【本編完結】ロバ娘:ファンディングストライプ   作:桐型枠

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影のように忍者のように

 

 4月。トレセン学園にいくつかのイベントが一斉に押し寄せてきた。

 まずは入学式。幾人ものウマ娘がトレセン学園の門を叩くこととなった。ぼくらが現状彼女らにできることは先輩としての姿を見せることだけになるだろうが、いずれターフの上でぶつかることもあるだろう。

 

 次に進級と転入。チーム未所属だったりまだ専属トレーナーがついていなかったりするウマ娘は皆学園の教官のもとでトレーニングを行うわけだけど、既にチームなどに所属してしまっているウマ娘が一つの教室に固まっていると、教官の受け持つウマ娘の数に偏りが出てきてしまう。そのあたりを均一化するためにも毎年、進級の際にはクラス分けが行われる。今回は既にスピカに加入しているウオッカとスカーレット、ネイチャも別クラスになってしまった。

 一方で、マヤノとマーベラスとは一緒のクラスになった。既にターボとテイオーを交えて凄まじいハイテンションになっている。遠巻きに見ているマックイーンは相当疲労しているようだった。

 そしてカレンチャンもうちのクラスに入ってきた……のだけど、転入初日に専属トレーナーを捕まえるとは恐れ入った。お兄ちゃん(トレーナー)は強く生きてほしい。

 

 更に、春のファン感謝祭。聖蹄祭と異なり、こちらは一般の学校で言えば体育祭のような趣が強い。

 トゥインクルシリーズやドリームトロフィーシリーズで活躍しているウマ娘が、レース以外の競技で鎬を削るのを見られるとあって毎年多くの来場者がある。

 ぼくとしても臨時収入が入りそうなこういうイベントは大歓迎だ。うへへのへ。

 

 さて、一番の大イベントと言えば、当然ながら――G1レースの開催だ。

 4月第一週の*1大阪杯を皮切りとして、翌週に桜花賞、更にその翌週に皐月賞が開催される。障害競走のG1レース、中山グランドジャンプも皐月賞が行われる週の土曜日開催だ。春天については4月だったり5月だったりとマチマチだけど、まあ概ね皐月賞の翌々週にあると思えば間違っていない。

 さて、今日はそんなG1レースの開催日。ぼくたちもその観戦と応援のために――阪神レース場にやってきていた。

 

(ティアラ路線か……)

 

 阪神レース場、芝1600m……桜花賞。トリプルティアラの第一冠となるこのレース、出場することになったのはスナイパー=サンだ。

 マイルから中距離付近を得意とする彼女にとっては一番走りやすい路線と言える……のだが、ぼくは少しばかり据わりの悪さを感じていた。というのも、JWCにおける「ニンジャスナイパー」は、紛れもなく牡馬。それに対して、史実におけるトリプルティアラ――桜花賞、オークス、秋華賞は、本来()()()()()として発展してきたレースだ。ヴィクトリアマイルやエリザベス女王杯についても同じことが言えるけど……。

 

 ともかく、ウマ娘となって垣根の取り払われたこの世界では、路線の違いにはまた別の意味がある。

 まず、クラシック路線。皐月賞もダービーも菊花賞も、いずれも戦前から継続して開催され続けている由緒あるレースだ。

 これについてどちらがより格式がある、と断言することはできない――というかするわけにはいかないのだけど、ともかく、それだけ深い歴史がある以上おいそれと距離やレース場を変更するわけにはいかない。

 2000mの高速バ場から3000mの過酷な長距離レースまで全てに対応しながら走破しなければならないこともあって、クラシック三冠を獲ることは非常に難しい。同時に、その難易度故に三冠を達成したウマ娘に送られる栄誉は計り知れないものがあると言えよう。

 ただ、同時にウマ娘にかかる負担は非常に大きい。皐月賞とダービーの間隔は一ヶ月半ほどしか無いし、菊花賞までの間隔はかなり余裕があるものの、3000mという距離に対応するためのトレーニングも過酷を極める。三冠が終わってしまうと燃え尽きてしまったようになるウマ娘の数は少なくない。距離不安から菊花賞を回避したり、出場したことでケガをしてしまうようなウマ娘も多いだろう。

