『一着はなんと予想外、サバンナストライプ! 二着はダイワスカーレット、三着にはアイネスフウジンが――――』
「はー」
「ほー」
「んー? うーん……」
シードリングカップを終えて翌日。ぼくはシードリングカップの抜粋動画を見るテイオーとネイチャとマヤノに巻き込まれていた。
動画の方は今終わったところだが、再度再生しようとテイオーが画面を連打して……表示された広告をタップしてしまった。何やってるんだか。
それでイライラが頂点に達したのか、テイオーは頭を掻きながら立ち上がった。
「わっけわかんないよー! これ、どうやって勝ったの!?」
「やっぱ本人に直接聞いた方が早いと思うよ……」
「聞かれても答えるとは限らないと思うけどなー、特にトラちゃんの場合は」
と、三人のちょっと湿った視線がこちらに向けられた。
基本的にこういう作戦の仔細というのは明かすべきものではない。後々それが命取りにならないとも限らないし……うぬぅ。
「フロックじゃダメ? ニュースでもそう言われてるし……」
「スカーレットが
「ぬぅ」
困りましたわ。ぐうの音も出ない正論ですわ。
スカーレットの能力は近いところで見ているぼくらもよく知っている。当然だが、スタミナでのゴリ押し戦法なんて通じない。半端な作戦なら見抜いてくる頭の良さも持ち合わせているので、「まぐれ勝ち」そのものがありえない。斜行やブロックで不利を受けたということも無いのだから当然だ。
「今まで一回もやったこと無いのに、突然逃げなんてするしさ」
「そっちはずっと練習してた」
「してたんかいっ」
なにせ抜群の適性を持った先輩がいる。二の矢戦法にしても、元を辿ればスカイ先輩のそれを基盤に組み立てたものだし……なんだかんだその辺のトレーニングには不便しなかったな。
「でもトラちゃん、マヤも最初にスカーレットちゃんをかからせたのは分かったよ? でも、だったらギューンって押し切っちゃう方が良かったんじゃない?」
「そこなんだよね。ストライプ、途中で息入れてたからスタミナは回復してたでしょ? いつもみたいにスパートかければ良かったんじゃないの?」
うーん、ぼくの身体能力の方も知ってるからか、そこまでは見抜かれてる。
まあ、何度も見てたらそのうちマヤノあたりは気付くだろうし、このくらいならもう言ってしまった方がいいか。
「……下手に差しちゃうと、逆に差し返されちゃうんだよ。前の方で競り合ったら体格と最高速の差で負けるから、差し切るタイミングがあそこしか無かったわけ」
そこまで説明してようやく納得の声が漏れた。
もっとも、クラシック以降……スカーレットにもアイネス先輩にもちゃんとスタミナがついたら、もうこの手は使えない。
幸い、路線が違うだろうからそうそうカチ当たることは無いだろうけども。
うはは。ぼくは長距離路線に居座り続け……いや待てよ。それはそれでマックイーンが来ちゃうな。すごくマズいぞ。逃げもできてスタミナも潤沢でスピードも相当なものだ。春天を連覇できる才能があるのは前提として、更に枠番の不利や斜行さえなければ秋天を制覇して天皇賞春秋連覇という大偉業を成し遂げる可能性さえある。
普段変なところで抜けてて食い意地が張っているがそれもまた味があるというか……。どっちにしろレースになると本当に隙が無いし頭も良いので手がつけられない。史実の生涯成績も大概だ*1。
「レース中によくそこまで考えるねぇ……」
「よーく考えて走らないと、ぼくみたいにスタミナしか取り柄のないウマ娘じゃ勝てないからねぇ」
「テイオーさんや、妙なことを言ってますよこの子」
「こう言って油断させようとしてるんだよ。ネイチャも気をつけてね」
「ひでぇや」
油断させようとしている点はあんまり否定できないとこまで含めて。
「……まあいいや。ぼくもう行くよ」
