2月14日バレンタイン。
女子校であるところのトレセン学園は、バレンタインというイベントと縁がない……というわけではない。
男性トレーナーが多数在籍している上、専属トレーナーとして数年間行動を共にするケースもある。特に若いトレーナーだと自然と「そういう」ことになりがちなようだ。時々トレーニング中にも砂糖を吐きそうになることがある。あいつらトレセン学園をマッチングアプリと勘違いしてるんやないか? とはタマ先輩の言だ。
露骨にベストマッチなトレーナーとウマ娘が専属契約を結んでいることが多いこともあって、あんまり否定できないなと内心思いはしたが、口には出さずにおいた。フクキタル先輩とか、クリーク先輩とか……。
……そういえばそろそろ金鯱賞だけど、フクキタル先輩大丈夫かな。既に雑誌だとナマケモノ娘とかボロクソに書かれてたけど。
閑話休題。
さて、ともかくバレンタイン、イベント、とくれば――。
「チョコレートはいらんかねー」
「いつものことですけれど目ざといですわね……」
「もう誰も驚かなくなってきてるよ」
そろそろ一年近く経つため驚く人も少なくなってきたようだ。良いことである。
さて、そういうわけでバレンタインと言えばチョコ……なのだが。
「いくらなんでも安直すぎない?」
「ええ、普通はチョコレートなどは既に購入していると思いますが」
「ところがそうでもないんだな」
「と言うと?」
「2月以降、どんどん重賞が開催されていくのは知ってるよね。トレーニングもハードになっていくから買いに行く暇が無いってひとも少なくないんだよ」
2月の目玉と言えば、G1のフェブラリーステークスだろうか。それ以外でもクラシック前哨戦として重要視される共同通信杯、オーストラリアG1の優先出走権が与えられる京都記念、ステイヤーズステークスに次ぐ超長距離競走ダイヤモンドステークス……それから、大阪杯の前哨戦となる中山記念なども開催される。
3月はもっと大変だ。皐月賞と桜花賞のトライアルが開催されるのは主にこの月だし、月末にはG1の高松宮記念が……。
休む暇が無いというわけじゃないんだけど、ちょっと無理して作らないと微妙に時間が足りない。今はそんな微妙な時期というわけだ。
中には用意周到なひともいるけども、それでも一定数はうっかりしているひとが出てくる。今日の販売はそんな駆け込み需要を狙ったかたちだ。なので商品自体の数は少なめ。
「もちろん今日までの間にもしっかり稼がせてもらいましたとも。むほほ」
「ちゃっかりしてますわね……」
「これで自分が渡す分忘れてたりしないよねー?」
「そこはしっかり覚えてるよー」
まあ昨日キング先輩に「キングに友チョコを渡す権利をあげるわ!」って言われてようやく思い出した間抜けっぷりではあるんだけど。
日頃のお礼にということで渡して歩こうとは(忘れるまでは)思ってたし、本当にあそこで言ってくれて助かった……。
ちなみにぼくが作ってきたのはずっしりした感じのチョコケーキだ。小麦粉などが手元にあるから作りやすく、一度にそれなりの量を作ることになるため配るのにも向いている。幸いなことにフラッシュ先輩にレシピを教わることもできた。
「というわけでテイオーとマックイーンにも」
「えっ、いいの? ありがとうストライプ!」
「あ……え、ええ、ありがたく……」
「チョコ味なだけでチョコレート自体はそんなに使ってないから糖質オフだよ」
「ありがたくいただきますわ!」
「マックイーン……」
「…………」
メジロ家、もうちょっとマックイーンのメンタルに配慮してあげられないだろうか。
メジロ家的に考えてもライアン先輩にアルダン先輩、パーマー先輩にドーベル先輩と他に四人もトゥインクルシリーズ走者を抱えている関係上、マックイーンだけに注力するわけにいかないのは分かる。太りやすいのも知ってるんだけどさ、寒天とか……低カロリー低糖質のデザートとかもあるし……。
……いや、これはあれか。マックイーンが過剰に自制してるから、外部からこうして手を入れないといけない状態でもあるのか。難儀な……。
「っていうか、ストライプならこういう時むしろ盤外戦術ーとか言って太らせようとするんじゃない?」
「んー……それも考えたことはあるんだけど」
「……!?」
「一度やっちゃうとぼくへの信用がガタ落ちだもの。これから商売をするならそういうリスクは避けなきゃ。あと単純に遠回りすぎるし」
「マックイーン、今露骨にホッとしたね」
「茶々を入れないでくださいます!?」
ただ、それだけじゃない。やっぱり友達だから、信用や信頼を無くすようなことをしたくない。
それに、相手の体調を崩すようなやり方をしてしまうと、本番のレース以外にも大きな悪影響が出てしまう。
ぼくは自分のレースで勝ちたいだけだけど、前提としてその「勝ち」はお互いが全力を出せる状態じゃないと価値がない。レース内外で策を弄することはあっても、卑劣ではありたくない。
言わないけど。
・・・≠・・・
さて、バレンタインといえばバレンタインステークス……だと思ったのだが、最近になって調べてみるとバレンタインステークスはダート1400mで行われる競走に変更となっていた。*1
そのため、そもそもスズカ先輩はこのレースに出走していない……が、別のレースには出走していた。それがG2、芝2200mで行われる京都記念だ。それが終わったということはすなわち――サイレンススズカ先輩の真の実力が白日のもとに晒されたということである。
チームスピカのチーム部室はお祭り騒ぎになっているが、同時に他のチーム、特にぼくの所属するベテルギウスはほとんどお通夜のようなムードだった。
「どうすんだよあれ……」
