ先輩たちがやってくるらしい。
じゃあ、と思って入力したのは「winning the soul」。待ってましたとばかりにテイオーが二本目のマイクを手に取り、ライブ練習に必要だからということでお店に借りた三本目をマヤノが取って立ち上がる。
「じゃあテイオーセンターで」
「ボク? うーん……ま、当然だよね!」
「テイオーちゃん今悩んだフリしたでしょ」
「えっ。何のことかな~?」
今のフリかよ。
ともかく、「winning the soul」は曲調が激しく、ダンスの振り付けも比較的共用部分が多いため、ウイニングライブとしてはやりやすい方の曲だ。
クラシック三冠の勝者がセンターに立って歌う権利を得られるため、テイオーが一番好きで得意な曲というのもあるし、今後スペ先輩が三冠路線に進むに際して、どうしても接する必要が出てくる曲でもある。まずはこの部屋に来た時にこれでビシッとキメて……。
「こんにちはー……うわぁっ、いっぱいいる!?」
もう来たし!
計画オジャンだし!!
「何ぃ? うおっ、テイオーとストライプだけじゃないのか!?」
「お邪魔してまーす」
「マーベラス★」
「何だ、いつものメンバー勢揃いじゃねえか」
案の定、スペ先輩とトレーナーさんは人数に驚いたようだった。続いてやってきたウオッカとスカーレットはことの経緯を知っているので、ぼくらの性格を知っているふたりからは「やっぱりか」とでも言いたげな感情が滲み出ていた。ゴルシ先輩は爆笑している。
「えっと、つまり……テイオーさんたちが今日のコーチってことですか?」
「そーゆーこと!」
「あ、でもアタシとターボとマーベラスはコーチ受ける側なんで……」
「みんなまとめてしっかり面倒見ちゃうからねー☆」
「マヤノがコーチ役? ……それはそれで少し不安だわ……」
「なんでー!?」
スカーレットがそう思うのも仕方ない。マヤノは超がつくほどの天才だけど、同時に相当な感覚派で、理論や過程をすっ飛ばして即座に正解にたどり着いてしまう。同じことを他人に教えたところで理解できるはずもない。
……ただ、こう、同じ感覚派の天才に教える時なら、理解できるのではないかと……希望的観測だけど。某球団の説明が擬音ばかりなN元監督のエピソードとかの実例もあるし、そこにちょっと期待してる部分はある。どう考えてもスペ先輩とかウオッカとか感覚派の典型例だろうし……。
では、テイオーの方はどうかと言うと、どっちの要素もあるので何とも言えない。本人が度々口にするように「無敵のテイオー様」として相応しい才能はある。同時に無敗の三冠ウマ娘を目指して行っている努力の質も量も本物で、抜き打ちテストでホイと100点を取るほど頭も良いから理論というものの大事さも理解している。
ぼく? 理論先行の頭でっかち。
と、まあそんな風な三人なので、他人に教えるにしてもいい具合に欠点を補い合えるんじゃないかなぁ、と思ってる。同時に、こんがらがってゴッチャゴチャになる可能性も否めないでいる。難しいところだ。
「スカーレットとウオッカはもうちょっとライブの練習に時間を割けばデビューまでにはなんとかなると思う、けど……デビューしちゃったスペ先輩は、早急に基本を学んでもらわないとまずいと思います」
「ですね……」
「逆に何でトレーナーはライブの練習せずにメイクデビューに出しちゃったのさ」
「それは……まあ、そうなんだが……」
「あっ、マヤわかっちゃった。きっと普段からライブのトレーニングもしてるだろうって、ちょっと想定が甘かったんだよ」
「ぐ……」
図星っぽいなこりゃ。
スペ先輩って中央に来るまでその類のトレーニングをする習慣が無かったようだし、そこのところのすり合わせしてないとそりゃ認識の齟齬も生まれるよ。
ただ今回の場合、最低限教官から教わってるはずなのに全部頭から抜けちゃった上に棒立ちで歌うことも忘れちゃったスペ先輩も悪い部分がある。ライブの出来について確認せず即翌週にレースに放り込んだトレーナーさんもだいぶ悪いけど。
「カイチョー怒ってたよ~。『ウイニングライブを疎かにする者は学園の恥』……だって」
「ひえぇ……」
「そこまで怖い表情では言ってなくない?」
苦虫を噛み潰したような表情で言ってはいたけど。
直後にテイオーが「そっかー」と返した時に目を見開いたのは、多分「疎か」とかかっていることに気付いたんだろう。何でそんなどうでもいいところに着目するんだ……。
「ま、でも安心してよ。ボクらがみっちりスパルタで教えてあげる!」
「す……スパルタ……」
「スパルタにならざるを得ないとも言います。トレーナーさん、次の出走予定は?」
「1月の白梅賞だな」
「そこは猶予あるんだな」
アニメだとどうだったっけ。弥生賞はやってたのは覚えてるけど、バレンタインステークスとの間隔を考えると……毎週レース出てるペースだっけ? 具体的には覚えてないけど。*1
ともかくそれだけ余裕があるなら、必要に応じてこういう形でトレーニングをしていけば、恐らく……「Make debut!」なら問題なくマスターできるはず。あとは……あんな風に真っ白になってたのは、人前に立ってライブをするという状況に慣れてないからだろう。その辺りも改善していかないといけない。
「じゃ、お手本見せていくよ。マヤノ、ストライプ、準備オッケー?」
「アイコピー!」
「sawasawa」
「なんて?」
「なんて?」
スワヒリ語で「了解」である。
ともかく、この日からしばらく、ぼくらは暇な時にスペ先輩たちにウイニングライブのコーチ役を務めることになった。
1月と言えばぼくとスカーレットにとっても重要なレースがあるのでどうしても頻度は落ちるけど、その間はテイオーが主に見てくれることになったので安心だ。
……恐らく。
ストライプのデビューと同時期にアイネスフウジンとメジロライアンがデビューして……
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いる(史実90年クラシックメイン)
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いない(史実90年を中心に時代混ぜこぜ)