 

 対して、トリプルティアラ。こちらは1600mの桜花賞から2400mのオークス、最後に2000mの秋華賞を経由する形になる。

 桜花賞とオークスは歴史が古く、成立はクラシック三冠と同時期。しかし、当初はトリプルティアラという概念は無かった。その後、エリザベス2世の来日に伴いエリザベス女王杯がクラシック級のレースとして設立されたことを期にトリプルティアラという路線が確立。最近になって秋華賞が設立され*2、エリザベス女王杯がクラシック・シニア級混合の競走に移行したことで成熟を迎えた。

 こちらの路線もクラシック三冠とほぼ同様のローテーションを経ることになるが、菊花賞の3000mほど極端に長い距離を走ることは無い。そのため、トレーニングの内容は中距離路線に対してより最適化されることになる。

 ここで問題になるのが世界的な長距離路線の縮小だ。今現在、ウマ娘への体の負担の増加を懸念し、長距離路線のレースは距離縮小されたり廃止されたりと全体的に逆風と言える。

 対して、中距離以下はむしろ追い風。世界的に見た時、賞金額トップ3となるレースはサウジカップ(ダート1800m)、ドバイワールドカップ(ダート2000m)、ジ・エベレスト(芝1200m)……芝とダートという差異はあるけど、これらはいずれも2000m以下のレースだ。というか、ジャパンカップに比肩するレベルの高額賞金が出るレースで2500m以上の長距離レースは、有記念とメルボルンカップ(芝3200m)しか存在しない。その有記念にしても2500mで実のところ中距離レースか長距離レースかは議論が分かれるところだし……。

 

(マイルとか中距離のが稼げるしぼくもそっちのが良かったと言えば良かったんだけど……)

 

 距離適性の差は残酷だ。

 いずれにしろ、世界的な時流に合っているのは間違いなくティアラ路線のレースだ。菊花賞を回避するウマ娘の中にも、シニア級の猛者としのぎを削ることになってもなお秋の天皇賞に出た方が良いと考えるひとも少なくないし、なんなら……ローテーションとしては異質だけど、NHKマイルからダービーを経由して秋天を目指すようなひともいたりする。

現在のトゥインクルシリーズにおけるティアラ路線の立ち位置は、これ自体が多くのウマ娘から目標とされる格の高いレースでありつつ、シニア級以降のレースに備えた登竜門的な意味合いが備わっていると言っていいだろう。

 ……ちなみに、路線が違っても反対の路線のレースに出ることはできるけど、暗黙の了解としてそうするべきではないという感覚が根付いている。

 これはウマソウル的なそれの強制力というわけではなく、トゥインクルシリーズが興行であることから来るある種の配慮だ。何せ、裏方として動いているのはトレセン学園やURAだけじゃない。テレビ局や全国各地の関係各局……関連グッズのことも考えると小売店も何かとリサーチはしているだろうし、広告代理店も動いている。ひとり路線を少し外れてみるだけで、事前準備がパーになってしまうわけだから、迂闊にハイこっちに行きます、と言うわけにはいかない。一着を取れるなら……まだマーケティングのしようもあるけど、もし負けてしまったら……。

 いや、将来的に出てくるんだろうけど。路線変更する破天荒なウマ娘。

 

「しっかしティアラねぇ……あいつならNHKマイルに行くと思ってたんだが」

「エルコンドルパサーが出走するから避けたとも言われてますが……」

「正直に言えばあいつの考えとることはイマイチ分からん」

「トレーナーとしてその発言はいいんデスか……」

「俺のようなオヤジが年頃の女学生の考えとることをいちいち理解していても嫌だろう。スカイ、何か聞いているか?」

「いや~……そこまでは聞いてないですねー……エルと一緒に出たくないのは、まあ事実でしょうけど」

 