前走は香港カップ。芝2000m*2で行われる競走だ。そこで5着……掲示板に食い込んだことで手応えを感じ、もう少し距離を伸ばせないかと考えたのだろう。
そして結果が……大逃げからの大勝。今まで「ポテンシャルは高いが持て余している」とスズカ先輩を評価していたドーナッツ先輩たちも、これには閉口せざるを得なかった。
対策をどうすればいいのか? 答えは一切見つからない。その中で、ぽつりとトレーナーさんが呟いた。
「……まるでマルゼンスキーだな」
トレーナーさんの言葉に、思わず皆が納得した。スズカ先輩のそれは、他のウマ娘とあまりに速度が違うからこその「結果的な」逃げを思わせるものだったからだ。
では、なぜこれまでその逃げ脚を見せることができなかったのか? と言えば……やはり、教育方針の違いだ。
「厳しい管理体制を敷くリギルでは、大逃げは勝ちのセオリーから外れてるとして禁じているでしょうね。対して、スピカでは相当自由にやらせてもらっている、というところでしょうか」
「もっとも、マルゼンスキーはあそこまで露骨な大逃げというわけじゃなかったが……」
マルゼン先輩だからなぁ。その辺の立ち回りの能力は相当高そうだ。リギルとしても古株だろうし、チーム結成当初は自由にやらせてもらっていたんだろう。
対してスズカ先輩はその辺の……人間関係という意味では、相当無頓着だろう。やりたいとは思っても言い出せない遠慮もあったはずだ。まあ、だからこそスピカに移籍したとも言えるのだけど。
「スカイ、ストライプ、お前たちならどうする?」
「えぇー……って言われても、どうする?」
「無理矢理でも前に出てバ群に沈めてあとは運次第……ですかねー……」
「お得意のスタミナ削りは?」
「無理でしょあれ……ぼくって基本心理戦で強引にハイペースにさせてるんですよ。
「となるとあとは長距離に引きずり出すか……」
「適正距離外に出ては来ませんでしょ……」
というわけで、打つ手無し。それがぼくらの結論である。
場が更に沈痛な雰囲気になった。
実際、真面目にあれは勝ち目が無い。最初から最後まで一着でい続けられれば勝ち――ある意味、レースにおける最強の理論だ。
ただでさえ素のスピードが尋常じゃない上に終盤になってまだ伸びるスタミナがあり、更に、あまりにもマイペースすぎてペースを崩せない。
まさしく、トゥインクルシリーズにおいて一度も敗北しなかったマルゼンスキーの再来と呼ぶに相応しい。
「グラス先輩もマルゼン先輩の再来とか言われて、怪物二世って言われてるくらいなのに……」
「ストライプ、それをグラスの前でウカツに言うな」
「表面上ニコニコしてるけどめちゃくちゃ怒るからね……」
「アッハイ」
というか日本トゥインクルシリーズ界隈って怪物ってあだ名のウマ娘多すぎないかな。オグリ先輩は芦毛の怪物だしグラス先輩は怪物二世、二世と言うからにはマルゼン先輩も一時期怪物と呼ばれているわけだし、白い怪物なんてのも(今いるかかつていたか将来現れるかは別にして)いる。
……あだ名つけるにしても、もうちょっとバリエーション増やせないものだろうか。
ともかく、現状スズカ先輩をどうにかする手段は無い。なので一旦結論は保留となった。
特に今年デビューのスナイパー=サンとスカイ先輩、それからぼくも、まずは地力を高めること。そうしなければ勝負の土俵に上がることすらできないという判断だ。
というわけで、今日のトレーニングと相成ったのだが……。
「ストライプは2000mを全力で走りきれるようになりましょう」
「Nini kile?」
「なんて言いました?」
「英語でWhat that? です」
「ワッザ!?」
「あれです」
「なるほど」
「それでどういうことですか……?」
2000を全力で……なんて、確かにブラフとしては使うこともあるけど、そんなの普通無理だ。
いくらスタミナに優れていると言っても途中のどこかで必ず息を入れる必要が出てくる。
「同じ世代のウマ娘の最高時速は70km以上。場合によっては80kmほどにもなる。対してストライプはその9割ほどが限度だろう」
「……ですね」
シマウマの最高時速は70km弱。確かにだいたいそのくらいか。
「その速度差を埋めるためには、常時限度ギリギリいっぱいまで速度を出せるようにするしかない。わかるな?」
「分かりますけども……」
まあ、スズカ先輩だって上がり3ハロンは36秒付近という時計が多いわけだし、常時時速60km+αで走れるならサイレンススズカを再現できると言っていいかもしれないけども……。
その辺で言うなら、ちょっとブッ飛んだ理論ではあってもたしかにぼくにとっての武器を一番よく活かしてると言えるかもしれない。
「もちろん、これはあくまで『いずれは』……能力的なピークを迎えた時に、という目標に過ぎない」
「最終目標ではあるんですね」
「それに、ある程度小細工も覚えてもらわないと……ですね」
「小細工って、作戦とか?」
「いえ、例えばリムジンのしていた体重移動であるとか」
ああ、なるほど。シードリングカップではあれを参考にして走ったりもしていたが、ちゃんと技術として教えられたわけでもなかった。
そういう意味での小細工というわけか。だったらこっちとしても大歓迎だ。
「――あと、ドーナッツのしていた無減速クロスステップであるとか」
――んん?
え、マジで?
いつもご感想、誤字脱字報告、評価等ありがとうございます。励みになります。
ウマ娘世界でのスマホの扱いですが、カレンチャンのシナリオを見る限りスマホはスマホのようです。ただ、SNSの媒体は一律ウマ○○となっておりました。
一応調べて書いてはおりますが、ここは間違っているかも? という点などありましたらご指摘等いただけるとありがたく思います。