「あっ、そうだった。引き止めてごめんねトラちゃん」
「そういえば何しに行くところだったの?」
「チームの打ち上げ。と、あとスマホ買いに行くんだ」
「……あ、そういえば持ってなかったね、スマホ……」
ようやくである。ようやっとぼくの手にも文明の利器が渡ってくるのだ。こんなに嬉しいことはない。
苦節八ヶ月とちょっと。これまでバイトという定期的な収入源はあったものの、金額的には心もとなかったため手を出せずにいた。しかしシードリングカップで賞金を得られたことで、その問題も多少は解決した。一括で支払うか分割で支払うかという問題こそあるけど、これで連絡手段を寮の固定電話に頼らなくてもいいのだ。
「これでネット通販が気兼ねなくできるんだ」
「おっとー?」
「深みにズブズブハマっていきそうな言葉が聞こえたよトラちゃん……」
「大丈夫大丈夫、ぼく出品者だから」
「なおダメっぽいよ!?」
ダメなんてことはない。これでもネット倫理については詳しい方だ。
……ケニアの農村部の生まれなのにネット倫理に詳しいってのが既におかしい気がするが、まあそういう変なところがあるのがぼくとは周知されてるだろう。トレセン学園の一般授業でも情報処理の授業なんかもあるわけだし、そこまで不自然でもない……と思う。多分。
ともかく、ぼくはルンルン気分でまずは携帯のショップへと向かうのだった。
・・・≠・・・
さて、それやこれやとあって昼頃。ぼくはスカイ先輩とスナイパー=サン、それからトレーナーさんとサブトレさんの五人で都内の回転寿司に訪れていた。
目的は、先日のスカイ先輩とスナイパー=サンのメイクデビュー、それからぼくの初公式戦の打ち上げをまとめて行うためだ。
席について数分、タッチパネルで注文を終えたところでぼくは懐からスマホを取り出して見せた。
「というわけで買ったんですよ! 最新型のスマホ!」
「ストライプがお金以外でこんなに興奮してるの初めて見た」
「いつもの不敵な笑い方ではなくニコニコ顔だな」
「言えばこちらで用意しましたが」
「そこまでお世話になるわけにもいきませんよー」
「うっそだー……利用できるものは親でも利用しそうな性格してるのに」
「むほほ。そこまで冷血じゃないですよ」
もちろん、ちゃんとした理由はある。トレーナーさんたちのお金で購入するということは、チームの備品も同然ということだ。中学生という年齢もあるから、当然、外部から何らかの制限が設けられるだろう。当然の措置だとは思う一方で、ぼくの目的のためにはかなり使いづらいものになってしまう。
なので、無制限に使用できる自分専用のスマホが欲しかったというわけだ。あとはパソコンを購入できれば言うことは無いのだけど、まあ当面は置いておこう。スマホの契約料や通信料はどうしても今後継続して支払わないといけないし、パソコンのための通信料や本体代金まで加わってしまうと、デビュー前に預金が底をついてしまう。奨学金の支払いもあるのだから、そこはしっかり自己管理していかないと。
あと使えるものは親でも使うというのは流石に風評被害である。
やってきたお皿を受け取って机の上に置く。スナイパー=サンのオーガニック・トロマグロスシである。嘘だ。普通のマグロだ。
スシを補給している。
「上等なショーユだ」
「上等なんですかねこれ」
「さぁ……?」
次々やってくるお皿を取っていく。最初に口に運ぶのは、スカイ先輩がブリ、トレーナーさん父娘が揃って鯛。ぼくはサーモンだった。
しばらく皆でお寿司に舌鼓を打ちつつ雑談していると、やがて話は先のレースのことに移っていた。
「スナイパーは1バ身、スカイは6バ身差だったな。ストライプはクビ差……スカイは少し実力を示しすぎたかもしれん」
「逆にスナイパーは抑えすぎじゃないですかー?」