 ぼくはスカイ先輩と軽く視線を合わせた。

 スナイパー=サンと同学年だったり唯一の後輩だったりで、他のメンバーと比べるともうちょっと親しさのランクが高いぼくらだが、それ故、実を言えば彼女が桜花賞に出走した理由を聞いてはいる。

 簡単に言えば「ニンジャと桜花を組み合わせると超カッコ良くね?」。

 伊達や酔狂100%である。

 こんなG1レース舐めてんのかと言われそうな内容、外に漏らすわけにいかなかった。

 

「それよりっ! そろそろ始まりますよ!」

「ん? お? そ、そうか」

 

 今回のスナイパー=サンは5枠9番。ほぼ真ん中の位置だ。最初は長い直線から入る分東京レース場の芝2000などと比べると枠番の有利不利は出ないので、大して影響自体は無いか。

 ……いや、東京レース場芝2000が異常なまでに枠番の有利不利が出やすいだけなんだけど。

 

 スナイパー=サンの勝負服は……言わずもがな、ほぼ忍者である。

 いやだいぶアレンジはされている。裾とかヒラヒラしてるし……あとやっぱり微妙に所々露出がある。メンポは……流石に外してるようだ。走ってる最中にまであんな口に密着したもの着けてると絶対走り辛いし。そもそもここまでのレースでもだいたい外して青いマフラーで代用してる。顔出し慣れなよ。

 

『――スタートしました。いずれも綺麗なスタート!』

 

 ほどなく、18人のウマ娘が一斉にスタートした。ほぼ横一列でのスタート。流石G1、集中力が違う。

 数秒もすれば各ウマ娘の位置はそれぞれの脚質の通りに前後し、集団を形成した。スナイパー=サンは前め。他のウマ娘の背後につけてスリップストリームを上手く使っているようだ、が……。

 

『おっとここまで全勝のニンジャスナイパー、タフネスブロッサムとグランパスショックに強烈にマークされています』

「……流石にここまで来るとマークも強くなるか」

 

 ニンジャスナイパー、前哨戦のアネモネステークスを含め4戦全勝。ここまでほぼOP戦でG2以上の経験が無いとはいえ、全勝というのはそれだけ高い能力を持つということだ。

 当然、周りからの注目も強まるし、マークしてくるウマ娘も増えてくる。ニンジャエミュレーションをしていない性格の根本がシャイなスナイパー=サンにとっては辛かろう。

 ……と思ってたのだけど、サブトレさんは余裕の表情だ。

 

「まあ、マークしたところでというところではありますが……」

「どういうことです?」

「マークを外すことにかけてあの子の右に出る者はいませんよ」

「はあ……?」

 

 どういうこっちゃ、と思って見ていると……三秒後、気付けばそのマークはサブトレさんの言う通りに瞬時に外れていた。

 ……あれ、いや、何で? どうやったの? 困惑が頭を支配する中、次にぼくに言葉を投げてきたのはトレーナーさんだった。

 

「特定のウマ娘をマークしようと思えばそれだけ意識を向け注視する必要があるのは分かるな」

「それはまあ」

「だがコースを走る上で注意しなければならないことは数多くある」

 

 頷いて応じる。

 斜行、衝突、転倒……単なる反則行為のみならず、レースを成立させるために注意しなければならないことは色々ある。

 ……いや、まさか。

 

「……あいつは注意が逸れた一瞬の隙を感じ取って、他のウマ娘にマークを()()()()ている」

「えぇ……」

 

 なんつー奇っ怪な技能だ……。

 隙を感じ取っ……えぇ……。

 

「恥ずかしがりなあの子じゃないとできないことなんですよ」

「……ああ」

 

 なんか読めてきた。そうか、素の状態だと人一倍シャイ、だからこそ視線に対して人一倍敏感で……結果、自分に向けられる意識が途切れたその瞬間を感じ取ることができる。即行動に移ることも含め、だ。