「んぐっ……いや、ワタシはコレでよい。目立ちすぎるとマークがきつくなる。それよりもストライプは……」
「フロックで~す」
「嘘をつけ」
「嘘ばっかり」
「チーム内でくらいいいでしょうに……」
「半分は本当なんですけど」
あれだってそういう風に誘導したとはいえ、結局のところ最後は賭けの要素も大きかった。できることなら危なげない勝利って方が個人的にも望ましいんだけど、そういうのが狙える体質でもないしねぇ……。
あとはその「まぐれ」を引き寄せる確率をいかに上げるか、というだけの話だ。だからかからせて疲労させる必要があったと言えるのだけど。
「ぼくのことは置いといて。先輩たちは次の出走どうするんですか?」
「話の逸らし方が雑ですよストライプ……」
「にゃはは。でもそうだね~……キングがもうホープフルステークスで実績残してる*2んだよねぇ。ここはばーんと一発重賞でも?」
「メイクデビューで勝ったとはいえ、それだけではい分かったと重賞に出すわけにはいかん。まずはオープン戦で一勝、次を考えるのはそれからだ」
「はーい。ま、大物を釣り上げるなら準備は必要ですもんね。で、次の出走は?」
「若駒ステークスを考えているが……」
……あれ、史実の「セイウンスカイ」って若駒ステークスに出走してたっけ?*3
そこまで記憶が確かじゃないからはっきり言えないけど、まあ、そういう揺らぎも出てくるか。
「じゃ、そうしますかー」
「スナイパーはどうしますか?」
「地道に一勝クラスで勝ちをもらいにいく」
「あなたはあなたでもう少し上を見た方がいいかもしれませんね……」
「解せぬ」
スナイパー=サンの実力自体は間違いなく一線級のものがある。メイクデビューで「普通に勝つ」ことがどれだけ難しいことか……かの世紀末覇王でさえ、メイクデビューは二着だったはずだ。
まあいわゆるスペ先輩の同級生である黄金世代は全員メイクデビューで一着取ってるんだけども……黄金世代と呼ばれるだけのことはある。
「そこで素知らぬ顔をしてウドンを啜っているストライプはどうなるのだ」
「今回のレースで、同じ世代には十分通用することが分かりましたから……10月あたりを目安にデビューを目指していければと思っていますが、いかがでしょう?」
「まあ早ければ早いほどお金的には都合がいいですし、じゃあそれで」
「軽い……」
「覇気に欠けますね……」
「そう言ってやるな利紗。ストライプの『金が欲しい』という欲求は、単純で根深い問題だからこそモチベーションを保つ上で役に立つ」
「単純て」
「おっと、すまんな」
事実だけども。
「……とはいえ、確かにただ『走るのが好き』というだけでは……モチベーションを保ち続けるのは難しいでしょうね。競技生活を続ける上でいつか何か別の目標にすり替わり、場合によってはそのせいで挫折してしまうような子も少なくありません」
「ぼくはお金稼ぎ自体は目的ってわけじゃないんですけど」
「レースを手段にする以上似たようなものでしょう。……あなたたちの知る先輩で言えば、タマモクロスもレースでお金を稼ぐことが目的です。執念があるだけに、強くなる子は多いですよ」
確かにストライプは軽く見えますが、とついでのように注釈を入れられた。
アメリカンな動作で肩をすくめてみせる。スナイパー=サンのそういうところだぞ、と言いたげな視線が刺さる。
執念……執念かぁ。勝ちたいという思いこそあるけど、そこまで強いものだろうか、ぼくのそれって。
なんやかやと言いつつバイトしてみたり起業を本気で考えていたりと保険をかけてる部分はあるし、もしかして他のひとと比べるとやや情熱に欠ける?
まあ、だから何ができるってものでもないし、気にしてもしょうがない。とりあえず今日のところは寿司に舌鼓をうつことにした。
……なんかぼく、割としょっちゅう問題を棚上げしてる気がするなぁ。