 ドーナッツ先輩と度々並走をしていた理由はコレか。スリップストリーム走法は目の前に他のウマ娘がいないと成立しない走法。だからこそ、少し体をずらすだけで、「今までニンジャスナイパーがいたはずの場所に別のウマ娘が現れる」というトリックが成立するようになる。ドーナッツ先輩は半ば無理矢理に併走に付き合わせることで、スリップストリーム走法を体に覚え込ませたのだろう。

 

(と言っても、これだけじゃ大きな武器にはならない。そうなると、あのひとの走りは変幻自在の脚質が一番の強みってことになるのか――――)

『第4コーナーから直線に入った! 前から15番タワーブリッジ、マキシマムダイソー、ビープリンセス、ランスプロキオン……』

「あれ?」

 

 実況の人スナイパー=サンのこと飛ばしたよね?

 今彼女は三番手。コーナーを出る際に、マークを外すために内ラチギリギリを攻めてたのは見えたんだけど……。

 

「今実況の人もスナイパーのこと飛ばしたねー」

「ああ、これはもう術中だねぇ」

「タキオン先輩、ぼくのレベルでも分かるように言えます?」

「そうだねぇ……簡単と言えば簡単だが……さっきと同じように意識の隙を突いたのさ」

「……実況の?」

「結果論だがね」

「え? あー……なる、ほど……?」

 

 なるほど、分かった。これぼくのさっきの認識がちょっと間違ってたんだな。

 スナイパー先輩の真の戦法とは即ち、マークを外すことじゃなくて他のウマ娘の意識から出ること。マークが外れるのは副次的な作用に過ぎない。

 ターフにいて他のウマ娘を見失うということは普通に考えればありえないが、それとは別に「意識をしなくなる」ということはままある。

 例えばはるか後方にいたり、視界の盲点に入ってしまったり、完全にレースに集中してしまったり……いずれにせよ、同じターフを走っているウマ娘のことが気にならなくなる瞬間というものは必ず存在している。

 彼女はそこにするりと入り込む。まさしく影のように忍者のように。そうして鋭い切れ味の末脚で差し込んでいく……今回は偶発的に実況の人の意識の隙間にも入り込んでしまったようだ。

 ……改めて列挙するととんでもない超感覚の賜物だなこれ?

 

『ここで内からニンジャスナイパー! ……なにっ、ニンジャスナイパー!?』

『微妙なところに隠れていましたね。これはひと波乱来ますよ』

『仁川の舞台はここから坂がある! どう来る!』

 

 終わり1ハロン。ここで待ち受けているのが、高低差ほぼ2mの急な坂だ。ここまで緩やかな下り坂だっただけに、脚には強い負荷がかかってしまう。

 スナイパー先輩はそのまま自分の存在を誇示するかのように前に躍り出た。意識していなかった――できなかった後続のウマ娘が、突然の登場にギョッとして坂への対応が一手止まる。そこで、猛烈なスパートをかけた。

 

『速い速い! ニンジャスナイパー素晴らしい末脚! 今一着でゴールイン!』

「お、おお……」

 

 なんというかこれまでとはまた異質な勝ち方を目にして、ぼくはしばらく変な声しか出なかった。

 同時に、なるほどとも思った。スナイパー先輩はある意味ぼくとも似て、レース中に作戦を駆使して戦うタイプでもあるわけだ。

 ……だからエル先輩と一緒に走るのは避けたかったわけでもある。今のあの戦法、完全な格上で本当に自分のレースに没頭するようなタイプには通用しないから。

 

「ああいうのもアリなわけですねー」

「うんうん、ああいうのもアリだね」

 

 ぼくはスカイ先輩と頷きあった。

 戦法は読み合いと騙し合いだけではなく、ああして他人の意識を利用する方法もあるわけだ。

 これもこれで、ある意味収穫というところか。

 

 何にしろ、まずは控室に行ってスナイパー=サンに祝福を送ることにしよう。

 

 

*1
3月に第五日曜日があれば3月開催。

*2
史実では1996年。





 ストライプのニンジャスナイパーに対する二人称は基本「○○=サン」という忍殺語ですが真面目な場面では「先輩」として使い分けていく方針です。
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